「まだまだ、弾はいくらでも。数えるのが面倒になるぐらいには、ありますよ」
空中に無数の椅子が現れる。
多少の力を加えて初速を上げているとはいえ、ただ椅子が落下してくるのみ。回避は不可能ではない。だが、数が多すぎた。おまけに、先ほど地面に激突した椅子も再び上空に場所を置き換えられている。激突の衝撃で半ば砕けてはいるが、当たれば即死の威力は変わらない。これでは、果てがない。
士郎は回避しながら、状況を確認した。
退路は既に塞がれている。石造りの椅子が、部屋の出口に積み重ねられた。
あれを除去するには、二十秒は必要だろう。戦闘中にそれだけの時間を捻出することは不可能。
次に敵を見る。
ウィリアムはその場に立ち止まり、ひたすら魔術を行使している。
置換魔術。連続して使用すれば、確かに脅威だ。だが、弱点がないはずがない。
見た所、この魔術は自動発動ではなくウィリアムの意思が介在している。
また、本当に制限が無く使用できるというのであれば、士郎がこうして攻撃を凌げる道理がない。
単純に過ぎる攻撃も、何らかの制限によるものと考えた方がいい。
観察してみれば、簡単な事。
空間の置換や、椅子の射出。それらは、ウィリアムが魔術を行使した一瞬しか発動していない。
そして、一度魔術を行使した後は、次の魔術発動までにインターバルが必要。
士郎はマシンピストルを構えた。
弾倉の交換は一瞬。フルオートではたった二秒で撃ち尽くしてしまうが、十分だ。
引き金を引く。
置換魔術により跳ね返された弾丸が数発士郎の体を襲うが、強化された外套を撃ち抜くまでには至らない。
士郎は足を踏ん張り、耐えた。
魔術の効果が切れるまで撃ち続ければいい。それで終わる。
「──あ?」
そうして、ウィリアムの体には再び無数の穴が穿たれた。
呆けたウィリアムが地面に倒れこむ前に刀剣を拾い、その首を両断する。
二人目のウィリアムも、あっさりと命を失った。
士郎は足を止めず、奥の部屋へと向かう。
ウィリアムが二人も現れたのだ。三人目も現れるであろう事は、想像に難くない。
弾倉を交換、残り六十発。物量戦となれば、心もとない。
士郎は、弾倉を交換しながら思案する。
この魔術の正体については、遠坂から聞いている。置換魔術による意識の入れ替え。エインズワースの魔術の極致。初代当主以来、成功例はなかったそうだが。現にその魔術を使ったとしか思えない状況に陥っている。
自在に発動できるとしたら、確かに強力だろう。いくらやられても、体を交換すればいい。
だがしかし、それは弱点でもある。
意識の入れ替えであれば、同時に複数の人形を操る事はできないという事。
一対一の繰り返しであれば、どうとでもなる。
ただし、意識の分割。あるいは他者の意識を人形に移し替え操ることができるのであれば、その限りではない。
しかし、普通の人間として生きてきた以上、前者が行える可能性は低いだろう。
また、後者に関しても可能性は低い。
初代ですら、自身の意識を移し替える事しかできなかったと聞く。
初代以降は魔術の才に乏しく、むしろ技術を衰退させていった一族だ。
何らかの方法で単純な力を増やすことはできても、一朝一夕で技術を得られるはずもない。
技術とは、長い年月と研鑚の積み重ね。その先にしかないものだ。
ここにきて、初代以上の技術を発揮できるとは思えない。
以上の事から、複数の人形に同時に襲われる可能性は低いと、士郎は判断した。
当然、人形ではなく人間に襲われる可能性はあるため、伏兵には注意する。
しかし、気配の全くない人形が多数転移してくるという悪夢は見なくて済みそうだ。
部屋の扉を蹴破り飛び込むと、ちょうど三人目のウィリアムが起き上がろうとしているところだった。
部屋の中には、ほかに五体のウィリアムが寝そべっている。
士郎は迷わず、五体の人形の脳天に銃弾をお見舞いした。
起き上がった敵はそのまま放置し、さらに奥へ。
あそこにいる者ですべてとは限らない。
できれば人形ではなく、魔術の核となるものを探し出し破壊したい。
あれほどの大魔術だ。大がかりな儀式装置無しの発動は不可能。
士郎は、魔術の気配に特別敏感だ。その士郎が、この地下神殿に入るまで魔術の気配を感じなかった。
限られた範囲での魔術展開。であれば、その範囲内。つまり、この神殿内に核が存在する。
「トレース、オン」
さらに奥へと進もうとするが、道を塞がれた。
立ちふさがるのは、金属製の扉。
破壊するのは難しい。だが、金属による一個体であるというのは士郎にとって好都合だ。
目を閉じ、自分の中へと潜る。
触れた手の平から伝わってくるのは、積み上げられた情報。
基本骨子を想定し、構成・材質を理解し、製造に及ぶ技術を模倣し、積み上げてきた歴史をなぞる。
強化魔術。これを成功させるのであれば、解析した構成を固定してやればいい。
だが、いま必要なのは破壊。
わざと間違った構成をくみ上げ、それを固定する。
構成のずれは、金属扉に致命的な負荷をかけた。
バキンと音を立て、あっさりと。扉が砕ける。
「は──いけません、止まりなさい!」
初めてウィリアムに焦りの表情が見えた。
当然、士郎はウィリアムの静止など無視し、奥へと向かう。
扉を超えると、そこは長い通路だった。
高い天井、広い通路幅、数多くの採光口。ステンドグラスが見える事から、最初に訪れた礼拝堂の裏手に回り込んだ事になる。
ただ、光で満たすためだけに作られた空間。ステンドグラスを照らす為だけが存在意義の部屋。まっすぐ進むしかない通路。
危険だ、と。
士郎は一瞬、足を止めかけた。
罠を仕掛けるには、絶好のポイントだ。
「それは、こっちにとっても同じか」
この場で戦い続けてもジリ貧だろう。
士郎はそのまま駆け出しつつ、ドアの脇。死角となるところに、罠を転がした。
と。
空中に、無数の椅子が現れる。
一つ百キロは下らないであろう石造りだ。
単純な攻撃。だがその数と質量は、脅威に値する。
いつまでもかわし切れるものではない。
「これより先に行かれては困ります。圧殺、圧殺、圧殺ぅ!」
振り返る。
通路に入った所で足を止めているウィリアムの姿が目に入った。
「──ああ。そこで足を止めると思ったよ」
もしかすると、空間置換で飛んでくるかもとは思ったが。
その場合、単に銃で撃ち抜けばいいだけだ。種が割れた奇襲など、通じない。置換魔術を使った直後、無防備な瞬間を狙えば簡単に始末できる。
ウィリアムが士郎に肉薄するには、一気に駆け抜けてくるしかなかった。
いくらでも復活が可能というアドバンテージを生かすしかなかった。
いつかは殺せる、などと。消極的な手段に頼るべきではなかった。
士郎は、仕掛けた罠のスイッチを押す。
先ほど転がしておいた爆薬を起爆させるためのものだ。
すぐに解除できる安全装置しかない爆発物など、狂気の沙汰でしかないが。
「は……?」
パン、と軽い音が地下に響き渡る。
しかし、その効果は絶大。
ウィリアムの下半身は、この世から姿を消した。
置換魔術は、確かに強力だ。
だが。自動発動でない以上、ウィリアムが察知できなかった攻撃は防げない。
「あ、ああああああああああ!」
残った手で地面をひっかき、こちらに向かってくるウィリアム。
体を半分失ったというのに、元気な事だ。
だが、額に小さな穴を空けられると、すぐにその動きも止まった。
士郎がマシンピストルで頭を撃ち抜いたのだ。
これで、先ほどの部屋にいたウィリアムは全て始末した。
どこか別の場所にも隠してあるのだろうが、多少の猶予は生まれただろう。
「……さて」
士郎は、上空へと目を向ける。
通路の天井付近に漂うのは、総質量数十トンに及ぶであろう石つぶて。
ウィリアムが力を失った以上、それらが落下してくるのは自明の理だ。
このままであれば、あと二秒で士郎の体は押しつぶされてしまう。
だが、ただ落ちてくるだけであれば。
衛宮士郎になら、どうとでもなる障害だ。
「
投影魔術。
いや、そう呼ぶのは間違いかもしれない。
世界の浸食。心象風景の具現化。
想像理念。基本骨子。構成物質。製作技術。そして蓄積された年月の全てを模倣し、世界の法則を捻じ曲げて生み出す、魔術の極致。
左手に、漆黒の弓を。
そして右手には、剣を。
士郎は、上空に向けて弓を構えた。
足を踏み出し、標的を見定める。
足場は確かだ。重心を安定させるのに問題はない。
引いた弦は、理想とする反力をもって士郎の親指を押し返す。
息を吸い、天に掲げた弓を引き絞ると同時に吐き。そして止める。
(……久しぶりだな。この感覚)
思えば、こんな、
士郎が弓を引くときは、いつも死と隣り合わせだった。
この戦いが終わったら、少し落ち着いてみるのもいいかもしれないと。士郎は、少し頬を緩めた。
指を離す。
放たれた矢は、石の雪崩を消し飛ばし。
ついでに天井を撃ち抜き、白み始めた空へ向かう一条の光を残して、消えた。
◇◇◇
士郎は、やや拍子抜けしつつも歩を進める。
結局の所、罠らしきものは無かった。ウィリアムの本質は、魔術師ではなかったという事だろう。魔術師であれば、最善を尽くすものだ。自身の力を発揮する機会があれば、最高の結果を求めずにはいられない。自信を確固たる物するために。追いつかれ、蹴落とされるのを恐れるが故に。
最後の扉を破壊し、最奥の部屋へと入る。
広い。濃密な魔力に酔ったかのように、少し頭がふらつく。
充満する魔力量を考えると、ここがこの拠点の心臓部。
部屋中に刻まれた文様には、魔力が通っている。石で作られた、複雑な文様。魔術回路のようなものだろう。魔力の伝達と、効果範囲の指定を行っている。
そして、その回路が集積する、この部屋の急所にあるものは。
士郎は息を呑んだ。
似ている。あまりに、似すぎている。
石製の回路に隠されるように設置されたポッド。
液体で満たされた内部で眠るのは、少女。
つまり。ウィリアムが手にしたアインツベルンの遺産というのは。
士郎は、一歩踏み出した。
できる事なら駆け寄りたかったが、心の中で迷いがある。
もどかしいほどに、士郎の心は揺さぶられていた。
ゆっくりと、一歩ずつ進み。少女へと近づく。
設置された階段をあと数歩上るだけで、少女の前に立つことができる。
士郎は、眠る少女を見上げた。
その第一印象は、「白い」だった。
色素の薄い肌。
雪のように、透き通るように白い髪。
閉じられた瞳を見ることはできなかったが、きっと
華奢な体は、生命力を感じさせない。壊れてしまいそうで、恐ろしい。
「──イリヤ」
似ているとはいっても、別人だ。彼女であるはずがない。
ホムンクルスであるがゆえ、似た外見をしているだけ。
彼女は、あの日。死んだのだ。
けれどもその姿も、纏う雰囲気も。
紛れもなくイリヤスフィール・フォン・アインツベルン──衛宮士郎の、義理の姉。
それと、同質のものだった。