雷光御伽草子   作:ふくつのこころ

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雷の子

「カヅチ、そんなに泣きじゃらなくても……」

「だって、姉上は僕の家族だから……」

 

 一通り泣き止んだ後、肉塊の転がっている中、姉はカヅチの視線と合わせるようにし、愛おしそうにカヅチの髪を撫でた。

 そして、その手に握りしめている儀礼用の剣の刃から愛おしい弟の手に触れ、つーっと頬に触れる。

 優しい顔、そして雰囲気にカヅチは癒される。こうしているときが一番幸せに感じられ、その次に金太郎と遊んでいるときが来ると思っている。

 金太郎には申し訳ないが、姉と過ごす時間は何よりも代えがたいものだと感じている。

 

 姉はカヅチが動揺していようとも、カヅチしか見えていない様子。時折、小さな八重歯のようなものがカヅチには見えるものの、自分が知らないだけで姉はもともとそうなのだと思うこととした。

 カヅチは考えることを放棄したのではない、他でもない姉だからこそ信用した結果である。大好きな人だから、少しの変化くらいでは感情は揺らぐことはなかった。

 

「ねえ、姉上」

「なんですか?食事ですか?待っていてください、今からでも用意しますから」

 

 姉は何でもないように血を拭う。

 汚れでも着いたかのように、自然とした動きで、それが汚いものであるかと言った様子で。

 そこに、その様子にカヅチは違和感を感じた。

 どうして、そんなにも平然としていられるのかと疑問に感じたからだ。

 自分であれば、こんな光景を見せられれば、動揺してしまう自信がある。否、実際に動揺していると言えば正しいのだろうが。

 カヅチの子供離れしているところに姉の前でいいところを見せたいが為、子供らしからぬ状態になることがある。

 それが今のカヅチの冷静な問いにあると言えようか。

 

「なぜか。カヅチは今そう言いましたね?」

「はい。教えてください、姉上。どうして、姉上がそんなに冷静なのかを」

 

 いつになく真剣な目。

 姉はそんな目が自分に向けられ、嬉しいとすら感じる。

 だって、こんなにも愛おしい人が自分のことを見てくれているのだから————!

 

「私、寂しがりなんです」

 

 ぽつり、と姉は漏らした。

 

「え、でも、おじさんやおばさんとかいたじゃないですか?」

「そうですね、いつもよくしてもらいました。けれど、貴方は考えたことがありますか?カヅチ。貴方が見ていない裏で私、迫害されていたんですよ?」

 

 しゅるり、と姉は服をはだけた。

 露わとなる綺麗な白い肌、形の良い乳房もまた同様に。

 そこには痛々しい傷跡が残り、縛り上げられた後もある。痛々しい様子にカヅチは表情を歪め、対照的に姉は恍惚とした笑みを浮かべる。

————カヅチが、私を見てくれている。

 そう思うだけで自分の何かが疼いたような気がしてならない、傷跡をまるで知らなかったような表情を浮かべているのも無理はない。

 姉はカヅチにその傷跡を見せたことは一度もなかった、水浴びの時は姉は自分の傷跡を見せないように努めていたからだ。

 

「だったら、どうして僕に……!?」

「言えるわけ、ないじゃないですか。貴方は真剣に集落で長を目指していますし、私のことを幸せにしてくれようとさえしてくれている。そんな男の子に心配をかけると思いますか?否です、できる限り、貴方には集中してほしかった。今は小さいけれど、いつかは私と家族を作ってほしかったし。まだ姉上はカヅチの為に生娘なんですよ?」

 

 ふふ、と口に手を当てて笑う様はさながら姫君のよう。

 その様子にカヅチは見惚れるものの、すぐに頭から追い払った。自分は知る必要がある、どうしてこうなってしまったのかを。

 もしかすれば、今からでも首謀者を追いかけられるかもしれない、退治することができるかもしれない、時間がかかっても必ず!

 

「でも、それとこれの何の関係が……?」

 

 ぴくり、と姉の優しい笑顔が凍り付いたように見えた。

 

「“それ”と“これ”の何の関係が、ですって?ありますよ、勿論。私のことを汚らわしい目で見ていた男よりも、」

 

 姉は立ち上がると、歩き出し、肉塊を足蹴にした。

 

「貴方をいつか生贄にしようとしていた年増よりも、」

 

 その細い腕には“ありえない”筈の力で人間であった成れの果ての肉塊を掴み、大きく遠くへ投げつけた。

 

「カヅチは何よりも価値があるんです。……わかりましたか?でしたら、今からでも祝言をあげましょう。貴方が強くなるまで守ってあげます、いえ、ずっと守ってあげましょうか?愛しい愛しい私のカヅチ。……ね、その前に“アマメ”って呼んでくれませんか?愛情をこめて、ね?」

 

 ふ、ふふ、ふふふふふふふ……。

 微笑んでいるはずが妖しく、艶やかな色香がアマメを包み込んでいる。その肢体もあり、確かに集落の男性を虜にするほどの色気はあるとみていい。

 それから、カヅチはふと気づいたことがある。

 アマメ。

 確か、この名前は、

 

『アマメって名前に聞き覚えはないか?』

 

 そうだ、昼間に都から来た渡辺綱という武士が尋ねてきた名前だ。

 はじめて聞いた姉の名前、会話としては破綻しているようだが、アマメはカヅチの方に服をはだけたままで諸手を広げている。

 カヅチが腕の中に飛び込んでくるのを当たり前と思っているかのように笑い、それでいて疑うことを決してしない。

 カヅチは悩んだ。

 アマメを、姉を糾弾するべきなのか。

 集落の人々を殺したのはアマメだと直感した、そのことを分かってもなお彼女をカヅチは愛せるだろうか?

 

「ねえ、その、」

 

 このやり取りは昼間に見た覚えがあるが、きっと気のせいだ。

 

「なんですか?……ああ、はしたなかったですね。いつまでも肌を晒すのは。なんでも答えてあげますよ、子供は何人欲しいですか?私たちでたくさん家族を作りましょうね?」

 

 アマメは着崩れた着物を着なおし、なんでもないように笑っている。

 そのアマメの方に儀礼用の剣を腰へと戻し、ゆっくりとカヅチは歩いていく。

 

「姉上は、」

「姉上なんて呼ばないでください。……いえ、今はそれでいいでしょう。何が知りたいですか?」

「姉上は寂しかったの?」

 

 少し照れたように笑った後、アマメはカヅチの質問に目を丸くする。

 それから、

 

「それは、もちろん。一緒にはいてくれないんですか?アマメと」

 

 私、という一人称から自身の名へと変わったアマメ。

 口調からも甘えているのが伝わってくる、この年まで一緒に暮らしていたのだから分からないカヅチではなかった。

 寂しそうにカヅチを見つめ、返答を待っている様子は悲しそうにも見えた。

 

————僕は、この顔を見たくなかったんだ。

 

 直感したカヅチはすぐに頭を振り、アマメの方へと駆けていく。

 

「嫌いなんかじゃないよ、一緒にいたい。僕、姉上に楽させてあげたいと思っているから、長になりたかったんだ。駄目かな、こんな理由って」

 

 腕の中へと飛び込み、素直にアマメに気持ちを吐露する。

 自分の行為は亡くなった集落の人々から恨みを買うだろうが、それでも、胸を占めていたのは大切な姉のこと。

 親友、金太郎はこんな“悪党”である自分のことを許してくれやしないだろう。

 たぶん、きっと、彼はこんな風に言うはずだ。

 

————そいつは、人を殺したんだぞ!?

 

 彼はどこまでいっても優しく、それでいてお人好しだ。

 そんな彼が集落のみんなを殺したアマメのことを、

 

「え?」

 

 飛来した矢がアマメに命中する。

 その出処を辿ってみると、昼間に出会った美麗の武者、渡辺綱の姿があった。

 

「やれやれ、間に合ったようだな。離れな、カヅチ。そいつがアマメだってんなら、危険だ。こんなところにいたのか、土蜘蛛は」

「カヅチ、アマメは、アマメは痛いです……、助けて……」

「姉上ッ!?」

 

 矢を受け、倒れたアマメにカヅチは駆け寄る。

 刺さった矢を引き抜こうにも、まるで石のように硬く、引き抜くことができない。

 むしろ、一層のこと固定され、苦しんでいるようにも見える。

 

「……どけ、カヅチ。お前にまで手を出す必要はないからな」

「それは、こっちの台詞だ。僕の姉上に何をしたんだ?」

「その女は、土蜘蛛の生き残りだ。土蜘蛛は殺さなければならない、都に仇を為す可能性があるならばなおさらだ」

 

 綱は弓に矢をつがえ、トドメを刺そうとアマメの心臓を狙っている。

 カヅチはアマメを守ろうと上から覆いかぶさるが、小さなカヅチの身体では熱した鉄に水をかける行為がごとく無駄なことでしかない。

 カヅチは土蜘蛛とは何かわからなかったが、綱がアマメを殺そうとしていることが気に入らなかった。

 

「……土蜘蛛ってなんだよ」

「朝廷に従わず、反旗を翻す者たちだ。鬼とも同一視された存在でな、奇異な術と何よりも人を喰らう。お前の暮らしていた集落の者が殺されたのは何よりも証拠だ。そいつはな、化け物なんだよ。そいつがいると都の者は平和に暮らすことができない。お前も嫌だろう?誰かが傷つくのは」

 

 綱はできるだけ冷静に務め、カヅチに説明する。

 綱から見れば、カヅチは服装を除けば、どこにでもいるような普通の少年でしかなかった。後に合流した金糸の髪をした少年と笑いあう姿は、子供らしく、綱にとって守りたいものの一つであった。

 綱の語ることは、“人間にとって”の常識の範疇に収まること。

 都でも尊ばれる、人々の安全。

 

 綱の直属の上司に当たる者の思想でもあり、その上司に綱がついていこうと思った戦う理由であるともいえようか。

 奥歯を噛みしめ、目元を長い前髪で隠したまま、手で拳を作ってカヅチは震えている。

 子供ながらにも懸命に綱の言葉を理解しようとしているのだろう、聞き分けのいい子供なのだなと感心する。

 自分と同じように正義感を持ち、こうしてまた一つ辛い別れを経験して成長していく。

 そう思っていた(、、、、、、、)

 

「……僕は、僕はな。ずっと、集落の長になりたかった」

 

 カヅチはアマメから離れ、立ち上がる。

 

「僕のことを育ててくれ、僕のことを愛してくれている」

 

 やがて、空が雷雲で覆われるようになっていた。

 幻視したのは、カヅチから、目の前の少年から綱は雷を(、、)身体が纏っているように見えたことか。

 そして、姿が消失した。

 

「そんな人と僕は一緒にいたい。幸せにしたい。恩返しをしたい。それすらも悪く言うのか?……だったら、僕は人間じゃなくてもいい」

 

 雷が落ちる。

 轟!という轟音とともに、背後から背中に向けて手加減なく繰り出される重い一撃。

 後ろから聞こえる声は冷たく、感情を感じない。

 

「か、はっ……」

 

 鎧による防御をもものともしない、重い一撃。

 突如、吹き荒ぶ風に吹かれ、カヅチの髪は揺れる。

 綱は思わず吐瀉した、鉄製の防具の防御をもいともたやすく貫通してしまう攻撃力、しかし、そこに技術は伴っていない。

 子供故の手加減のできなさだが、成長すれば、それは化けた才能となり、都において重宝するものとなろう。

 

 もしも、綱の推測が正しければ、この山にいるもう一人の少年と合わせれば。最強の二人組になるのではなかろうか。

 

「僕は、姉上を守る。そして、勝って姉上に刺した矢を抜かせる」

 

 その前に一刻も早く止めなければ、瞬間移動のような力を持つ少年に綱は殺されてしまうだろうが。

 

 

 

 

 




アマメちゃんの容姿はリボンがなく、黒髪の桜をイメージしています
納得のヤンデレですね
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