肩で揃えた黒髪。軽く化粧をした顔は目立ちはしないものの、小綺麗に整っている。おろしたての白い制服のスカートは長め。そこから伸びるほっそりとした足は、黒いソックスに包まれている。
傍から見ると、一体どう映るのだろう。IS学園入学に浮かれる地味な女子。そう見えるだろうか。
女装して女子校に入学する変態――そうは見えていないだろうか。
鏡を見て、俺はため息をつく。そう、今まさに見ている女子は、
我ながら何をやっているんだと馬鹿馬鹿しくなる。政府のお偉方の考えることはよくわからん。実は何も考えてないんじゃないか。こうなる経緯を思い出しながら、またため息をつくのだった。
寒い冬の日だ。男性IS操縦者が現れたと、ニュースが騒がしかったのを覚えている。胡散臭いIS評論家やら、コメンテーターやらが中身のないコメントをするばかりで、特に大きな変化が起きるようには思えなかった。少なくとも、一生ISに乗る機会のない女性さえもが幅を利かせている、この歪な女尊男卑の世の中が変わることはないんだろうな、と。
しかし政府はそうではなかったようだ。男性IS操縦者が他にもいないものかと、全国で一斉に検査を開始。俺も検査を受けることになった。
検査と言っても、簡易的なものだった。誰も、本気でISを動かせる男がいるとは思っていなかったんだろう。体育館に集められ、流れ作業的にISに触れるだけ。政府のお姉さんも、「はい次ー」なんつってどんどん列を捌いていく。
「はいつ……えっ!?」
俺が触った瞬間、光り輝くIS。圧倒的な情報量が、頭へと流れ込んでくる。どうやら動かせてしまったらしい、この俺が。しばらく経っても口を開けっ放しな、マヌケなお姉さんの顔を今でも忘れられない。
そこからは、あっという間に非現実。
テレビでしか見たことがないような、官僚のおっさんと話をさせられる。
「男性IS操縦者は、今危うい状態にある。君のその生体データはあらゆる国から狙われるだろうし、女性上位主義者はあの織斑くんですら抹殺を企てている」
「はあ」
まだ状況を把握しきれず、馬鹿みたいな声を出してしまう。
「織斑くんは織斑千冬という後ろ盾があるが、君にはそれがない」
「そうですね」
「なので、君には女性としてIS学園に入学してもらう。くれぐれも、バレないように」
「わかりました……ってはあ!?」
さも当然のように、爆弾を投げつけてくる。なんだ女装って。バレるに決まっているだろうが。
「はっはっは。幸い君はなかなかきれいな顔立ちをしている。身長も160センチくらいかね? 大丈夫大丈夫。ほっそりしているし、なかなか美人さんになるんじゃないかな」
唖然として声も出ない。女装ってそんな簡単なものじゃないだろう。
しかし、ここで逆らうという選択肢は、もう俺にはなかった。女装は笑えない冗談だが、最大限こちらの身を案じてのものだろう。女性上位主義者やら、人体実験やらは事実で、実際怖い。とんでもない条件付きとはいえ、人間らしく生きていけるのであれば、十分マシというか、これ以上ない。
「……わかりました、頑張って女の子になります」
何を思ってこんな頭の悪い返事をしたのか、今では覚えていない。
おそるおそる、IS学園に足を踏み入れる。大丈夫、俺は女だ。妹に化粧やファッションを習い、ネットで女装のコツも調べた。無敵である。髪は地毛だが、手入れには気を使った。手の甲は袖を長くして隠しているし、首だってマフラーを巻いてなんとか隠している。なんのための制度だと思ったが、こうしてみると制服改造化というのはありがたい。もしかして、他にも女装している生徒がいるのだろうか。……まあ、そんなわけないか。いろんな国の生徒が集まるから、いろいろ尊重できるようにしといた方がいいってことなんだろう。
このIS学園での生活における、俺の目標はただ一つ。目立たないように行動し、女装バレを防ぐ。バレた時点で人生即終了だ。在学中は外から干渉されないらしいが、そういう問題ではない。ゴミを見るような目で見られることは間違いないし、卒業後には、良くてバラバラ死体、最悪一生どこかの研究所でオモチャにされてしまう。
理想は、誰か協力者を得ること。3年間ずっと一人で隠し通すのは、現実的に考えて無理だ。同室か、友達を作るか、それとも織斑一夏か――。慎重に見極めなくては。女性上位主義者に打ち明けて自滅なんて、笑えない。
ぼそぼそと考えていると、俺のクラスが見えてくる。1年1組。あの織斑と一緒のクラスだという。秘密を打ち明ける候補に挙げてはいるが、基本的には関わりたくない。とにかく目立つからだ。ISを動かせるイケメンと、片や、本性を隠した女装男。いったいどこで差がついてしまったのか。嘆かわしい。
席に着く。何の因果か、左隣には織斑一夏だ。頼むから、話しかけないでくれよと神に祈る。信じてないが。
周りを見渡しても、おとなしい生徒ばかり。もっとこう、織斑に食って掛かるような、プライドの高いエリートばかりだと思っていたが、そうでもないらしい。というかむしろ、ちょっとうっとりして見つめてないか?いいぞ、その調子で目立ってくれ。俺が目立たなくなって非常にいい。
しばらく待っていると、副担任だという女性が現れる。教育実習生かと思ったが、どうやら正式な教員らしい。山田真耶。そう名乗ったが、生徒たちの反応は薄い。なんとか生徒に自己紹介をさせることに成功するも、ちゃんと自己紹介してるやつも、聞いているやつもほぼいない。
「じゃあ次は……織部さん?」
山田先生が俺を呼ぶ。
「えっと……、織部 泉です。趣味は読書と、昼寝です。よろしくお願いします」
どうだ、完璧な自己紹介だろう。嘘はついていないからボロを出すこともないし、目立ちもしない。が、何人かこちらを向いた気がする。なんだ。
声は、変に取り繕わないことにした。ちょっとハスキーだけど大丈夫でしょ、とは妹の談だ。
山田先生がぼーっとしている織斑に声をかける。自分の番と知った彼は勢い良く立ち上がり、
「織斑一夏。……以上です!」とのたまった。
瞬間、爆音。ミサイルでも落ちたのかと思ったが、どうやら炸裂したのは出席簿のようだった。いや、出席簿の音ではなかったぞアレは。まさかあの人畜無害そうな山田先生がと一瞬思ったが、どうやら別人のようだ。スーツをびしっと着こなした女性がそこに立っていた。
「げえっ、関羽!?」
織斑が言う。そのボケはつまんないぞ。
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
女性が答える。こんなつまらないボケを拾ってやるなんて、意外と優しいのかもしれない。教室の生徒を見据えて続ける。
「諸君、私が織斑千冬だ。諸君を一年で使い物になる操縦者に育てる。いいな!」
ああ、これが初代ブリュンヒルデ、織斑千冬か。わかりやすく、結果を重視するタイプと見た。プレイヤーとしては一流だろうが、教師としてはどうなんだろう。
彼女の言に、黄色い声援が飛び交う。マジかよこいつら。男と女ってのは根本的に脳の構造が違うのかもしれない。ISが女しか乗れないのはこの感性の違いのせいかもしれない。いや、俺と織斑もISに乗れるんだから、それは確実に違うなと思い直す。
織斑千冬の目線がこちらを向き、少し笑ったように見える。大方、俺の女装が面白かったんだろう(教師陣は俺の女装を知っている。さすがに)。だって、しばらく修行を積んだ俺自身ですら、未だに鏡の前で笑う。これはこの境遇とか、いろいろなありえなさが混じった面白さだから、ちょっと違う気もするけど。
ホームルームが終わった休み時間。事態は動き始めた。一人の女子、篠ノ之箒が織斑に声をかけたのだ。二人は連れ立ってどこかへ行ってしまった。「抜け駆け!?」だの、「あの二人どんな関係!?」だのと、盛り上がる女子たち。音量の設定が壊れているのだろうか、非常にうるさい。
「いずみんは~、どう思う?」
後ろの谷本と話していた、やったら袖の長い女子が話しかけてきた。たしか、布仏。なにを隠し持っているんだその袖は。男子を暗殺しに来たアサシンかもしれない。半分は冗談だが、警戒するに越したことはないな。ていうかいずみんってなんだ。女子っぽいあだ名じゃねえか。いや、それでいいのか。
ともかく、先手を打たれてしまった。何キャラでいくんだ俺は? 無難に、おとなしめの回答をしておくか……。ただ、織斑に興味を示さないというのも、それはそれで目立ってしまう。
「ううん……知り合い、じゃないかな。織斑くん、ちょっと微笑んでたし」
「そーそー! かっこよかったよねー!」
谷本が相槌を打ってくる。布仏も謎に騒ぐ。俺は、苦笑い。ついていけているだろうか、女子のノリに。
「先生! ほとんど全部わかりません!」
山田先生に当てられた織斑がにこやかに言う。
教室が沈黙した。それはそうだろう、ここにいる全員はとんでもないエリート。ISについて、小学生に上がる前から学んでいるようなやつだっている。今やっているのは、本当に基礎の基礎。ISってどうやって動いてんのよ、みたいな話。俺も悪目立ちしないよう、それなりに勉強してきたが、マジで知らないやつは一人もいないレベルの話だ。
まあしかし、織斑を責められるだろうか。彼がISを動かせると判明してから、もう一瞬で世界中に情報が広まった。しどろもどろになりながら会見やらニュース番組やらに引っ張りだこだった記憶がある。俺の予想では人体実験に近いこともやらされていたと思っている。つまり、理論なんて勉強する時間はなかったんじゃないだろうか。
織斑が篠ノ之の方を向く。篠ノ之がそっぽを向くと、困ったようにこちらを向く。なんだその顔は、ヘラヘラしやがってと思いながら、教科書を見せてやる。ここで手を差し伸べないと、悪目立ちする可能性がある。しょうがなく、ISコアとは、と書かれた部分に線を引いて教えてやる。
「ああ、そういうことか……それなら、研究所で乗ったときに教えてもらったな。サンキュ!」
そう俺にだけ聞こえるように言うと、山田先生に向かってスラスラと答えていく。能力が低いというわけではなさそうだ。自分の感覚、すなわち経験をもとに思考するタイプで、座学に向いていないというだけなんだろうな。
なかなかどうして、さわやかで好感の持てる対応だった。普段だったらいい友達になれるんだろうと思う。が、今はダメだ。お前は俺のはるか遠くで避雷針となってもらわなくては。
一通り授業が終わると、織斑先生(と呼ばないと出席簿なのでこう呼ぶ癖をつけることにする)が、クラス代表を決めると言い始めた。クラス対抗戦ってのに参加するらしい。
「はい! 織斑くんを推薦します!」
誰が言い始めたのか知らんが、大半の女子は賛成ムードを醸し出す。いいぞ、その調子で祭り上げろ。俺が目立たなければ目立たないほどいい。
「待ってください! そのような選出は認められません!」
金髪のイギリス人、セシリア・オルコットが声を上げる。なかなか日本語が堪能だ。物珍しいだけで選ぶなんて、とか、極東の猿なんぞをありがたがるんじゃないよ、とか、そんな感じのことを言っていた。更に聞けば、入試で唯一教官を倒して、主席入学なんだとか。さすがに代表候補生ってのはレベルが違うらしい。いいぞ、どんどん目立ってくれ。
「俺も教官、倒したぞ? だいたい、イギリスも大してお国自慢ないだろ。世界一まずい飯で何年覇者だよ」
織斑が煽っていく。さあ、盛り上がってまいりました!
あれよあれよという間に、二人の決闘が決まった。一週間後、二人がISで戦い、勝った方がクラス代表になる。この感じだと、でしゃばりと珍獣のおかげで、俺は目立たず生きていけそうだ。
「織部さん! 俺にISを教えてくれ!!」
織斑がこんなことを言うまでは、そう思っていた。
いきおいだけで書いてしまった。
ちょっと読みづらいかも。
タイトルはピンと来てないので変わりそう。
批評お待ちしてます。