リリカルなのはINNOCENT~CHASER~ 作:つねまる
第一話
第三のグローバルフリーズ発生から約二ヶ月が経過した。
ロイミュードの手により多大な被害を受けた海鳴市であったが、現在はほとんどの場所が修復され、かつての活気が戻ってきていた。海鳴にある駅前の一軒の古本屋・八神堂では、今日から導入されるゲームの準備に取り掛かろうとしていた。
「のーんびり平和やねぇ」
「我が主。そろそろお時間ではありませんか?」
「おおっとそうやった。T&Hさんもグランツさんも15時から一般開放や言うてたし。うちの店もしっかり準備してオープンできるようにしないといかんね」
そう言ってはやては受付で座っていた椅子から立ち上がると、あることに気付く。
「あ、でも店番ほったらかしていくわけにも……」
はやての心配を遮るように、おまたせ~と言いながら入ってきたシャマルと一緒にシグナムが入ってきた。
「主はやて。店番はどうぞ我々に任せて準備の方へ」
「遅れちゃってごめんなさ~い」
「二人ともお帰りさんや」
「ヴィータは一緒ではないのか? あの子が一番オープンを楽しみにしていたんだが」
「心配ない。先ほど連絡があってな」
「学校から直接こっちに向かってくるそうよ。それにお店の方はきょうちゃんが後で来てくれるから大丈夫よ」
「ほんま? なら大丈夫やな。アインス。うちらは先に最終調整の準備をしにいこか」
「分かりました」
そう言ってはやてとアインスは地下へと向かった。
―――――――
「やっべー! 掃除当番だってことすっかり忘れてた。早く帰らなきゃ!」
ヴィータは小学校を出ると、勢いよく駆け出す。
「あ、ヴィータちゃん! 待って!」
走り去っていくヴィータの姿を偶然見かけたきょうやが声を掛ける。その声に気付いたヴィータは急ブレーキをかけ振り返った。
「あ、きょうやじゃねぇか! もう学校終わったのか?」
「うん。これから八神堂の方に行こうと思って向かうところだけど、どうしたの? そんなに急いで」
「なら話は早えな。急ごうぜ! 早くしねぇとはやて達が待っているからよ」
そう言うとヴィータはそのままきょうやを置いて走り去ってしまう。
「え、ちょっ、待って~」
走り去ろうとするヴィータを追いかけるべく、走り出した。
――――――
「はぁ、はぁ、さ、最近の小学生ってあんなに体力があるんだ……」
走り去っていくヴィータを追いかける形で八神堂につくが息はあがり、疲労困憊の状態であった。上がった息を整えているきょうやを尻目に、ヴィータは何事もなくただいまーと元気よく言ってすぐに地下へ向かってしまった。
「だ、大丈夫かきょうや?」
「え、えぇ何とか」
「もうヴィータちゃんは元気だからね。あんまり合わせようとすると身体持たないよ?」
息を整え状態をおこすと、シグナムとシャマルが近寄ってきた。シャマルはきょうやの額からわずかににじみ出ている汗を、ポケットから取り出したハンカチでふき取ろうと手を伸ばした。
「おいシャマル。それくらいならきょうやであっても平気なはずだろ?」
「何言ってるのシグナム。そのままにしたら体調を崩しちゃうかもしれないでしょ」
「いやそうかもしれんが、少し過保護じゃないかと思ったんだが……」
シグナムの言葉とは裏目に、シャマルはきょうやにベッタリ状態であった。きょうやもどんな反応をすればいいのか困っているのか、複雑な表情を見せる。
「あ、あの、シャマルさん? そろそろ離れてもらえませんか?」
「えぇ~、どうして?」
「いやどうしてって……」
きょうや自身、年の近い女性にここまでベッタリされたことがなかったため、動揺を隠せなかった。そんな姿を見かねたシグナムが二人の間に入り、無理矢理引きはがす。
「あー! シグナム何で邪魔するの!?」
「邪魔も何も、きょうやだって子供ではないんだ。あまりベッタリではきょうやに嫌われるぞ?」
シグナムはきょうやに、地下へ行ってはやての手伝いに行ってくれと伝えると、きょうやは苦笑いを浮かべながら頷きすぐに地下へ向かった。
シグナムとシャマルは二人きりになると、しばらくの間沈黙が続いた。
「まだ不安なのか? シャマル」
「当たり前よ。あの子のあの姿を見たら……」
「だがあいつはああなることも覚悟の上でやっていることだ。私達が口を出せることではないだろ」
「それは、そうだけど……」
シグナムの言葉にシャマルは返す言葉が浮かばなかった。シャマルはその場から離れたかったのか、やることがあると言い立ち去ってしまう。
「口ではああ言ったが、私も人のことが言えんな」
残されたシグナムはその場に佇み、あの日のことを思い出していた。
――――――
今から約二ヶ月前。海鳴を中心に重加速現象が日本全土に発生した。
重加速発生の中心地である海鳴市では全域に影響がでており、海鳴市に住んでいる人々の動きは完全に制限されてしまっていた。
当然八神家にも影響が出ており、はやて達はしばらくの間思うように動けなかった。しかし重加速が発生してから時間が立つにつれて重加速は弱まっていき、次第に普通に動けるようになっていった。これに疑問を持ったはやてとアインスは、動けるようになると真っ先に外へ飛び出した。後を追う形でシグナムやシャマル、ヴィータやザフィーラも外へ飛び出し二人を追いかけた。
はやて達は家を出た後、一番被害がひどいとされている海鳴駅前へと向かった。駅前についたはやて達の目に写ったのは凄惨な光景であった。
駅前は重傷を受けて倒れてしまっている人々などであふれていたのである。駅前一帯は親とはぐれたであろう子供の泣き声が響くほか、痛みに苦しむ人の悲痛な叫びが木霊していた。はやてとアインスは、きょうやが来ているかもしれないと考えシグナム達と協力して二手に別れてさがすこととなった。
「くそっ! どこにいんだよあいつ!」
「落ち着けヴィータ。主達が言っていることが本当なら、きょうやは必ずこのあたりに来ているはずだ」
「そうかもしんないけどよ……」
一緒に探していたヴィータの表情が明らかに暗くなっていた。シグナムはまだ小学生であるヴィータにここへ来させず、家に待たせておくべきだったかと考えているとシャマルが走ってきた。
「どうだった?」
「ダメ! 全然見当たらない。他の人に聞こうにも、みんな自分のことで手一杯だから、全然あてにならないわ」
「この状況ではそうだろうな。仕方ない。取りあえずもう一度……」
シグナムが何か言いかけた時、彼女の携帯が鳴る。ポケットから携帯を取り出すと、画面にははやてと書いてあったため、すぐに電話に出た。
「もしもし。何かありましたか主?」
『シグナムか?』
「その声、ザフィーラか? なぜお前が主の携帯に?」
『今はそれを気にしている状況ではない。急いでこっちに来てくれ。俺だけではどうすることもできん』
「待て、一体何があった?」
『きょうやが……』
「えっ?」
『きょうやが見つかった』
―――――――
連絡を受けたシグナム達は、ザフィーラが指定した場所に向かっていた。指定した場所に近づくにつれ、ロイミュードの死体の数が多くなっていることに気付く。
「ねぇシグナム。このあたりにある機械じみたものって……」
「ああ、主達が言っていた、ロイミュードという機械生命体のものだろう。その死体がこうもゴロゴロあるということは……」
嫌な予感を感じつつ走っていると、大量のロイミュードの死体が積まれている場所についていた。一つの死体の山の上には、信号機を模した斧のようなものが突き立てられていた。
「……おえぇ」
いくら機械生命体とはいえ、死体の中には人間に似た姿をしたものも見られ、10歳に満たない子供であるヴィータは吐きそうになっていた。
「大丈夫ヴィータちゃん。無理なら今からでも」
「そうだな。これ以上は危険だ。シャマル、お前はヴィータを連れて家に戻れ。あとは私がいく」
「わ、分かったわ。気を付けてね」
「うぅ、すまねぇシグナム……」
「気にするな。お前はゆっくり家で休め。何かわかったら連絡するから」
「お、おう」
力なく返事をするヴィータを連れて、シャマルは家へ向かう。シグナムはそれを見届けた後、きょうやが見つかったという場所へと向かおうとした時、
「嫌ああああああああああ!!!!」
「!? この声、アインスか!」
悲鳴が聞こえた瞬間、シグナムは悲鳴がした方向へ走り出す。ロイミュード達の死体の山を抜け少し広めの広場に出ると、広場から少し離れた所にいるザフィーラの姿が目に入った。
「どうした!? 何かあっ……」
そう言って近づいたシグナムは、言葉を失ってしまった。
ザフィーラの隣でははやてが状況を理解できていないのか、呆然と立ち尽くしてしまっていた。そしてその先ではアインスが座り込み、目から涙を流しながら身体を震わせていた。
何よりシグナムが驚いたのは、アインスのすぐそばで横たわっているきょうやが血まみれの状態で倒れていたことであった。
「シグナム!」
「ザフィーラ! きょうやは?」
「アインスのすぐそばで倒れているのがきょうやだ。すまないが、お前はきょうやとアインスを頼む。俺は主を連れていく」
「わ、分かった。シャマル達は家に向かわせた。お前も主を家に送ってくれ」
「承知した!」
そう言うと、ザフィーラは呆然と立ち尽くしていたはやてを強引に背中に乗せる。
「え、ちょっ、ザフィーラ何すんの!?」
「主お許しを!」
背中に乗せたはやての言葉を制し、そのまま走り去った。
「おいアインス! しっかりしろ!」
「……シグナムか?」
「ああそうだ。立てるか?」
「きょうやが……」
そう言ってアインスはシグナムに自分の掌を見せる。
「……!?」
アインスの赤い血で染まっている手を見たシグナムは再び言葉を失ってしまう。見せてきた掌には、大量の血がこびり付いていた。その血が誰のものかすぐにわかったシグナムはたまらなくなり、アインスのそばで倒れているきょうやに視線を変え近寄る。
「きょうや。しっかりしろ!」
倒れているきょうやの身体を揺さぶるが反応はなかった。身体にはいくつもの傷がついており、その他に打撲のような傷も多数見られた。特に腹部からの傷が重症で、大量の血が流れていた。
「このままでは不味い。アインス! 手を貸せ!」
「で、でも」
「しっかりしろ! このままではきょうやが死ぬぞ!」
「わ、分かった。だがどうすれば……」
「とにかく病院まで私達で運ぶぞ! 手を貸せ」
シグナムはきょうやの身体を起こし右腕を自分の肩にのせる。それに加えアインスがその逆の腕をとり、自分の肩にのせた。
「死なせないからな! こんなところで!」
シグナムとアインスはきょうやを抱え、その場から逃げるように歩き出し病院へと向かった。
―――――――
(あれからもう2ヶ月か……)
シグナムの口からは、小さなため息がでていた。
あの日、シグナムとアインスはなんとかきょうやを病院まで連れていくとすぐにきょうやは集中治療室へと運ばれた。処置が早かったおかげか辛うじて一命は取り留めたが、意識不明の状態が数日続いた。
入院中は交代で見舞いに行き、目を覚ましたのは運ばれてから約3日後であった。きょうやは怪我が完治するまで入院をし、退院の時は八神家全員で祝った。
あれから今日までロイミュード達の動きがないのか、きょうやが戦いに出ることはなかった。このまま戦いに出ず、きょうやが今のような生活を送ってほしいと八神家全員が願っているが、そうはいかない可能性があることも否定ができなかった。
あの日から八神家の中でも少し変化があったとすれば、きょうやに対しての接し方が各々で変わったことである。
シャマルとアインスにいたってはきょうやに対し過保護な状態になっており、ヴィータとはやては二人ほどではないがかなり気にかけている状態であった。特にヴィータは当時のきょうやの凄惨な姿を見てショックが大きかったのか、最初の頃はなかなか離れようとしなかったほどである。唯一シグナムとザフィーラだけが、今までと変わらない態度で接しており、特に変化はなく現在まで平穏な時間が過ぎていた。
そんなことを考えていると、地下ではやてとアインスの二人と今日から開催する新作ゲーム・ブレイブデュエルの調整をしていたきょうやが、店番をするため地上に戻ってきた。レジにはシグナムがおりきょうやが不在の間店番をしていた。
きょうやは声を掛けようとしたが、シグナムが難しい表情をしていたため、声を掛けようにもすぐにかけることができなかった。
「お、遅くなりました」
「ん? ああきょうやか。地下はもういいのか?」
声を掛けるとシグナムはいつもの表情に戻り、きょうやの方を向くとかすかな笑みを見せた。
今までの付き合いからシグナムが元気よく笑うことはないため、小さな笑みを見た瞬間きょうやが抱いていた不安は払拭された。
そのまま歩を進めレジの方へ向かうと、シグナムの隣に立った。
「はい。今ヴィータちゃんがテストプレイしている所ですよ。シグナムさんも地下へ行って見てあげてはどうですか? 店番でしたら僕が……」
「ああ。もう少ししたらいくよ。だがその前に……」
「少し話をしないか?」