BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜 作:チバ
走り始めたばかりのキミに/Poppin' Party
目を開けた。
まだ微かに残る睡魔と対決し、トドメの伸びでなんとか勝利する。大きな欠伸をし、ベッドから降りようと動く。
「……?」
そこで何か違和感を感じた。
しかし、その違和感は、リビングから聞こえた母の声によって消え去った。
なんだったんだろう。
そう思いながら、私は部屋の扉を開けて一階のリビングへと向かった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「遅いっすね、先輩…」
たえが言う。
現在、俺たちは駅前にいた。メンバーは香澄以外は全員来た。
「まあ少しおっちょこちょいなところもあるし、きっと忘れ物か何かしたんでしょ」
「ありえるね…」
有咲の言葉に沙綾は同調する。
「なにか聞いてないの、委員長?」
「何も。さっきからメールをしても何も返ってこない」
「なにかトラブルに巻き込まれたとか…」
「その場合は私が救出する!」
「んー…でも確かに不安だね。香澄ちゃんなら連絡の一つや二つぐらいするのに」
ふう、有咲が息を吐く。
すると、駅の入り口から足音が聞こえてきた。
「遅れてごめん…!」
「ちょっとかすみん!」
その足音の主は、香澄だ。
「どうかしたの?」
「あ…うん。ちょっとね」
「…?」
沙綾は不思議そうな目で香澄を見る。
俺も沙綾に続いて、香澄に聞く。
「本当に大丈夫か?体調とか悪いのか?」
「–––––」
聞いた瞬間、香澄は少し顔付きが変わった。しかしすぐにいつもの様に戻り、笑って答えた。
「なんでもないよ。少し片付けに遅れちゃっただけ」
「……なら、いいんだが」
あの一瞬の香澄が心に引っかかったが、本人が言うのなら信じよう。
有咲が先頭となってライブハウスへ向かう。
着いたライブハウスの名前は″SPACE″。オーナーに挨拶を済まし、香澄たちは楽屋で準備を始めた。
俺はというと、特にやることもないので、飲み物を買ってくつろいでいた。
すると、入り口の扉が開いた。
入ってきたのは、香澄たちと同年代の少女たちだった。
銀髪の、近寄り難い雰囲気を出している少女を筆頭に、スタッフルームへと向かう。
おそらく、あの子たちも香澄たちと同じ、今回のイベントの出演者なのだろう。
「しかし…」
どうにも、あの時の香澄の表情が引っかかる。
多分、何かを隠している。
「何も起こらなきゃいいが…」
願いに近い様なものを口にし、俺は烏龍茶を飲んだ。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「隣、いいかしら?」
「…?はい」
洗面所。手を洗っていると、銀髪の美人な女性が隣で手を洗う。
「……」
「……」
会話がない。
それはそうだ。私はマシになったとはいえ、コミュ障なのだ。知らない人に喋りかけれる勇気も技術もない。
「……あなたは何?」
「え?」
「パートの話よ。ギター?ベース?」
予想外の質問に戸惑う。
テンパりながらも、なんとか平静を保ちながら答えた。
「ボーカル、です」
「…そう。私と同じね」
すこし意外そうな目をした。
「私は湊友希那。今回、このイベントに出現するRoseliaのボーカルをやっているわ」
「Roselia…」
名前は聞いたことがある。
最近、人気が高まっているガールズバンドだ。
学生バンドとは思えない、技術派であり、すでにネットでも特集されたりしているほどの実力者たちだ。
「戸山…香澄です。Poppin' Partyの、ボーカルをやっています」
「…戸山さん。あなたは、このイベントを、どう思っている?」
「…え?」
このイベントを、どう思っているか。
今回のイベントは、ライブハウス″SPACE″の設立30周年を記念したイベントだ。
「……えっ…と」
どう思っているのか。
そう聞かれると、何も返せない。
ただ呼ばれたから来ただけで、これといって何もないのが正直な感想だった。
「……あなたも、同じなのね」
「同じ…?」
「私は、私たちは本気で音楽の頂点を目指しているの」
その言葉には、強い意志がこもっていた。
「自分たちの実力で、のし上がるの。今回のイベントで、私たちはさらに力をつける。大勢の人に私たちを認めてもらう」
「……」
「今回のイベントには、多くのお客さんが来るわ。もしかしたら、ここら辺のライブハウスじゃ1番人が入るわ。私はその場で、認められる。そして、その出演者の中で頂点に立つ。
…それが、私たちRoseliaの意志よ」
「……っ」
その眼差しに、私は圧倒された。
「あなたは何のためにバンドをやっているの?お遊び?思い出作り?」
「…ぁ……」
「そんな軽い気持ちで歌を歌っているのなら、解散したほうがいいわよ」
「そんな…」
そんなことを言うな。
そう言い返そうとすると、声が響いた。
「友希那ー!まだー?」
「……」
「あ、いたいた。早くしてよねー…って、どしたの?」
現れたのは、茶髪のネコっぽい眼をした女性。
「…なんでもないわ。それじゃ」
最後だけ私を見て、友希那さんは去って行った。
残されたのは私と女性。
女性は気まずそうに私の顔を覗き込む。
「あのさ、ゴメンね?たぶん友希那にキツいこと言われたんでしょ?」
手を合わせ、謝罪のポーズをとる。
「あの娘、言い方はキツイけど、根はいい娘だからさー。仲良くしてあげてね。じゃっ」
一方的に言い、女性も友希那さんを追うように去って行った。
「……」
「かすみーん…ってなに!?」
「…っ…有咲ちゃぁん…」
友希那さんの言葉を思い出して、涙が流れて来た私は、有咲ちゃんに抱きついた。
その後、楽屋に戻って沙綾ちゃんたちに慰めてもらった。
そうしてライブは始まった。
1組目、2組目…と、バンドが演奏をする。
私たちは4組目。そしてその前が…。
「Roselia…」
さっきの、友希那さんがボーカルを務めているRoselia。
すると、舞台袖へとRoseliaの彼女たちは進む。
友希那さんは私に一瞥しただけで、特に気にすることもなく歩いて行った。
そしてRoseliaのステージが始まった。
「すごいギター…」
「なにこれ…本当に同年代…?」
たえちゃんと有咲ちゃんが、その重厚な音に驚きの声を漏らす。
私も正直に言ってビックリした。
楽器隊のメンバーの演奏技術は圧巻の一言だった。
1人1人が支配者。そう感じさせるほどの存在感と圧力。
そしてその中でも、際立っていたのが友希那さんだ。
透き通るような美しい歌声。しかしその声には確かに力強さがあった。確かな意志力があった。
「…っ……!」
倒れてしまいそうなほどの力。
これが同年代というのが、本当に信じられなかった。
そうしてRoseliaのステージが終わる。
息をつくメンバーたち。
友希那さんは私を見ると、すれ違いざまに言った。
「これが、私たちの本気よ」
「……!」
私は、友希那さんのその言葉で目が覚めた。
そうだ。友希那さんが本気を出したんだ。だったら私たちも本気を出さなくてどうする。
「–––––行こう、みんな!」
「お、やる気満々だね、香澄ちゃん」
「師匠についていくぞ!」
「先輩、自分がリードするので!」
「かすみん」
みんなの顔を見る。そして。
「かましてこい」
敦司くんからも応援をもらった。
よし、行こう。
私達ならできる。
頂点に立つのは、私たち″Poppin' Party″だ!
「せーのっ!ポピパ、ピポパ、ポピパパピポパー!」
円陣を組んで叫ぶ。
さあ飛び出そう。ここからは私たちのステージだ。
そうして、私たちはステージの上へと上がった。
「……」
深く息を吐く。
みんなには黙っていたけど、朝からずっと体に違和感を覚えている。休もかと一瞬考えたけど、すぐにその思考は捨てた。
このライブは外してはいけない。
私は強くそう思っていたからだ。沙綾ちゃんと敦司くんが作ってくれた曲を、外すわけにはいかない。
マイクの前に立ち、大きく息を吸って叫ぶ。
「みんなありがとーっ!」
ステージに上がった私は、根暗な女子高生の戸山香澄ではない。
Poppin' Partyのボーカル、戸山香澄だ!
「一曲めだけど、新曲からいきます!」
私の声に、会場は一気に沸く。熱気が体の芯にまで伝わっていく。
たえちゃんの目を見て、合図を確認する。
「それでは聞いてください、ティアドロップス」
たえちゃんのヘビーなギターから演奏は始まった。
ヘビーな音のギターを支えるように、ポピパの暴れる低音こと、りみちゃんのベースも唸りを上げる。
沙綾ちゃんの巧みで重みのあるドラミングが、私たちの呼吸を合わせてくれる。
有咲ちゃんの音色が、激しい曲に、盛り上がっている会場に響く。
一曲目からハードロックな曲となったので、会場はさらに熱気に包まれた。
今までのポピパはポップ色が強かった。
たえちゃんは私たちよりも聴く音楽の幅が広い。ある日、たえちゃんはディープ・パープルみたいな王道ハードロックをやりたい!と言い出した。
ディープ・パープルがどんなバンドかわからない(知ってる曲は多かった)けど、たまには激しい曲もいいんじゃないか、となってこの曲が生まれた。
たえちゃんのエッジの効いたギターソロが入る。
その音色は、一瞬で会場の支配者と化した。この音色の命令は、会場にいる者全員に効くだろう。
そう思えてしまうほどに存在感があった。
最初から最後までノンストップ。
それがこの″ティアドロップス″を表す言葉だった。
ノンストップソングは、会場を一気に盛り上げさせ、私たちの気分をも高騰させた。
MCを挟まずに、手順通りに沙綾ちゃんがドラムを叩く。
私たちの始まりの曲″Yes! BanG_Dream!″
–––––さあ飛び出そう!
完成された音が鳴る。
比較的シンプルなコード出て来ているこの曲は、しかしPoppin' Partyというバンドが何なのかをよく表せている曲だ。
りみちゃんが狭いステージを駆け回る。その姿はプロのミュージシャンのようだ。
沙綾ちゃんもスティックを回したりと、パフォーマンスをする。
負けじと私も演奏が終わった瞬間、ピックを客席に向かって投げた。思った以上に飛んで少しビックリした。
三曲目に突入する前に、水分補給や観客さんたちを落ち着かせるためにMCをとった。
「今日は来てくれてありがとうございます。最初から飛ばしまくりました!」
私の声に合わして、沙綾ちゃんがトラムを鳴らしてくれる。会場も歓声に包まれた。
「次の曲は、私たちが初めて作った完全オリジナル曲です。この曲が完成されるまで、色々な困難がありました」
言って思い出す。
沙綾ちゃんのこと、有咲ちゃんから与えられた試練、そして私に全てを託してくれた敦司くん。
「この歌詞は…今、悩んでいる全ての人達に伝えたいと思います」
たえちゃんとりみちゃんが静かにチューニングを始める。その音がBGMとなる。
「壁にぶつかって…死んじゃいたいと思うぐらい悩んで…自分に自信をなくしちゃった時…。そんな時は、自分の胸に手を当ててみてください」
その言葉に続いて、私は胸に手を当てる。
トクン、トクン、トクン–––––音が鳴る。
「その音が鳴っている限り、何でもできます。失敗したっていい、転んだっていい。いつかは必ず、成功する」
トクン、トクン、トクン––––。
音は重なり、会場全体の鼓動となる。
「この曲を作った時、私はそう思いました。そしてその時、生まれた時から聞こえていた、その音の名前を初めて知りました。その名前は–––––」
当てていた手を拳に変え、観客さん達に向ける。
「
キーボードの綺麗な音色から演奏が始まる。
La La La La–––
5人のコーラスが揃う。
さっきまで激しい熱に覆われていた会場に冷水をかけたように、静寂に包まれた。
ハードロックなティアドロップス、パンクなYes! BanG_Dream!。
テンションが最高潮に達したみんなには、私たちの鼓動、そしてみんなの鼓動を聞いてもらおう。
私たちは走り続ける。
でもずっと走っているのキツイかな。有咲ちゃんと私はあまり体力がないし。たまには休もう。水を飲んで、ご飯を食べて、一眠りして、みんなとお喋りをして、そうしてまた走りだそう。
その繰り返し。
それが私たち。
Poppin' Partyの進み方だ。
大サビに入る。
ボルテージはマックス。
流れ落ちた汗が目に触れて閉じそうになる。でも閉じるわけにはいかない。
このステージを、光景を、一瞬を、見逃すわけにはいかない。
La La La La––––
最後のコーラスが終わり、有咲ちゃんの綺麗な音色で曲は収束する。
ステージに歓声と拍手が送られる。
「ありがとうございました」
すると、自分の胸に手を当てて泣いている少女が目に入った。黒髪のショートカットに赤いメッシュを入れた娘だ。
「––––––」
目に入った瞬間、言葉を失ってしまった。
私たちの歌で泣いてくれる人がいる。胸に手を当てる人がいる。それが、嬉しかったのだ。
「–––––次でラストです。ラストの曲は、私自身の曲です」
込み上げてくる涙をこらえて言う。
そう、これは私の曲。
「私はかつて、傷を負って歌を歌うのを怖がっていました」
脳裏に浮かぶのは、小学生の時の記憶。
消してしまいたい、しかし消せば私が私でなくなってしまうであろう、忌々しくて厄介な記憶。
「そんな私を、今に至るまでずっと見ていた人がいました。そしてこの曲は、その人が歌詞を書いてくれました」
ボロボロの顔で、傷をつけた少年。
ギターを持って、私に音楽を教えてくれた青年。
穏やかな顔で、ずっと見守っていてくれた。
「何かを始めることに、遅すぎることなんてない。一度失敗したからって、次も失敗するとは限らない。私は、そういうことを、彼女たちメンバーと、あの人の姿を見て、歌を歌って、道を進むことができました」
振り向き、沙綾ちゃん、有咲ちゃん、りみちゃん、たえちゃんの順に見る。
「これから何かを始めたい、そう思ってる人たち全員に、この曲を捧げます」
––––––この曲は、第2の私だ。
落ち着いて、そう自分に言い聞かせる。
「聞いてください。″走り始めたばかりのキミに″」
息を吸って吐く。
それを合図に、たえちゃんがギターを鳴らす。
静かに歌い上げる。
沙綾ちゃんのドラムが鳴り、スタートする。
ライブでやるのは初めて。緊張はする。でも、わかる。わかるんだ。
私なら出来る。私たちなら出来る。なぜなら、この曲は私だから。Poppin' Partyだから。
声をあげる。それと同時にギターもかき鳴らす。
たえちゃん達もそれに続く。
間奏に入る。
それぞれの短いソロが入る。
–––––瞬間。
「–––––っ…!?」
喉に激痛が走った。
一瞬、目の前がぼやける。少しくらんで、足がふらつく。が、なんとか根気で耐える。
まずい。体調不良に目を瞑って、ライブを強行したのが仇となったか。
ダメだ。倒れるな。
確かに倒れれば楽になれる。けどダメだ。
あと一曲、少しだけだ。
お願い。頼むから––––。
保って–––––!
「–––––––!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「ありがとうございました…!」
「ありがとうっす!」
「感謝感謝!」
私に続いてたえちゃんとりみちゃんが言う。
「……ぅ…っ…」
おぼつかない足で舞台袖へ。
頭がぼーっとする。顔が熱い。鼓動が早い。
「…っ……!」
進んだ。進み続けた。
あの人に––––敦司くんに、想いを伝えるために。
決めていた。このライブが決まった時から。
私のために曲を作ってくれた、敦司くんに、伝えるんだ。
今しかない。ここを逃せば、もうこの想いを伝える瞬間はないかもしれない。
進め、戸山香澄。
伝えるんだ、戸山香澄。
倒れるな、進め。死ぬ気で、死んでも伝えるんだ––––!
「かすみん…?」
「ちょっと大丈夫?香澄ちゃん…」
「大丈…夫…」
一歩一歩。ゆっくりだけど進む。
そしてようやく、視界に入る。
「香澄…」
「敦司、く…ん…」
ああ、やっと見れた。
やっと言える。伝えれる。
「…ぅ…き…」
––––––え?
その瞬間、時が止まったようだった。
声が出ない。
––––––なん、で。
––––––あと少しなのに。
頭が裂けそうなぐらい痛い。
顔がマグマのように熱い。
「…ぁ…っ……!」
足から体全体へ、力が抜けていく。
敦司くんに届かず、私は力なく倒れ込んだ。
「–––––香澄ッ!」
敦司くんの声が頭で響く。
ああ、床が冷たいな。
私、なにしてるんだろう。立ち上がらないと。
「––––みちゃん!」
「ぁ…」
大丈夫だよ。
しかしそんな一声すらも出ない。
だんだん意識も遠のいていく。
––––––ごめん、みんな。
心の中で謝る。
目の前が真っ暗になる。
私の意識は、暗闇の中に沈んでいった。
アニメバンドリは最終回。
でもこちらはまだ最終回ではありません。近いですが。