BanG Dream! 〜I Should Have Known Better〜 作:チバ
偶に、空一面が青色なのに綺麗な星が見えることがある。
その星は夜空に浮かぶそれに比べて、あまり光っているとは言い難い星だった。でも、1度目に入ると離せないような、強烈な個性と存在感、そして魅力を纏った、不思議な星なのだ。
「––––––星は流れて何処に行くの?」
銀河の下、砂丘の上で私は問う。
砂丘から見上げる星空は過激なぐらいに綺麗だった。
白い壁に粘りつく血が鮮やかな赤に見えるように。
泥水に漂う青い宝石がより輝いて見えるように。
「最後は燃え尽きて宇宙の塵になるだけだよ」
私の問いに答える声。
神秘の美しさを持つ星は、私たち人間の最期にも似た、あまりにも呆気のない最期となる。
星はそれで、幸せなのだろうか。
そう考えた時、私は何も言えなかった。
何を言えばいいかわからなかった。
宇宙の塵になることは、星にとってどうなのだろう。
綺麗な星空を見上げる。
まだ生きている星たちに、声に出さずに聞いてみる。
––––––返ってきたのは、はたして。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
20歳の後半もあと2年で終わる頃。弦の張替えはいつしか日常風景になって、誰かのスマートフォンから垂れ流しにされてるビートルズの″Here Comes The Sun″に太ももを手で叩くことでリズムを刻む。
数あるビートルズの曲の中でも、この″Here Comes The Sun″は1番好きだ。レノン=マッカートニー製作の方式だったビートルズの曲の中で、この曲はギターであるジョージ・ハリスンが手がけた数少ない曲だ。寡作な彼の曲ということや、穏やかで何処か童謡チックな曲調がとても心地良い。
「何リズム取ってるの。リズム取るなら歌ってよ、かすみんボーカルでしょ」
ひとり黙々とリズムを取る私を怪訝に思ったのか、ペットボトルのミネラルウォーターを片手に持った有咲ちゃんがそう言う。
「いやぁ、本番前だし、喉の調子壊しくないからぁ」
「普段は歌ったりするのにねぇ…」
「そんなことよりお昼どうする?」
「あー…そういえばどうしよっか……うわっ!?」
頬を掻いて思案する有咲ちゃんに、後ろから不正タックルのごとく抱き着く1つの小柄な影。
有咲ちゃんの脇から、りみちゃんがひょっこりと顔を出す。
「カツ!!」
「危ないでしょうがぁ!」
「ウチのオリジナル技、正当なタックルはどう?」
「普通に痛いし普通に驚くし普通に迷惑でしかないわ!」
「む、これでも手加減した方なんだがな…」
「脊椎壊れるからもうやめてマジで…」
そろ〜っと有咲ちゃんの豊満に実ったたわわに手を伸ばすも、間一髪で気づいた有咲ちゃんに叩かれた。
「でもカツかぁ。国技館だからアリかも」
「いや、国技館ならちゃんこ鍋じゃないの?」
「カツがいい!肉食べたい!」
「鍋なら野菜取れるし、何よりりみりん、ちょっと太ったでしょ?」
「……二、ニンジャには太るとかそういう概念は無いっ、断じてっ!」
断固としてカツから手を引こうとしないりみりんを宥めるように、ピックを口にくわえて髪をポニーテールに結っているたえちゃんが割って入った。
「おたえちゃんは何がいい?」
「ジブンはセンパイ方にお任せします」
「あとで牛込家直伝の塩むすびあげるからカツって言って!」
「賄賂にしては安いわね…」
涙目で強請るりみちゃんを愛想笑いで対応するたえちゃんの肩を、スティックを回しながら優しく微笑む沙綾ちゃんがポンっと優しく叩く。
「ここは香澄ちゃんに決めてもらうっていうのはどう?香澄ちゃんなら上手いこと纏めてくれるでしょう?」
沙綾ちゃん優しく穏やかな笑みら相変わらず可愛いけど、みんなの意見を纏めるというプレッシャーを感じずにはいれない。
脳みそを雑巾のように絞り、編み出した答えは…。
「んー…カレー、かな」
「ほぉ、それはまた何で?」
「カレーなら野菜も入ってるし、メニューによってはカツもあるでしょ?それに、カレー嫌いな人っていないから」
すごい偏見だけど。
私の言葉を聞いた有咲ちゃんは、悪くない、というように声を鳴らす。
「カレーか。それはいいかもね。無難だけど、纏まってる」
「カツ…」
「カツカレー食べましょ?りみりん先輩」
「決まりだね」
沙綾ちゃんがパチン、と指を鳴らしたのを合図に、みんなそれぞれ動き始める。普段メンバーの空気感を仕切っているのは有咲ちゃんで、こうやって揉め事が起こりそうな時は沙綾ちゃんが先導に立ってくれる。
リードボーカルの立つ瀬が全くないことに虚しさを感じつつ、弦の張替えを終えた赤色のランダムスターを、口元に赤い何かが付いたスタッフさんに預けて立ち上がる。
テーブルに置かれていた、″Here Comes The Sun″が垂れ流されてたスマートフォンを拾う1本の腕。
その元を見ると、毎日見る顔である、私の夫である後藤敦司くんの姿があった。
「それ、敦司くんのだったんだ」
「ああ、カバー変えたからな。わからなかった?」
「うん、まったく」
彼と結婚してからもう6年が経とうとしてる。結婚をすると事務所に報告した時には、驚かれて、少し怒られた。でも、祝福された。
けど、事務所が望むマーケティングに、私と彼との結婚は弊害でしかなかったらしく、暫くは公表をしないようにと釘を刺された。最初は抵抗を感じたけど、私たちPoppin' Partyの将来のためには、仕方のないことだと彼から諭され、渋々ながらも受け入れた。
しかし、それも先日まで。2ヶ月前に、私は結婚していたことをブログで報告した。賛否両論あるかと覚悟していたが、ブログに返ってきたコメントは祝福のものばかり。その事実に泣きそうになって、頑張って堪えた。
この涙は、両国国技館ライブで爆発させよう、と。
「カレー食べに行くのか?」
「うん、みんなと一緒に。敦司くんは?」
「俺はパスで。さっきまでお前らの所の楽器メンテの人とハンバーガー食べてたんだよ」
「あー…だからさっきの人の口元にケチャップが付いてたんだ…」
敦司くんの職業は弁護士。決して音楽制作関連ではないのに、私たちとの交友からスタッフさんたちと仲良しになってしまっている。もはや関係者だ。まあ、ある意味関係者ではあるのだけど。
「さて、行ってこい。俺は寝てる」
「うん、おやすみ」
「ああ」
と、そのまま私が先ほどまで座っていたソファに寝そべる。テーブルに置かれてた音楽雑誌を顔に被せて寝息を立てる。
「おやすみ」
夢の世界へと旅立った彼を見送り、控え室を後にした。
向かったのは、2駅離れたところにあるカレー屋さん。チェーン店ではないらしく、独特な東アジアな雰囲気を醸し出していた。
店主と思われる男性は、インド系の顔つきだったが、ペラペラと流暢に日本語を話して接待をしてくれた。
私と有咲ちゃんはキーマカレー、たえちゃんはドライカレー、沙綾ちゃんはチキンカレーで、りみちゃんは真っ先にカツカレーを注文した。
よく考えれば両国国技館とはなんの関係もない料理になってしまったけど、美味しいから水に流すことにした。
意外と辛かったキーマカレーに2人して悪戦苦闘、念願のカツに満足げなりみちゃんを見納めとしてお昼ご飯を終えた。
再び両国国技館に戻り、リハーサルを終えた。
今の両国国技館の会場は、普段テレビで見るような重々しさと和の雰囲気は消え、完全にライブ会場となっていた。
アリーナ席。升席。種類はちょっと多くて特徴的だけど、見慣れたライブ会場だ。
ステージの立ち台に腰掛けて、アリーナ席を見下ろす。
すると、トン、と私の旋毛を指で叩く存在。振り向くと、そこには有咲ちゃんの姿が。
「なに黄昏てんの」
「…なんとなく」
「なんとなくってなによ」
「なんとなくはなんとなく」
偶にぼーっとしたくなる時がある。
それは夜、空を見上げて星を探してる時の様子とよく似ていると自分では思っている。
ライブの本番前は、こうしてぼーっと黄昏て、見えるはずのない星を探すことが多い。
それがきっと、私にとってのルーティン。
「あのさ、かすみんってさ」
「うん」
「変わんないよね、本当に」
私の隣に腰を下ろして、歴代横綱の写真が掛けられた天井を見上げる。
「敦司と結婚してから…何年経つ?」
「6年経つかな、そろそろ」
「うん6年。そんなに経つのにさ、かすみん、蔵で練習してる時と変わってないの」
私にとっての唯一のギターだった、今でもここイチバンで–––––それこそ今日のライブでも使う予定の、赤色のランダムスター。
そんなランダムスターを片手に、音楽理論なんて全く知らないメンバーと試行錯誤で曲を作って完成させていった、私たちにとっての大切な青春。
「特にギター弾いて歌ってる時。…しょーじき私もかすみんも、みんなも老けたなーって思うけどさ」
「せめて大人っぽくなったって言ってください…」
「……大人っぽくなったけどさ。かすみんのその時の顔はさ、あのとき私が出会った、キラキラドキドキしてる女の子の顔に戻ってるんだ」
照れ臭そうに、頬を赤くして笑う。そう言う有咲ちゃんこそ、めちゃくちゃ女の子っぽいよ、と思ったけど口に出したら照れて口を利いてくれなさそうに思ったので言わなかった。
「みんな、歳とったね」
「私たちがポピパを結成してから10年…短かったなぁ」
「そう?私は長く感じたよ」
苦い顔をして指で数を数える。どうやらこれまでに苦労した出来事を個人的なランキングにしてるらしい。
「問題しかなかったし、問題児しかいないし」
満更でもない笑みを浮かべて言う。
「……辞めたいって思った時期、あった?」
思い出を振り返る有咲ちゃんに、少し意地悪な質問をする。私のいたずら心を抑制する尖った声が返ってくるかと思ったけど、そんなことはなく、「んー」と声を上げるだけだった。
「…まあ、正直言うとね、辛くなって、ここで辞めたら楽になんのかなー……なんてことを考えたことは、何度かあった」
素直に、有咲ちゃんは答えてくれた。
「でもって寝るのよ、その夜、泣きながら。でも寝ると夢の中で、昔の、蔵パの頃の活動を思い出しちゃうんだ」
有咲ちゃんは脚を組み直す。
「で、その時にかすみんがやらかしたシーンを思い出してさ、私がいなくて大丈夫なのかなー、なんて心配になって。かすみんがちゃんとした大人になるまでは、続けようって言って辞めないでいる」
「私はもう大人だよっ」
「さっきも言ったでしょ。変わってないよ、かすみんは」
「そう、変わってない、」と間をおいて呟く。
「……ねぇ、かすみん。私たちがこれから進む道は茨の道なのかな」
視線を落として、震えた声でそれを言う有咲ちゃんは、不安に打ちひしがれた高校生だった。
「そうやって、これから進む道の険しさを考えるとさ……また、泣きそうになるんだ」
そう言っても、僅かに覗き見ることができる有咲ちゃんの目の表面は、うるうると水分が生まれて揺れていた。
「……私たちが進む道は、茨の道だと思う」
バラのように、トゲだらけの。
「あるいは、海のように荒れているのかもしれない」
安息なんて無い、生き物のように畝り怒る波。
「あるいは、雨風激しい大嵐なのかもしれない」
立っているのがやっとで、息する間も無く肌に雨が打ち付ける私たちの上でほくそ笑む黒い雲。
「いっぱい、可能性があるんだと思う。たくさんの可能性があって、それはどれも厳しいものかもしれないけど、もしかしたら楽な道なのかもしれない」
人生の″これから″は様々な可能性から生まれる、ほんの僅かな細道だ。
「私たちが進む道は、私にも、みんなにもわからない。地獄のように暗い暑い苦しい世界かもしれない。不思議の国のアリスみたいに摩訶不思議で楽しい世界かもしれない」
そのどちらもがありえる。
人生というのは、そういうものだ。
「マイペースに行こうよ。私と有咲ちゃんは運動苦手でしょ?偶に休んで、みんなでお茶して、そしてまた歩き出そう」
Poppin' Partyというバンドは、そういうバンドだ。
「……うん、そうだよね」
有咲ちゃんは頷く。ついに、と言うべきだろうか、溢れていた涙が大粒でこぼれ落ちた。落ちた涙は太腿の上に落ち、雫を形作る。
トン、と力抜いた有咲ちゃんの頭が私の方に乗る。
「私さ、過去の自分にありがとうって言いたい。かすみんにランダムスターを託してくれてありがとう、って」
私は有咲ちゃんの肩を掴んで、そっと私の身体に寄せた。有咲ちゃんの身体は、とても温かった。
「そして、そのランダムスターを受け取ってくれたかすみんにも言いたいな。ありがとう、って」
Tシャツに涙が滲む。僅かな湿りが肌を舐めたけど、構わず有咲ちゃんを抱き寄せた。有咲ちゃんの鼓動も、私の鼓動も届くほどに。
「かすみん、やっぱり変わってないよ」
私の右腕をそって摩る。母親の肌を求める赤子のように、温もりを味わっている。
「うん。でも、有咲ちゃんも変わってないよ」
変わったのはきっと、私たちを取り巻く景色だけだから。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
––––––ロックバンドは、ダメになっていくんだ。
それは、その昔、何処かの誰かが語った言葉。
––––––ダメになってダれていって、最期は寿命を迎えた生き物のように死んでいく。
きっと、シニカルな笑みを浮かべて、タバコを片手に、口と鼻の穴から白い煙をモクモクと出しながら、低いガラガラ声で語った言葉。
––––––ロックバンドっていうのは、そういうものさ。
その言葉が正しいかなんて、誰にもわからない。きっと、それを語った何処かの誰かにも。
けれど、私たちは楽器を持って自分たちで曲を作って、ステージの上で歌う以上、いつか明らかになる問題だ。
答え合わせはいつになるかわからない。
ジミヘン。シド、レノン、フレディ、ジョー、カート。
みんなその答えを見つけたのだろう。
私が、もしくは私たちがその答え合せをする日は近くもあって遠くもある。
いつになるかわからない。
その答え合せをするをする時に、私が死んでいるかもわからない。
でも、その答えがわかるまでは、
「––––––手を抜けないな、やっぱり」
ランダムスターのネックを握る。弦が指に張り付く。
浴びる歓声に緊張することはなくなったけど、やっぱり少し怖くもなる。
みんなを笑顔にできるか。
ここにいるみんなを、「楽しかった」と言って帰せるだろうか。
まあきっと、私ひとりじゃ無理だ。
だから、バンドメンバーがいる。
左右にはりみちゃんとたえちゃん。背後には沙綾ちゃんと有咲ちゃん。
私の手にはランダムスター。
勇気を奮い立たせるには、十分すぎる環境と状況。
さあ、行こう。
夢を撃ち抜きに。
『″ぽっぴん'しゃっふる″––––––!!』
さあお手を拝借。掌が真っ赤になるまでクラップしよう。
ドンッ、ドンッ、チャッ。
ドンッ、ドンッ、チャッ。
何千もの掌が同時にクラップする。音はライフルの発砲音よりも大きく、花火よりも聴き心地が良い。
たえちゃんの強烈なギターサウンドの残響が残る中、間を置かずに″
あらゆる苦境を乗り越えて作られたこの曲は、一度音が鳴れば私たちの心は1つとなる。僅かな隙間もない、凝縮されたPoppin' Partyというスター。
有咲ちゃんのソロパートは綺麗だった。流れて星のように魅力的で、人々を惹きつけた。
メロディアスでドラマチックな曲の後は、当然激しく行こう。
『″ティアドロップス″』
さあ頭を振ろう。脳みそがぐちゃぐちゃになろうが、御構い無しだ。それがロックンロール。
たえちゃんのギターサウンドが私たちを含む会場の全てを引っ張っていく。暴走機関車のごとく暴れよう。
静と動を操る。
激しさの中にある静けさを手繰り寄せる。ギターソロがガンガン響く。その中にある静けさを掴む。
『––––––この手を離さない』
さあ、離れないように。
私たちは御構い無しに突き進む。そこに検問があろうが、壁があろうが、道が無かろうが。
進むから、振り落とされないように要注意。
ボルテージはすでにマックス。
挨拶のMCを挟んで、クリスマスが近いとのことで、りみちゃんからのアイデアでそれぞれ僅かにクリスマスの衣装を着た。私はサンタ帽を。
さっき披露した″
そしてみんなが待っていたであろう、″クリスマスのうた″を披露。沙綾ちゃんがティンバレスでビートを刻む。
音はより軽やかに、朗らかに、純粋になる。
うん、これこそクリスマス。みんなが楽しむ、純粋さの象徴だ。
再びのMC。
5人で10年前の思い出を語った。私がすごい根暗であったことを暴露された。恥ずかしかったけど、どうやらファンの間では周知の事実だったらしい。複雑な気分。
10年目の抱負なんかを語った。もう年末だと言うのに。有咲ちゃんは「みんなと楽しく」。沙綾ちゃんは「ドラムの技術を上げる」。りみちゃんは「田んぼを耕す」。たえちゃんは「奥田民生のようにアコギ1本で全国ツアー」。
私の番が回ってくる。
私は––––––、
『私自身がやりたいように、でも周りに迷惑をかけない程度に、生きていきたいです』
「おぉーっ」と、数千もの関心の声が寄せられる。一瞬で真面目な空気になったけど、すかさずりみちゃんが低音ベースを奏でる。Queenの″Another One Bites the Dust″だ。
『師匠っ、固すぎっ。そこは宇宙旅行だっ!』
『そ、壮大すぎるよぅ!』
そんな、10年前と変わらないやりとりを経て。
お口直しに奏でられるのは、″ときめきエクスペリエンス″。
私たちが売れ始めてから、最初に出した曲。武道館の時には発売されてた中で1番の新曲だったけど、今じゃ代表曲の1つ。
時が経ったことを改めて実感する。
空かさず曲は始まる。
メンバー5人のアカペラから始まるその曲の名は、″Time Lapse″。武道館で初めて披露した曲。
たえちゃんのトム・モレロのような畝りのあるサウンドからスピーディーでアップテンポな曲調。沙綾ちゃんのドラミングは、こういう曲でとても輝く。要所要所で主張されるりみちゃんの低音も聴き心地が良く、そんな爆発寸前のロックサウンドを有咲ちゃんの音色がまとめ上げる。
私たちにしか出せないグルーブが、そこにはある。
『早くなりますが、最後の曲です』
本当に時間が経つのは早い。
時間というのは、いくらあってもいいのに。でも、限りがあるから、大切なものがより大切なものになるのだろう。
『最後は、やっぱりコレです。みんな、歌えたら歌ってください』
それは、私たちにとっての思い出の曲。
5人の絆のカタチ。Poppin' Partyというバンドの半身。
––––––La la la la
″STAR BEAT!〜ホシノコドウ〜″。
会場が一体となる。私たちと1つとなる。
両国国技館は、私たちが心臓となった1匹の生き物となった。鼓動が響き渡る。その鼓動は東京へ、日本全国へ、世界へ––––––。
––––––STAR BEAT!!
走っていく、私たちは。
鼓動を届けるために。鼓動を慣らすために。
世界のどこでも、夜空を見上げれば、そこには星があるから。
星の鼓動が聞こえたら、手を挙げて、歌おう。
––––––La la la la
––––––La la la la
世界で歌おう。
不安を飼い慣らすんだ。絶望なんて気にしないで。
星の鼓動が、あなたを救ってくれるから。
舞台袖の向こう側へと去って行く。水分補給をしていると、舞台裏でも充分に聞こえるアンコール。
アンコールを耳にして、互いに頷きあう。
「香澄ちゃん」
「うん、やろう」
「アイアイサー。もういっちょ!」
衣装のベストを脱いで、今回のライブの新たなグッズであるTシャツ姿でそれぞれ舞台に上がる。
アンコール用のセットリストを思い出しながらステージへ繋がる階段に足をかけると、「ねぇ」と背後から声をかけられる。
「かすみん」
声の主は有咲ちゃんだった。
すると、私にタオルを投げた。見事な弧を描き、私の目元に優しくかかった。
「あ、有咲ちゃん…?」
「あれ、なんか私したっけ…」と心当たりを探っていると、有咲ちゃんに肩を叩かれる。
「ビシッと行こっ。せっかくの10年目なんだから」
髪から激しく滴り落ちる汗はライトに照らされてより輝く。
ライブTシャツを身に纏った彼女は市ヶ谷有咲。私たちPoppin' Partyのリーダーであり、大切なキーボードだ。
「うんっ、一緒に」
2人で手を繋いでステージに上がる。
熱くて力強い歓声が私たちを覆って、抱きしめてくれた。私たちもその歓声を抱きしめるように、手を挙げる。
世界中の何処よりも、今はここが1番熱い。
楽器を持った私たちは最強と化す。
この会場を揺れ動かす。
『アンコール1曲めっ、″ガールズコード″ッ!!』
ギターサウンドが響く。ポップでキャッチーなメロディーを奏でる。ファンの心を鷲掴みして、高みへと連れて行く。
そしてアンコール2曲め。
そろそろここらでサプライズ。
『新曲です!″キズナミュージック″!!』
さあみんな喚いて。踊って。適当に歌って。
だってみんな知らない曲。クラップだって振り付けだって、誰にも知らない。
だからわからないなりに騒ごう。
キズナミュージック。
それは大好きな歌。約束の歌。永遠の歌。
全ての意味が込められたそのメロディーとリリック。
さあ届けよう。私たちは常に精一杯で全力。夢は永遠なんだ。だからみんなも、夢を見て、そして走りだそう。
そして、その夢を––––––
『″Yes! BanG_Dream!″』
10年のラストは、やっぱりこの曲。
最初の曲。私たちの原初。
さあ、撃ち抜こう。一緒に。私たちみたいに。
––––––
––––––
会場に響き渡るみんなの
歌え、歌え、歌え––––––。
BanG Dream!の名の下に、歌え––––––!!
ライブの終わり。みんなと抱き合って、泣き合って、笑い合った。
たえちゃんはずっと″Yes! BanG_Dream!″を歌っていた。
りみちゃんは興奮冷めやらぬ、というようにステップを刻みながら指揮を取っていた。
沙綾ちゃんはそんな2人を抑えつつ、けれど涙を流しながら笑っていた。
有咲ちゃんは汗まみれなことを関係なく、私とくっついて歩いていた。タオルを頭に被せて、笑いながら。
10年間、ありがとう。
そして11年目も、これからも、どうかよろしく。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
銀河の下、砂丘の上。
私は銀河に尋ねた。
「––––––星は流れて何処に行くの?」
声を鳴らすように星は瞬いた。
「最後は燃え尽きて宇宙の塵になるだけだよ」
銀河は答えた。
残酷で、呆気のない最期だな。
私は笑って、手を振った。
「そっか、めちゃくちゃ幸せだね」
再び星が瞬く。そして星たちは流れ落ちる。1つから2つ。10、100、1000––––––数は増えていく。
それは流星群。残酷なまでに綺麗で、そして幸せだった。
「うん」
銀河はそう言って、白に染まっていった。染まっていって、白から青へ。
夜明け。銀河の姿は潜んで、銀河の下で生きるみんなが起きる時間だ。
欠伸をして、見上げる。
そこにはまだ、星があった。
どうも、チバです。
先日、BanG Dream!の6thライブに行って来ました。はじめてのポピパライブ。とても緊張しましたが、楽しめました。
「星に導かれて」でも書いた通り、おりみさんのベースがとんでもカッコよかったです。さえチのギターはもちろん、へごさんのドラミングも迫力ありました。彩沙ちゃんのMCで泣きそうになったし、あいみんの絶妙なギャグセンスと歌の上手さには拍手しかありません。
さて、そうして感動したので描いたわけです。
久しぶりですが、やはりこのキャラたちを描くのは本当に楽しいです。
この更新で、原作である「BanG Dream! 星の鼓動」に少しでも興味が湧いた方は、年明け1月10日に刊行される文庫版をどうぞお手に取ってみてください。きっとあなたの期待は裏切りません。
それではまた何処かで。