『──で、士郎が引き取る事にしたの?』
心休まる声。
食事を終えたリアは再び眠ってしまったため、その間に士郎は遠坂に昨日の出来事を報告することにした。
引き際がなってないと散々に怒られたが、いつもの事だ。
「引き取ると決めたわけじゃない。緊急措置だ」
『どちらにしろ、士郎には二つしか選択肢がないでしょ。自分で引き取るか、私に泣きつくか』
「泣きつくかもしれない。覚悟しておいてくれ」
『別にいいわよ? 代償は高く付くけど。そっちこそ覚悟しておいてほしいわね』
赤い悪魔の取り立ては厳しい。
だてに鬼や悪魔呼ばわりされているわけではないのだ。
呼んでいるのは、おもに士郎だが。
『さて、本題。士郎、今すぐその街を出なさい』
「なんでさ」
唐突に本題に入り、唐突に結論を述べる。
昨日の戦いに至るまでの不出来が、まだ腹に据えかねているのだろう。
『時計塔の上層部に今の話が流れたら、間違いなく隠蔽工作に動くわよ。難民プログラムに参加した子供達を、横から丸ごと掻っ攫うなんて正気の沙汰じゃない。士郎は巻き込まれ体質だし、まとめて葬り去られないようにしないと』
時計塔。
魔術協会の総本山。
確かに彼らであれば、事件の隠蔽のために何だってするであろう。
『それに、おそらく聖堂教会も動くでしょうね。こちらの動きを察知してからの話だから、そこまで気にする必要はないとは思うけど』
聖堂教会。
教義に反するモノを抹消するために活動する、武闘派組織。
士郎にとって、あまり良い思い出は無い。
「あー、それなんだが遠坂」
士郎は、バツが悪そうに語った。
今、この町から出ることはできない。
政府軍に包囲されているのだ。武装集団の残党狩りが終わるまでの数日間、包囲が解かれることは無い。
士郎自身は政府側の傭兵として参加していたのだが、万全の包囲を期すために町の外に出ることは禁止されている。
それを聞いた遠坂は、重い溜息をついた。
『いつも思うんだけど。士郎って、とことんトラブル体質よね。不運の星の下に生まれてきたのかしら』
「遠坂にだけは言われたくないぞ」
遠坂凛こそ、希代のトラブルメーカーである。
きっと、うっかりの星の下に生まれてきたのだろう。
「俺一人ならともかく、女の子を連れて脱出なんて真似はできない。この町の周辺は、隠れられるような場所がほとんどないんだ。もし追いかけられたら、逃げきれない」
『待つしかない、か。ああもう、世話の焼ける……士郎、私の宝石は持ってる?』
士郎は、懐の宝石に手を触れた。
指先から熱が伝わってくるような感覚。
大事なお守りだ。
「ああ、肌身離さず持ってる」
『ならいいわ。いざとなれば
それだけ言うと、遠坂は通信を切った。
◇◇◇
「服を買いに行こう」
夕刻に差し掛かり、リアが目を覚ました後。
大事なものが無い事に気づいた士郎は提案した。
「……疑問。服、あるよ?」
「もっとちゃんとした服だ。最低限、あと二着は欲しい。外套もな」
リアが手を挙げながら答える。
が、士郎の外套に身を包んだその姿は、妖怪か何かにしか見えなかった。
手を挙げてたのも、外套が盛り上がった事による推測でしかない。
補足しておくと、一応外套の下に服は着ている。
炊き出しの補給品に、子供服もあったのだ。
荷物の緩衝材替わりに、余った服を入れていたのが役に立った。
リアは小柄なので、サイズは問題はない。
……男物であるのは、問題点に含まれるだろうか?
「難しい」
「頭で考えるより、見に行った方が早いさ。こんな町でも、多少のマーケットはまだ生きてる」
手早く外出の準備を整える。
といっても、荷物を隠すだけだが。
外に出る士郎に、リアは小さな歩幅でついてきた。
今日も風は無い。砂埃がたたないのは嬉しいが、代わりに強い西日が肌を焼く。
士郎の外套はリアに貸し出してしまっている。さすがの士郎も、外套無しでは少々つらい。
あちこちの物に興味をしめし質問をしてくるリアに答えながら、士郎たちはようやくマーケットに到着する。
選ぶほど服装にバリエーションがないのは、良かったのか悪かったのか。
ついでに食材や調味料も頂いた。
政府軍が駐留しているため、それに付随する補給部隊も町に到着していたのだ。
傭兵とはいえ士郎も政府軍に所属していたため、多少の融通は効く。
手早く補給を終えて、士郎達は帰路につく。
日が沈むまであと半刻。少し急がなければならない。
と。目を離した隙に、リアは路地裏にいた犬と睨めっこをしていた。
至近距離でにらみ合う一人と一匹。
「……わん?」
ちなみに今鳴いたのは、犬ではなくリアの方だ。
犬の方は、若干迷惑そうな目でリアの事を見つめている。
士郎が近づくとリアから視線を逸らし、救いを求めるような目を向けてきた。
士郎は荷物から食料を少し取り出し、犬に与えた。
犬は士郎の顔を少し見た後、勢いよく食べ始める。
「……感嘆。これが、犬?」
「ああ、犬だ。見るのは初めてか?」
「たぶん、初めて」
食事を貪る様子を、興味深げに見つめるリア。
心なしか、目が輝いているように見える。
こうしてみていると、普通の人間と変わらない。
勢いよくすべての食糧をその腹に収めた犬は、ワンと一声鳴いた後走り去っていった。
ずいぶん元気だ。この町にはしばらく軍隊が駐留するし、生きていくことに困りはしない。
手が空いた者が、誰かしら相手をしてくれる。
弾むように歩くリアを引き連れ、士郎はようやく家にたどり着いた。
犬と会ってから、ずいぶんと機嫌がいい。
腕まくりをし、久しぶりに調理に向かう士郎の行動にも興味津々といった様子だ。
興味を持つのはいいことだ。
好奇心は猫をも殺すというが、好奇心がなければ生きてはいけない。
「それ、何につかうの?」
「これは、豆なんかをつぶすのに使うんだ。ほら、こんな風に」
「へー」
喋る事に慣れてきたのか、徐々に会話がスムーズになってきている。
自律行動可能なホムンクルスであるし、あらかじめ知識はインプットされていたのだろう。
知識を引き出す練習さえすれば、あっというまに成長していく。
知識量という点でいえば、そもそも士郎すら上回っているかもしれない相手だ。
料理に興味がある様子だったので、リアに食事の準備を手伝ってもらうことにした。
彼女に何が出来て、何ができないのか。
何のために生み出され、彼女は何をしたいのか。
それがわからないうちに、士郎は彼女から目を離す事ができない。
自発的に色々試してもらえるなら、その方がいい。
しばらくして。
少々手間はかかったが、ようやく食事の準備を終えることができた。
「シロウ、シロウ。何これ何これ、すっごくおいしい。すごい」
当初は黙々と口に食事を運んでいたリアは、九割がた食べ終えると目を輝かせる。
こうも素直に感想を述べられると、士郎も頑張った甲斐があるというものだ。
ただし。
「リア、危ないからスープを持ったまま立ち上がるのは止めてくれ。こぼしたら火傷するぞ」
やはり、彼女には常識というものが欠けているらしい。