華夜が森崎と話した翌日。登校した華夜たちの耳に飛び込んできた話題は、二科生である司波達也の風紀委員会入りの噂一色であった。
「何か凄いことになっているみたいね」
「そうっすね」
相変わらずの四人は食堂で食事をしながら本日最大の話題について話していた。
「でもそれが本当ならさ、これで二科生が不当に貶められなくなる切っ掛けになるといいよね」
「確かに!二科生にとってもいい影響になると思う!」
鋼やユスラは楽しそうに笑っているが、華夜は複雑そうな表情をしている。
「どうしたんすか、お嬢?」
「うーん、もし事実ならさ、これは差別がなくなるよりも先に反発の方が大きくなると思うのよね……」
「何で?」
不思議そうな反応を返したユスラに対して、華夜は難しい表情のまま話しを続ける。
「思った以上に差別意識がヤバいってこと。正直私は今までの、この学校の差別意識を舐めきっていたって反省するレベルでね。私の方で一科生と二科生についていろいろ調べて、わかったことがいくつかあるんだけど……」
華夜は他の三人に説明をした。
「まず、一科生と二科生の大きな違いは指導教員の有無。だけど、思ったよりこれがすっごく厄介だったの。ぶっちゃけ言うと、入学時点であんまり一科生と二科生の差がないのは事実。でも指導教員の個別指導の有無は魔法力の開発に大きな影響を持っているみたいで、二年になる頃には一科生と二科生の実力差は明確になるらしいの。例外でもない限り、二科生のトップでも一科生の底辺に勝てないらしいわ」
「えっ!?でもかよりん、二科生でも魔法大学に進学してる生徒もいるって言っていたでしょ?」
「ええ。ものすごい努力を重ねた上でそれでもボーダーラインギリギリでの、が頭につくけど。もちろん凄いことではあるし、それを一科が馬鹿にするのは間違っていると思うけどね。でも一校の一科生が上位独占での合格ってのを考えるとね……」
「……一科生には耳の痛い話だね」
「はー君が悪い訳じゃないよ!」
「……なんかそれを聞くと、入試試験の順位が百一位の生徒が哀れっすね。それが事実ならたった一位の順位差で、二科であることを甘んじなければならないんすよね?」
華夜の説明にユスラは驚き、鋼は申し訳なさそうにし、流石の譲もわずかな憐憫を含んだ口調で呟いた。その上で華夜の話は続く。
「それを踏まえて私の考えを言うと、二科生は一科生の補欠としては実のところ、あんまり機能してないと思うのよね」
「……まー、一科の底辺にも勝てないんじゃ仮に二科が転科できたとしても、馬鹿にされたり下手したら授業についていけない可能性もあるっすね」
「そういうこと。後、視覚的な差別として、制服のエンブレムの有無もあげられるわね。もともと国のお偉いさんが二科を創設する際に、制服の刺繍の入れ忘れたなんて発注ミスが原因らしくて、はっきり言わせてもらうと、これがなければ差別はここまで悪化しなかったと思う。それだけ制服って特別なものだから」
「制服ってそんな理由で二つもあったんすか!?」
「確かに。軍服でも記章の違いで地位がはっきりするくらいだし……」
驚きの声を上げる譲と何かを考えるように同意する鋼。華夜は二人を軽く見やると自分の意見を述べる。
「ぶっちゃけ、変な見栄を張らずにミスが判明した時点でワッペンでも貼り付けときゃよかったのよ。制服を無駄に増やして予算を無駄にして……。国立ってことは国民の税金を大なり小なり使ってんのよ。ふざけるなって感じよね」
「確かにそうかも」
「教員も足りないのに教える生徒を増やそうとするから、結局、追加で入れた二科の生徒が意味のないものになっちゃうのよ。全く、国のお偉いさんってポンコツだらけなのかしら」
「ハハハ……」
ユスラが納得の声をあげ、華夜の言いたい放題っぷりに鋼は乾いた笑みを浮かべる。
「もともと二科制度に無理があったのよ。一科生には見ての通り必要以上の自尊心を植え付ける事しかできず、二科生には全くいらない劣等感を押し付けられるなんて、生徒にとって百害あって一利なし。失策としか言えないわね。極論を言わせてもらうと、差別を撤廃したきゃ二科を廃止すればいいと思う」
「本当に極論!」
華夜がユスラからの突っ込みを受けつつ、国策を問答無用で貶しながらも一通りの差別について話し切ると、譲が何かに気が付いたように話を切り出した。
「そういえばお嬢、それと二科生の風紀委員入りの反発ってどう関係するんすか?」
「これだけ基本的な制度から根深い差別意識が蔓延しているこの学校で、何の根回しもなく強いからなんて理由でぽっと出の二科生を採用した名誉職に近い風紀委員会。しかも生徒会推薦枠でだなんて。端から見たら、今の学校の運営組織がお気に入りの生徒を側に置くために制度の穴をついたように思うでしょうね」
「あっ!」
「うーん、みゆきちに対するご機嫌とりなんて邪推する人も出そう……」
華夜の指摘に声を上げる鋼と、華夜の意見を踏まえて自分の意見を言うユスラ(ちなみにみゆきちはユスラがつけた深雪のあだ名である)。二人の反応を見た後、ダメ押しとばかりに華夜は告げる。
「しかも二年次には一科と二科のどうしようもない差が出るというのは先輩方は身を持って知ってる。そんな中で反発が出ないって本気で思う?なまじ制度に裏付けされた自尊心を、自分の意思も何も関係なく人形のように培養されたと言ってもいい一科生が、運営の言い分に納得できると思う?」
『……』
三人とも華夜の言い分について何も反論することができなかった。その反応を気にすることもなく、軽くため息をつきながら華夜はこの話の締めに入った。
「もうこれを黙らせるには彼が実績を上げるしかないわね。しかも『個人』ではなく『二科生』としての、ね」
「お嬢、それただの無理ゲーっす」
「まあ、彼の実力が本物なら『司波達也』個人は認められるだろうけど。正直、穿った見方をして申し訳ないとは思うけど、二科生の差別意識の撤廃に対してあんまり効果はないんじゃないかなって……」
「…ただの上っ面のキャンペーンで終わりそうな気がするっすね」
「ま、まだそうなると決まった訳じゃないから!」
「そ、そうだよ!何かがプラスに働くこともあるかも知れないし!」
華夜と譲が『ダメじゃん』と言わんばかりの呆れ交じりの空気を醸し出すが、鋼とユスラは前向きな希望を捨てず二人を励ました。
「…ま、私たちが学校運営に携われるわけではないし、なるようにしかならないか」
華夜がそう言って話を締めくくると、ちょうどいいタイミングで昼休みを終えるチャイムが鳴り響いた。四人は慌てて、別れの挨拶もほどほどに自分たちのクラスに戻っていった。
余談であるが、周りで聞いていた生徒は一科も二科も関係なく、差別意識の原因が制度上のしわ寄せや制服の発注ミスだというような、大人たちの下らない事情に振り回されたと結果だということを初めて知った生徒も多い。しかもその制度の根幹を一年生にバッサリと切り捨てられたということに(特に人形扱いされてしまった一科生は)、華夜に対する反発よりもぐうの音も出ない正論に納得した方が先だったため、内心落ち込んでいたものも多かった。
何より、その話を妖しい目をして聞いていた人間もわずかながらいたということを、華夜たちは最後まで気が付くことが出来なかった。
「新入部員勧誘期間…すか?」
「そうよ」
「ゆずるっち、なんか驚いてるみたいだけど…」
「もしかして譲、知らなかったのかい?」
放課後、学校中の部活動がテントを出して大騒ぎになっている状況を見ながら、譲は不思議そうな様子で見ていた。
「何でも期限を定めないと優秀な生徒を求めて、授業中だろうが何だろうが特攻をかけてくる部活とかもあるみたいなのよ」
「それを防ぐために勧誘期間を決めて、その期間のみに部活の勧誘を行うようにするのが決まりらしいんだ」
「へぇー。知らなかったっす」
華夜と鋼から説明を受けて気の抜けたような返事をする譲。どうやら本当に知らなかったらしい。
「ゆずるっち、何のクラブに入るか決めてるの?」
「お嬢と一緒か、無所属と決めてるっす!」
「歪みなさすぎる…」
ユスラの質問に即答で答えた譲を見て、鋼がこめかみに手を当てて呻いた。そんな空気を換えようと華夜が明るくユスラと鋼に声をかける。
「二人は決めてるの?」
「うん。僕はマジックマーシャルアーツ部に入るつもりだよ」
「うーん。私はまだ考え中」
「そっか。二人とも、後、譲。みんな気をつけてね」
「…何に気をつけるんすかお嬢?」
譲が怪訝そうな表情で華夜を見ると、その視線に応えるように軽く肩を竦めた。
「実は、今年の新入生の成績が生徒に流れているみたいでね。例年、各クラブは優秀な生徒を取り合い文字通り熾烈な争いをするらしいのよ。因みにこれは暗黙の了解で、知ってる生徒は皆知ってる話しよ」
「……本当、宵宮さんの情報網は恐ろしいね。何処から仕入れてくるの?」
鋼のひきつった笑顔をスルーして華夜は続ける。
「まあ、細かいことは気にしない!……あっそうそう、客寄せパンダとして顔のいい生徒も狙われるからそこも気をつけてね!」
『……』
オマケとばかりにさらっと言われた言葉に、それなりに自分の容姿を自覚していた三人はかけるコメントがなかった。
「本当にいろんなクラブがあるのね……」
「うーん、目移りしそう」
目的のクラブがある鋼と別れ、華夜とユスラが楽しそうにクラブを見ていた。しかし譲はあまりの人混みにグロッキー寸前である。
「お嬢、俺、もう疲れたっす……」
「ファイト!」
譲の悲痛な嘆きを軽い応援でいなした華夜はそのまま歩き続けている。
「……ねぇ、かよりん、あれ……」
「ん?」
そんな中、ユスラが足を止めてあるテントを指した。華夜はその指の先を見て眉をひそめた。
「……私、ルールは守っているんですけどー?」
「うるさい早乙女!お前は二科生の上に非魔法クラブだろう!いいか?この学校では俺たち一科生の多く所属する魔法クラブの方が何倍も重要に決まってるだろう!」
「うーん……。だからといって、ルールを破っていいってことにはならないよねー?あなた達はこのスペースの使用許可をとってなかったんでしょー?だから私に譲れなんて、さすがに横暴じゃあなーい?」
「うるさい!ウィードの癖に!」
どうやら数人の魔法クラブの男子生徒が非魔法クラブの女子生徒に場所を譲るように脅しをかけているようだった。
「流石にあれはないよ」
「横暴にも程があるわね」
「あのクラブにだけは入らないってことでいいっすか、お嬢?」
三人はその様子を冷たい視線で見ていた。見ながらも華夜は、絡まれている先輩と思われる女子生徒にこのままこの場を任せるべきか、それとも風紀委員会を呼ぶべきか逡巡していた。そうこうしていると魔法クラブの生徒がこちらに気が付き、譲に声をかけてきた。
「君は確か、守谷譲だろう?是非、我々のクラブに…」
「お嬢が入らないんで嫌っす」
「……え?」
バッサリと譲に切り捨てられた男子生徒は暫し目を瞬かせて譲を見る。そして譲の褒めてと言わないばかりに幸せそうな視線を向けている先にいる華夜を見て、男子生徒は分かりやすく嫌悪感を示した。華夜が二科生であると理解したからだ。そして譲に同情と優しさを込めた視線を向けながら諭すように声をかけた。
「君にどんな事情があるかは知らないけれど、ウィードなんかと一緒にいてはいけないよ。君のような優秀な魔法師は優秀な者と一緒にいないと腐ってしまうよ。……もしかして、既にそこのウィードに毒されてしまったんじゃないか?」
「あぁん?」
「譲!」
後半部分の明らかに華夜に向けた侮蔑の言葉に譲はすぐに過剰なまでの反応を見せた。譲の剣幕に一瞬怯えた男子生徒だったが、華夜の制止で譲は渋々と引き下がる。しかし譲のような優秀な生徒――今年の入試実技試験の第二位が二科生の言いなりである(ように見えた)、それが一科生の琴線に触れた。
「なんだお前、ウィードの癖に!」
「調子に乗るな!」
そう言って男子生徒達は、華夜にCADを向けて攻撃魔法と思われる魔法を使おうとする。それを見たユスラから悲鳴が上がる。そして怒り心頭に達した譲が男子生徒達を制圧しようと一歩足を踏み出した時、魔法が別の魔法に相殺された。
『!』
急に何が起きたのか分からず、全員が魔法が放たれた方を見る。そこには、
「風紀委員会だ!魔法の不適切な使用及び禁止用語の使用の為、摘発する!」
「森崎君?」
華夜がすっとんきょうな声で魔法を放った彼――森崎の名前を呼んだ。
パソコンの調子が悪いので、携帯との平行使用になります。その為、すみませんが投稿はスローペースになりそうです。