【前回のあらすじ】
余剰だよ。やさしいおねーさんがおしえてくれたところにいったら、かまくりさんがたべられたそうにまってたの。……え?ちがう?そんなことないとおもうなぁ……とにかく、わたしはおねーさんたちにかんしゃするのっ!
◇
――蟷螂騒動から数日。窓はすぐに取り替えられて、何事もなかったかのように授業は続けられた。
中学校一年生、古史雪は騒動の一日前よりずっと暗い表情で、いつもよりクラスメイトへの対応もそっけなくなにも手につかぬようであった。なにがあったのか聞いたところで、誰にも答えない。
雪はクラスでは話しやすく気遣いのできる、決して目立たないが友人関係は広いといった位置にいる。また、教えられたことの吸収は早く、練習量でなくどこかで見た技を真似する、盗む形で習得することに長けていた。先人が死に物狂いで見つけたやり方へ最短ルートで走り抜ける。そのやり方の結果として陸上部でなくソフトテニス部だというのに、クラスメイトの陸上部女子を追い抜くことも多々あった。技術の模倣によって、ライバルとして認められたのだった。
そんな少女として生活する彼女が、何かに怯えた顔をするとは思えなかった。特に、その追い抜かれたクラスメイトの陸上部『
「どうしたのよ?今日も浮かない顔ね」
自らを負かした仇敵の弱点を見つけたり、といった態度で今日も刹が話しかける。だからそっけなく扱われるのだと思われているが、周囲は黙っておいている。
「……なんでもない」
「何よ?しっかりしなさいよ。立ち止まったあなたを追い抜いたって、何にも楽しくないのよ」
露骨に『私は気分を害している』と。お互いに主張しているのがわかる。不機嫌そうな瞳どうしが合っても、曲げる気はないようでずっとそのままだ。
気の強い少女どうしで近寄りがたい雰囲気になり、空気が澱む前にすぐ刹が折れた。
「ふん。せいぜい止まってればいいわ。後から追いかけ始めたって、待ってやらないんだから」
雪が思うのは、「なにがあったかも知らない癖にうるさいな」ということだ。追い抜きたいのなら勝手に追い抜けばいい、なんて感情のあとに加えて心の中で暴言を吐く。刹が気にくわないのは確かだが、嫌いなはずじゃなかったのに。
彼女の怯えているもの。それは――あのとき聞いた音。開式の日、15番セクターで出会してしまった局面。農園姫『プランター』による、死人姫『カダヴァー』の蹂躙だ。しなやかな植物の触手によってへし折られる四肢、現実ならばまず激痛のあまり死んでいるかもしれない。いや、裏世界でも彼女は死んでいるのか。最下位に名前が残っているため、まだ生存しているのかもしれないが、自分が参加した闘争が危険極まりないものであることを思い知らされてしまったのだ。
次は自分の番かもしれない。農園姫に捕まり、あのように――
「あの。古史、さん」
思考は中断される。友人の多い雪もあまり聞かない声、昨日はじめて助けようとした相手。『
「……どうかした?」
「えと、前の、ことなんだけど」
蟷螂に襲われたときの話だと、接点がその程度しか思い浮かばなかったので判断した。ふかから話しかけてくるのは珍しいため、話くらいなら聞こうという気分になった。
「その……ね。ありがとう、助けてくれて」
「クラスメイトだから、葬式に出席したくないし」
面と向かってありがとうと言われるのは、苦手だ。あの先輩のようにまっすぐで、私をしっかりと見て。都合のいい手足としてではなく、本当に恩人として見てくる目。そういえば、レヴェルによって命の危機に陥った者を助けたのは二度目になるだろうか。
なんだか照れ臭くて、雪は目を逸らした。無理矢理合わせようとしてくるあの先輩、沖ノ鳥ユウキとは違ってふかはやや慌てて視線が泳ぐ。
ほんのすこしの癒しであったが、ありがとうは確かに胸に染みていた。雪ぼ気分は上がる方向に向いて、テニス部の先輩にでも相談してみようと思わせた。
「……こっちからもありがとう、ふか」
「へ?」
「なんでもない、なんでもないけど……言わせてほしかった」
戸惑いながらも、感謝したはずなのに感謝された彼女は頭を下げる。
そろそろ授業が始まる時間だ。ふかに席へ戻った方がいいと告げ、勉強道具の用意をするため自分の机から教科書を探しはじめた。
◇
その日の、昼休み。互いに睨みあったまま動きを見せないプリンセス情勢に頭を抱え、ユウキといるかはヒーラーであるとちと協力関係を築こうと話を持ちかける共に今後について話そうと保健室へ赴いていた。
数日ぶりに触る保健室の扉。健康には気を使っているユウキにとって、ほとんど縁の無い場所であるためこんな短期間に二度など特に珍しかった。
いるかがやさしくこんこんとノックして、恐る恐る扉を開ける。
「ごめんくださーい……」
「失礼します」
「あ、失礼しますっ」
邸宅の玄関に入るような慎重さの友人に対し、とくに緊張したようすのないユウキ。ある程度扉を開くと、部屋の内から話し声が聞こえてくる。どうやら相手は養護教諭ではなく、若い声からして生徒のようだ。患者だろうかと思い、いるかの注意が強くなったとき。そのとちと話す生徒は振り向いて、ふたりに会釈した。
「あら、ユウキさんにいるかさん」
「おっと、患者さんかい?すまないね、ちょっと取材中だったから……」
「大丈夫です、怪我をしたとかじゃないので」
いったん退こうとする彼女には見覚えがある。たしか、学年集会。新聞部の部長だっただろうか?取材中、というのも頷ける。部活動に口は出せないし、だとすれば3年の先輩なので邪魔しないよう扉の横に避ける。
「で……あー、えっと、話を変えようか?」
「大丈夫ですよ?そこのふたりも、プリンセスなのですから」
とちの口から唐突に飛び出したプリンセスという単語。話の流れからするともとよりその話をしていたらしい。
新聞部部長は驚いた顔でふたりを見たあと、明るい表情になってぐいっと詰めよってきたのだった。
「はじめまして……!私はプリンセス・ランク15位、監視姫『モニター』の
「あ、えっと、10位の勇者姫『ブレイヴァー』、沖ノ鳥ユウキです。記事、毎週読ませてもらってます」
「本当?嬉しいねぇ」
営業スマイルで握手を求める双美に、ちょっと名乗るのをためらういるか。悪徳業者という感じが滲み出ているのは否めないが、ユウキが名乗ったのならば大丈夫……なのかもしれないと握手に応えようとする。と、いるかよりも早く双美が彼女の手を握り、驚かせた。
「ひっ……!?」
「君もプリンセスだろう、ランクは?ブレイヴァーとはお友だち?」
「あ、はい……11位の獣姫『テイマー』の、蘭花いるか……です」
「そうかそうか、よろしく頼むよ」
ぶんぶん手を振ったと思うと、早々に離れてとちの前に戻る双美。はっきり言って、先輩とはいえ若干カンに障る。
「いやぁ、まさかここでこんなにプリンセスと……あぁ、本題に入ろうか。」
うんうんと頷いていた彼女はいきなり真剣な顔になって、三人を見回しはじめる。それからもう一度大きく頷き、その本題を切り出した。
「この四人で、同盟を組まないか。ブレイヴァーとテイマーはもう協力しているが、私達が加わっても利益はあるだろう?」
「……まぁ、戦闘はなるべく避けたいもんね」
とちの能力はリミテッド・オーダーのとおり治癒能力。それからされた双美の話を信じるならば、モニターの能力は情報収集の系統であるという。監視姫の名前の通り他のプリンセスを監視できるなら、攻撃を仕掛けるタイミングや戦略を図ることができる。直接戦闘が得意である勇者姫と獣姫にとって、その申し出は受け入れる価値はあるだろう。
「いるか、どう?」
「えっ?あ、うん。仲間は多い方がいい、よね」
いるかの返答を聞き、それでは決まりだと扉を開けだす双美。何をするのかと思うと、三人にこちらへ来いと言いたいらしい。
「ここじゃあ他の生徒が来て困る。どうせ新聞部に来るのは私くらいだし、部室なら心配いらないよ」
ためらう友人の様子も知らず、ユウキは真っ先についていく。次にとちが保健室の備品を軽く片付けて合流すると、本当に彼女を信じてもいいのか不安なままながらいるかも急いで保健室を出る。
こうして、導かれるままに新聞部の部室へ連れられていくのだった。
◇
新聞部の部室へは何度も来たことはある。前に貼り出されている記事はどこよりも早くに校内の情報を纏めているのだ。いったい何人が調査して書いたのか、というほどに網羅しているのだが、どうやらまともに来るのは部長とほか数名しかいないらしい。
「ささ、話をしよう。座って座って。」
中へと入ってみると、大きなテーブルがひとつと周りを囲むイスがいくつか、それ以外には執筆の道具や用紙がしまわれているだろう収納くらいしか見当たらない。双美が使いやすいように整理しているらしく、意外にも几帳面らしい。
扉が閉められ、かちゃりと音を立てて古めの鍵がかけられる。部室は薄暗く、さすがに目が悪くなるからか電気は点けられた。双美が収納ボックスから眼鏡ケースを取りだし、すっと着用する。彼女の胡散臭いイメージは黒渕眼鏡で増長された気がする。
「今回手始めに共有したいのは、君たちではないプリンセスの情報だ。」
そんなふうに見られていることも気にしないで、適当な席に三人がついたことを見ると机に手をついた彼女によって話が始められる。モニターのものであろうセクターボードが出現し、プリンセス一覧を映す。
「まず私からにしよう。どうやら、テイマーには疑われているようだからね」
不安な顔だったいるかに向けて笑って見せ、彼女をはっとさせる双美。最初にセクターボードの文字のうち、1位とされる『エンペラー』をどこからか取り出した指揮棒で指した。
「1位の居るセクター、1番から3番だね。強固な結界が張られているらしくてね、私も干渉できていない。まぁ、ドローンで突破できるならとうにやってるんだが」
続けてブレイザー、ブロワー、プランターと把握している情報を羅列していく双美。だがその内容はほとんど『わからない』に集約する。遠隔からの観察は試みたものの、ブレイザーには攻撃の巻き添えにされ、ブロワーとプランターには気付かれたうえ破壊されたという。
「視覚の共有中に強制切断されたからね、目にちょっとしたダメージは受けた」
眼鏡の奥の、やや濁ったような左目に注目させ、恐らく向こうで受けた傷も多少は痛みや障害となって反映されると判断しているらしい。そのあたりはチュートリアルを読み込んだユウキにも初耳ではある。なるべく不都合なことは書かぬようにされていたらしい。
「5位のフリーザー。彼女の正体は知れている。……なんと、生徒会長だ!」
ドヤ顔で溜めてから言う双美。ただ、ユウキもいるかも既に知っている情報であり、とちには薄い反応で済まされている。思いっきり滑落した雰囲気を持ち直すため咳払いをすると、次に情報のある者の話に移っていく。
「ダイバーとゲームスターは捕捉できてすらいない。余程上手い奴だと見るね。次につけるイーターだが、彼女は君らと出会っているはずだ」
「はい、2度ほど」
「2度もかい?よく生き延びれたね。たしか、セクターの取り合いでだったっけ?どうやって撃退したの?対峙した感想は?オーダーは使われた?」
唐突に目を輝かせて迫り来る新聞部の部長。ジャーナリストらしいというか、テンションが上がっているらしい。勢いに押されて質問だけが積み上がっていくユウキと彼女のあいだにいるかが入り、いったんひとつづつ答えていくので止めてくださいとなだめていた。
ユウキは最初から質問を反復しつつ答えていく。ふんふんと鼻息荒めでメモをとる双美と、真面目さとテンションに引いているのか微妙な顔でそれを見るとちの耳にもイーターの能力についての情報は勝手に入ってくる。
「……以上、です」
「素晴らしい。君に出会えてよかったと心の底から思うよ」
本気の握手を求めてくるのには普通に応え、四人は続けてその相手の対策へ話題を向ける。
「ブレイヴァーの話で確信したんだけども。大きな口、そいつは厄介だが、1度展開すればその口じゃあ二度は食えない。隙は必ず生まれるだろう」
なるほど、と頷くユウキ。確かに、1度削り取ったあとは本人の咀嚼、口の再展開で時間が生まれる。接近は危険だと距離をとっていたが、もしかすると回避できるならば接近した方が有利かもしれない。
ふと、どうしてそこまでして自分等に情報を与えようとするのか双美の態度が引っ掛かる。よく考える前にユウキの口からその質問は飛び出していって、イーターの話がいったん止まった。
「そんなことか……君も、プリンセスに誘われるとき優勝商品の『
「ロイヤル……?」
「おや、違うのかい?世界の支配者となった暁、願いを叶える代物さ。」
願望器の優勝商品。それならば、皆が戦いに身を投じるのも仕方がない。願いが叶うと言われて、他人を蹴落としてでも手に入れたいと思う人間など大量に居るだろう。
「私はそいつの正体、そして16人のプリンセスが賭ける願いなんかを洗いざらい知りたいわけだ」
双美の願いは、飽くなき知識欲から来るもの。あくまでそのものでなく、目指す者に目線を向けている。それ故の監視姫、モニターか。
「ブレイヴァー。君はどうだい?」
「え……私、ですか」
考えたこともないのは当然、今初めて聞いたのだから。それでも、ぱっと思い浮かぶのが常人なのだろうか。強いて言うなら、いるかを助けて彼女の願いを叶えること?
「咄嗟には、思い浮かばないです」
「ふむ。なるほど、君はそういう人間みたいだね」
正直に話すと、聞いてきた側は訳知り顔でユウキの顔を見る。
「そうだ、イーターにも賭ける願いを問うてくれないか?」
「あの子に、ですか?」
「あぁ。私を助けると思って、それに君の願いを探すことにも繋がるさ」
自分の願い。あのとき……『貴女は何を望む』と問われたとき。ユウキが答えたのは自分の正義を通すこと。
本当にユウキの内なる望みがそれであるのか。それを探すためにも、イーターに問うことは重要になるのかもしれない。
◇
【次回予告】
双美の助言を受け、余剰を捜すユウキ。
余剰が賭ける願いとは。
ブレイヴァーとイーターの戦いの行方は何処へ行くのか。
次回『おなかいっぱい』