BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜 作:チバ
夏休みとはいっても、やはりそれぞれには事情や予定がある。
その中でも、このPoppin' Partyは史上稀に見ると言っていいほど、今日はメンバーが揃ってなかった。
有咲は父親の墓参りに、祖母と一緒に行っている。それなりに遠いところらしく、1日では帰ってこれないらしい。
りみは実家がある大阪へと帰省中。しばらくは帰ってこれないとのことだ。
たえはひとり旅。なんでも、新曲の作曲を捗らせるためにも、新しい環境に行って、頭を柔らかくさせようとのことらしい。
そんなわけで、今日残ったのは香澄、沙綾、そして俺。
現在、蔵は持ち主不在ということで使用できない。なので、今日は各々自主練に励むように、ということになった。
予定を聞いた俺は、今日はゆっくりするか、とリビングのソファで雑誌を読んでいると、不意に携帯が鳴った。メールだ。差出人は山吹沙綾。
なんだ、と眉をひそめながらメールを開くと、『ウチに来て』とだけ書かれていた。
内容も何もないのか。理由ぐらい教えろよ、と心の中でぼやきながらも、俺は山吹ベーカリーへ歩いた。
山吹ベーカリーに着く。すると、沙綾が店前で出迎えてくれた。
「やっ、待ってたよ」
「どうしたんだ。ウチに来いって…店の手伝いか?」
「見てわからない?今日は休業」
言われて気づく。
確かに店はシャッターが閉まっていて、そこに『本日休業』と書かれた紙が貼られている。
「親父さんは?」
「弟たちと遊びに行ってる。私は自主練があるからって言って留守番」
「なるほど…」
となると、何で沙綾が俺を呼んだのかがわからなくなる。
「じゃあなんで呼んだんだ?店の手伝いじゃなきゃ、俺は他に役に立たないぞ」
「まあ手伝い自体は合ってるけど…とりあえず上がろう?いつまでも外で話し合っているのもなんだし」
沙綾に促されるがまま、俺は山吹ベーカリーではなく山吹家にお邪魔した。
細い廊下を少し歩くと、引き戸の向こう側にリビングが見えた。普段はあそこでご飯を食べているのだろう。
「こっちこっちー」
階段からひょっこりと顔を覗き出している沙綾が声をかける。
二階ということは、沙綾の部屋だろうか。
沙綾の声に従い、階段を登り二階に着く。すると、扉が開いている部屋が。向かい、覗き込むと沙綾が手招きしていた。
「ようこそ、My Roomへ」
「お邪魔します」
「今、お茶持ってくるから」
それだけ言って沙綾は下に降りていった。
と、そこで俺は気づいた。
そういえば女子の部屋に入るのは初めてだ。意識すると、なんだか緊張する。
しかし、思っていたよりも殺風景だ。片付いてはいるし、整理整頓もされているのだが…明らかに物がなさすぎる。完全に子供の頃のものを使い古している。
「おまたせー。ってなんでそんなジロジロ私の部屋見てるの?」
「いや…片付いてるなーと思って…」
殺風景だ、なんて言ったら…怒られはしないだろうが、たぶん気にするようになってしまうだろう。
だから俺はあえて口にしなかった。沙綾はこういう部屋でいい。彼女らしい。
「そう?ありがと。弟たちの面倒見るのと、お店の手伝いで忙しくてねー。雑貨とか小物とかを買う暇がないんだよね」
「なるほど。…にしたって、もう少しと何か置いたらどうだ?」
「うーん…今考えてるところなの。何かいいのあったら香澄ちゃんと買いに行こうかなー」
「そうしとけ。香澄も喜ぶだろうし」
「……香澄、ねえ〜…」
「……なんだよ、そんな気持ち悪い顔して」
沙綾が急にニヤニヤしだした。突然のことなので、少し戸惑う。
「いやだって……」
「なんだよ、何が言いたい?気になるからはっきりと言ってくれよ」
「はっきり?なら言わせてもらうよ」
「おう」
いじらしい笑みを浮かべながら、沙綾は言った。
「告白したの?」
「…は?」
その予想もしてない言葉に、俺は聞き返した。
「だから、告白したのって。好きなんでしょ?香澄ちゃんのこと」
「…っ…ちょっと待とうか」
とりあえず沙綾の口を止める。
突然何を言いだすのだ、この人は。
「誰から聞いた?」
「聞いてないよ。気づいただけ」
「気づいただけって…」
「バレバレだよ。いっつも香澄ちゃんのことばかり見てて」
「…そんな見てた、俺?」
「うん、もう血眼にして」
…そこまでか。
有咲たちの時もそうだったが、意外と俺は顔とかに出てしまうタイプなのかもしれない。
これからは注意しよう。
「……もうその話題は置いといてくれ。で、なんで俺を呼んだんだ?」
「そうそう。手伝ってほしいことがあって」
と、沙綾は机の引き出しから一冊のノートを取り出し、開いて見してみせる。
「なんだ…?」
″果てしなく続くこの道に ひとつだけ 決めたことがある″
一言、そう書かれていた。
「これ…歌詞か?」
「そう、歌詞。ポピパに入ってからずっと書き溜めていたの」
「書き溜めてたって言っても、一言だけだけど…」
「そう。進まなくて…」
あははは〜、と沙綾は呑気に笑う。
「香澄ちゃん凄いね〜。こんなに難しいことをこなせちゃうなんて」
「ああ、そうだな」
沙綾のつぶやきに、俺は賛同した。作詞というのは、俺は挑戦したことはないものの、やはり作ろうと思っても中々進まないものなのだ。
「これを俺に手伝えと?」
「うん。そうそう」
「けど…いいのか?」
「え、何が?」
「こういうのは一人でやった方がいいんじゃないか?」
作詞というのは、テーマを持たせる必要がある。そのためには、二人以上でやると価値観の食い違いなどが発生しやすい。
そんな俺の言葉に、沙綾は手を振りながら言う。
「いーのいーの。テーマ、価値観…全てが食いあってるから、ね」
「…?どういうことだ…?」
沙綾からの意味深な言葉に、俺は怪訝な顔を浮かべる。
「率直に言うよ。この曲のテーマは、香澄ちゃんなんだよ」
「…はあ?」
沙綾からの言葉に、俺は思わず声をあげた。
それはどういうことだ。香澄がテーマ…ラブソングか?
「前の質問含めて…ラブソングか?」
「あー…それはそれで作ってみたいけど…違う」
否定の声に、俺はさらに考え込んだ。ラブソングではない。ではなんだろうか。それ以上は浮かばない。
「答えは…香澄ちゃん本人のこと」
「…?」
沙綾から答えが発せられるが、ますますわからない。
「…君、頭悪いね」
「お前の言い回しが難解なだけだ」
「そうかな?私はそのままを言っただけだけど」
それでも首をかしげる俺に、沙綾は呆れたように息を吐く。
「詳細を説明すると、今まで香澄ちゃんを見てきて、その時の私たち…観察者?言い方は悪いけど…まあその時の私たちの心情、香澄ちゃんを歌詞にするの」
「…なるほど…?」
いまいち理解できていないが、つまりは俺から見た香澄を歌詞に書け、ということか。
「香澄ちゃんのことを一番長く見てきたのは君だから、捗ると思って…。承ってくれる?」
「ああ、いいよ。承った」
沙綾からの依頼に、俺は少しも考えずにOKをした。
何故か?それはわからない。
ただ一つ言えるのは、俺の中の何かがそうしろ、と言っているのだ。
「最高の曲を作ってやろうぜ」
「うん、そうするつもり」
腕を当てあい、俺と沙綾の作詞は始まった。
沙綾がスマホに録音したというメロディーをもとに、歌詞をつくりあげていく。
やはり作詞というのは難しく、途中で何度も行き詰まりかけた。これをスラスラと出来てしまう香澄に素直に感服する。
ここの言い回しはこうした方がいい、ここの言葉はもっとああした方がいい。そう沙綾と言い合いながらも、徐々に曲は完成へと向かっていった。
書きかけのノートを見て、思う。
やはり香澄が描く歌詞とは違う、と。
香澄の歌詞は擬音語が多く、応援歌なら相手に寄り添うような詞で、逆にラブソングなら、自分の友達に応援しているような詞だ。
つまり、香澄の描く詞は、すごく身近なように聞こえるのだ。
自分たちで歌詞を作っていって、新しく気づかされた。
こうして、曲は完成した。
曲名は″走り始めたばかりのキミに″。
これは、ポピパを結成したばかりで、スタート地点から走り出したばかりの香澄を捉えての意味がある。
こうして完成した曲は、数日後にポピパのメンバー全員に知らせた。
反応は良好で、自分のことについて書かれた歌詞を見て、香澄は泣き出した。
「沙綾ちゃん…ありがとう…!」
「いいんだよ…香澄ちゃんはすごいよ。こんな難しいことが出来ちゃうなんて」
そうして音合わせが始まった。
始まりは、香澄のギターとボーカルで始まる。そこから沙綾のドラミングが入り、それに続いてメンバーの音が重なる。
歌詞の分担もすることとなった。
始まりは有咲が歌うこととなった。始まりが有咲なのは、香澄からの強い要望だった。
自分を見出したのは有咲ちゃんで、ポピパが出来るきっかけを作ってくれたのも有咲ちゃんだから、最初は有咲ちゃんがいい!
とのことだ。
誰もその案を否定せず、採用されることとなった。
有咲に続き、たえがボーカルを取る。
サビではオールで歌いあげる。
初めての合わせということもあり、やや拙かったが、それでも迫力は充分にあった。
そして、間奏。それぞれのサビは、当初はたえのギターソロだけを入れることとなっていた。しかし、そこで沙綾と俺、そしてソロを任されていたたえからの提案で、短いが、香澄以外のそれぞれのパートのソロを入れようとなった。
これは、四人が香澄を見守っているということを、意味だ。
一通り合わせ、音源が完成した。
そしてさらに、それを待っていたかのように、近くのライブハウスでライブをすることが決定した。
決定して瞬間に、セットリストが決まった。
一曲目に、たえが作曲した新曲″ティアドロップス″。
二曲目に、ポピパ最初の曲である″Yes! BanG_Dream!″を。
三曲目には、作詞作曲香澄の″STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜″。
そしてラストに、ついさっき完成した″走り始めたばかりのキミに″。
ポピパ初の、オリジナル曲だけでのライブとなった。
トントン拍子で上手くいていたことに、俺を含め、メンバー全員が浮かれていたのだろう。
練習を始めた時点で、香澄のささやかな異変に気付いてる者は誰もいなかった。
それはきっと、香澄本人も気づいてない。
なにやら不穏な空気が。