第一話
『永遠の愛など無い』と誰かが言った。
その言葉に衝撃を受けたのは、一体いつの頃だろう?
誰かを想う気持ち、愛情も親愛も。
いつか消えてしまうというのなら。
あぁ、だったら見つけよう。
自分自身の求める…永遠の愛と言うモノを。
だって僕らにとって、それこそがこの世で一番…欲するものなのだから。
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ザワザワと風で木の葉が揺れる音が森全体から聞こえる。
まるで森がこれ以上奥へ進むことを拒んでいるようだ。
視界は相変わらず、木、木、木、木。
大して面白くない風景が延々と続く。
それでも前を歩いている銀の髪を持つ少女に付いていく。
目指す方向は分かっているのか、その足に迷いはなく、前へ進んでいく。
「…えっと確か、こっちだったような(小声)」
いや嘘だ。どうやら、おぼろげのようだ。
桜花は無意識に独り言のように呟いただけのようだが、奏華の聴覚は、その呟きを決して聞き逃さなかった。
無視できない状況だった、何故なら…
「…まさかとは思うが、迷ったわけじゃないよな?」
ずんずん進む彼女についてきたは良いが、流石に歩き過ぎではと思っていた矢先に先ほどの発言。
まさか迷った?という思いと、いやあんなに自信満々に歩いていたのだからそんなことは。
と、俺の脳内で二つの意見がぶつかり合っていた。
だから、”一応”確認を取ってみる。
「…ッ!?」
桜花はビクッと震えた後、ゆっくりと振り向く。
まるで、錆びたおもちゃの様に。
効果音を付けるなら、ギギギだろうか。
「…(;゚Д゚)ハイ、ダイジョウブデスヨ」
「おい、目を逸らすな。こっち見ろ」
「…(;゚Д゚)ハイ、ダイジョウブデスヨ」
RPGに出てくる村人Aになってしまった。
そして、その目は相変わらず、俺へと向けられない。
視線は明後日の方を向いていた。
「(ダウトォ…)」
俺は思わず、頭を抱えたくなった。
既に森に入り始めて、一時間以上は経っている。
今から引き返しても、無事に出られるかどうか。
「てか、不安だったら最初から言えよ!」
「だって、一度通っている道ですから、何とかなると思ったんです!!」
「逆切れかっ!かんっぜんに方向音痴の特徴じゃねぇか!!」
森の中で言い合う八神兄妹。
騒いでも森の奥、喧騒は森へ吸い込まれていく。
俺たちがどうして森の奥へ向かっているのか。
それは少し前に遡る。
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あの衝撃的な一日から一週間ほど経過した。
俺-『八神 奏華(やがみ そうか)』の生活は大きく変わったかの様に思われた。
しかし、実際はあまり変化という変化は起こっていない。
あの日から、魔物の姿を見ることは無くなり、今までの日常に戻りつつあった。
今日も今日とて、いつも通りの朝。
いつも通り、桜花に起こされ、朝食を取る。
俺たちは今、学園へと続く、通学路を歩いていた。
何も起きなさ過ぎて、あの日の出来事は夢だったのではないか。
そんな事を思う時もある。
「……」
横目でチラッと隣へ視線を向ける。
俺の視線に気づき、可愛らしく小首を傾げる。
それに合わせ、輝くような銀色の髪が揺れる。
自称 妹である死神の少女-『八神 桜花(やがみ おうか)』
まぁ、どこまでが本当なのか、嘘なのか俺には判断することができない。
契約をしてから、桜花の体調が崩れることはなくなった。
よく分からないが、契約した事で、俺の魔力が常時送られる様で安定したようだ。
「…私の顔をジッと見ていますが、何ですか兄さん?」
ジーッと見つめ返す桜花。
俺は視線を外し、無視を決め込むと
桜花の目的を聞いた、あの日の出来事を改めて思い出す。
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「狂い桜の所に行くって、何のために?」
「話したではありませんか、私はずっとそこで眠っていたと。目覚めた時は貴方を寮まで運ばなくてはいけなかったですし、その後は魔物の襲撃。とても行ける状況ではありませんでした」
つまり、魔物を操っていた君嶋を倒したことで、その余裕ができたってことか。
俺の発言に桜花は眉をひそめる。
「その事ですが、まだ安心はできません」
桜花の懸念、それは寮の前で襲撃してきた『魔物』についてだ。
「寮の前で魔物に襲われた時ですが、あの魔物の群れは、普通ではありません。誰かが意図的に魔物を誘導したのだと思われます」
自ら入れた紅茶を飲みながら優雅に話す桜花。
サラサラの髪が、夜の風によってなびく。
まるで一枚の絵画を映したような神秘的な光景だ。
「誰かって、それが君嶋だったんじゃないのか?」
俺の質問に桜花は少し考えるそぶりを見せるが肩をすくめ、ため息ひとつ。
「彼の発言を信じるわけではありませんが、八神君が襲われたのは君嶋さんが”黒いQ-bic”を手に入れる前です。そして彼にそれを渡した人物がいる。つまり…」
未だ、俺を襲った人物は捕まえられてないってわけか。
「君嶋さんの事も使い捨ての駒位にしか思っていないでしょう。ですがそうなると…」
そこまで来てようやく、桜花の言いたいことが分かった。
向こうにとっての使い捨ての駒に渡したってことは”黒いQ-bic”は。
「プロトタイプか…既に量産または、完成する目処が立っているのか、ですね」
重苦しい雰囲気が、支配する。
まだ何も終わっていない。
それだけで、不安になる。
おもむろに桜花が口を開く。
「犯人は別にいると思ったもう一つの理由ですが、あの”不可視の壁”です」
どうやら俺が桜花を寮に返した時、彼女は直ぐに戻ろうとしたらしい。
しかし、俺と魔物を囲うようにドーム状の見えない壁が出来ており、助けるまでに時間が掛かった。
「私が壊せなかったら、魔物に魔力も肉体も美味しくペロリッでしたねっ!」
笑顔でとんでもないことを言う。
あの鋭い歯で貪られる事を想像するだけで寒気がする。
「おそらく、貴方の逃走と、魔物が移動しないよう張られたものでしょう」
「見えない壁…見えない壁かぁ」
ますます分からない。
だが、それは恐竜型の魔物との戦闘中にもあった。
あの場に君嶋の協力者がいた?
そいつが”黒いQ-bic”を君嶋に渡し、不可視の壁を作り、俺たちの妨害をした。
「勿論、貴方の身体は私の身体同然です。誰が相手でも、貴方を死なせるつもりはありません」
曰く、俺の中には今二つの魂が宿っているらしい。
一つは八神 奏華の魂。
もう一つは眼の前の少女の魂。
本体-つまり俺が死ねば、肉体の無い桜花の魂は原型を保つことができなくなり、消えてしまうらしい。
「いずれの襲撃も被害は貴方へ向いています。警戒は十分してください。たとえ友人であっても、お菓子をくれても、警戒を怠らぬよう気をつけてください。知らない人や変な人に付いていっちゃダメですよ」
「子供か、俺は!」
なんか途中からおかしくなってるし。
桜花は飲み終えたカップを水に浸し、片づけを始める。
「今の私たちはどうあっても後手に回るしかありません。敵さんが尻尾を出すまで…ね」
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全てを疑え…か。
あまりいい気分ではないな。
「…回想シーンは終わりましたか?」
「回想言うな…って、おい。まさかお前…」
「見ていませんよ。と言いますか、もう見れませんから」
桜花は俺の身体に入るまでの記憶が無いらしく、今持っている記憶と知識、役割は本来の彼女に与えられたものと、俺の記憶から得ているらしい。
俺の記憶といっても、希沙羅に会う前の記憶までは知らないらしい。
『本人に引き出せないんです。貴方の身体 部外者の私には分かりませんよ』
そう言われ、少しだけ期待もしていたが、まぁそうだよなぁと、納得。
「(…てか、なんだよ身体 部外者って)」
鞄を持っていない手で左眼に軽く触れる。
「(この眼も含めて…)」
記憶を共有しているだけあって、桜花は眼についてもある程度知っているのだろう。
つまりそれは、この世界での魔眼所持者が受ける境遇も含めて。
「……あ」
そう言えば、俺があの時、女になった件について聞きそびれたな。
「(まぁ今は元通りだし、また後で聞けばいいか)」
そう思うと、奏華達は学園へと向かった。
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<放課後-寮付近>
いつも通りの授業が終わり、桜花共に帰路へ着く。
さすがに一週間も経つと、桜花の質問責めは終息を終え、二人で行動しやすくなった。
…おかげで俺には『シスコン』という不名誉な烙印が押されることになったが、それは言わない約束だ。
今は、寮の裏にある森へと足を運んでいる。
森といっても、ほんの入り口付近で、魔物が来ることはない。
なぜこんな所にいるかというと。
「…影遊び」
桜花が右手を上げる。
それだけで、彼女の足元にある影が、彼女を中心に広がっていく。
そして、影の中から現れる物体…人形?
「兄さんの記憶にある、木人?ですか。それを参考に作ってみました」
木人…というより影人(かげびと)とでも言うのだろうか。
ゆらゆらと陽炎のように揺れる、いくつもの影。
「流石に簡易的に動かすことしかできませんが、練習相手としてはいいでしょう」
練習相手?
首を傾げる奏華に桜花は続ける。
「八神くんの持つ武器とその使い方を知る事が主な目的です」
「俺の…武器」
「流石に学園で剣を出すわけにはいきませんからね。こうして練習場所と相手を用意した訳です」
なるほど、そういうことか。
桜花の狙いとしては、正体不明の敵の襲撃に対し、即座に動けるよう戦い方を学ぶということだった。
確かに桜花の言う通り、この能力を学園内で使うわけにはいかない。
聞かれた時の説明ができないからだ。
「じゃあ、早速やろう。本当にやばくなった時、練習不足で死にましたじゃ、死んでも死にきれない」
俺は知る必要がある、戦い方を、生き残る為の術を。
俺の真っ直ぐな瞳を見て、桜花は頷く。
その顔は微笑んでいた。
「それでは練習を開始しましょう!まずは剣の使い方からです!」
「あぁ!!」