お姫様っていう属性が好きなので、こういう発想に至りまして。はい。
17人の少女がどんな運命を辿るのか、見守ってやってくださると嬉しいです。
お姫様。
きっとほとんどの女性は幼少期に憧れたかもしれない、一国のご息女でありかっこいい王子様に出迎えられる存在。王城で毎日のように恋い焦がれ、ひとつの大きな事件を越えて綺麗な男性と結ばれるプリンセス。
世の中にはそうは行かぬ物語もあれど、幸せなお姫様になりたいと、思ったことはないだろうか。
私にも、憧れた記憶が少なからずある。もう中学二年生なのだからそんなことを口にすれば笑われるだろうが、その憧れはたしか数年ほど続いていた。白馬の王子様に迎えられたいと、ロマンチックなことも夢見ていたはずだ。
……自分から何もしなければ解決などしないということに気づいていたのだろうか。守られたいかよわい存在から、強い存在になろうと何かの拍子に思ったのだろうか。いつからか、望んだ夢は変わっていたけれど。
求めた強さ――『正義』だとか、あるいは『勇気』だとか。
いわゆる正義の味方。ゲーム、少年漫画の主人公。憧れは助けられる囚われの姫よりも、助ける勇者に向いていった。
◇
少女、『
例えば、校則を守るのは当たり前のことだろう。だらしない格好では学習などままならないに決まっている。きっちりとしてもらおうと注意すると、ユウキは白い目で見られる。学校のルールに従っているだけなのに、何がいけないのかわからない。そんなことは日常茶飯事であって、ユウキの友人関係はすこぶる悪い。駄弁りながら笑いあえる友達なんてほとんどいない。ほぼ唯一の友達はといえば、
「おはよ、ユウキちゃん!」
遅れぎみに教室へ到着しながらも、急ぐ様子などなく明るく挨拶してきた彼女のことだろう。
「……おはよう、いるか」
彼女の名前は『
彼女の明るい雰囲気からか、ユウキはそのことに不快感を覚えたことはなかった。とっくのとうに慣れてしまったからかもしれないけれど。
「今日って何かあったっけ?」
「特に、特別な持ち物はないよ」
隣にある彼女の席にカバンが下ろされる。黒板横に貼られている時間割りを見ようとするいるかに普通に五教科くらいしかないと伝えた。
「そっか、ならだいじょうぶ!今日はちゃんともってきて……あれ」
ごそごそと教科書類を取り出して確認していく。英語、国語、数学、社会、理科と出されていく。時間割りのぶんは揃っているはずだが、彼女はまだ何か探しているらしい。
「どうしたの?」
「ないの、ペンケースが」
やっぱりどこか抜けていた。彼女らしいといえば、彼女らしいのだが。
「……貸そうか?」
「ほんと!?ありがとう!」
ユウキは自分の質素なペンケースを取り出すと、ファスナーをスムーズに開いて数本のペンを取り出す。シャープペンが2本、赤青黄緑の4色ボールペン、それに消ゴムだ。ペンケースにはまだじゅうぶんに筆記用具が残っており、いるかは用意周到な友人に感謝しながらそれを受け取った。
「礼はいいよ。いつものことだしね」
「うっ……だ、だからってお礼なしっていうのも非常識でしょ」
それもそうか、と頷いたあたりでチャイムが鳴り響く。クラスメイトたちはおしゃべりしていた男子まで例外なく席に着いて、朝の自習時間に入った。
ユウキといるかのクラスに遅刻者はいないし、健康な面々が多いためひとりを除いて揃っているのが普通だ。その傾向はよいことだと、ユウキは感心している。中学校生活も2年目となれば、ルールを蔑ろにする生徒が出始めるころだろう。自分の注意のおかげだなどと思い上がる彼女ではないが、自分の正義に沿った環境で暮らせることは嬉しい。
ただ、出席しているのはひとりを除いてだ。クラスメイトのうちひとり、不登校だとも、行方不明だとも言われている少女がいる。数ヵ月前からいっさい顔を見たものもいないらしく、話したことはないユウキでもさすがに心配になる。
「今日も亜傘さん、いないんだね」
彼女の席に視線が向いていることが、いるかにバレたようだ。何の理由があるのかは知らないが……とにかく、今は読書の時間だと、いるかにはただうなずいて返した。
ユウキが取り出したのは、古ぼけた英語の本だ。ページをめくってみれば、大量のえんぴつの跡が残っている。これは祖父の筆だろう。祖父が友人に貰ったものであり、この本はいつも読み込んでいるほどお気に入りなのだ。
内容は、『アーサー王伝説』。選定の剣を抜き王となったアーサーの華やかな戦績と、彼の統治や勇猛なる円卓の騎士ですらいつしか滅びてゆく無常を描いた一冊。
ユウキの夢に一番影響を与えたのが、この物語としても過言ではない。
何度も何度も思い描いたブリテンの空の下へ、彼女は思いを馳せる。
◇
――この学校には、学校の顔とも言うべき生徒会長がいる。文武両道で、氷細工のような美貌を持った完璧中学生だ。きっと進学は推薦入学で行けるのだろうし、その先で学校説明会ポスターに写ることになったりするのだろう。
名前は『
そんな青女は、新聞部の部室前に立っていた。こうして昼休みに見かけることなど滅多になく、珍しい。今日は水曜日だから、新しい記事に変わっているはず。
ユウキは校内の出来事を把握するために、新聞部前にはよく行く。部長とも特に面識はないのだが、書く記事は好みの部類なのだ。
「あら。おはようございます」
新聞を見に来たユウキに対して、上品に頭を下げる生徒会長。つられて頭を下げるしかない。
「……あなたとは、いずれ別の場所で会うような気がします」
こちらの顔を見るなり、青女は不思議なことを告げた。別の場所、とは新聞部前でないだけという意味ではなさそうだ。放課後なんて意味でもない。もっと、きっと――
立ちすくんでいるうちに、ユウキの横を何人もの生徒が通っていく。
考えてもしょうがないと思って目線を新聞記事に戻したのは、青女が去ってから数分も経ってからのことであった。
◇
放課後になって、ユウキはいつもの通りに教室前でいるかを待つ。ふだん、いるかとユウキは一緒に帰っている。家が同じ方向、というほどでもなく、ユウキはちょっと遠回りしているのだが、多少の遠回りは楽しい時間に比べれば小さなことだ。
「あっ、ごめん、ユウキちゃん!」
あわてて上着も着ないまま出てくる彼女。カバンは右肩にかけてあるだけで、本体はぶらぶらと揺れている。
「ほんっとごめん、今日用事入っちゃったから!またね!」
ユウキが引き留める間もなく、走り去っていくいるか。廊下を曲がって玄関に行くまでも上着とカバンは揺れていて、どれほど重要な用事なのかはユウキにも理解できた。
「……大丈夫、かな」
いるかだって立派な中学生なのだが、ふだんの彼女を思うとどうも不安になる。どうせ途中までは同じであるし、何の用事か確かめたくなったのもある。とにかく玄関へ赴いた。学校から出ないのならば帰宅は始まらないのだ。
外はまだ日が高く、雲の切れ間からちらりと太陽が顔を覗かせるような天気。木々は大きくざわめいているが、肌を撫でる風はない。
いるかの後を尾行しようと思うと、彼女には容易に追い付いた。よけいな心配をかけさせぬため見つからないよう距離を取っていたユウキだったが、彼女がついに自販機の裏にささっと引っ込んでいったのを見た。
同じくユウキも自販機の裏をのぞく。いるかの姿はちゃんとあった。カバンを下ろして、なにやら輪のようなものを大事そうに握り締めている。
ねぇ、いるか……と、声をかけようとしたとき。自販機の裏で、がくんと。いきなり糸が切れた人形という表現が適切なほど突如、いるかの身体から力が抜けたではないか。
さすがにこれは何が起きているのかわからない。そっと、警戒しつつ彼女に近寄ってみる。いるかが動く気配はないが、かわりに肌がざわつくような気配がある。
その気配の主は、彼女の手元にある輪っかだ。革製らしい首輪かなにかだ。
「……これ、って?」
おそるおそる触れようと手を伸ばした瞬間。首輪の内側に、何か違う場所が見えたように感じた。一瞬ではなく、ある一点からずっとだ。
この先に何かがあるのだろうか。
手が吸い寄せられるような感覚は、好奇心が由来のものが最初に訪れた。ゆっくりながらも指先は首輪をくぐろうとする。次に訪れたのは、ほんとうに由来などわからぬもの。まるでブラックホールに呑み込まれてしまうかのように意識が吸い上げられ、その場にぐったりと倒れこんだ。自販機を背もたれにして、地べたに座っているように。支えていた手の脱力とともに荷物も地面に落ちて、そのひょうしにカバンへしまわれていた古びた本を覗かせた。
◇
気がついたら、少女は見知らぬ街に立っていた。いや、街といっていいのだろうか。シルエットは建物が立ち並んでいるように見えるが、決定的に違うのはその色だ。抜け落ちたように白い。のっぺりとして、まるで色を塗る前の下書きのようだった。
とにかく状況の把握のため、ユウキは自分の姿を見る。制服のまま、何ら変わりはない。変化といえば、持っていたカバンがなくなっており、そこにしまっておいたはずの本が一冊ある程度だ。それから、近くの建物らしきものに手をふれる。温度も一切ないようだ。自分の体温はしっかりと感じるのに、白い壁に触れても、「壁がある」という感想しかない。それ以上でもそれ以下でもなく、ただ壁があるだけ。建物というよりかは、障害物というべきものだった。
ユウキは考える。自分がここに居るのならば、恐らく同じルートを通っていっただろう友人もどこかにいるのかもしれない。
彼女を探すため、ユウキは真っ白な地面の上を踏み進む。冬景色を行くようであったが、彼女の足跡はそこに無かった。
進む道には、ただ白い部分が続く。ときどき自分の姿で色覚を再確認でもしなければ気が狂ってしまう道だ。こんな中からいったいどうやっているかを見つけ出すのか。ここはどこであるかもわからないユウキに策はない。
「どうすればいいのかな……?」
すこしすると、代わり映えのない風景に疲れて立ち止まる。そこでやっと、どこかから音がしているのが聞こえる。何の音かはよく聞き取れないが、何かがいるのは確かだ。あてのない道のりに嫌気がさしていたユウキがそちらへ誘われるのは当然のようなもので、高くそびえる障害物の隙間を縫って音のほうへ近寄っていく。より鮮明な響きが鼓膜に届く。この音は、金属どうしがぶつかる音のようだ。
急いでそちらへ向かって走る。通りの脇を抜けて、隣の大きな道らしき場所に出る。するとそこには、
「げっ、一般人!?」
フリルまみれのミニスカートの中からちらちらとドロワーズが見えていて、短剣を構え目の前の人形のなにかと決闘を繰り広げている少女がいた。人形であれど人間味のないものはともかく、やっと、まともな色に出会えたのだ。
だがユウキに安心している暇はない。少女の持つ短剣と自分の持つ鉈らしい得物をぶつかり合わせていた人形のものは、標的をユウキへ変えたのだ。武器を持たぬものを殺したほうが手っ取り早いのだろう。
「あっ、てめ、そっちじゃねぇっての!」
盗賊然とした格好の彼女はユウキの方へ向かってゆく鉈を追いかける。すんでのところで割って入り受け止めるが、力は向こうが上らしく少女は歯をくいしばった。
「私じゃ守れない!だからとりあえず逃げろ!」
「逃げろって……どこに」
「知らね、ここがこいつらの巣ってことはわかるけど……ッ!」
力尽くで少女の短剣を突破しようとしたそれは、一瞬緩んだ隙を狙われたため蹴りがクリーンヒットして、数メートルほど飛ばされた。
だが、逃げるヒマなど与えぬためか新たな影が現れる。増援の数は4体。黒く目立つ鉈が鈍く光る。
「うわー……意地でも逃がさねぇってか、ハズレ引いたなこりゃあ……」
ユウキを庇うようにして立つ少女。5体もの奴等が相手、しかもユウキを守りながらでは、さすがに勝機は薄いだろう。
「開戦前に死んでましたとか、ダダすべりのギャグ以上に笑えねぇぞ……!?」
可愛らしい格好に似つかわしくない口調で吐き捨てる少女。
ふと、ユウキは手元の本を見た。一縷の希望を賭けて、本を胸の高さまで持ってくる。開かれるのは岩に突き刺さった剣を、見開きで描いたページ。
そこに祖父の筆とはまた異なった文字が浮かんでいる。
『殿下よ
貴女は何を望む?』
「私は……」
視界の端で、敵が迫ってくるのが見える。うち一匹は少女にも捌けるが、それ以上は抑えられない。ユウキに刃が迫り、少女は目を見開きながらその光景を止めようと手を伸ばす。
――人に迷惑をかけたまま死ぬ。
それは、自らに従って生きてきたユウキにとって、絶対に嫌だった。きっと、死んでも自分を許せない。
「私の正義を通したい」
選定の剣に向けて答える。問いかけの文字は、それに呼応してほどけるように消えると。代わりに本から剣の柄らしきものが浮かび上がってきた。目の前に示された正義を手にとって、しっかりと握る。
次の瞬間。白い地面には、異物が落下した。
襲ってきていた人形のものどもも、突然の展開に呆然としていた。一般人だと思って襲いかかっていた少女が、目の前で古ぼけた本の挿し絵から黄金の剣を抜き放ったのである。黄金の残光が流星のごとく軌跡を描き、5体のうち1匹の身体を引き裂いた。死骸は瞬く間に消えていき、残されたものの構えが警戒に変わる。
沖ノ鳥ユウキは、いつのまにか制服ではなくドレスに身を包んでいた。
その可憐ながらに勇壮な、戦場に咲く花。華々しい騎士道にて血と屍を咲かせる輝きは、それを目撃した少女を見惚れさせるに十分なほどの美しさを持つ。
踏み込んだことによる金属の音がした、と感じたときにはもう遅い。敵の身体は既に分かたれている。反応速度が明らかに違う。相手が攻撃する意思を伴う前に、邪を穿つ聖剣が人形を人形でなくしてしまう。
「うっわー……目の前で同業者が増えやがった……」
隙を見て的確に一撃を加え、一匹は潰していた盗賊少女が呟いた。
果たして一分もかかったのだろうか。数度の斬撃によって、敵対していた生物のようなものはすべて消えてなくなった。
「……終わった、のかな」
黄金の剣を地に突き立てて、寄りかかるユウキ。盗賊少女は一歩彼女に近づいて、短剣から手を離す。両手を開いて武器は持っていない、敵対の意思はないと示しながら、ユウキに話しかけた。
「えっと、お宅は今回が初陣で?」
「まぁ、そうなる」
「じゃあルールとか、まだよくわかってない方向ですかね?巻き込まれた感じすか?」
「……ルール?何の?」
「あー、そこからっすか」
作り笑いにやや腹黒いものがまじる盗賊少女。これからどうすればいいのか、ユウキには右も左も見えていないだろう。
「よし、なら教えますよ。こっちのこと」
ここまで誰にも出会わなかったため、その申し出は救世主にも等しいものだ。突っぱねる理由もなく、ユウキはすぐに首を縦に振った。
「頼んでいい?」
「いえいえ、ありがとうございます」
さっきの戦闘での荒い言葉はどこへやら、彼女は敬語で話しつつにたりと笑う。
「っと、申し遅れました。自分は盗賊姫『ファインダー』ってモンです。お見知りおきを」
「私は……ええと、」
沖ノ鳥ユウキだ、と名乗ろうとしたとき。なにかを理解したような気がして、違う言葉を紡ぐ。
「勇者姫『ブレイヴァー』だよ」
◇
【次回予告】
見知らぬ世界へ迷い込み、『ファインダー』と出会ったユウキ。
あの人形は何故ユウキたちを襲ったのか。プリンセスとは何なのか。
疑問が渦巻く中、ユウキはいるかと再会する。
次回、『獣姫テイマー』