恋のリート   作:グローイング

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プラウダ編──シベリアン・カートゥルの勇士
カチューシャのいとこ


 愛する──

 それはお互いに見つめ合うことではなくて 

 いっしょに同じ方向を見つめることである

 

──サン・テグジュペリ

 

 ◇序曲──Ouverture──

 

 昔からずっと泣き虫だった。

 笑うことよりも、泣くことのほうが多かったと思う。

 そんなボクに、小さな少女は自信に満ちた笑顔で言った。

 

『強くなりなさい! 誰にもバカにされないくらい強く! そうすれば何も怖くないんだから!』

 

 彼女は白く華奢な手を──しかし勝ち気に満ちた手を──ボクに差し伸べる。

 ボクは、ただ黙ってその手を握り返した。

 掌に広がる彼女のぬくもり。

 同じくらいに小さな手。

 だけどそこには、ボクにはない強さを感じさせた。

 

『大丈夫! お外なんて怖くないわ!』

 

 そう言って彼女はボクの手をひいて、部屋から連れ出した。

 外に出ることがずっと怖かった。

 部屋にいれば心は穏やかなままでいられる。

 

 ──でも、彼女の太陽のような笑顔を見ていると、驚くほどに怖さが消えた。

 

『何があってもへっちゃらよ! だって、お姉ちゃんのわたしがついているんだもの!』

 

 ボクには決してできない、自分の力を絶対的に信じた力強い言葉。

 どうして、そんなにも自分を信じられるんだろう。

 不思議でしょうがなかった。

 すごいな、と目を輝かした。

 そんな彼女の眩しい姿を見ていると、勇気をもらえた。

 自分もこんな風になりたいと思った。

 でもそれ以上に……

 

『安心なさい! あなたは絶対、わたしが守ってあげる!』

 

 彼女はその小さな身体で、力いっぱいにボクを抱きしめてくれる。

 頼もしくも優しいぬくもり。

 そのぬくもりを感じていると、涙が出てきた。

 悲しいわけじゃなかった。

 嬉し涙とも違うと思った。

 

 ただ、思ったんだ。

 変わらなくちゃいけないって。

 このままじゃ、いけないんだって。

 

 そのとき、ボクの心は決まった。

 強くなろう。と。

 泣き虫なのは、なかなか直らなかったけど。

 けれど、外はもう怖くなかった。

 それどころか、いまでは、

 

 ──空が、綺麗だな。

 

 白い大地を光で照らす太陽、そしてどこまでも広がる大空に、思い焦がれている。

 

 

* * *

 

 

 どうもボクは昔から断れない性格だ。

 頼まれ事をされるとつい「Yes」と頷いてしまう。

 そのせいで小さい頃はよくクラスメイトから無理なお願いをずいぶん押しつけられてきた。

 そういうのはだんだんと調子づいた悪意に変わっていく。

 だから、何でも素直に聞き入れることはよくない。

 自分のためにも、相手のためにもならない。

 それを学習したいまでは、理不尽な要求に対しては「No」と言えるようになった。

 けれど……問題は純粋な厚意や親切だ。

 これはそうそう断われない。

 だって悪意とは違って、他人を思いやった気持ちなのだから。

 無碍にするのは失礼というものだ。

 

 そう、思ってはいるんだけども……。

 

「ユーリくん! これよかったら食べて!」

「あ、ありがとう。おやつの時間にいただくね」

 

 お昼休みの時間。

 クラスメイトの女の子からどう見ても手作りのお菓子をもらう。

 すごく凝った作りだ。

 生菓子みたいだから今日中に食べないといけないかな。

 ちゃんと食べて、後でお礼や感想を言わないと失礼に当たるだろう。

 たぶん向こうもそれを期待して渡しているはずだから。

 ……だけど、これで何個目だろう。

 

「ユーリくん! わたしのも貰って! 今日のは自信作なの!」

「う、うん」

「あたしのだっておいしいわよユーリくん!」

「あ、ありがとね」

 

 机の上に積み重なり、だんだん自分の背より高くなっていくお菓子の山。

 お祝いの日でもないのにずいぶん机が華やかになっていく。

 

「ちょっとわたしが先にあげるつもりだったのよ!?」

「早い者勝ちよ!」

「ユーリくん! よかったら食べさせてあげるわ! はいあ~ん♪」

「ずるい~! わたしも食べさせてあげるぅ♪」

 

 あうう。

 いつのまにかクラスの女の子だけでなく別クラスの子まで来ている。

 しかも皆こぞって手作りのお菓子を食べさせようとしてくる。

 ど、どうしよう。

 甘い物は嫌いじゃないけどお昼ご飯前にこんなに食べるのは……

 

「や~ん♪ ユーリくんってほんとにお人形さんみたいでカワイイ♪」

「ほっぺすべすべ~♪ 髪もサラサラだ~♪」

 

 というかもはや撫でられたり抱きつかれたりしてるんですけど!

 やめて! 男の子たちの憎しみの込もった視線が怖いから!

 うぅ~。これじゃまた男友達ができにくくなってしまう。

 もっと男の子とも普通にお喋りしたいのに……。

 

「はぁ~小っちゃくてかわいい男の子って無条件で天使だよね~」

「わかる~。ユーリくんマジ天使」

「本当に高校生なのユーリくん? 実は飛び級してきた天才少年だったりしない?」

 

 むむむ。人が気にしていることをさらっと。

 ボクはもちろん飛び級してきた天才少年などではない。正真正銘15歳の高校生だ。

 ただボクの家系は遺伝的に小柄な人ばかりで、この歳になっても身長が伸びないのである。

 制服を着ないと当然のように小学生に間違われるし、声変わりもしてないから余計に子どもっぽく見られる。

 そういうのがクラスにいると、どうしても本人の意思とは無関係に注目を引きつけてしまうものだ。

 いまのように女の子たちにチヤホヤされるなんて日常茶飯事。

 男子からは羨ましいと言われるけど……でもここまで過剰になるとさすがにボクも辟易してしまう。

 そして何よりも、いい思い出がない。

 

「はえ~、ユーリくんあいかわらずモテモテだなぁ」

「ま~あの見た目で性格もよかったらそりゃモテるべなぁ」

 

 クラスメイトで友人でもあるニーナさんとアリーナさんがこちらの様子を見て呑気にそんなことを言う。

 外人っぽい呼び名はもちろん愛称だ。

 プラウダではロシアの人名に準ずるソウルネームで呼び合う習慣がある。

 ボクもユーリと呼ばれているけどちゃんと漢字表記の本名がある(ちなみにフィギュアスケートはやっていない)。

 ニーナさんとアリーナさんとは何か相通ずるものがあって入学以来から親しくしている。

 けど二人とも臆病なところがあって、面倒事に巻き込まれたくないからかいまみたいに傍観していることが多い。

 これは自分の問題だから別に助けて欲しいとは思わないけど……でもちょっぴりだけ友人らしく加勢して欲しいとか思ったり思わなかったり。

 

「はあはあ。ねえユーリくん、ちょっとその白いお肌舐めてもいい?」

「ひいっ!?」

「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいの。先っちょだけ。先っちょだけだから」

 

 なにやら愛で方が不気味にエスカレートしていく女の子たちに恐怖を覚え始めたそんなとき……

 

「こらああぁっ!! アンタたちユーリを困らせてんじゃないわよ!!」

 

 教室中に快活で鋭い怒声が響く。

 

「あ」

 

 ボクの胸は瞬時に高鳴る。

 驚きからではない。

 しかし周囲の女の子たちは恐怖から竦み上がった。

 

「カ、カチューシャ隊長!」

 

 女の子たちの中には『戦車道』の履修者がいたらしい。目上の存在がいきなり現れたことで激しく動揺している子が何人かいた。

 幼さを残しながらも、相手を無条件で平伏させる威厳と不遜に満ちた声。

 愛らしい容姿を裏切って、相手の心を萎縮させるギラッとした瞳。

 どこから見ても可憐な女児でしかない彼女に、ボクを取り囲む女の子たちはビクビクとしている。

 カチューシャ隊長と呼ばれる彼女はプラウダ高校の『小さな暴君』と恐れられる戦車道の隊長さんなのだ。

 

「なぜ隊長がここに!?」

「逃げたんですか!? 自力で脱出を!」

「カチューシャはアカデミアに捕まった覚えはないわよ!」

 

 びしっと人差し指を向けて、威風堂々とした顔つきで彼女は答える。

 

「カワイイいとこが困っているならカチューシャはどこでも駆けつけるわ! だってお姉さんだもの!」

 

 そして彼女は、ボクのいとこのお姉さんでもある。

 

「カチューシャお姉ちゃん」

 

 彼女の姿を認めただけでボクの表情は自然と笑顔になる。

 しかしカチューシャお姉ちゃんは見るからにお冠だ。

 

「もうユーリ! お昼ご飯はカチューシャと一緒に食べる約束してたでしょ! なにをモタモタしているの! 待ちくたびれて迎えに来ちゃったじゃない!」

「ご、ごめん。皆からお菓子貰ってたから……」

「ご飯の前にそんなの食べたらお腹いっぱいになっちゃうでしょ! まったくいつまでも子どもなんだから~!」

「いや、でもせっかく手作りしてくれたものだし。貰わないと失礼かなって……」

「限度があるでしょうが! あいかわらず断るのが苦手な子なんだからもう~! こんなに甘いものばっかり食べてたら虫歯になっちゃうじゃない! ──ノンナ!」

「はい」

 

 カチューシャお姉ちゃんのかけ声でさっと現れたのは副官のノンナさん。

 モデル顔負けのスタイルに人間離れした美貌を持つ彼女は教室で異様な存在感を放つ。

 何人かの女の子はカチューシャお姉ちゃんが現れたとき以上にビクっとしている。

 ニーナさんとアリーナさんにいたっては「おっかねーの来たじゃー!」と小動物みたいに震えている。

 

「ひとまずこちらのお菓子は片付けておきますね、ユーリ」

「ノンナさん。あ、ありがとう」

 

 どこから用意したのか、大きめの袋に手作りお菓子をパッパッと仕舞うノンナさん。

 ニコリとボクに向けるその笑顔はとても優しい。

 

「ユーリはあいかわらず良い子ですね。どんな人からのご厚意も素直に受け取られて」

「そんな。普通、だよ」

 

 ノンナさんとは幼なじみである。

 昔からこんな風にボクの面倒をよく見てくれる思いやり深い人だ。

 

「ふふ。ユーリは本当に優しいですね。……ですが、その彼の優しさにつけ込んで押しつけがましいことをするのは控えていただけると幸いです、みなさま?」

「ひぃっ! りょ、了解であります!」

 

 優しい顔を維持したままノンナさんは周りの人に注意を呼びかけてくれた。

 皆おっかないものでも見たような顔をしてビシッと敬礼をする。

 何をそんなに怖がっているのだろう?

 ノンナさんほど穏やかで怖くない人なんていないのに。

 

「こちらのお菓子は今日のお茶の時間のときにでもいただきましょうか、カチューシャ」

「ええっ!?」

 

 思いもよらず手作りお菓子を目的以外の相手に食べられることになり、女の子たちはショックを受けた様子。

 

「そうね。偉大なるカチューシャがしっかり味を見てあげるんだから感謝なさい一年生たち!」

「こ、光栄です……」

 

 しかし誰も言い返すことはできず、女の子たちは目から涙をダバーッと流した。

 い、一応ボクもひと口ぐらいは食べるからね?

 

「あれってただ単に自分も食べたいだけでねーか?」

「弟分のプレゼント横取りすっとか大人げねーなぁ」

 

 教室の隅でニーナさんとアリーナさんがそんなことを呟く。

 あ、カチューシャお姉ちゃんの額に怒りの筋が。

 

「……聞こえたわよぉ? ニーナ、アリーナ」

「ひいいっ! カチューシャ隊長あいかわらず地獄耳だべ!」

 

 いやいやボクの耳にも届いてるからねニーナさんにアリーナさん。

 戦車道履修者のニーナさんとアリーナさんは毎回こんな風に失言をこぼして隊長のカチューシャお姉ちゃんから大目玉を食っているらしい。

 本音を言わずにいられないタイプなのだ。

 

「まーたシベリア送り25ルーブルしてやりましょうかぁ?」

「それ以前にユーリがお困りだというのに黙って見ていたのですかお二人とも?」

 

「「ひえ~っ!」」

 

 たいへんだ。ノンナさんまで二人を責め始めた。

 ここは友人としてフォローを!

 

「待ってノンナさん。ボクが普段から『自分の問題だから助けはいらないよ』って言ってたんだよ。だって友達に迷惑はかけられないもの」

 

「「ユーリくん!」」

 

 ボクが助太刀に入るとニーナさんとアリーナさんは感動の涙を流した。

 

「わたしら本当にその言葉どおり助けず傍観しとっだのに……」

「そんな薄情なわたしら庇っでぐれるだなんて……」

 

「「天使だな~」」

 

 二人とも声を揃えてそんなことを言ってボクを拝み始める。

 よほど嬉しかったのか「ありがたや~」と言い出す始末。

 は、恥ずかしいからやめて欲しい。

 

「……そうですか。ユーリがそうおっしゃるのなら不問としましょう」

 

「「あ、ありがとうございます~」」

 

 ノンナさんはとりあえず二人を許したみたいだ。

 よかったね二人とも。

 

「ですがカチューシャに対する不敬な発言までは見過ごせませんのでお二人はこの後、私たちのお給仕をするように」

 

「「え~!?」」

 

 残念。

 許されなかった。

 

「当然でしょ! カチューシャたちがおいしいご飯を食べているところを横で見てるがいいわ!」

「お昼まだ食べてない状態でそげな目に遭うのは地獄だべ~」

「カ、カチューシャお姉ちゃん、さすがにかわいそうだよ」

「なにユーリ! カチューシャよりもこの二人の肩を持つの!?」

「そういうわけじゃ……」

 

 頬をプク~っと風船みたいに膨らませて拗ねるカチューシャお姉ちゃん。

 かわいい。

 ……じゃなくて。

 

「う~。お昼抜きでこのあと訓練するのはキツイべぇ……」

「んだなぁ……」

 

 自業自得ではあるけど、これじゃ二人が気の毒だ。

 あ、そうだ。いいこと思いついた。

 

「じゃあ、せっかくだし二人もこのまま一緒にお昼食べない?」

 

「「え?」」

 

「お給仕なら紅茶とか淹れてくれるだけでもいいんだし。ね? ノンナさんもそれでいいでしょ?」

 

 許しを求める眼差しをノンナさんに送る。

 ノンナさんの美顔に一瞬赤みが差したかと思うと、

 

「……ユーリがそうおっしゃるのなら構いませんよ」

「ちょっとノンナ!?」

 

 快く頷いてくれた。

 さすがノンナさん。

 器が広いや。

 

「カチューシャお姉ちゃんもいいでしょ? 皆で食べたほうがおいしいよ?」

 

 同じようにカチューシャお姉ちゃんにも期待の眼差しを送る。

 

「うぅっ……」

 

 彼女の赤ちゃんのような柔らかほっぺに桃色が差す。

 

「あんたって子は本当に昔からおねだり上手なんだから……」

 

 弟分の手前、カチューシャお姉ちゃんも折れてくれたみたいだ。

 やれやれと首を振ってから鋭い目線をニーナさんたちに向ける。

 

「ユーリに感謝することね二人とも。特別にカチューシャたちの食事に同伴させてあげる」

 

「「ありがとうユーリくん! 大好き!」」

 

「わぷっ」

「ちょっ!?」

 

 喜びのあまりニーナさんとアリーナさんが抱きついてきた!

 ちょ、ちょっと。カチューシャお姉ちゃんの前なのに。

 二人は周りの目も忘れてボクの頭を撫でたり、ほっぺをスリスリさせてくる。

 

「ユーリくんは本当天使だなぁ~」

「さすが『綺麗なカチューシャ隊長』って呼ばれるだけのことはあるべ~」

「ど・う・い・う意味かしらそれ~?」

 

 ニーナさんがうっかり漏らした言葉をカチューシャお姉ちゃんはもちろん聞き逃さなかった。

 閻魔様みたいなオーラを纏って鬼の形相をニーナさんに向ける。

 

「ひっ! カ、カチューシャ隊長は『綺麗を越えてもはや尊い』ってことだべ!」

「あらそう♪ わかってるじゃない♪」

 

 慌ててニーナさんが言い訳をするとカチューシャお姉ちゃんは満足げに笑顔になった。

 ほっと胸を撫で下ろすニーナさんだったが……

 

「……だからってユーリに抱きついていいわけじゃないんだからね~! 離れなさ~い!」

 

「「ひえーっ!」」

 

 怒号と力業でカチューシャお姉ちゃんは二人をボクから離した。

 

「ユーリはカチューシャだけのものなの! 他の女には絶対に渡さないんだから!」

 

 すると今度はカチューシャお姉ちゃんが抱きついてきた。

 

「お、お姉ちゃん!?」

 

 一気に脈動を早めるボクの心臓。

 お姉ちゃんのカラダの感触やさっきの言葉で、ボクの体温が急激に上昇していく。

 

「ユーリはね、カチューシャの偉大さを一番理解してる子なの! カチューシャの優れた価値がわからない目の曇った愚か者たちと違って、この子はよ~く弁えてるんだから! ね~ユーリ~♪」

 

 自慢げにそう言ってカチューシャお姉ちゃんは柔らかなほっぺをスリスリとボクの頬に押しつける。

 お餅のようにたわむ互いのほっぺ。

 幼い頃からよくやっていたカチューシャお姉ちゃんとのコミュニケーション。

 カチューシャお姉ちゃんは特に意識せず昔どおりの勢いでじゃれついてくる。

 でもボクは昔と違って、その行為を無邪気に受け入れられない。

 

「お、お姉ちゃん恥ずかしいよぉ」

「あら~? カチューシャの大人の魅力にドキドキしちゃったのかしら~? いやね~。いつからそんなマセた子になっちゃったの~ユーリ~? このこの♪」

「あうあう」

 

 本当にそのとおりだから困る。

 カチューシャお姉ちゃんに大人の魅力があるかはともかくとして、ボクにとって彼女に抱きつかれるのは尋常なことではないんだ。

 他の女の人相手ではこうはならない。

 身体は小さくても、ボクだって男だ。

 

 

 好きな女の子に抱きつかれて、冷静でいられる男なんていない。

 

 

「はあ~こうして見比べてみると本当に二人ともそっくりだなぁ」

「まるで双子だべ~」

 

 くっつき合うボクたちを見てニーナさんたちがそう呟く。

 確かにボクとカチューシャお姉ちゃんは瓜二つの容姿をしている。

 ボクは垂れ目ガチだけど、髪の色や背丈とかはほとんど同じだ(……でも実はボクのほうが3cmだけ背が大きいんだけど、それはお姉ちゃんには言わないようにしている)。

 いとことは言え、ここまで似るのも珍しいだろう。

 カチューシャお姉ちゃんはそのことを誇るように「ふふん」と笑う。

 

「そうよぉ。ユーリはカチューシャの美しさを奇跡的に継いだ運のいい子なの。カチューシャにとっては分身そのもの。言うなればもう一人のカチューシャなんだから!」

「そのとおりです。ユーリが悲しむときはカチューシャも悲しみ、カチューシャが喜ぶときはユーリも喜ぶ。二人はまさに一心同体なのです」

 

 ノンナさんはそう言いながらニーナさんたちの背後に回る。

 

「ユーリへの不躾な行いはカチューシャに不躾なことをするのと同じです。

 ──ですからお二人とも、あまり気安く()()()()ユーリに抱きついたりしないように……」

 

「「ひっ!? 気、気をつけます!」」

 

 耳元でノンナさんにそう囁かれた二人は青ざめた顔で直立した。

 幼なじみのボクを気遣ってあんなこと言ってくれていると思うんだけど。

 でも演技と言え、あんまり脅すようなことはしないほうがいいよノンナさん……。

 

「ふふ~ん♪ やっぱりユーリは抱き心地いいわね~♪ 他の女には絶対味わわせてやらないんだから~」

「うぅ……」

 

 胸のドキドキは治まらない。

 でもそこに一抹、複雑なものが混じった。

 

 お姉ちゃんにとってボクはもう一人の自分みたいなもの。

 そして理解力のある子分で弟分的な存在。

 そんなボクにカチューシャお姉ちゃんはずっと優しく接してくれた。

 大事にされていることはよくわかる。

 

(でも……)

 

 これだけ大事にされていながら、どうしても思ってしまう。

 

 

 それ以上の存在として見て欲しい。と。

 

 

 そう考えてしまうのは、ボクのワガママだろうか。

 

 

* * *

 

 

 お昼ご飯は戦車道履修者のお偉いさんが使う特別な一室でいただく。

 よくお客さんとしていらっしゃる聖グロリアーナのダージリンさんと付き人の執事さんを歓迎する場所でもある。

 

「こ、紅茶入りました」

「ありがとうニーナさん」

「ヘタな淹れ方してたら承知しないんだからね二人とも」

「だ、大丈夫です! 練習どおりできだと思います!」

 

 おずおずと差し出された紅茶をありがたく受け取る。

 紅茶の横にはジャムの入った器がいくつかある。

 ジャムと一緒に飲む紅茶。ロシアンティーと言うものだ。

 ボクはブルーベリージャムがお気に入りなのでそれをスプーンで掬ってひと口。

 すぐに暖かい紅茶を飲む。

 

「ど、どうだべユーリくん?」

「……うん。とってもおいしいよ?」

「よがっだべぇ~」

 

 ボクが感想を言うと緊張していた二人は肩の力を抜いてひと息吐いた。

 紅茶は淹れ慣れていないみたいだけど、とてもそうは思えない。

 機会があればまた淹れて欲しいと思える味だ。

 ボクはそう満足したけれど……

 

「ふん。まあまあね。ノンナが淹れるのと比べたら香りのいいただのお湯だけど」

「50点といったところですね。精進なさい、二人とも」

 

「「は、はい……」」

 

「あはは……」

 

 上質の味に慣れた二人は評価が厳しいみたいだ。

 

「ではお食事にいたしましょう」

 

 紅茶でまず一服すると、ノンナさんが手際よく料理を並べ始める。

 

「わあ~っ」

 

 レストランのフルコースみたいな料理の数々にボクたちは目を光らせる。

 すべてノンナさんの手作りだと言うのだから凄い。

 ボクが特に目を光らせたのは……

 

「ピロシキもちゃんと用意してありますからね、ユーリ」

「やった! ノンナさんのピロシキ!」

 

 ピロシキはボクの大好物だ。

 特にノンナさんの手作りは昔から病みつきである。

 

「食べていいノンナさん?」

「はい。召し上がれ」

「いただきまーす!」

 

 さっそくひとつ手に取って勢いよくかぶりつく。

 サクサクの生地の感触とジューシーな挽肉の味が口内に広がって多幸感が芽生える。

 

「んぅ~♪ おいしい~♪」

「うふふ。たくさん食べてくださいね?」

「うん!」

 

 極上のピロシキの味に手が止まらない。

 

「もう~そんなにがっついちゃって。ユーリはまだまだ子どもね~」

 

 無遠慮にピロシキに食らいつくボクをカチューシャお姉ちゃんは呆れ気味で見るけど気にしない。

 このピロシキを食べているときは子どもっぽくたっていいんだい!

 

「アリーナ見てけろ。ユーリくんあの幸せそうな顔」

「見てるこっちも幸せな気持ちになってくるなぁ」

 

「「天使だな~」」

 

 ニーナさんたちがいろいろ言っているけどボクの頭の中はほぼピロシキ一色。

 この味を前にするとボクは周りのことが見えなくなってしまうのだ。

 

「わぁ~こっちにはゆで卵も入ってる♪」

「ちゃんと半熟にしておきましたよ?」

「嬉しい! ありがとうノンナさん!」

「うふふ……」

 

 サクサクのピロシキをムシャムシャ。

 その横からカシャカシャと謎の音。

 ……何の音だろ?

 ま、いっか。

 それよりピロシキだ。

 

「……見たか?」

「見たべ」

「目にも止まらぬ早さでユーリくんの顔撮影したな」

「人間業じゃなかよ」

「あれを後で何に使うか考えるだけで……」

 

「「おっかね~じゃ~」」

 

 ピロシキうま~。

 

 

 

 気づくとボクばっかりがピロシキを食べてしまっていた。

 いけないいけない。

 さすがにがっつき過ぎちゃった。

 けれど横でボクの食べっぷりを見ていたノンナさんは機嫌を良くしていた。

 

「ふふ。そんなにおいしかったですかユーリ?」

「うん! やっぱりピロシキはノンナさんが作ったのが一番だよ!」

「そうですか。うふふ。うふふふふふ……」

 

 手作り料理を褒められてよほど嬉しかったのか、ノンナさんは輝くような微笑を浮かべてボクの頭を「よしよし」と撫でる。

 そして耳元にその綺麗な唇を寄せてそっと囁く。

 

「ユーリが望むなら、毎日でも作ってさしあげますよ?」

「ほんとぉ?」

 

 それは夢のような話だ。

 

「むむっ」

 

 そんなボクらの様子が気に入らなかったらしいカチューシャお姉ちゃんは頬を膨らませた。

 

「カ、カチューシャだってピロシキぐらい作れるわよユーリ!」

「作れましたっけカチューシャ?」

「これから覚えるのよ!」

 

 負けず嫌いのカチューシャお姉ちゃんは何か対抗心が芽生えたみたいだ。

 ボクがノンナさんを褒めはやしすぎたからかな。

 

「ノンナにだって作れるんだからカチューシャも当然作れるわよ!」

「苦戦する未来しか見えねーべ……」

「何か言ったかしらぁ?」

「ひええ! 何でもないです~!」

 

 もうニーナさんたら少しは学習したらいいのに。

 しょうがない。助け船を出そう。

 

「ボク食べてみたいな。カチューシャお姉ちゃんが作ったピロシキ」

 

 これは本音。

 まったくお料理したことのないカチューシャお姉ちゃんが作れるかはわからないけど。

 でもボクのために作ってくれるって言うなら、どんなものでも食べたい。

 

「……ほんと? ノンナのじゃなくて、いいの?」

「うん。カチューシャお姉ちゃんが作ったのも食べてみたいな」

「そう……」

 

 引くに引けなくなったためか、カチューシャお姉ちゃんの顔は若干不安げ。

 そんな彼女にボクは言う。

 

「カチューシャお姉ちゃんなら、どんなことだってうまくいくよ。ボクが一番知ってるんだ」

「ユーリ……」

「カチューシャお姉ちゃんにできないことなんてないもの。そうでしょ?」

 

 ボクは本気でそう信じている。

 覚悟を決めた彼女に、できないこと、不可能なんてないってこと。

 いとこのボクだからこそ知っている彼女の可能性。

 信頼の込もった視線に、カチューシャお姉ちゃんは生来の自信を取り戻した。

 

「……ふふん! さすがユーリ。よ~くわかってるじゃない! 期待してなさい! ノンナにも負けない最高のピロシキを食べさせてあげるんだから!」

「うん。楽しみにしてるね」

 

 これこそが、ボクが尊敬するカチューシャお姉ちゃんの姿だ。

 

「私でよければ作り方を教えますよ、カチューシャ」

「バカにしないでちょうだい! 一人でも作れるわよ! ……ま、まあ最初のうちは横で見てて欲しいけど」

「結局他人頼りだべ……」

「あんたは少し口を慎むってことができないのかしらニーナ~!?」

「ひえ~申し訳なかです~!!」

「あはは……」

 

 いつも通りの光景にボクは苦笑いしつつ、しかしこの楽しい時間を愛おしんだ。

 

 

 毎日は本当に明るく楽しい。

 この日常を過ごせるのも、カチューシャお姉ちゃんがいてこそだ。

 ボクが笑顔でいられるのは、カチューシャお姉ちゃんが傍にいるからなんだ。

 

 

* * *

 

 

「それにしても、ユーリくんは本当にカチューシャ隊長のことば尊敬してんなぁ」

 

 昼食を終えて教室に帰る途中、ニーナさんはボクにそう言ってきた。

 

「それわたしも気になってたとよ。なしてそんなに信頼してんの? あげなワガママなお姉さん」

「あ、あはは。カチューシャお姉ちゃんがワガママなのはいまに始まったことじゃないけどね……」

 

 確かにカチューシャお姉ちゃんはあんな性格をしているから、敵を作りやすいし、反発もされやすい。

 つい最近知り合った人から見たら、そんな彼女を尊敬していることを不思議に思われてもしょうがない。

 でも……

 

「でも、ボクは知ってるから。あの人が凄い人だってこと」

 

 誰にも真似できないこと。

 ボクにはできないこと。

 それを、あの人は実現できる。

 いまだってそうだ。

 

「戦車道の隊長さんとして、皆を率いている。それって凄いことでしょ?」

「そら、まあ……」

「確かに去年の大会で結果残したからこそいまの地位にいるわけで……」

「ね? 誰にもできることじゃない」

 

 あの人はその小さなカラダで。

 ボクと同じ小さなカラダで、ずっと努力をし続け、結果を出してきた。

 そこが、ボクとは違うところ。

 

「昔からカチューシャお姉ちゃんはそんな風にどんなことでも挑戦していたんだ。ボクなら無理だってすぐに諦めちゃうようなことを」

 

 チビだから。

 弱虫だから。

 自分なんかじゃ絶対にできない。

 そうして諦めていたことに、しかし彼女は挑んだ。

 

「……ボクってさ、こんなナリだからずっと小学校でバカにされてたんだ。いまみたいにチヤホヤしてくるような人もいたけど、本当は恥ずかしくてイヤだった。それを理由に突っかかってくる人もいたし」

「ユーリくん……」

「学校が嫌いになって、ずっと家に引き籠もってた」

 

 家の畑仕事は手伝っていたけど、それ以外の時間はずっと部屋に籠もって本ばかり読んでいた。

 雪が降る季節になるともう籠もりきりだった。

 そうやって外の世界に出ることに怯えるしょうもない人間になっていくんだと思っていた。

 でも……

 

「そんなときカチューシャお姉ちゃんが励ましてくれたんだ。ボクと同じように小さいのに、カチューシャお姉ちゃんはいつだって自信に満ち溢れてた」

 

 彼女は言った。

 バカにされたままでいいの?

 見返してやりたくないの?

 弱いままでいる自分を好きになれるの?

 と。

 

「そうしたら、自分が情けなくなってきてさ。カチューシャお姉ちゃんはこんなに強いのに、ボクはなにをやっているんだろうって」

 

 結局ボクはカラダが小さいことを理由に逃げていただけなんだ。

 けれど、小さいカラダでも頑張り続けている人がいた。

 バカにされても、笑われても、彼女は決して諦めなかった。

 自分のチカラを信じ続けた。

 だから思ったんだ。こんなボクでもやればできるかもしれない。

 そう思わせてくる勇気とチカラをくれる姿。

 

「だからカチューシャお姉ちゃんは、ボクにとって憧れなんだ」

 

 そして、世界で一番大切な女性。

 

「ボクね、夢があるんだ。お家で育てた野菜をカチューシャお姉ちゃんに食べてもらって、いつまでも健康で元気に生きてもらいたい。そんなお姉ちゃんを支えていける男になりたいんだ」

 

 そして、その隣に立つふさわしい男になりたい。

 それはいつのことになるかはわからないけど。

 少なくとも、自分に自信を持てるようになるまで、彼女に立派な男だと認めてもらえるまでは諦めない。

 強い男になるって、そう決めたから。

 

 そんなボクの話を聞いてニーナさんたちは……

 

「ユーリぐん、君って奴はぁ……」

「いい子だなぁ」

 

 涙流してすごく感動していた。

 あ、あれれ? そんなに大げさな話をしたつもりはなかったんだけど。

 

「ユーリくんみてーなイトコ持ててカチューシャ隊長は幸せもんだべ~」

「んだんだ。カチューシャ隊長には勿体なかぁ」

 

 う~ん。またもや失言をしてしまうこのお二人。

 まあ、こんなこと言ってしまうのもたぶん……

 

「そうは言うけど、二人もなんだかんだでカチューシャお姉ちゃんのこと尊敬してるんでしょ?」

 

「「ぎくっ」」

 

 ボクの指摘で二人はバツの悪そうな顔をする。

 ほら、やっぱり。

 本当にカチューシャお姉ちゃんに不満があるのなら、とっくに戦車道を辞めているはずだ。

 でも二人はそうしていない。

 それはやはり、不平は言いつつも心の底ではカチューシャお姉ちゃんに対する忠義や恩義があるからなんだ。

 

「お姉ちゃんから聞いたんだ。二人とも本当は戦車道辞めさせられるはずだったって」

「ああ知ってたべかぁユーリくん……んだ。わたしら要領悪くてなぁ。毎日先輩たちに叱れるばっかりで……」

「でもそんなとき扱いづらくて誰も使わないカーベーの搭乗者に……」

「カチューシャお姉ちゃんが選んでくれたんだよね?」

 

 戦車のことには詳しくないけど、カーベーという戦車は操縦も装填もひと苦労する代物らしい。

 けれどその癖のある戦車が二人には合っていた。

 いや、癖があるゆえに癖のある彼女たちに合っていた。

 カチューシャお姉ちゃんはそれを見抜いていたんだ。

 

 カチューシャお姉ちゃんの凄いところは、誰一人仲間を見捨てないってことだ。

 可能性の芽があるものを決して見逃さない。

 

 

『あなたたちは今日からプラウダの“ギガント(巨人)”になるのよ!』

 

 

 自信をなくして落ち込む二人にカチューシャお姉ちゃんはそう伝えたそうだ。

 

 

「誰にも必要とされないわたしらを、カチューシャ隊長だけは必要としてくれたんだったなぁ」

「そうだったなぁ……」

 

 二人がつい失言をこぼしてしまうのは、きっとカチューシャお姉ちゃんを絶対的に信頼しているからこそなのだろう。

 そうでなければ彼女たちの瞳にこんな尊敬の色が宿るはずがないのだから。

 

(……やっぱり凄いや、カチューシャお姉ちゃんは)

 

 子どもっぽくても、ワガママでも、それでもその小さなカラダには真っ直ぐで眩しい志がある。

 それは人を惹きつけ、勇気を与えてくれる。

 

 あの日だって、彼女のその心にボクは救われた。

 

 

* * *

 

 

 外に出ることは怖かった。

 ずっと部屋にいれば怖いことなんてない。そう思っていた。

 

 霜で塗り潰された窓。

 いつしか窓の外を見ることすらもイヤになって、拭う気にもなれなかった。

 心と同じように冷え切った真っ白な窓。

 

 そんな窓を、彼女は叩いた。

 一緒に外に出ようと。

 

『平気よ! だって、カチューシャがついてるんだもの!』

 

 外はすっかり銀世界になっていた。

 しんしんと降り積もった雪が生み出した世界。

 雪は嫌いだ。

 無慈悲に冷たい灰色の空は、なにもかも一色に覆い尽くしてしまう。

 ボクにとって、陰鬱な印象しかなかった。

 

 ……けれど。

 

『ほら! 綺麗でしょ!』

 

 朝日に照らされた雪景色は、ボクの知る世界とは違っていた。

 青と白のコントラスト。

 久しく見ていなかった外の世界は、溜め息が出るほど美しかった。

 まっさらな白銀をどこまでも煌めかせ、果てを感じさせない。

 

『こんなに綺麗なのに外に出ないなんて勿体ないじゃない! ほら! 一緒に走りましょう!』

 

 彼女はボクの手を曳いて、元気いっぱいに雪の中を駆け出す。

 ボクはそんな彼女の足に合わせて一生懸命に走った。

 彼女はいつまでも笑顔いっぱいに走った。

 この美しい世界は自分のためにある。

 天の祝福は必ず自分のところへ来る。

 そう信じて疑わない純粋な笑顔で。

 太陽にも負けないくらい明るい笑顔で。

 

 気づくとボクも笑顔で走っていた。

 少しでも彼女に追いつきたくて、一緒の景色を見たくて。

 

 雪は嫌いじゃなくなった。

 彼女と見る世界は怖くなくなった。

 そして、彼女が隣にいてくれる限り、ボクはどこまでも強くなれる。そう信じることができた。

 

 

 

 きっといまのボクじゃ、彼女の隣に立つには未熟すぎるだろう。

 彼女もボクを男としては見ていないかもしれない。

 でも、いつかは認めてもらいたい。立派な男に成長したって、そう言ってもらえるように。

 

 そして伝えたい。

 ボクの世界を変えてくれた少女に。

 世界で一番大好きな人に、ちゃんと伝えたい。

 感謝の言葉を。誰よりもあなたを愛しています、と。

 

 

 ボクは走り続ける。あの人と同じ道を、これからも一緒に行けるように。

 小さなカラダでも、不可能なことなんてないんだって、二人で揃って誇れるように。

 

 

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