――――恋する乙女は最強。
以前、そんな見出しの雑誌を読んだことを思い出す。ヴィクトーリア・ダールグリュンという少女は外見こそオトナの女性といった艶美な美しさがあるものの、中身は年相応の女の子。そういったことにまったく興味がないという訳ではない。だからファッション雑誌だって読むし、そういったものも手にとる機会もある。が、本で得た知識という物は所詮は知識でしかない。経験と知識とでは雲泥の差があり、またこれが彼女も身を置いている魔法戦競技にもなればそれが尚の事よく表れてくる。
(百聞は一見にしかず、とは・・・中々うまい言葉ですわね)
繰り出される斬撃をハルバードで受け流しながらヴィクターは内心で感心したように呟く。正直な話、もっと楽な試合運びができるはずだった。相手は今年初参加のルーキー。片や此方は幾つもの場数を踏んだハイランダー。実力、経験という意味ではかなりの差がついてもおかしくはない。データでは聖王教会騎士とあったが、それでも見習いのような扱いを受けていると執事のエドガーから聞いていた。これだけなら、自分に手こずる理由も道理もない。
なのに、だ。この状況は少し・・・・いや、かなり不快だ。
「どーしたのさお嬢様、さっきからぜんっぜんあたしをとらえきれてないよ」
あざ笑うかのような、それでいて露骨に挑発するような口ぶりはなんとも腹立たしい。しかしながらそれを差し引いても実力はそれなりのものだと評価してしまう自分も腹立たしい。ああ、どうしてこんなにも苛立ちが募るのだろう。
「――――ッ」
雑念を振り払うように得物を横一閃に振るう。その軌道上にいたシャンテの分身がまるで立体映像の如く一瞬で消え失せる。さっきから攻撃を当てているのにまるで当たっていないことにヴィクターの苛立ちはさらに嵩を増す。状況は、シャンテが優勢だ。
「凄い、シャンテおしてる!」
ルーテシアの言う通り、一見して静かな立ち上がりだった第1ラウンドとは違いこの第2ラウンドはシャンテに流れが向いているといっても過言ではない。現にヴィクターはシャンテの動きを一向に見切ることができないでいる。
(恋する乙女は強い、か・・・)
ふと隣の少年をチラリと覗き見る。縦横無尽にリング内を動き回るシャンテに意識を集中させているのか、こちらの視線にはまったく気づく気配はない。かといって気づいてほしいわけではないのでこれでいいのだ。見ているのがバレたら後でひたすらネタにされること必須だからこれでいい。いいのだが・・・・。
(ちょっとは気づきなさいよ、バカ)
この男に恋愛感情はあるのかどうか時々疑わしくなる。こっちが必死でアピールしているにも関わらずそれを好意ではなく厚意として受け取ったり、「なんだ、今日はスキンシップ過剰だな」くらいにしか思ってない。あんなに露骨に内心をさらけ出しているシャンテにでさえそうなのだからもはや手に負えないと白旗を挙げそうになる。
(後ろから抱き着いても効果なし!)
(せっかくバリアジャケットの色をお揃いにしたのにあのリアクション!)
「「コンの素っ頓狂がァ!」」
「ヴェ!?」
勝手に苛立って勝手に憂さを晴らすルーテシアとそんな彼女にシンクロしたシャンテが同時に拳を突き出す。寸分たがわないその行動に殴られたアスカは訳が分からず頭にクエスチョンマークを浮かべて目をまわし、突然のことに面食らったヴィクターは思わず体が硬直してしまう。
(しまった!?)
直後、チャンスと笑みを浮かべてシャンテは一気に畳みかけに行った。今までの分身の数をさらに増やし、得意のスピードを生かしてヴィクターの装甲を徐々に徐々に削り、最後には大技も叩き込むことに成功した。
「やるじゃないシャンテ!」
「あの、なんでボクは殴られたんでしょうか・・・」
立ち込める煙。フフン、と勝ち誇った笑みを浮かべ、後方を振り返る。視線のあったアスカに「勝ったぞ」とブイサインをするシャンテ。
――――随分と余裕ですわね?
聞こえた声と躰を駆け巡った悪寒に跳び退こうとするも、それよりも速く相手の得物が分身を消す。
「残念、そっちはハズレ!」
「知っていますわ。・・・ところで、貴女に一つ聞いておきたいことがあるのですけれど」
「ちょ、ダウン判定にすらなってないのかよ・・・なに?」
「・・・貴女、アスカのこと好きなの?」
ボン、と。まるで爆発でもしたかのような漫画みたいなリアクションをするシャンテ。それを見て図星か、とあたりをつけるヴィクター。
「な、なななななんでアスカがそこで出てくんのさ!?」
「おーいルー?なんで俺の耳塞ぐんだ」
「いいからアンタはこのまま塞がれてなさい」
友人の――――いや、戦友の名誉の為なんとか聞かれることを阻止するルーテシア。
「恋する乙女は強い、ね・・・・面白くないわ」
足元に広がるベルカ式の魔法陣。そこからバチバチと電撃を散らしながら高ぶる魔力。相対しているシャンテには、それが途方もなく大量のものと肌で感じることができる。それほどまでに、ヴィクターは力を温存していた。
全て、この一撃で終わらせるために。
「貴女に見せてさしあげますわ。雷帝の力・・・その一端を」
ハルバードを頭上で一回転させ、それを高ぶる魔力の泉に波紋を打たせるがごとく突き立てる。すると辺りに電が走り、19人はいるであろうシャンテの分身を一瞬で消し飛ばしてしまう。圧倒的な魔力濃度は施設の設備にも影響を及ぼしたようで、実況の声もスピーカーからかろうじて聞き取れるかどうかといった感じでノイズ混じりの声を響かせる。リング上にいたシャンテは、ヴィクターの電撃――――”神雷”を受けて大ダメージを負いながらも辛うじて立っていた。しかし電撃系特有の麻痺効果も相まって、とても動ける状態ではない。負けるもんか・・・そんな意地が、シャンテを支える。その様子を見て少し胸をなでおろすアスカ。よかった、まだ立っている。
しかし、そんな彼の安堵すら完膚なきまでに叩き潰さんとするかのようにヴィクターの手がシャンテを掴み・・・そのまま、リングに沈めた。
静まり返る場内。やがてヴィクターの勝利を告げるコールが響くと湧き上がる歓声。そして、ぴくりとも動かないシャンテ。
「シャンテ?・・・・おいシャンテッ!?」
「・・・お嬢様らしくありませんね」
「そうかしら」
「ええ。少し・・・いえ、かなりやりすぎです」
「手加減できる相手ではありませんでしたもの。むしろこれでも善処したつもりですわ」
観客席から飛び出してシャンテに駆け寄るアスカをチラリと見ながらそう評価するヴィクター。
(・・・後で、謝らなければなりませんわね)
そう息を吐いてエドガーからドリンクとタオルを受け取ると歩いてきたゲートへとはけて行った。
◇
「行ってあげないの?」
試合後、医務室へと運ばれたシャンテはすぐに目を覚ました。当然その報せはアスカにも届いていたが、今彼は施設からでた人気のない場所で一人シャドウをしている。ルーテシアはそんなアスカを見て呟いた。
「俺が行って、なんになるんだ?」
冷たい反応。少し意外だと思うと同時にムッとなる。
「こういう時は慰めてほしいもんよ、女の子って」
「それなら、シスターシャッハがいる。俺じゃ、かえってアイツに気を使わせるだけ、だ」
「そんなこと――――」
「――――それに。・・・・アイツが本当に素を見せられるのは、シスターシャッハだけだ。だから、今は行かない」
「それよりも、この後はヴィヴィオとミウラでしょ。それにすら行かないつもり?」
「ああ」
「なんでよ」
「・・・・どっち応援したらいいかわかんねー」
そこは正直なのにどうしてこう、この男は・・・。あきれ果てるルーテシア。
「まあでも、どっちが上がってきても負けるきはしないけどね。・・・・勝つのは、俺だから」
拳を突き出す。その後は蹴り、そしてまた拳と一通り繰り返す。どうやら先ほどのシャンテの試合を観て居てもたってもいられなくなったようだ。
「少し走ってくる。ルーはどうする?」
「あたしはパス。アンタの代わりに、二人の試合を見届けなきゃでしょ」
「ん・・・結果、後で教えてくれ」
「アスカ」
「ん?」
「・・・行ってらっしゃい」
「おう。行ってくる」
次回からは番外編をちょろっとやろうかなと思います