プロローグの後です。
二ヶ月の時を経て。
士郎は、政府軍の武装勢力襲撃に参加する事にした。
一人でどうにかするより、よほど現実的だろう。
元々、狙撃手として士郎は有名だったのだ。
志願すれば、諸手を挙げて歓迎された。
何度かの訓練に参加し、再び町の中に潜入し、定期的に町で炊き出しを行い。
一斉に開始された作戦はつつがなく終了し、武装勢力の脅威は排除され。
そうして士郎は、ウィリアム・エインズワースの隠れ住む拠点へと侵入していた。
武装勢力へ協力している事を想定してたが、今の所目立った介入は無い。
本当にただの隠れ蓑として利用しているだけの可能性もある。
「──トレース、オン」
武装勢力が拠点としていた、古い砦。
その構造を解析し、積み重ねてきた年月をたどる。
既に何度か行い、構造はほぼ把握が完了していた。今のは最後の確認だ。
「やはり、魔術の干渉が妨害されている」
遺跡の地下。
魔術の干渉を防ぎ、人払いの結界が張られた場所。
ここ以外に、ウィリアムが隠れひそめる場所はない。
士郎は、武骨な石の階段を下り始めた。
地下へと続くそれは、地上にぽっかり空いた地獄への穴のよう。
漏れ出す暗い空気。深淵へと続く魔術の臭い。この先に何かあるのは明白だ。
更に階段を降りる。
硬い石の感触。しかし、どうにも足元が不安で仕方がない。
いつ何が起こるかわからないのだ。
士郎はゆっくりと、一段ずつ歩を進めた。
最後の一段を下りると、底冷えするような空気が足元から漂ってくる。
凍えるような冷気に、思わず震える体。
吐く息が白い。地上との気温差が激しい。
だが、体を震わせた原因は。
寒さだけでは、ないような。
「良くない空気だ」
淀んでいるわけではない。停滞しているわけではない。
事実、地下であるにも関わらず、士郎が降り立った部屋にはわずかな月明りが差し込んでる。
高い天井には、いくつもの穴。採光口だ。そこから、地上の光が差し込んでいる。
あと半刻もすれば、この地下も太陽の光で包まれるのだろう。
でも。それでも。
ここは、
限定的な外界との隔絶。まるで、出来の悪い魔術工房のような。
「礼拝堂、か」
士郎は、ひときわ目を引くステンドグラスに目を向けながら呟いた。
間違いない。荒れ果ててはいるが、ここはかつて礼拝堂だった。
差し込む光が交差する地点に存在するであろう、色とりどりのガラス。今は光を浴びてはいないが、周囲の静寂さと相まって、荘厳な雰囲気を醸し出している。
礼拝堂に、魔術工房。
神へ祈りを捧げるため、広く開放されるべき場所。
神秘を秘匿するため、隠し、閉ざさなければならない場所。
相反する二つの要素。
ひどくチグハグで、不適切だ。
士郎は礼拝堂を抜けて、隣の部屋へと移る。
空気が体にまとわりつく。まるで、士郎の行動を止めようとでもいうように。
気のせいだ。見たくないと思う自分の気持ちが、そう感じさせているだけだと士郎は強く念じる。
部屋に踏み込んだ時、ある予感がした。
嗅ぎ慣れた臭い。終わってしまった臭い。
見たくはない。だが、士郎は見なければならない。
目を閉じ耳を塞いでしまえば、救いを求める人を見捨てる事にもまってしまう。
それは、許されない事だった。
部屋の中は、細かくカーテンで仕切られている。
おそらくカーテンの中にはベッドがあるのだろう。
病院のような構造。漂ってくるのは──死の臭い。
士郎はカーテンを開けた。
望まぬ再会。
彼らは、難民として受け入れられたはずなのに。
これからの幸せを祈り、別れたはずなのに。
ベッドの上には、干からびた子供の死体が寝かしつけられていた。
「……ナッシュ」
変わり果てていたが、間違いない。
兵士に憧れていた、やんちゃな男の子だ。
それが今では、すべての生気を吸い取られ。ミイラのように朽ち果てている。
手を握る。
冷たい。間違いなく、死んでいた。
士郎の脳裏に、かつて見た光景が蘇る。
冬木市の教会で、生きながら供物として捧げ続けられた者達。
彼らと自分との差は。その日、運命に出会えたかどうか。ただそれだけだった者達。
士郎の前に広がったのは、かつて見た地獄だった。
と、ナッシュの口から一匹の蟲が飛び出す。
士郎は冷静に、冷徹に。手にしたナイフで蟲を磨り潰した。
刻印蟲。
おそらくは、魔力を喰らい溜め込むタイプの。
ナッシュの体を確認すると、その身には魔術の痕跡が見て取れた。
当然、ナッシュは魔術師ではない。
無理やり施術され、魔力の貯蔵庫として利用されたのだろう。
士郎は乱暴にカーテンをむしり取り、次のベッドを見る。
そこには、体中に穴をあけられたラナーがいた。
かなりの時間がたっているのか、体がやや腐りかけている。
額の絆創膏だけが、やけに綺麗に見えた。
士郎はすべてのカーテンを取り払い、子供達の状態を確認した。
すべて死体だ。
と。
パチパチと、拍手の音が響き渡る。
「ははぁ、東洋人ですか。遠路はるばる、こんな所まで。ご苦労な事です」
視線を向けると、枯れ果てた鳥のような印象を与える男の姿。
暗闇の中、黒いローブを身にまとった魔術師。
ウィリアム・エインズワース。
先ほどまでは、間違いなく誰もいなかったはずだ。
どいういう手品を使ったのか。魔術を使ったとは、思いたくないが。
「おや、歓迎の意を表したつもりでしたが……お気に召しませんでしたか?」
「……ああ、気に入らない」
士郎の言葉を受け、男はニィと気持ちの悪い笑みを浮かべた。
露出した顔の部分だけが、地下に差し込む月明りを受けて不自然なまでに浮き上がっている。
「ああ、ああ! 子供達ですか。彼らの犠牲は避けられなかったのです。どうせ、この先も良い事なんてありませんよ。絶望的な人生を歩むくらいなら、未来に希望を抱いたまま終わらせてあげるのも優しさでしょう?」
「……ふざけるな」
「その解答。私は悲しい。理解されなくて、悲しい」
ウィリアムが、腕で自らの体を抱きしめる。
士郎は、外套に隠した銃を握りしめた。
「幸運な者は、ごく一部とはいえ、英霊の力をその身に宿す事に成功したのです。分不相応な力を持ち、死をもって聖杯の一部となる……スバラシイ。そう思うでしょう?」
「思わないな」
「それは、残念」
ウィリアムが腕を下ろす。
士郎は、銃の安全装置を外した。
問いただしたいことはある。聖杯、彼はそう口にした。だが、悠長に会話している余裕などない。後から遺品でも確認すれば、済む話だ。
「ああ、ああ! 子供達ですか。彼らの犠牲は避けられなかったのです。どうせ、この先も良い事なんて……おや? この話はもう、しまし──」
士郎は外套から右腕を引き抜き、銃を突き出す。
断続的な破裂音と共に、鉛弾が吐き出された。
スチェッキン・マシンピストル──小型ながら、秒間十発という速度で銃弾を吐き出す事が可能な自動拳銃だ。
狙いを付ける事が難しいが、この距離であれば関係ない。
放たれた弾丸の嵐は、ウィリアムの体中に風穴を空けた。
「ハ、ハハッ。敵、排除。敵です。排除しなければ」
だが、殺すには至らない。威力が低すぎる。
倒れこみはしたが、死ぬまでにまだしばらくはかかるだろう。
士郎は敵が起き上がる前に、左腕を突き出した。
その先に握られたのは、45口径。
人を相手にするには、過剰なエネルギーを与えられたモンスター。
「大人しく殺されろ、化け物」
ドン、と。重い衝撃が士郎の左腕に響く。強化魔術を使用してなお、耐えがたい衝撃。
.454カスール弾の直撃を受けたウィリアムの頭蓋が割れ、脳髄が飛び散った。
マシンピストルを素早くホルスターに戻し、両手で45口径を構える。
心のどこかで、冷静になれと叫ぶ自分がいる。
だが、どうにも止まらない。
覚悟が足りないのか、経験が足りないのか。
かつて出会った弓兵のような冷徹さを保ちきれない。
両の手に力を籠め、撃つ、撃つ、撃つ。
二発目。右肩に命中。ウィリアムの体が大きく跳ねる。
三発目。左胸に命中。ウィリアムの体が反対側にはじける。まるで、ダンスを踊っているかのように。
四発目。腹部に命中。枯れ木のような体が半ばまで失われ、折れた。
五発目。喉に命中。
空薬莢を輩出し、新たに弾を込める。
動かなくなった外道に狙いを定め、待つことしばし。
士郎は、油断なく待ち構えた。
が、敵に動きは無い。
魔術師といえど、銃で頭を撃ち抜かれれば死ぬ。当たり前だ。
だが、これでは。あまりにも──
「簡単すぎる」
士郎の戦闘経験が、激しく警鐘を鳴らす。
敵は、こちらの把握していない奥の手を持っていると。
耳を済ますが、聞こえてくるのは採光口からわずかに聞こえる風の音ばかり。周囲に人の気配はない。ごくりと鳴らした喉の音が、やけに大きく聞こえる。静寂が、耳に痛いほど響いてくる。
引き金を引いた。
重い反動と共に吐き出された弾丸が、今まさに士郎の腕にナイフを突き立てんとしていた者に突き刺さる。
前兆は無かった。
そいつは、突如として士郎の隣に現れた。
枯れ果てた鳥のような男。
狂気に染まった瞳がこちらを覗き込む。
ウィリアム・エインズワース。
先ほど撃ち殺した死体は消えていない。
クローンか、はたまたホムンクルスか。どちらかはわからないが、新たなウィリアムが現れたのだ。
銃弾を喰らって吹き飛ぶウィリアムに狙いを定める。
狙うは頭蓋。心臓より狙いにくい場所だが、魔術師相手ならば脳を破壊するのがセオリーだ。
心臓を破壊した所で、魔力さえ残っていれば、魔術の行使は可能であるが故に。
「──ッッ!」
引き金を引く指を止めるのは間に合わない。
士郎は必死に身を捻る。
胸に重い衝撃。外套に弾かれ、銃弾が後方に逸れていく。
士郎が放った銃弾がそのまま跳ね返り、士郎を襲ったのだ。
体を逸らしていなければ。あるいは、あらかじめ外套に強化をかけていなければ、今の一撃で終わっていたかもしれない。
「置換魔術!? 話が違うぞ、遠坂っ」
銃を手放し、腰に下げた刀剣で斬りかかる。
が、ウィリアムは刀の軌道から掻き消えた。
次の瞬間、士郎の腕に堪えきれない痛みが襲う。
一瞬のうちに移動したウィリアムが、士郎の腕にナイフを突き立てたのだ。
置換魔術。
あるものを別のものに置き換える魔術。
銃弾を跳ね返した事、転移のように位置が入れ替わった事を考えると、おそらく空間の繋がりを置換したのだろう。
単純。だがそれゆえに強力だ。
刀剣を取り落とした士郎は、とっさに右に跳ぶ。
先ほどまで士郎がいた場所に、石造りの椅子が激突した。
礼拝堂に並んでいた椅子だ。簡易的な弾丸と化したそれは上空から士郎を襲い、その質量に見合う威力をもって地面を打ち砕いた。
衝撃で生み出された風が、士郎の髪を揺らす。
「……危険な状況だな」
士郎は冷や汗をかいた。
想定していなかった、魔術の使用。
それでもなお、ウィリアムの戦闘能力を評すのであれば、貧弱と呼ばざるを得ないだろう。
だが、状況がまずい。
魔術師を殺すのであれば、確実に。対策を許さず、一撃で仕留めるべきなのだ。
真正面からやりあうなど、愚の骨頂。そも、士郎とて。魔術師というカテゴリで考えるとしたら、強力な部類には入らない。
おまけに、腕を負傷してしまった。
士郎は、気を引き締め直す。
さぁ、どうする衛宮士郎。
この状況を打破するには。
こいつを殺すには、どうすればいい?