衛宮士郎が白髪になるまでのお話   作:ぽぽりんご

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第5話

 

 

『シロウの手、おっきいね』

 

 イリヤの最後の姿が脳裏をよぎった。

 自らの血にまみれた手を伸ばし、士郎の手を握る。

 無垢で、残酷で。幾度と無く敵対して。

 

『あったかい……ずっと、こうしてみたかった』

 

 けれども、どうしても憎むことのできなかった彼女は。

 士郎の腕に抱かれたまま、その命を落とした。

 

 最後に願うにしては、ささやかすぎる望み。

 それが叶ったと、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべながら。彼女は士郎を残して消えてしまった。

 まだ何も、ろくに話し合う事すら出来ないままに。

 

 あの時、彼女を救えていれば、士郎の道も変わったのだろうか。

 今も彼女の隣で。

 彼女のことを、もっと理解できたのだろうか。

 

 

 

 思わず。

 ふらふらと。夢遊病患者のように歩みを進め、ポッドに手を伸ばす。

 

 いつぞやとは逆だ。

 今度は士郎が血に塗れた手を彼女へ手を伸ばす。

 彼女に触れたいと。彼女を取り戻したいと。そう願い。

 

 ずっと後悔していた。彼女を救えなかったことを。

 衛宮切嗣の娘。士郎が、彼女から父親を奪い取ってしまった。

 士郎がいなければ、きっと切嗣は命を賭してでも彼女を浚いに行った事だろう。

 そして、士郎の憧れた彼ならば。きっと、やり遂げていたに違いない。

 士郎は、そう信じている。

 

 

 けれども、それは実現しなかった。

 彼女と切嗣は、二度と会うことなく。

 二人は命を失った。

 

 それは、士郎がいたからだ。

 士郎が、二人から奪った。

 あったかもしれない未来。

 幸せな生活。二人の歩む、人生。

 

 

 士郎は、望んでいたのだ。

 イリヤスフィールの幸福を。衛宮切嗣の安寧を。

 からっぽだった士郎の心を埋めてくれた、衛宮切嗣への憧れ。

 それを塗りつぶす事のできる、唯一の願い。

 決して叶わぬ渇望。それが、どうしようもなく士郎の心をかき乱す。

 

 正義の味方に、なりたかったわけじゃない。

 あの時。救われたような表情をした彼の事が、どうしても忘れられなかった。

 彼の望みを、叶えたかった。

 彼の意思を、継ぎたかった。

 そして自分も、救われたかった。

 それを叶える手段が、正義の味方を継ぐことだったというだけ。

 

 

 もし士郎が救われるとしたら、あの日。あの時。あの瞬間。

 何を置いてもイリヤスフィールを救いたいと願った、あの時をおいて他はなかった。

 切嗣の願い。ただ一つ残された希望。

 イリヤスフィールを助け出したいという、彼の想いを継ぐことができれば。

 衛宮士郎も、きっと。何かを得ることが、出来たはずなのだ。

 

 

 だがしかし、彼と彼女は救われることなく。

 運命の歯車は狂ったまま回り続け、士郎の心を巻き込んだまま崩壊した。

 

 

 

 士郎は、目の前に意識を戻す。

 伸ばした手が、ガラスに遮られる。

 赤い滴が、ガラスの表面を汚した。

 

 瞬間。士郎の体が急激に熱を持つ。

 魔力回路をフル回転させた時のように。

 

「……何だ?」

 

 魔力が体から抜けていく。

 だというのに、士郎の体に疲労感は感じられない。

 まるで、士郎の中に士郎以外の魔力が存在していたかのようだ。

 

 魔力に反応したのか、ガラスの向こうに満たされていた液体が淡く輝き始める。

 輝きは一定ではなく、脈動するようにその光を変化させていた。

 

 やがて、脈動に合わせて少女の体に赤い色が差す。

 心臓の鼓動。血の脈動。生気のなかった肉体に、血が通いはじめた。

 

 

 ズキリと、腕に痛みが走る。

 千の針に刺されたかのような痛み。

 ウィリアムに刺された傷が、痛む。

 

 傷が開いたかと思った士郎だが、そこに目を向けると、いつもと変わらぬ自分の腕が存在した。

 いつもの通り。ナイフで刺される前の、士郎の腕が。

 

「は、」

 

 治った。治っている。

 魔術の発動は感じられなかった。

 ありえない。この一瞬で傷が治るなど。

 

 いや、この感覚は。どこかで──

 

 

「馬鹿な、なぜもう動いているのです!? まだ、まだ動いてはいけない。まだ、魂を移し替える魔術は完成していない!」

 

 士郎は、無意識のうちに懐の起爆装置に手を掛けた。

 部屋の入口にいたウィリアムが破裂する。

 が、すぐに背後から新たなウィリアムが現れた。

 

「離れなさい。それは私の物です。私が使うのです」

「断る」

 

 考える前に、言葉が吐き出された。

 いや、考えたところで口から出るものは変わらなかっただろう。

 彼女を、この男に渡す選択肢は無い。

 

「奪う? 私から彼女を? いけません、それは私の物です。私の、私の、私のぉぉぉぉぉッッ!!」

 

 口から泡を噴き出して、ウィリアムは激高する。

 

 士郎は思案した。

 張り巡らされた回路を見ればわかる。この装置を破壊すれば魔力供給が断たれ、ウィリアムの魔術は発動できなくなるだろう。

 しかし、今すぐ破壊するわけにはいかなくなった。

 少し、時間が欲しい。

 ウィリアムは、邪魔だ。排除する。

 たとえ、固有結界を使ってでも。

 

 だが士郎の思考は、続いてウィリアムから放たれた言葉により、再び停止する。

 

 

「その母胎に我が妻の魂を定着させ、子を成す! そうすれば、最高の性能を持った子供が誕生するのです。そのために、愛する我が妻と子に手を掛けた。最高の、最高の肉体を用意するためにぃぃぃぃ!」

「──?」

 

 なんと言ったのだ、この男は?

 母胎? 子供を作るための? この男が?

 

 士郎は手を震わせた。

 真っ白な雪を汚されたような気がして。

 士郎の憧れを、踏みにじられたような気がして。

 

 

 激高したウィリアムが襲い掛かってくる。

 今までの攻撃とは違う。まるで子供のように、がむしゃらに向かってくる。

 だが士郎は、それを冷静に。覚めたような視線で射抜いた。

 

投影、開始(トレース・オン)──」

 

 思考の乱れはない。

 何千、何万繰り返そうとも、やると決めたならば、士郎の思考は乱れる事なく。

 弓を構えた瞬間、士郎の意識は隔絶される。

 誰も士郎を、止められない。

 

 

 無言のままに、矢を放つ。

 空気を切り裂いた矢は、狙い違わずウィリアムの頭を切り裂き、彼の思考を切り裂き、魂を切り裂いた。

 

「なんという一撃! でも、届きません。どんな強力な攻撃も、我が妻へへへへの愛ににににわわ?」

 

 即座に古い体を捨て、再び現れたウィリアム。

 だが。彼は血を吐き、倒れこむ。

 体を痙攣させ、まるで窒息し空気を求めるかのように空を手で掻き回す。

 が、それでどうにかなるはずもなかった。

 彼の魂に刻まれたのは、致命的なまでの損傷。

 

「ああああ? なに……一体なにを……あなたは、何を。したのですか!?」

 

 何のことはない。

 士郎は、ただ。力技で、ウィリアムの魂を傷つけただけだ。

 どんな魔術を使おうと、たとえ空間を捻じ曲げようと。土俵を移し替えただけで、結局の所はただの力比べでしかない。より強い概念をぶつければ打ち砕く事ができる。

 士郎の投影したものは、宝具だ。人の魂など容易に塗り潰せるほどの、概念武装。

 一撃では即死と行かなかったが、時間の問題だろう。

 

 むろん、宝具の連続投影は体への負担が大きい。

 だがどういうわけか、体の奥底から力が沸きあがってくる。

 今なら、何度でも投影ができそうだ。

 

「慎重になりすぎるのも、考え物か」

 

 士郎は呟く。

 事前の情報との食い違いがあった事で、情報収集に力を入れ過ぎた。

 

「いや、結果論だな。常に万全は、ありえない」

 

 自身の魔術は、ウィリアムのそれを上回る。

 銃弾を跳ね返された時の感覚で、おそらくはそうだろうという思いはあった。

 だが、もし宝具が跳ね返された場合、それは自身の死に直結する。

 それに一撃で致命傷を与えられなかった場合、逃走される恐れもあった。

 こうして勝利を得た以上、間違った選択肢ではない。

 

 倒れこんだウィリアムに対し、士郎は次の攻撃をどうするか考える。

 先ほどの宝具は、毒を流し込むもの。

 このまま放置すればいずれ死ぬだろうが、それを待つのは少々面倒だ。

 ならば次に試すべきは、魔を祓う聖剣の類か。

 例えば、選定の剣(カリバーン)のような──

 

 

 イメージを固めると、風向きが変わった。

 実際に風が流れているわけではない。

 ただ、そちらに引っ張られるような感覚が、錯覚を引き起こしただけだ。

 

 士郎の中に流れる魔力。それが、少女の方へと流れていく。

 異常なまでの魔力量。士郎にこれほどの魔力が貯蔵されていたとは思えない。

 あきらかに、異常事態だ。

 士郎は、思わず振り返る。

 

 

 彼女と、目が合った。

 

 

 赤い瞳。彼女と同じ瞳。

 士郎を見つめる目は、血のように赤い。

 

 その目を見た瞬間、士郎の呼吸が止まった。

 魅入られたように、視線が外せない。

 

 思わず、手を伸ばす。

 ガラスに触れた手のひらに、ひんやりとした感触が伝わってくる。

 彼女も士郎と同じように、士郎へと手を伸ばす。

 そして二人は、ガラス越しに手を合わせた。

 

 

 と。

 士郎は、足首を掴まれた。

 

「それは、私の……私が、使う……」

 

 ウィリアム・エインズワース。

 彼は血反吐を吐きながら這いずり、士郎の脚を掴んだのだ。

 

 士郎は拳銃を取り出そうとする。

 が。士郎が動くより前に、彼女が動いた。

 

「……邪魔しないで」

 

 少女の声と共に、部屋が白く塗り潰される。

 光の奔流。高密度な魔力。圧倒的な圧力に、士郎は身構えた。

 

 しかし、その魔力は士郎の体をすり抜ける。

 部屋を蹂躙する魔力は、彼女と士郎。その二人だけをすり抜け、それ以外の全てを蒸発させていく。

 当然、ウィリアムも消し飛んだ。肉の一片も、魂すら残す事なく。

 

 

 その光景を、士郎はただ茫然と眺める。

 この光は、覚えがある。いつか見た光景。

 規模が違う。扱う者が違う。

 だがこれは、まぎれもなく。

 

 

「──約束された、勝利の剣(エクス、カリバー)

 

 

 その呟きは、吹き荒れる暴風の中に溶けて、消えた。

 

 

 

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