【前回のあらすじ】
いるかだよ。ユウキちゃんがもう余剰ちゃんを味方につけてたなんて、びっくりだったなぁ。私も負けてられないんだから!よぉし、ぱぱっと撃退して、お茶会にでも行こうね……!
◇
自らの領にしっかりと自分の身体で立ち、わざわざ待っていたらしい侵入者をきっと睨むユウキといるか。ペティグリィはすでに構えられ、変身する用意は整っている。
敵プリンセスはひとり。爽やかな緑色の衣装にいくつも水玉模様が点在し、まるで熟した果実が木々の中でときを待っているかのようで。手にしたブリキの如雨露には、植物に生命を与えるべく並並と透き通った水が満たされている。同じく緑系統の髪色をしたロングヘアは、セクターへ差す光によって、木漏れ日のように癒しをもたらし時に殺意を覗かせる反射光を生んでいた。
その淑やかな笑みであっても、彼女を難敵だと思わせる要因である。変身を促すよう、くいくいっと手招きする仕草がふたりの決意を揺らがせようと心に恐怖という矢を突き立てる。
だが、今のいるかがその程度で折れる訳もない。挑発をお返しするという視線でプリンセスを睨みつけ、ユウキとともにペティグリィに叫ぶ。
「「チェンジ・プリンセス!」」
強い意思がペティグリィを介して戦う力へと変わっていく。ユウキの友人を助けたい気持ちも、いるかの夢を叶えたい気持ちも。光の粒子となってふたりを包み、プリンセスへの変身の始まりを担う。
この光に身を任せて、服が消失するのを肌で感じ取る。その先に見える勝利を掴むため、手を伸ばす。手首から肩にかけての装飾が生まれ、勇者姫の両手には籠手が、獣姫の両手には手袋ができていく。
勇者姫が纏うは銀色の栄光。堅き意思と正義を象徴せし甲冑が、勇気を讃える紋様を伴い身体を包む。人々を守るものを護るため、鎧たちは今顕現する。最後にいつか夢見た七色の宝石をはめこんだ剣を象ったエンブレムを胸に輝かせ、手には選定を担った黄金の剣を強く握り締め、妖しい森林の前に立つ。
獣姫が纏うは獣たちの産んだもの。毛皮によって作られた彼らが醸し出す野生の色をそのまま残したドレス。胸に現れるは狼の横顔、そして金色に光る瞳。天高く放り投げた首輪の内には、獣姫へ降りかかる災厄をはね除けるために白狼ブランが現れる。
「――勇気を以て正義と為す、プリンセス:ブレイヴァー!」
「――駆け抜ける数多の野性、プリンセス:テイマー!」
ふたりが聖剣と白狼と共に見せる名乗りを終えると、ぱちぱちと気の抜ける拍手とともに目の前の敵が歩み寄る。
「まぁまぁ、なんと素敵な口上でしょう。私も名乗らなければなりませんね」
くるんといちど回って、また距離をとっていくプリンセス。後ろ姿には余裕の態度が滲み出る。
今から口上を読み上げると、こちらを向いた彼女の身体からはぎちぎちと何かが伸びていく。
「――人を育て空を養う試練、プリンセス:プランター。」
よく見れば、プランターから伸びるそれらはすべて植物の蔓や茎に類するもの。それらが、普段ならばあり得ぬだろう活発な動きにて海洋生物の触手を思い起こさせる。
「早速はじめ……と、行きたいところですが。外来種の羽虫は叩き落としておきましょう」
プランターの視線の方向であるふたりのプリンセスとは別の方向、さらに上空へと彼女の触手が押し寄せる波のごとく進んでいく。先に居たのは、小型の無人航空機。哀れにも主の反応が遅れたのか、波に呑まれ影も形もないほどに壊されていく。
「では、改めて。はじめましょう?ブレイヴァーさんに、テイマーさん」
揺られた如雨露から、ひとすじ水が溢れる。管はそっと傾けられて、蓮口近くに虹をかけながらセクターの無機質な地面に命を注ぐ。
「――『ファーストオーダー』。埋め尽くせ、森の細胞よ!」
現れるは大量の樹木たち。普段見る平穏な彼らの姿でなく、枝を伸ばして獲物を狩るという植物らしからぬ姿で牙を剥く。うちにはイーターが喚ぶ口のような器官をもってふたりを食おうとする食虫植物……否、食姫植物までもが存在する。
こんなものを騎馬もなく攻略するならば――ユウキにはひとつ勝算がある。ファーストオーダーには、ファーストオーダーで対抗する。
そう考えてすっと聖剣を構えると、彼らは察したかの如く押し寄せる。枝は鋭利な凶器、成長は少女を追う脚となりて、ブレイヴァーの手を抉っていく。
「……ぐっ、う、ぁ……!?」
「ユウキちゃん……!?」
プランターがファーストオーダーを行使してから、たった数秒間。ブレイヴァーの籠手には鋼を易々と突き破り、深々と凶器が突き刺さる。聖剣は弾き飛ばされ、森の中へと沈んでしまう。
「くっ、『ファーストオーダー』!蹴散らせ、大自然の使者よ!」
このままではまずい、とテイマーが展開するのは巨大な門。ブレイヴァーの剣を回収するだけの間でいい、森林を止められればブランは間に合う、と。
だが、そうはいかせない。プリンセス・ランク4位の眼が門を捉えぬはずがない。一気に木々の檻が突っ込んでくる猪の脚を縛り上げ、動けぬ巨体へ何度も何度も枝や捕虫器の棘、荊が傷をつけていく。
「そんな……!」
「さぁ、こんなものですの?私を破るのなら、
「ぐ……元より、そのつもりなんだから……!!」
光となって消滅してしまったテイマーのファーストオーダー。現実世界なら再起不能と一目でわかるほどの親友の傷。それらからくる焦りが、決着を急がせる。内容も知らぬ相手の奥の手を使えと唆すプランターの余裕に気味が悪いが、今この状況の打開にはそうするしかないのだ。
「――獣姫テイマー。ここに、私の王権を行使します。我が命に応え……白銀の守護者よ、我が道を拓きなさい」
枝を回避し続け、ところどころに血を滲ませながらも主の声に応えたブラン。彼の首輪はファーストオーダーよりもまばゆく輝いて、これが正真正銘テイマーの全力であると示している。
溢れ出す意思の力は変身のときのようにブランを包み、彼の身体を変えてゆく。
より強く。より大きく。より美しく。真っ白な積雪のようだった毛並みは、それよりもずっと広い銀世界へと変わり、傷をすべて払拭した白銀の守護者は主に一瞥する。
「うん、わかってる……いくよ、ブラン!」
高らかに、大きくブランは吠える。これから険しい荊の森林へと踏み込んでいくのに、恐怖よりも勇猛にだ。鼻先でぐいっと主の小さな身体を持ち上げて、自らの背に乗せる。
セクターを蹴って、ブランは走り出す。突き刺さろうとする枝をへし折り、捕食のための葉は千切り飛ばす。銀色の疾風は、深き森の試練を突き抜ける。
「うふ、ふふふ……いいでしょう。私は試練として、全力で立ちはだかりましょう。」
奥で嗤う影、プランター。自らの夢に陰りをもたらす邪魔な大木。道を塞ぐ樹が立つのなら、薙ぎ倒して進むのみだ。ぶつぶつと彼女の告げる命など耳に入れず、テイマーとブランは突貫する。
「――農園姫プランター。ここに、私の王権を行使します。我が命に応え……我が身体を貪る子らよ、地を覆いなさい」
ラストオーダー。相手も最後のカードを切ることによって最大の壁として立ちはだかる。疾風を阻む樹海が意思を持ったひとつの生命であるかのように蠢いて、走るブランを追いかける。
幾度、幾つの凶器に血を流しても。白銀の守護者はもはや見る影もなく、鮮血を振り撒きながらボロボロの四肢で主を農園姫のもとへ送り届けようと――
その瞬間。ブランの首が地について、テイマーは投げ出された。
ついに前肢が使い物にならなくなったのだ。歯を食い縛り、幸運にも付近に転がっていた黄金の剣を手に取る。
手元の正義は重くない。ずっと心強く、ユウキの助けがあるように感じた。脳が確認する前に、脊髄が勝手に剣を振って邪魔物を斬り伏せる。
声の限り叫ぶ。少しでも前に、脚を裂かれても止まりたくない。ユウキの手助けがある。ブランがここまで届けてくれた。だから、届く。きっと届く。届かせるんだ。肩から、胸から、背中から、お腹から、脚から、指から額から首から喉から口から痛みが脳を迸ったって。
「――あぁ。なんと残念なことでしょう」
次の瞬間ブレイヴァーが見たものは、晴れてゆく樹海と。
全身を貫かれ、眼に光の宿ったまま動かぬ友人の姿だった。
瀕死のテイマーが、無造作に放り捨てられる。試練を越えられぬものに用はないという、樹海の非情さに従ってかプランターはそれ以上なにもテイマーにはくれてやらなかった。
彼女の守護者だった狼が皮膚もほとんど残っていない前肢に鞭打って、主のところへゆっくり寄っていく。くぅん、と哀しげな声とともに、辛うじて残っていた血に塗れていない毛で彼女を労おうとすり寄って。
「……あ、ぁあ……ブラン、あなた……は……」
その姿に何を見たのだろう。自分の体液で霞んでしまって何も見えないだろう目を見開いて、一言だけでも激痛だろう喉を震わせて、動かすことさえ殆ど叶わぬ腕を必死に伸ばして。目の前の愛犬を、最期にもう一度だけ、撫でてやりたくて。
だがその手は、柔らかな白い頭へは届かない。テイマー、蘭花いるかはばたりと腕を地面に落としたのを最後として動かなくなってしまった。
◇
【次回予告】
「私は嘘つきだ。今まで、そんなことできないくせに助けるだの正義だの謳ってきたのだから。私には何も守れない。友達も、信念も――」
次回『ツミホロボシ』
僕からの、クリスマスイブのお話でした。