炎上姫、屍人姫、そして連結姫。
今三人がいるこの空間を、女王のいる場所に接続させて距離をゼロにまで縮めてしまう。見えてくる場所は元の城前広場ではなく、王城の大広間だ。地面の感覚も高級そうな絨毯が敷かれているため全く違う場所。そこに、エンペラーが待っている。
「揃いも揃って愚かなものだな、まったく」
あの場にいたふたりのプリンセスにコネクターが加わっていることに驚きというものはないようで、呆れているのみのようだった。余裕の立ち姿ではあるが、不意討ちは恐らく成立しない。
「とにかくようこそ、諸君。目的は何かな?やはり果実か?」
「生き残りたい。それだけじゃん?」
エンペラーの問いにけろっと答えるカダヴァー。その回答になにか面白いことでもあったのか、質問者は腹を抱えて笑い始めた。
「っははは!反逆を公言しておいて生き残るなど笑わせる。仕方なしに余が直々に殺してやろう」
一転して相手が向けてくるのは明らかに格の違う威圧。それもそのはず、プリンセス:エンペラーは王者の果実を使用している。それもプリンセスへの変身そのものに癒着させており、急ごしらえのように簡単な崩壊はない。
コネクターとブレイザーはか弱きプリンセスを守るため前に出る。相手は1位で
軍勢と三人が激突し、格闘戦が始まった。コネクターが蟷螂を引き受け、鎌ごと横から蹴り飛ばして1対1へと持ち込む。一気に制圧するだけの火力を出すために準備に入るブレイザーをカダヴァーが守る。飛びかかってくる人形の持つ鉈は幸い持つ者が量産される雑兵のためほとんど機能しておらず、素手のカダヴァーでも対処し切れた。
一方で蟷螂のレヴェルはさすがに丸腰では相手の難しい敵で、振り下ろされる鎌に合わせての接続解除による回避で裂傷を防ぎ、相手の予測の外からの攻撃を行うことで優勢を保っていた。大振りの鎌は脅威だが、その大きさは弱点となり得る。空間移動で翻弄するコネクターには分が悪い。ダメージが蓄積しふらつきが見え始めたころ、ブレイザーの準備ができる頃合いと見て胸部にドロップキックをかまして距離を取らせ詠唱の時間を確保した。彼女のオーダーは、体力の十分にある相手には弾かれてしまうからだ。
「――『ファーストオーダー』。結べ、定めの糸」
赤い糸が伸びて蟷螂を覆い、消えてゆく。何も起こさずに消えてしまったようにも思えるが、違う。コネクターが結んだ運命。それは凶運であり、破滅である。糸の支配を受けた状態で飛びかかっていったところで攻撃は当たらない。100パーセントの攻撃も0パーセントに変えられる。決められた糸は腕を縛り、操り、鎌を標的よりずらしてしまう。ついには刃の外側に蹴りによる衝撃を受けたせいでひびが入り、次の攻撃で砕かれてしまった。怯んだ相手を空間接続で敵軍真っ只中に放り込んでやり、代わりにカダヴァーを安全圏に引っ張り出した。
抑える者がいなくなって押し寄せてくる軍勢。彼らの前には焔の竜を侍らせたブレイザー。準備はとうに終わっており、後は放つだけだ。
「……行くぞ、雑魚ども。『ファーストオーダー』!髄まで燃やせ、慈悲なき焔竜!」
唸りをあげた爆炎が瞬く間に真っ白なレヴェルどもを赤き焔に染め上げ、黒き灰へと還す。軍勢と呼べるほどに存在していた者どもの殆どがこのオーダーによって消し去られ、あとには奇跡的に逃れた数匹と焼け焦げた絨毯だけが残る。
それらを見ていたエンペラーは興味深そうにほう、と漏らしてブレイザーの目の前に現れる。残っていた数匹の人形は気にせず踏み潰し、靴音をたてながら近寄ってくる。
「ふ、なかなかじゃないか。このくらいは越えられるとは思っていたが、早かったな」
「次は貴様が灰になるのだろう?」
「さて、どうだろう?余は諸君らだと思うがね」
宝剣を片手に構え、エンペラーと対峙する。このまま作戦も何もなければただ負けるのみだろう。消費した体力は少なくともある。時間を稼ぐことが必要だと判断し、コネクターは小さくこねくと、と呟いた後にエンペラーへと迫っていった。
「……何かと思えば。思い上がるなよ、残り
コネクターの歩みは阻まれる。それより先には進めない。硝子が張られているように見える壁が彼女の前にあった。だがただの硝子ではない。今まで女王が自らのセクターに張り続けていた結界と同じものだった。壁に触れる手に血が滲み、全身に幻痛をもたらす。
「君の中核を成す果実は余がいる限り起動できない。そうだろう?」
無防備にも宝剣を床に突き立て杖がわりにしたままで壁の向こうすぐに立つエンペラー。余裕の表情で顔を近づけてくる。
コネクターにとってはありがたい展開だった。先程彼女が接続したのは、自身とふたりのプリンセスの思考。それぞれの考えが個人のものだけから共有するという選択肢が生まれ、口に出さずして作戦会議を可能にしていた。その状況でこうして結界という戦力が知れたのは大きい。こうして結界の向こうで慢心しているエンペラーに攻撃をかますのなら、結界の突破ができればいいのだ。
『あの結界ってどういう仕組みじゃん?』
カダヴァーが語りかけてくる。意思の力を流し込み続けて作っているなら、接続解除によって弱体化あるいは無効化できるのではないか、と。
試す価値はある。接続解除を実行し、カダヴァーがまず突貫し、ブレイザーのラストオーダーで攻撃する。ブレイザーだけはカダヴァーのことを案じて乗り気ではないようだったが、他の方法がすぐに出ない以上やるしかないと渋々了承した。
「だいたい創造主に逆らうとはどういう了見だ、君がいま此処にいるのは余の気紛れがあってこそ――」
「
「――だとっ、な、余の結界に干渉しようだと!?」
沈黙を破ったコネクターの行いに驚いたが、エンペラーは壁を自立させることで結界を維持したまま接続解除を凌ぐ。飛び込んできたカダヴァーには、新たに作った壁をカッターのように飛ばして使うことで切り裂いて動きを止めた。何やら攻撃の準備をしていたらしいブレイザーが驚く顔を見て、女王はにたりと笑う。
「ふ、く、ははははは!なんと愚鈍か!その程度が通用すると思ったのか!?」
作戦は失敗した。だがエンペラーによる結界への力の補給はなくなっており、それを削りきればコネクターの目の前にある壁は壊せる。コネクターがあわよくば自分の身を滅ぼしてでも破壊しようと腕を伸ばしたとき、状況は変わった。
――カダヴァーの能力である復活は意思の力をどこかから貰って復活するものだ。調達先はどこでもいい。ブレイザーの炎でも、エンペラーの結界でも、だ。
結界が消失する。構成する力がカダヴァーの復活に使い果たされ、ゼロになったのだ。即ちエンペラーの目の前には何もない空間ができるわけで。
「――炎上姫ブレイザー。ここに、ボクの王権を行使する!」
ファーストオーダーよりも巨大な渦を纏い、ふわり浮き上がるブレイザー。チャンスは一度きり。絶対に届かせると、あづまは決意を決める。
「……なっ、これは……!?」
「今だ、あづまちゃん!!」
「我が命に応え、火焔渦巻く竜よ!ボクらを連れていけ……!」
爆炎が動き出す。火焔を纏った脚が空間を裂いて突き進み、エンペラーへ一直線に向かって行く。
脚には確かな感触があった。敵を撃ち貫いた炎上姫が地上に降り立ち、衣装についた煤を払い落とした。エンペラーのいた地点は局地的な爆発に襲われ、まともに受けていたなら骨も残らないだろう。
「……勝った、じゃん?」
カダヴァーは喜びを溢れさせようとした。ずっと言い続けてきた願いが叶うときがきたと思った。
「違うな」
だが、それはまだ早かった。
「君たちは負けたのだ」
焔が晴れ、周囲がやっと見えるようになった。立っているのは4人。半身を焼き焦がされたエンペラー。敵の生存に驚くカダヴァー。そして、宝剣に胸を貫かれたブレイザーと、結界によって首から胸にかけて大きく裂かれたコネクター。
傷を負った二人は身体を支えるだけの力を失って倒れこんだ。エンペラーは酷い損傷を受けているがまだしっかりと立っており、ブレイザーの血に濡れた宝剣をカダヴァーへと向けている。
「う、うそ、じゃん」
「残念だが違う。現実だ」
一緒に帰ると言った友人が倒れ。一緒に殴ろうなんて声をかけた者もまた倒され。カダヴァーにもはや道は残されていなかった。
「ここまで残ったってーのに……」
カダヴァーは未練がましく後ずさりする。今まで何度も殺されてきたというのに今更怖くなったのだろうか。今まで戦っていた場所から、広間の中央へと残ったプリンセスは動いてゆく。
「何のつもりだ、死ぬのならさっさと!」
エンペラーが叫んだとき。天井から音がした。破壊と衝突の音だ。
何が起きているのかと上を見たとき。エンペラーは天井が砕けるその瞬間に遭遇した。
上空から舞い降りる鎧姿のプリンセス。携えた剣は常勝の聖剣。共に降り注ぐは彼女が破壊した王城の欠片。勇者姫『ブレイヴァー』は、女王の前に立つ。
「……まさか、あの女を殺したというのか」
ブレイヴァーは黙って頷いた。自らの正義に従ってなお誰かのことを喪うのは、みう初めてではない。刹も、とちも、雪も、いるかも皆亡くしてきた。それでもなお……いや、それだからこそ。ユウキは正義にすがるしかない。
結界が凶器として飛ばされた。聖剣がそれを叩き割った。もう一度凶器が舞う。何枚も同時に、ユウキを囲うように。だが一つたりとも届かない。全てが撃ち落とされ、硝子のように砕け散る。
「なんなんだ、君は!手に入れたばかりの果実で、どうして余と張り合える……!余の10年の月日を、否定するというのか!?」
「……知らない」
エンペラーは巨体を誇る恐竜、宙を泳ぐ蛇、何体にも増殖する眼を出現させる。どれも今のユウキには障害にすらならない。負の感情など斬り捨てられるのみだった。
「何故、何故だ!自分の手で殺しておいて!なぜ止まらない、なぜ余と戦えるッ!」
「私は――私が喪うのならそれでいい」
苦し紛れの攻撃は恙無く防がれ、エンペラーにはユウキの歩みを止められない。
「けれど、誰かが悲しむことは望まない」
鎧が音を立て、それがエンペラーの脳裏に大きく響く。今まで格が違うと見下してきた者に、怯えさせられる。
「悲しみを生むのがあなたなら」
ユウキが聖剣を掲げた。今のうちにと攻撃を仕掛けても、彼女の周囲には槍が飛び出す、剣が舞うとの迎撃準備がなされていた。女王は、成す術なく滅びを待つという選択をさせられる。
「私は、あなたを殺す」
振り下ろされる聖剣。女王を呑み込む光。焼け焦げた身体も、怯えた瞳も、消える。
余は――私は、自分を変えたかっただけ。
そう言い訳をしても。地位も身体もなくなってゆく彼女には、誰にもそれを伝えられなかった。
◇
光が晴れ、跡には誰もいない。リンゴがひとつ落ちているだけだ。ユウキがそれを拾い上げ、ただ見つめていた。
ユウキの到来には気がついたものの怒濤の展開に呆然としていたカダヴァー、棚があたりを見回しながらも倒れているふたりに近寄っていき、呼び掛けをはじめる。
「ねぇ、コネクターちゃん……あづまちゃん……」
揺さぶることはできない。あづまの出血は深刻で、呼吸も虫の息になっている。一方のコネクターに出血はないが、大きく入った切れ込みは安易に触れてはならないと一目で思わせる。
友人が起きることはないと心の底で気付いていながらも。棚は呼び掛けを続け――
「せっかくあづまちゃんと呼んでいるので、コネクターちゃんのようでない呼び方を所望であり」
「……!コネクターちゃ、あ、えーと、なんて呼べば?」
「ええと、まことちゃん、とか」
「そっか、じゃあまことちゃんで」
自分の身体に手を当てて、修復していく連結姫。女王が消えたため果実の力を十全に使えるようになったらしい。由来不明のあだ名を提案した彼女は、腹筋に力を入れて起き上がった。
「……それと。大変残念ですが、あづまちゃんはもう絶望的かと」
事実を告げられて、棚はうつむいた。だがそう告げたコネクター自身が背中に手を置き、そうではないという。
「ワタシの持つ果実で、お二人の願いを叶えましょ」
「えっ、願いって」
「一緒に現世に帰る、というやつでして」
「本当に!?」
コネクターは頷き、表情を変えずにこう続けた。
「対価として。リンゴを中核に作られているワタシは消失」
棚の表情が凍る。仕方がない。自分達が生き残るかわりに、彼女が消えるのだから。
「ほ、ほかのふたつじゃ駄目なの?」
「それがなんと駄目でして。王者の果実は本来この世界で完結するものですが、ワタシの属性を帯びたものならいけるという抜け道のようなものですし」
現世と裏世界をつなぐことができる力と癒着した果実であれば、現世に影響を及ぼすこともできるという。
「でも……まことちゃんが消えちゃうなんて……」
「あなたが嫌と言っても実行しますので」
「なっ、なんで?考えさせてくれたって!」
「これはワタシの意思です。大切な人のために尽くしたい、という」
棚の葛藤など気にも留めず、コネクターの身体が光を放つ。彼女を止められないと気づいた棚はそれ以上何も言えなかった。
「――接続姫コネクター。ここに、私の王権を行使します。
コネクターの胸から浮かび上がる果実。はじけた欠片が棚とあづまに降り注ぎ、裏世界から現実世界へと連れ戻していく。
「またいつか。機会があれば、会いましょう」
光の中に2人の姿は消えてしまった。あとは消去されるのみになったコネクターとユウキだけ。女王の残したリンゴを持って佇むユウキに、コネクターは最期の暇潰しにと声をかけた。
「……帰らないので?」
「まあ、ね」
「あら。どうしてでしょ?」
首をかしげる相手に、ユウキは照れくさそうに答える。
「誰かが、さ。この世界で起きたことに、向き合わなくちゃいけないから」
彼女の身体にあるもの、手の中にあるものが輝きを増す。現実との繋がりを断つという、最後の願いだった。
「二度と悲しみが起こらないよう、私はここにいる。そんな大役、果たせるか不安だけどね」
「……そうですか。消えるまで付き合っても?」
「うん、ありがとう」
運命を終えた世界は、切り離されて沈んでゆく。少女をのせて、どこか遠くに――
◇
久しぶりに登校した中学校は、何もかもが新鮮なような気がした。思えばとうに数ヶ月。ずうっと来ていなかったのだから、いろいろ変わっているだろう。と思っていたけれど、意外と教室は変わっていないらしい。なんでも、不審死が続出したとかでいろいろあって、休校だか続きで席替えすらされてないという。おかげで席を間違えないで済んだし、勉強もそこそこわかんないくらいだった。10割わからないよりマシだ。
そういえば、その不審死事件に私も死者として組み込まれていたというのはびっくりだ。いや、関係はないにしろ、いったんほとんど死んでいたのは事実なんだけど。
校舎を回ってみると、新聞部の記事がいつもよりキレがなかったり、保健室の先生を数ヶ月どころじゃなく振りに見かけたり、テニス部の成績が激弱になっていたり、影響は大きくあるみたいだった。帰宅部なので放課後にこんなうろちょろしてるのはおかしな話だと思うけど、まぁ数ヶ月空けて最初の登校なので許してほしい。
お姫様になりたい、だなんて。ロマンチックな幻想を抱いたことは私にもある。けれど、私は私の日常が好きで、ここに戻って来たかった。いろいろあったけれど、こうして私はここにいる。だから、自分は幸せだって。胸を張って言える、気がする。
それに、私には――王子様だっているのだから。
「棚、遅いよ」
「ごめんごめんじゃん、ちょっとうろうろしてて」
「じゃあ許す」
「さすが!あづまちゃんやさしい!」
玄関で待ってくれていた歳上の王子様と、私は一緒に帰ることにした。家は同じ方向じゃないし、ちょっと遠回りになるけれど、楽しい時間に比べれば遠回りなんて気にならない。
外はもう日が落ち始めていて、街を茜色に照らす太陽がゆっくりと地平線に触れようとしている。木々が小さくさらさらと音を立てて、私たちの頬を撫でる風を知らせた。
これにてプリンセスの物語はおしまいになります。おまけの短編とかおもいっきり続編はあるかもしれません。
ここまでやってこれたことに驚いております。着いてきてくださった読者の皆様に特別な感謝を。