【前回のあらすじ】
アーモンドだよ。いやぁ、ぎりっぎりで助かったらしいんだ私。助からなかったプリンセスが出ちゃったみたいだけどね。残るは12人。いったい誰が生き残るのかな?見物だね。
◇
ブレイザーの侵攻によって始まった争奪戦。彼女とブレイヴァーが激突し双方共に大破、フリーザーとの交戦の結果ダイバー、ゲームスター組が離脱。モニターは脱落とまでなってしまった。今回最も得をしたのは初のセクター獲得を成し遂げたカダヴァーで、他のプリンセスは溜飲が下がっていないようすだ。
「くそっ、ふざけんな!!」
特に彼女、ブレイザーは納得がいっていないらしい。確かにセクターはひとつ入手できたが、10位などという下位の者に相殺され、さらには最下位に出し抜かれた。2位としての自尊心が敗北を認めたくないのだろう、自らの領に戻ってからも地団駄を踏み物を蹴飛ばしてばかりだった。
「なんなんだよあいつは!あんなの、あんなのおかしいだろ!?」
誰が聞いているわけでもない独り言をわめき散らす。金色のプリンセスが現れるわけでもなく、ただ叫ぶだけ。まるで、自分の感情を抑えられない子供だった。
「ブレイヴァー……カダヴァー……絶対に殺す、殺してやる……!!」
普段のわざわざ面倒な言い回しを好む彼女でなく、今の炎上姫はただの少女だった。
◇
知らない場所で殺害を決意されている少女、ブレイヴァー。あの爆発で、彼女も大きなダメージを受けていた。何せ、プリンセス衣装が破損するほどの衝撃を浴びたのだ。ボロボロになるのは決まっている。
それでも大丈夫だと言い張るユウキは現実世界へと戻っていた。隣でほぼ同時に目覚めた雪には心配され続けていたのだが、それは押しきっている。
「……先輩。通知、来てます」
明かすならこのタイミングしかないだろうと、ちょうど届いた通知とともにひとつ前のものも開封する。今朝届いていた方はイーター、今来た通知はモニターの脱落を知らせるものだった。
「そっか」
雪にとっては予想外に、反応は薄かった。なついていた余剰の死も実感がないのだろう。
「どうするんですか、先輩。私としては、貴方に無茶してほしくないんですが」
「無茶はしないよ、しばらく休む」
「言いましたね。守ってください」
ユウキの眼前に人差し指を持ってきて、入念に言う雪。だが恐らく、彼女は自分の体があげる警告よりも自らの正義に従うに違いない。そういう人間だと、雪は知っている。
「別に束縛する権限があるわけじゃあないんですが」
守らなくても何も言えないと、ぼそりと呟く。聞こえていたのかはわからないが、ユウキは帰ろっか、と笑いかけた。
「そういえば、雪ちゃんの家って……」
「先輩とは逆です」
プリンセスになってからの知り合いだから、プライベートで遊んだような覚えはなかった。だから実家の位置も、知っているのは表くらいのものだった。
「ですから、先に行っててください。私はやることがありますから」
「わかった、じゃあまた明日」
「はい、どうかお元気で」
雪が校舎のほう、それも新聞部へと走っていくのを見届けて、ユウキは家路につくことにした。
ひとりで歩く廊下というものは、そこそこに綺麗な夕焼けだけが印象に残る。
他愛ない話をする友人はもういない、ただ自分を信じることしかできない。急に訪れるそういう不安な気持ちはある。それらを塗りつぶしてくれるあかね色が、夕焼けだった。寂しげなようで、諦めを持たない希望の色のような。
「あら?ユウキさん!」
夕暮れの光に照らされて立っている一人の生徒。手首に包帯が巻かれていることを除けば、優しげで看護婦さんといった雰囲気の人物。
「時畑先輩、ですか?」
回復姫、プリンセス:ヒーラーである上級生、時畑とち。ずっと保健室手伝いをしているためか、なかなか顔を合わせる機会がなく、またいるかが死んでから双美の元に集まることもなくなっていた。そのため、こうして話すのは久しぶりのことだ。
「えぇ。時畑ですよ。お久しぶりですね。今からお帰りですか?」
「はい、ちょっと疲れましたし……」
「ちょっと?その傷、相当激しかったのではありませんか?」
「あ、いえ、その」
ちょっとした火傷が首筋にあったことを思い出して、ユウキはうろたえた。わざわざ手を煩わせるまでもないと思っていたのだが、見つかってしまったらしい。
「ちょっと、見せてくださいな」
とちに手を掴まれて、そこらの適当な人のいない教室に連れ込まれた。夕焼けが射し込む教室はどこか、危ない雰囲気のような気がする。別に何てことはないただの教室で、こうして見渡していても目新しいものはないのだが。
「よい、しょ」
「……あの」
「どうしました?」
「それ、私の上着のボタン」
「はい、服を着ていては傷がよく見えませんから」
その発言で、彼女はユウキの服を脱がそうとしていると確定した。とはいえ、健康調査とかのときには上着をたくしあげたりしているし、医療的には普通のことか。
「あらあら。余程の衝撃だったんですね」
「……炎上姫が相手でしたから」
相手がとちだったら、別に話しても構わないだろう。元々同盟相手だったし、回復姫の能力は傷を治すこと。それを願いとする彼女なら、ユウキがいままで敵対してきた他人を害する願いではないはずだ。
「炎上姫……2位の?まぁ、それはそれは」
燃やされてしまったように見えたカダヴァーもレヴェルの腹へどうやってか逃げ込んでいたらしく、頼まれたことは成功させられた。ユウキはその結果に満足していて、今回自分がしたことについては疑問になど思っていない。
「……そうだ。よければ、私のセクターへ行きませんか?」
とちからお誘いがあった。余程ひどい傷だったのか。回復姫へと変身したのなら、もっと出力が上がって強力な治癒を使えるのだろう。ユウキは大きく頷いて、とちと手をつなぐ。彼女の腕に巻かれた包帯の白が、だんだんとまばゆいものに変わっていく。裏世界へと吸い寄せられていくいつもの感覚が走り、ユウキの身体から力が抜けていく。
◇
行き先は16番セクター。奇しくも負傷の原因となった15番セクターのすぐ隣だった。無機質な白というより、清潔な無菌室、という印象の空間に降り立つ。いくつか置かれたラックにはよくわからない器具がたくさん入っていて、まるで病院のようだった。
「では、始めましょうか」
「あ、そうですね、お願いします」
ここまで来たなら素直に治療を受けるのが筋だろうと、ユウキはとちの変身をぼんやり眺めている。
手首の包帯についた黒っぽい染みが妖しく輝いて待機しているらしく、その光はどこか純白の天使が知ってしまった穢れのようであった。
「プリンセス、チェンジ」
思えば最初に出会った蟷螂のときも、プランター戦で来てくれたときも。彼女は変身していなかったような気がする。初めて見るプリンセス衣装に淡く期待して、光に包まれるとちの姿を見続けていく。
治癒を施す優しい指先は手袋に包まれて、誰もを包む柔らかな右目は赤黒い包帯に巻かれ隠される。注射器を模したエンブレムと誰もが知る白衣を胸に纏い、しかし従来のようなスカート部ではなくぶわっと広がった大きな布が深紅のスカートとなり、全身の光が晴れてゆく。シルエットはただの看護師ではなく、ドームのように広がったスカートがプリンセスらしさも醸し出していた。
「――プリンセス:ヒーラー。ここに、全ての傷を見届けましょう」
慈悲深い瞳がユウキを見る。手首の包帯は瞳を隠すものとなったためか、それともペティグリィであるからかなくなっており、素肌にはいくつもの切り傷の痕があった。まるで一度ノコギリなんかで無理矢理傷つけてから、治りかけの傷を何度も何度も抉ったかのような。
「改めて。この度はよろしくお願いしますね、ユウキさん」
いつもと変わらない物腰の柔らかさでユウキに告げて、ヒーラーが自らの右目を覆う布に手を当てた。変身時にも見た妖しい光で能力が行使されていく。
「――『ファーストオーダー』。移ろえ、無情たる痕よ」
その光はユウキを包んで、全身に力を巡らせる。しだいに全身に散らばっていた火傷の痛みが引き、傷もまた消えていく。それどころではなく、日頃の小さな傷でさえも一瞬で消え失せ、ユウキの身体を生まれたままのような無傷に仕立てあげていく。
「……すごい、全部なくなってる」
いくら自分の身体を探しても、傷ひとつ見当たらない。そんな感嘆していろんな部位をじろじろ見ているユウキを、とちの視線は暖かく見守っている。
その次の瞬間であった。異変が起きたのは、全ての傷が消し去られてから数秒後。ぱちん、とヒーラーが指を鳴らしてからだった。妖しい光がもう一度現れて、今度は先程よりずっと薄くながらもユウキの身体の周りを囲っていく。
「へ?何ですかこれ?」
「さぁ、本番ですよ」
何が始まるのかと少しだけ警戒心を持ったとき。既に遅かった。細かなものからだったせいで、まったく気づいていなかった。切り傷も、擦り傷も、捻挫も、吐き気も。全てが帰ってくる。いつか感じた覚えのある苦痛が、一挙にして押し寄せてくる。普段の人間が体感する不快感というレベルではなく、異常な状態。まるで、さっき消し去られたものがもう一度植え付けられているような。
「う、ぁあ……っあ、ぐっ……!」
状況の理解できていないユウキは、ただわけがわからないという顔でヒーラーを見ることと、声にならない音でうめくことしかできなかった。相手は先程と変わらず暖かく見守っているだけなのがさらにタチが悪い。
「がぁあッ!?」
突如襲ってきた衝撃、爆発的な痛み。全身の温度感覚が悲鳴しかあげられなくなるほどの熱。ブレイザーとの激突の衝撃が帰ってきたのだ。無意識に大きく吹っ飛んで、ユウキは自分が五体満足なのかも判断できないほどだった。
「いっ、たい、なにが……!?」
息も絶え絶えになりながら、これを起こした張本人だと思われるヒーラーの姿を探す。なんとか見つけ出した影も自然に出てきた涙でよくは見えなかったが、口元が大きく歪んでいるのは把握できた。
「彼らの誕生に祝福を。彼らの生涯に花束を――」
ユウキには彼女の言っていることも、彼女にされたことも理解できなかった。けれど、ひとつわかったことがある。
あの者は、白衣の天使ではなく――苦痛を良しとする堕天使なのだと。
「く……プリンセス・チェンジ!」
◇
【次回予告】
本性を現したヒーラーと、戦うしかないとしたブレイヴァー。
其は裏切りか。ただ無邪気な遊戯か。
人間関係に出来たキズの行方は如何に。
次回『鮮やかな一瞬』