ブレイヴァーが城へと進む覚悟を決めた一方で、他ふたりもそれに続こうとしていた。勇者姫の決意に乗じてエンペラーのもとへ急ごうとしていた。
けれど、生き残るという願いのもとここまできたカダヴァーに、ともに帰ろうと誘われてついてきているブレイザーは歩みだした勇者とは違う。そこには邪魔が入り、ふたりの進行を妨げる。
「おふたりにはワタシのお相手をしていただくわけで」
前に出てきたのはコネクターだった。今までずっと傍観とわずかな干渉のみだったプリンセスが動き出そうとしていたのだ。一人称は原稿を読んでいたときと違って、彼女自身が純粋に人間でないと思わせる響きになっている。
運営側の存在であれば、ここで阻んでくるのも当然かもしれない。ブレイザーがカダヴァーの一歩前に出て、庇うように立った。
「下がってるがいい。死なないとはいえ、半端に負傷されては困る」
「おっけー、ここは任せるじゃん」
カダヴァーは親指を立て、笑ってみせる。ブレイザーも同じサインで返し、くすりと笑う声が重なった。
「……それです。それのことが、どうしても気にかかりまして」
姫でなく、彼女らを助ける王子のように振る舞う炎上姫のことが引っ掛かる、という彼女。言われた本人は警戒を緩めないながらも、意識は言葉に向けてやる。
「あなたの願いはもっと単純……小さな復讐の炎のはず。どうしてそのプリンセスを守ろうとするので?」
「何故だろうな。この身体になって其奴が冷めたか……それとも、こいつに情が移ったか」
「そうですかそうですか、いえこれからの戦闘に関係があるわけではないのですが。では始めましょ?」
挑発の指で煽ってくるコネクター。誘われたのならばまずは乗ってやろうと先手に放った炎も、続く蹴りも最低限の動きで回避される。ぎりぎりで当たらないのならば追撃は当たるだろうと踏んで炎を手のひらに纏わせ掴んでやろうと動くと、袖の一部にかすり焼け飛んだ。
「さすがは2位、コスチュームまでは考慮してられないみたいで……」
長いスカートからの蹴りはブレイザーのものほど威力はなく受けられるが、めくりあがる布が視界を塞ぐ。隠れた向こうから飛んでくる打撃を手のひらで受け止め、その手で炎を起こす。
「
コネクターの腕が根本から綺麗に外れ、焼かれる前に地面に落ちた。とかげの自切のように、身体と四肢の接続を断ったのだ。突然のことに驚いたブレイザーは手を離してしまい、ちぎれた腕は地面に落ちる。動揺を好機とみたコネクターの次の攻撃は残された腕によるもので、避けるのが精一杯だった。
後ろに下がったブレイザーを相変わらずの無表情で見つめながら、自分の腕を拾い上げるコネクター。こねくと、の言葉で元のようにつながる様は人間とは思えない光景だった。
「……とんでもない奴だ」
「まぁ奥の手ですし。ってか人間の常識で考えるからでは」
「まるで自分が人外みたいな言い方じゃないか、貴様!」
打ち出された火球をかわし、コネクターは袖の中からひといきで牛刀を出すとブレイザーへ向けて投げつける。
「事実そうですし」
「あぁ、スペシャルサポーターだっけか!」
返事と共に出力を引き上げて火球をぶつけると、鋼が融けたのか勢いを失って落下した。自らの攻撃が潰されたことに連結姫は関係ないのですけど、と吐き捨てるだけだった。
互いに大きく一息吐いた間のあと、炎を纏わせた拳と蹴りあげる脚がぶつかりあう。衝撃なら炎上姫に伝わるものが大きいが、相手の股にも火傷痕がつくられていき持続する痛みがあることだろう。スカートには大きく焦げた跡の穴が空き、痛々しい傷が見えていた。
小刻みに震えるその脚を見て思い出すことがブレイザーにはあった。今、自分の後ろで見ているだろうカダヴァーのことだった。
「は、立っているのも辛いのか?」
心配の色が少しながら含まれている。無表情の相手はすこしむっとしたふうに眉を動かしたが、声色は変わらずに答えた。
「この程度、戦闘に支障ありません」
コネクターが指を鳴らすと先程のように風景が歪み、彼女の袖で隠された手が差し入れられる。恐らくあれは空間同士を繋いだものだろう。どこへ攻撃がくるかと警戒していると、背後から声が聞こえた。
「きゃあっ!?」
カダヴァーの声だった。大急ぎで振り返って彼女のもとまで駆け、首に据えられた腕を掴んで引き剥がそうとする。本体からの連結が切られていたようで容易にはずせたが、今度はカダヴァーの足にもう一方が取りついていた。
「貴様っ、こやつに手を出すか……!」
執拗な攻撃は止まず、次から次へと回収された四肢が何度も覗く。業を煮やしたブレイザーはうち一本、火傷のある脚を掴むことに成功すると攻撃や対応されるよりも先に思いっきり引っ張った。予想通りコネクター本体が引きずり出され、絶好のチャンスが訪れる。ブレイザーは大きく息を吸うと、目の前の相手に自分の頭を振り下ろした。
ごつん、と互いの脳に大きな衝撃が走る。バランスを崩して倒れかけたコネクターを受け止める。驚く彼女に追撃は加えない。ブレイザーは、すこし引きずってカダヴァーと引き離してから座るのみだった。
「おい貴様。貴様はエンペラーに生み出されたのか?」
「はい、そうですが、なにか」
「……あいつはそこまでするほどの奴なのか?」
「何を言い出します、創造主はそこに当たるはずで」
目線を合わせるために正座になって向かい合うコネクター。そこまで、と指された太股の火傷は生々しい傷痕になっており、ブレイザー自らがつけたものとはいえ見るからに痛い。
「自分がそうだと思い込んでることは、自分の本当にしたいことなのか?」
諦めからの空白からブレイザーが引き上げられたときのように。ブレイザーはコネクターに問う。敵対者へ都合のいい懐柔の段階に持ち込んだと見られるかもしれないが、炎上姫は最初の問いを思い出しただけだ。続けて、固く口を結んで黙っている相手にもうひとつ投げ掛ける。
「貴様が知りたいのは我の行動……誰かを守ろうとすること、についてだろう?」
コネクターの首が縦に動く。
「そうか。貴様の生まれは知らんが――」
「ひとつ、いいです?」
言葉を止め、首を傾げた。コネクターの疑問があとに続く。
「……ワタシは誰のために生きればいいのでしょう」
彼女が見てきたのは――尽くす者を見定めたどころか、それだけを見つめて走り続け……いつか傷だらけになって、何も見えなくなっても追い続ける者たち。
主の正義のため生きたインクイジター。姉の陰でいるために在ったジアザー。好敵手と認めた者に執着したブロワー。そして、二人で帰るために前に立つブレイザー。
彼女にとってその存在は、エンペラーであると思っていた。けれど、心の底のどこかでは自由を願っていた。
「ワタシの心は女王を望んでいない。なのに、
この連結姫は『プリンセス:エンペラー』が女王となる際に出た残り物から作られた存在だ。エンペラーに逆らえないのは当然だとも思える。自分にそうだと言い聞かせていた。
「じゃあ、一発殴ってみるじゃん?」
声のする後方を見ると、話を聞いていたらしいカダヴァーが屈んで微笑んでいた。
「殴る……?女王を?」
「もちろん。確かめるのにはいいと思うじゃん?」
カダヴァーの言うことがあまりに短絡的だったためにコネクターはくすりと笑う。つられてか二人の口元も緩んでいて、先程のような闘争の気配はない。
じゃあ行こうではないか、と言って真っ先に立ち上がった炎上姫に屈んでいるだけだった屍人姫、両側からプリンセスが手を伸ばし、立つ手助けをする。
「……いきましょ、王の間に。ワタシにも目的ができましたもので」
この『目的』が、女王を殴ることでなく。こうして立たせてくれたふたりに尽くすことだとは、連結姫だけが知っていた。
◇
王城の内部はユウキの想像より広くはなかった。回廊の中央にある隠された部屋を見つけてしまえば、あとはいくつも大部屋が重なっている程度。ずうっと赤絨毯の代わり映えしない景色で感覚が狂っていたのかもしれないが、階段の登り降りを何十段飛ばしにしてしまえば長いよりめんどくさいほうが気持ちとして強かった。
それらの末にたどり着いたのは今までの大部屋よりもひときわ広い部屋に玉座が佇む部屋。そこにエンペラーは待ち構えていた。
「遅かったな、勇者姫よ」
女王の足元には速疾姫、なのだろうか。変身している状態かも怪しい少女が転がっている。連れ去られてからも抵抗を続けたのだろうか、さっきはなかったはずの生傷がいくつも増えている。もはや体力も尽きかけているらしく、息も絶え絶えだった。
「あぁ、この小鬼?こいつは無事じゃない。見ての通りな」
襟首を掴んで吊り上げられる刹。口元にはいくつか血のあとの筋があり、ユウキに向けてお前もこうしてやろうと見せびらかしているようだった。
座っているままだと不都合も多いのか、エンペラーはあっさりと玉座から立ち上がった。片手で死にかけの刹を引き寄せると、その腹部に膝蹴りを叩きこんだ。
「がっ、あ……」
「勇者様が悠長にしている間に、ここまでになってしまったのだ」
次は玉座横に置かれていた宝剣らしい得物を手に取った。殺す気だ。ブレイヴァーは選定の剣を構え、今まさに飛び出そうという体勢に入る。が、目の前には突如王冠の紋様が浮かび上がり、鎧のレヴェル――教会で戦った少女騎士が飛び出してくる。ブレイヴァーが相手の剣を叩き折って鎧の内側へ直接刃をねじこんでと応戦しているあいだに、刹への攻撃は実行されていた。
加減はいちおうしているのだろう。首が離れてしまわないように首筋を裂き、筋肉が千切れる嫌な音と大量に撒き散らされる血液が赤い絨毯をよりどす黒く染めていく。わずかに見える白、つまり骨が生存は絶望的だと伝えていた。
「あぁ、汚れてしまうな」
にたにたと笑うエンペラーが手を離したことで、死にゆく刹は床に打ち捨てられる。少女騎士を斬り捨ててユウキが叫んでも返事などない。喉がかっ切られているのに無理な話だ。
「さて。ここから準本題としよう。これを見てくれ」
刹のことなどさっぱり忘れてしまったらしい振る舞いのエンペラーは、どこからともなく黄金に輝くリンゴを取り出していた。自ら光を放つようにも見える果実からはエンペラーと同様の王者の風格が漂ってくる。
「これは優勝賞品……の予定だった、『
そう言って女王はぎりぎりで息を保っていた刹の首を踏みつけ、頸椎まで破壊する。びくんと震えたのを最期にして彼女にはもう動く気配はない。そんな刹の新鮮な死体へ向けて、王者の果実は落とされた。
床にぶつかったとたん、果実は弾けて汁を散らす。勿論死体にも存分にそれら果汁がかけられ、何かの力を生じさせていく。
首が分断され、死んだはずの刹の指が動いたように見えた。幻視や痙攣ではない。破壊された首もみるみるうちに修復され、もとの人間のものへと戻ってゆく。
「今回は特別にやり直させてあげよう。ほら、『ファーストオーダー』。行け、余の臣下。敵はあの勇者よ」
先程まで死体だったとは思えないほど自然に、刹が起き上がった。エンペラーのオーダーを受け、敵だと指定された勇者姫を睨んでくる。ジアザーが消えた直後とは比べ物にならない気迫と殺意だった。本来のブロワーの力、どころではない。王者の果実によって増幅された力が気迫として漏れ、空気を震わせているのだ。
「では、余にはどうやら先に相手をすべき者がいるようでな。其奴が再び死んでからまた会おう」
エンペラーが玉座の後ろにあるらしい階段に消えていく。だがそんな様は見ていられない。ユウキの今の敵は、刹なのだ。
「……ブレイヴァー、だったかしら。もうわかるわよね」
あくまでも静かに問いかける刹。口にするまでもなく、彼女の言いたいことは理解した。古史雪だ。それ以外にはない。
「これは償いよ。もう言葉もいらない。私があなたを裁く、それだけでいいの」
刹の持つ扇が風を纏った。そう認識した一瞬のうちに風は放たれた。ブレイヴァーの髪先を宙に散らした。脅しだろうか。だとしても、ユウキは臆することなどなく剣を構える。互いに表情は無く、真剣な眼差しのみが交わされる。刹が手にした次の武器は日本刀で、自らの手、自らの足でユウキを殺すという意志があった。
元より並のプリンセスでは追い付けぬブロワーの速度に、果実による強化を掛け合わせた走力。ユウキの視界には捉えられない。ほんとうに一瞬、瞬く間に予測して防御体勢をとらなければならない。そうしなければすぐに首が裂けている。速度があるぶん精度だけはやや甘く、こうしてうまく防御していれば直接斬りつけられることはない。だが攻撃の重みに選定の剣が耐えられるかどうか、だが。
柄が軋み、刃が削れる。相手が重みでなく切れ味を見た刃だとしても、何度も何度も重い一撃、しかも格の違う攻撃を受け続ければ折れてしまうだろう。
十。二十。三十。火花が散るよりも速く剣戟は行われる。四十でも五十でも六十でも、刹は殺しに来る。誰の目にも留められぬ戦いが続き、遂に百を迎えたとき。黄金が悲鳴も上げずに砕け散り、ユウキはよろめいた。最大の好機だった。刹は構えを変え、中段突きによって仕留めんとする。距離などあって無いようなもので、ブレイヴァーは成す術もなく貫かれる。そうだと、刹は信じ疑わなかった。その確信は裏切られ、叶わなかった。
ブロワーを止めたのは斬撃ではない。光の束、ファーストオーダーである。詠唱も無く刀身も砕けており威力は微々たるものであったが、時間を稼ぐには充分だった。そうして刹が止まったとき。勇者は言葉を紡ぐ。
「我が命に応え――竜を統べる者よ、悪を滅ぼせ」
空間のエネルギーが収束するものと展開されるものに分かれ、前者はユウキのもとへ、後者は部屋すべてを埋め尽くしてゆく。赤絨毯が金属と血肉、騎士の亡骸となって地面を形成し、血塗れの丘が展開される。一方で集まっていったものは砕けてしまった剣の代わりに新たなる剣を創造し、勇者姫に与えようとしていた。
ブレイヴァーのラストオーダー。彼女が敬愛する王最期の戦場へ互いを引きずり込むもの。今回は更に砕けた選定の剣より、勝利の剣を編み上げるまでやってのけた。構えられた新たなる栄光が、刹を鋭く刺してくるようだった。
「行くよ」
迸る極大の光。ブロワーの日本刀を簡単に吹き飛ばし、最期の丘を照らす。
「なによ、これ」
身体が動かなかった。圧されたのか。ただ殺すだけだと思っていた相手に。突っ込んでくるブレイヴァーは勝利を振りかざし、ブロワーに終わりを告げているように見えた。
ブレイヴァーの手に、不思議と喉を裂く感触はない。剣によって撫でられるころには崩壊が始まっていた。王者でなくなることを受け入れた時点で、王者の果実と適合していられなくなるのだ。刹は血を吐いて、絨毯へと戻った床を再び染め上げる。
「これでよかったの?」
ユウキは血を流す刹に、そう聞いた。喉が崩壊しているため声がなかなか出ないらしかったが、とにかく首を振っていることはわかった。ただどうしても伝えたい言い分があるのか空気が勝手に逃げないように抑え、声を絞り出してくれた。
「……いいわけない、そんなわけないわ」
心底、悔しそうな涙が溢れた。
「だから。あのエラそーなヤツは、あなたがたおして」
彼女の手には先程彼女と分離した王者の果実が輝いている。
「あなたならだいじょうぶ。セツとセツがほしょうするから」
「……ありがとう」
ユウキは頷いて、果実を受け取った。微笑みを見せた刹はそれを最期の言葉として倒れ伏すと、血を流すだけになった。
王の間にはただひとり勇者姫が立っている。ぎゅっと、剣を握りしめながら。
「行こう。私を、探しに」
◇
【次回予告】
最終回『LAST Sweetness』