「粒子爆発?」
ルーテシアから受けた解説で気になった単語をリオが繰り返す。
「炎熱系の特殊魔力はその特性ゆえにコントロールがかなり難しいの。少しでも手元が狂えば、暴発して術者を焼死体に変えかねないほどにね」
「うげぇ・・・ってことは私もその可能性があるってこと!?」
「リオはちゃーんとできてるから大丈夫。でも、彼奴はそうじゃない」
「ええ。リオと違って、アスカは家柄で格闘技やそれに類似した訓練を幼いころからみっちり積んでいたってわけじゃない。たまたまシスターシャッハにスカウトされて、たまたま訓練を受けていただけ」
「その期間も短かったし・・・ある意味、あたし等の中じゃ一番素人かもしれない」
「さて、さっきの続きだけどね。粒子爆発っていうのは炎属性特有のもので、術者の指示一つで極小の爆発を起こさせることができるの。ヴィヴィオは経験あるんじゃない?」
ルーテシアに言われてヴィヴィオは記憶の中にある出来事を掘り起こす。そこで思い当たったふしがあったようで「ああ!」と手を叩いた。
「シグナムさんと模擬戦でマッチングした時!」
「そう。シグナムさんの剣は素の状態でも結構切れ味鋭いし威力も高いけど、そこに炎の魔力付加を与えることによって爆発的に威力を高めているの」
「刃が対象に接触した途端、高熱と爆発で相手の得物を真っ二つ!なーんて事もやっちゃうからね」
「アスカの場合、それを相手の得物に付着させてモーションをスイッチにして爆破。エルス選手からしてみれば、いきなり自分の体が吹っ飛んだようにしか感じられないと思うんだけど・・・どうやらそう甘くはないみたいね」
ルーテシアの言葉が示す通り、リングインした途端に始まった第二ラウンド。そこでエルスのとった戦法は・・・なんと、近接戦。捕縛魔法を得意とし、それを生業としていたあのエルスがだ。これには観戦に来ていたハリー・トライベッカも目を見開いて驚く。
「あのエルスが、殴り合い?」
「アスカの炎を危険視してのことね。使う猶予を与えず、ラッシュで攻め込む・・・体格差を生かした戦法ね。けど、それがどこまで通用するかしら」
隣に座るヴィクターが意味深なことを言ってしめる。注意深く、二人の激突する光景を見るエリートファイターのハリーとヴィクター。一人のアスリートとして、いくらアスカが新人といえども決して侮るようなことはせず、相手を観察しそのアクションに対する自身の返しを脳内で組み立てつつ試合の行く末を見守る。
(一発一発は軽いのに、この速さ・・・!)
エルスのラッシュを受け止めているアスカは思いもよらない彼女の行動に驚いていた。型は少し荒いが、それでも打撃としての役目は果たしている。装甲越しでも伝わる覇気と闘志が、徐々にアスカを精神的に追い込んでいく。
(たしかに私は体格的にも腕力的にも彼に比べたら劣っている。でも・・・だからと言って、それが諦める理由にはならない。ずっと見てきた・・・憧れと、尊敬と、敬意を込めて・・・ッ!)
チラッと、視界の隅に小豆色のポニーテールが映る。いつも、目の上のたん瘤のように思っていた彼女。それでも一人の競技選手として、エルスはハリーを高く評価していた。どんな逆境でも、自分のできることを全力でやりきる。計算なんてあったもんじゃない、そんな荒々しい彼女の戦いぶりに、辛口をききつつも憧れていた。そして・・・・勝ちたいと、思った。
だから。
「撃ち抜きますッ!」
右拳に魔力を込めて力いっぱい撃ち抜く。防御されはしたものの、リング端まで追いやられてしまうアスカ。ライフポイント的にも余力は残されていない。文字通り、まさに崖っぷちに立たされてしまった。
「・・・あの子ね、前に言ってたのよ。私には、努力しかない。貴女みたいな爆発力も、私みたいな特異体質も、ミカヤ選手のような技術もない。ましてやチャンピオンのように特別な力もない。ないもの尽くしで総合格闘技なんて向いてない。それでも、自分が初めて心からやりたいと思ったことだからって。その為なら、努力することをやめないって」
「彼奴、そんなこと・・・」
「それに、追いつきたい背中があるとも言ってたわ。・・・さて、誰なんでしょうね?」
イタズラっぽく笑うヴィクター。それが何を意味するのか少しだけわかってしまったことに恥ずかしくなったハリーはそれを悟られまいと観客席の手すりに手をかけ、身を乗り出して叫ぶ。
「おいデコ助!おまえここで負けたら承知しねーからなッ!おまえをブッ倒すのは、このオレ様だ、よく覚えとけ!」
そんなつっけんどな事を言い、レフリーから注意を受けてしまうもフン、と鼻を鳴らしてドカッと元の席に腰掛ける。
「素直じゃないわね」
「うっせ」
ハリーの思いもよらない激励。それを受けて、消失しかかっていたエルスの心にまた火がともる。魔力もそろそろ底をつく。ライフも多くない。相手には自分の得意技がほぼ通用しない。そんな絶望的な状況でも・・・・前を見据えて、不敵に笑う勇気をくれた。そんな応援に恥じぬように。不器用なあの子に少しでも近づけるように。エルス・タスミンは、構える。
「空気が変わった・・・」
『おそらくさきほどのハリー選手の言葉が今の彼女を支えているのでしょう。貴方がヴィヴィオ様方の応援を支えにしてるように彼女もまた、大事な約束と意地を通す為に』
「これで終わらせに来る、か・・・だったら、こっちもそれに乗っかろうじゃん!」
腰を落とし、上半身は脱力。けだるいような印象を受ける格好のアスカの足元には真っ赤な魔法陣が展開されて輝く。
「お互いライフも魔力もあとちょっと。多分これが最後の一撃」
「ならば、そこに全てを注ぐまで!」
互いに魔力を高ぶらせていく。濃密で大きなエネルギーがみるみるうちにアスカの脚部装甲へと収束されていくのがわかる。それをみて、エルスの脳裏にはあのミウラという少女の使った技が浮かんだ。ミカヤすら退けたあの攻撃。それと同等・・・もしかしたら、それ以上。時間をかけていては危険だ。ならば、やることは一つ。
「させません!」
鎖を伸ばし、アスカを拘束する。ギリギリと締め上げる鉛の塊が徐々にライフを削っていくも、それも関係ないと言わんばかりに足に魔力を集中し――――コールする。妹弟子と同じ、あの言葉を。
「抜剣ッ!」
装甲が展開され、技を撃つエネルギーが充分に溜まったことを表すように赤い粒子が漏れている。低くなっていた体勢から、駆けだす。エルスに向かって、ただ真っ直ぐに。
「先輩!」
「仕掛けたわね・・・!」
ある程度の距離を詰めれば、ピンと張っていた鎖はだらんと垂れ下がり意味を成さなくなる。そこで解除されたと同時に跳躍。空中でくるりと一回転した後、雄叫びと共に右足を突き出す。それに合わせ、魔力を溜めていた拳を突き出すエルス。二つの技がぶつかり合い、しばしの鍔競り合いのようなものが起こった後にそれまで拮抗していたバランスが崩れて押し負けたエルスにアスカのキックが直撃する。吹っ飛びながら、何回も小規模な爆発を起こし、最後は壁に衝突して意識を刈り取った。
《試合終了ッ!勝者、アスカ・スカーレットォ!》
アナウンサーが勝者をコールしたのは、静寂が訪れてから数秒後のことだった。
◇
目が覚めれば、そこには白い天井。香る薬品の匂いからしてここが医務室だということが理解できた。未だ少し視界がぼやけているのは、自分が眼鏡をかけていないせいかとあたりを注意深く見回す。
「ほらよ」
聞きなれた声とともに差し出されたそれを受け取ると、視界がクリアになってずれていた焦点が漸く重なった。そこで見たのは、小豆色の髪をしたポニーテール――――ハリー・トライベッカだった。
「・・・私は、負けたんですね」
しみじみと、試合の結果を呟く。エルスの言葉にハリーは何も言わず、ただ黙って首を縦に振った。
「悔しいですが、今回はここまでですね。・・・ハリー選手?」
未だ口を開かないハリーを疑問に思ったのかエルスは顔を覗きこもうと身を乗り出す。しかしハリーはいきなりガタっ、と音を立てて椅子から立ち上がり背を向けてこう言った。
「・・・おまえの仇は、オレがとる」
いやいや、別に私死んでないですけど。そうツッコミをいれようかとも思ったが、震えるハリーの手を見てそれを呑み込む。
「そうですか。でしたら、お願いしましょうか」
まったく、不器用な人ですね。そう心の中で呟いてから、去って行くハリーの背中を見送ってから深く溜息をついた。
◇
「先輩、おめでとうございます!」
試合を終え、更衣室から出てきたアスカをヴィヴィオ達が出迎える。
「まったくハラハラさせてくれるわね。ま、でも勝ったからよしとしますか」
「ホント。あーんな隠し玉まで出しちゃってさ。おかげで他に対策されちゃってもしーらない」
「うん、きみら普通に出迎えるってことできないのかな?」
「で、でもかっこよかったですよ!最後のキックなんてなんかヒーロー番組ぽかったです!」
「きみは天使だリオちゃあああああん!」
「ひゅわ!?」
ウルウルと涙を流しながらリオに抱き着くアスカ。よっぽど同年代二人に責められたのが傷ついたのかまるで子どものようにリオに救いを求める。先ほどとはうってかわってこのテンション。真面目なのか不真面目なのか本当にわからなくなるが、重要なのはそこではなかった。今、リオはアスカに抱き着かれててんやわんやしている。そう、抱き着かれているのだ。それをまんざらでもないような、ちょっと得したかも、的な顔で受け入れるリオもリオだ。この子はまったくノーマークだったのにとシャンテはグヌヌと唸る。
「ほらアスカ、リオも困ってるんだから離れなさいっ」
「えー、まだリオちゃんに癒されてたい――――すみません、ダガーは勘弁してくださいお願いそれホントに痛いんだから!?」
強引に引きはがされたことに文句を言うアスカに対しルーテシアの制裁が下る。それに苦笑いのヴィヴィオは「あ、」と声を漏らす。
「ヤッホー、みんなお疲れ」
なのはとヴィータだった。私服姿を見る限り、仕事終わりだったのだろう。
「その様子を見る限り、勝ったみてーだな。相手が上のクラスの選手って聞いた時はちとヤバイかとも思ったが・・・ま、シグナムがあそこまでして教導したんだ。勝って当然だな」
「教導って言う名の調教を受けた気もしますが」
「・・・んじゃ時間も時間だしどっかで飯でも食ってくか。はやては今日昼帰ってこねーみてーだしな」
「ちょっと待ってヴィーたん、今完全に俺の事無視したよね?ね?」
「あ、なら私いいお店知ってるんでご案内しますよ」
「お、シャンテ気が利くぅ!」
「ねえねえ、ほら、教導と調教をかけて、ね?」
「じゃ、そうと決まれば早速行きましょうか」
誰一人、アスカのボケに反応すらしない。スルーというより、初めからそこにいなかったかのような扱いを受ける理不尽さ。ああ、これが下ネタを言った男子にたいする女子のスルースキルなのかと紳士に受け止めながら、アスカは一人後を追いかけた。
というわけでアスカvsエルス、完結です