古典部に懸る月   作:指切りの約束

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人物紹介

 千反田けい

 他県に住むえるの親戚。
 中肉中背のどこにでもいる感じの高校三年生。


 場面は2巻『愚者のエンドロール』から始まります。







第1話

  1

 

 

「いりっちゃん、あの子達に頼るつもりかい?」

 入須が古典部の皆に未完成の自主制作映画を見せるために視聴覚室から準備室に入ると、そこに設置されている椅子を3つ4つ繋げて横になっている男がいた。

「けい、か。どうして君がここにいる」

「そんな些細な事はそれを流してからにしよう」

 視線をプロジェクターの方に向け、再生するよう促す。元よりそうするつもりだった入須はそのまま映画を再生する。マジックミラーになっていて、あちら側からは見えないがこちら側からはスクリーンに映画が映しだされているのが確認できる。

 入須は使われていない椅子を移動させ、けい――と呼ばれた少年の隣に腰掛ける。二人ともプロジェクターに接続されているパソコンに映しだされる映像を見ている。

「これって確か未完の物でしょ」

「そうだが。何か問題か?」

「いんや、他のクラスの問題に首を出すほどお人好しじゃないと思うし。君が何か策を講じていると小耳に挟んでこうしてきたわけよ」

 カラカラと聞くものが聞けばしゃくにさわる様な笑い方をする。昔からの付き合いがある入須からすれば、その笑い方はまだいい方であった。

「それで、こんな物をあの子達に見せて何をしようっていうんだい?」

 と、けいは入須に訊く。

「言わなくとも分かっているんだろ」

「こういうのは本人の口から聞くことに意味があるんだ。ここで言う気がないなら、あの子達に言うのを聞くよ。そっちのほうがぼくは楽しめる」

 あいも変わらず趣味が悪い。思わずにはいられなかった。

 映像は舞台となる劇場に移っている。探索者がそれぞれの部屋へと移動を開始する。不可思議なライトだって、カメラの暗転だって、一度気になればそうなのだが特段普通のことである。

「脚本は本郷かな?」

「あぁ。その通りだ」

「やっぱり。話しの作りが如何にも彼女らしい。基本に忠実、奇を衒うことすら考えてないあの素直さにぼくは尊敬の意すら払いたいよ」

 話は進み、一人戻ってこない者を探しに行く事となっている。このあたりから入須は画面から目を背けている。

「嘘つき、までとは行かないがみんなに言われている《女帝》になりきる準備でもしてるのかい?」

「やはりお見通しというわけか」

「いりっちゃんは昔から変わらないからね。オンとオフがはっきりしてる分分かりやすい」

 入須が何と言えない表情をしているまま、ついに事件現場が映った。手首から上が切られ、大量の血を流しながら人が蹲って死んでいる。映し出された手は学生が作ったとは思えないほど精巧で何処か寒気を感じられる程であった。

 それを見たけいはあからさまに顔を顰める。その顔はなにか大切なものを取られてしまったような、怒りと悲しみが混在しているものであった。しかし、すぐに表情を元に戻す。

「それでは、言ってくる」

「行ってらっしゃい。まぁ、僕も付いて行って君の言う事を聞くんだけどね」

 

 

 2

 

 

あ・た・し♪:それで、どんな感じになりそう?

 

俺様ですよ:仕掛けは順調にしてました。あとは他の人が舞台装置となり、二人が道化になるのを見るだけです

 

あ・た・し♪:随分会わないうちに冷たくなっちゃって!

 

あ・た・し♪︰君って自分の周りのモノを形振り構わず、何でもかんでも守ろうとしてなかった?

 

俺様ですよ︰それっていつの話ですか…

 

あ・た・し♪︰たしか半年前のことだと思うけど

 

俺様ですよ︰……

 

あ・た・し♪︰もしもーし

 

俺様ですよ︰ぼくにも色々あったってことで

 

あ・た・し♪︰男子3日会わねばなんて言うけど、そんなものなのね

 

俺様ですよ:それなら先輩の弟の方がそうじゃないですか

 

俺様ですよ:元からなにか持ってるなとは思ってましたが

 

俺様ですよ:ここ迄とは予想外でした

 

あ・た・し♪:あー、あのバカね

 

俺様ですよ:僕の可愛い後輩の一人ですけどね

 

あ・た・し♪:噂をしたら起きてきたわ

 

俺様ですよ:ぼくの方もお姫様が起きたみたいなので、今日はこれくらいにしますか

 

あ・た・し♪:しばらくはこっち居るから遊びに来てね

 

俺様ですよ:分かりました。それでは失礼します

 

 

 3

 

 

「おにいさんおはようございます」

「おはよう、える。ご飯は出来てるから食べようか」

 千反田家の台所で二人して手を合わせる。うん、自画自賛になってしまうが今日の朝食もいつも通り良い出来だ。味噌汁も濃すぎず薄すぎず、目玉焼きも黄身を割るととろっと出てくる良い焼き加減。

 千反田家のお米も美味しい。前に住んでいた所でのお米の味なんか忘れてしまっている。それほどこのお米が美味しいのだ。

 ぼくとえるとの食事は大抵会話がない。それは話し辛いとかでは無い。その前はそこまで話はしなかったが、ぼくが中学生の時にこっちに来てからだからよく話すようになった。期間にすれば6年か、意外と長いな。

「今日はどうするんだ?」

 食事を終え、二人揃って食器を洗いながらえるに訊く。

「今日から3日間、部活の集まりがありますよ」

「へぇ、古典部の。文集の話しあいかい?」

 ひょんな事から、といってもぼくがえるの従兄弟という事で古典部文集『氷菓』の一連の事件に関わった。それを文集に載せるという話は聞いたが、それ以降はあまり古典部の事には干渉していない、

「いいえ。入須さんに依頼された事を少し」

「へぇ。なかなか面白そうなことをしてるんだな」

 と言っても既に入須が何をしようとしているのかは知っているんだけど、わざわざいう必要も無いだろう。

「おにいさんは今日はどうするんですか?」

 高校三年生がするということと言えばたった一つしかない。大きなイベントである受験に備えて勉強しなくてはいけない。部活もしなかったから余裕はあるにはあるので、今日は息抜きでもしようか。

「少し知り合いに会いに行こうかな。どうも聞く限りじゃ、体調崩したらしいから」

「それは大変ですね」

 まぁ、えるがこれから関わることに関係してるんだけれどね。そうだな、お見舞いが終わったら学校に行って江波に会いに行くのも良いだろう。

「恋合病院だから一緒に途中まで行こうか」

 

 

 4

 

 

 もし神山高校で怪我をした場合、保健室なので対処できない者は養護教諭によってこの恋合病院に連れてこられる。ぼくはそういった事がないので聞いた話になるのだが。

 待合室のソファーに腰掛ける。昨日の時点で入須に本郷のことを聞いているので、何処にいるかなんて彷徨うこともない。入院ではなく、通院なので看護師に聞くことも出来ない。

 体を壊したという事になっているがメンタルの方がやられたらしい。入須との会話で回復を図ろうとしているらしく、聞いた話だと時間はそろそろなのだがまだ来そうにない。学生鞄から本を取り出しパラパラと読み始める。もし本郷がやって来たら分かるように集中しすぎない程度に。一度読んだことのある本なのでそうなる事は殆ど無いと思うけど。

 そうしてどれくらいの時間が経っただろうか生憎と腕時計をしてくるのを忘れてしまったので分からないが、本郷が姿を表した。ぼくが手を上げると彼女は気がついたようで、すこしびっくりしながらこちらに手を振り返してくれた。

「どうしてここにいるんですか先輩?」

 本郷は驚いた顔でコチラにやってくる。

「君に聞きたいことがあってね。入須からここにいることを教えてもらったから、会えればなって」

「そう……ですか」

 きっとぼくが聞こうとしていることの予想がついたのだろう、顔を少し曇らせる。ぼくはぽんぽんと隣の席を叩き座るように伝える。本郷はおずおずと隣に座る。

「せ、先輩は私のことをどう思いましたか?」

「どう、というの?」

「私が脚本を書ききらないで逃げた事について、どうも思ったのかです」

 書き終わらなかった脚本。2-Fの有志のために本郷が書いた台本。これまで自分の漫画しか書いたことの無いこの子に頼むには余りにも大きすぎる仕事だ。それを受けた彼女も彼女だが、それは他の人が思うことでぼくは彼女の味方でありたい。入須と違って。

「僕はあれを見て途中まで『これは本郷が話を作ったものなんだ』って思った。そして、撮られてる分の最後になって『あぁ。違う物語になってしまった』と思ったよ」

「へっ!?」

 このような返答を予想していなかったようで、声が裏返っている。

「そこまで意外だったかい?」

「想像と違っていて……。逃げた事を叱られると」

「これがそこそこの仲の人だったらそう言うかもだけど、本郷とは仲がいいからね」

 そうですか。本郷はそう呟いて下を見て微かに笑った。

「先輩はあの映画の結末の予想が付いているのですか?」

「少なくともどんな犯罪が行われたか、くらいしか予測はつかないけどね」

 本郷自身の素直さや愚直さ、そして優しさ。これからが全てあの映画には入っていた。故に、本郷のことを知っているぼくにはあれから本当はどうなっていたかが分かる。

「きっとアレは腕が切り落とされるほどの大きな怪我じゃなくて、傷がつく程度、悪くても指が切り落とされるほど程度じゃないかな」

 でも体を壊しやすい本郷は撮影についていくことが出来なかった、いや、もし付いて行ったとしても変わらなかったかもしれないが、撮影班はそれぞれがアドリブをして行った。それは出演者だけでなく、彼らに指示を出す監督たちなどもである。

 それだけには収まらなかった。事前に小道具を準備する係の子達は本郷の書いた台本から切り落とされた腕を作り、血糊を大量に作成した。

 そうして物語は大きくねじ曲がり、本郷のものとは乖離してしまった。

「その通りです先輩」

「それについてとやかく言うことはない。そんな本郷のことを知らずに頼んだ奴らが悪くて、勝手に話を進めた奴らが悪いとぼくは思う。これは客観的に見たものではなく、ぼくの主観そのものになるからね」

 主観では別に本郷は悪くもないと思う、自分が彼女だったら『これ私の考えてる物と違うの。人は誰も死なないの』なんて言えやしない。しかしこれが彼女を知らない、つまり客観的に見てしまうと只逃げただけになってしまう。

「どうすれば良かったんでしょう」

「それで入須に相談したのかい?」

「はい」

 これは本郷にとっては完全なる悪手。入須にとっては棚から牡丹餅。きっと入須も本郷の脚本がどうなるかは分かっていた、しかし入須は自分が最初からでなくとも途中から関わった物が中途半端に終わるのを嫌う。ましてや本郷(アマチュア)のものとなれば尚更であろう。

 故に棚ボタ。より良い終わりにする為に作家を探していた。おそらく古典部に頼んだように『探偵役』という役職を与えて。しかしクラスには求める人材が居なかった、例えそれが『探偵役』として本郷の真意に近かったとしても。だから次は古典部にたどり着いた。折木の可能性にかけたのであろう。知り合いの遠垣内やぼく、そして供恵さんから聞いていた折木に。

「そうか」

「大丈夫です……よね?」

 自分が逃げ出した作品に対して、未だ心配をしているのは優しいからというべきか罪悪感があるからか。本郷とのつきあいの中ではまだ分からない。

「きっとね」

 だから僕は曖昧な言葉で場を濁すのだ。

 

 

 5

 

 

 神山高校は現在活気に満ちている。それもその筈、暑さやら夏季の課題やらで溜まっている鬱憤を部活動で晴らしているのだから。このいい方はよろしくないな。ただ自分のやりたい事に一生懸命取り組んでいるからだ、という良い方が良いだろう。別にぼくは捻くれてなどいないのだから。

 一先ずの目標は江波。しかし何処にいるのだろうか。古典部と探偵役の仲介人をしてもらうと入須は言っていた。ともなると、2-Fの教室か?取り敢えずぶらぶらしよう。適当に歩いていればいつか出会うことが出来るだろう。いつかでは遅いのだが……。

 鼻歌うたいながら校内を彷徨う。うたう歌は音楽系の部活に流されてしまう。耳で聞く曲と別の曲を鼻歌でうたうのは難しい。部活で廊下にいる人はたしかにいる。中にはそこそこ知ってる人もいる為挨拶したりされたりはするが、止まって話をする程度ではない。

 生憎とうちの学年はあまり興味を引く人が少ない。遠垣内は目立った所がないが、普通に話をする分には面白い。アイツの自制心は目を見張るところがある。他にもチラチラといるがまぁね。

 一つ下の2年生は少し増える。二年代表といえば『女帝』入須冬実。僕もそう言った異名を何故かあるが、知っている人も少ないし嬉しくもない。

 話を戻そう。他に二年生で気になるのは入須と同じクラスの沢木口さんだろう。あの子はおもろさを抽出しまくったような子である。対岸で見てても面白いし、近づいて一緒に何かをしても楽しい。しかし、身内の事となると普通以上に怒ってしまうのが難点である。それが彼女が人である事の証明になっていると思うので、残念とは思わない。

 そんなことを思い、なかなか江波のいる所に行けないなと思っているとぼくが今最も注目している彼らがやって来た。

 

 6

 

 よく知り合いには勘違いされるのだが、ぼくは特段古典部に干渉しているのではない。言葉遊びを使うなら干渉ではなく鑑賞しているだけ。彼らの成長は既に成長しようとする事を諦めたぼくだから出来ることなのである。入須は成長甚だしいうら若き乙女なのでばりばりアタックを決めている。

 

 伊原摩耶花。同じ中学出身という事以外あまり接点がない。元々の土台がそこそこあるため大きな成長が少ないと思っている。しかし恋い慕う彼と一緒に何かをするとなると、相乗効果によって何倍も優れるような気がする。個人的には彼女は現在神山高校で最も静かな戦争が行われている漫研を辞めるべきだと思うのだが、ここまで口出ししたらぼくのポリシーに反してしまう。

 

 福部里志。伊原とは逆に最も交流のある後輩である。普通の生活では気づける人はいないと思うが、古典部の中でのみ彼を考えると平凡なのが目立ってくる。雑学を広く浅く知っている没個性な少年。ぼくと似ていて全く違う。口では自分に出来ることは知っていると言いつつも、まだ可能性を信じている。ぼくには出来やしないことだ。

 

 千反田える。ウリエル、ガブリエル、チタンダエル。所謂興味を司る大天使である。訂正。ぼくの従姉妹で可愛い妹のような感じ。努力の出来る天才だとぼくは思っている。深く知らない奴らはその程度でえるの理解を留めるが、実際のところはそれは彼女を形成する只の一つのパーツに過ぎない。故にぼくはえるをその様にしか見ることの出来ない奴が嫌いである。こんなことを考えているぼくも気付くまでに時間はかかったが……。

 

 折木奉太郎。謎の破片を発掘するのではなく、それを上手く組み合わせる人だとぼくは思っている。これが氷菓を巡る一件でぼくが彼に下した判定である。しかしそれは一過性の物に過ぎないかも知れないし、はたまた更なる進化(真価)を秘めているかも知れない。だからこそ一番楽しみなのである。楽しみは早々バラすものではないので、奉太郎については深く考えないようにしよう。

 




私なりの愚者のエンドロールの見方があるので、合う合わないがあると思います。
自己解釈な部分もあるのでタグに付けた方が良いんですかね?

最後のは、けい本人の考え方です。アンチヘイトの意はないのであしからず。
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