私は田中文子。
現在は二十歳だ。
容貌の偏差値は下の中といったところ。
あくまでも私の主観だが。
コンプレックスである出っ歯もあって、内向的だ。
胸を張れるような取り柄はなく、強いていうなら中学までは親の言い付けで習わされたピアノが少し得意なくらい。
故に、私は常に自分に自身が持てなくて、周囲に対しては劣等感を持っていた。
中学、高校もはっきりと『友達』と言える友達はいなかった。
お互いに何となくでより集まっていて、クラスが変わると付き合いがなくなったり、卒業してからはそれっきりの友達ばかりだ。
私は眼鏡を掛けていたが、それはゲームやスマホのやり過ぎの代償であって、頭がいいわけではなかった。
成績はギり平均的と言った感じな訳で、大学も『そんなところに行ってどうするの?』と言った感じの文系の大学に入学した。
今日、成人式があった。
親が『折角だから行ってきなさい』と口うるさいので仕方なく出席した。
中学の同窓会が開かれ、行きたくはなかったが、つい好奇心が沸いてしまい、私は結局出席することにしたのだ。
かつての同級生が集まったが、皆変わっていた。
友達だった女子達は化粧をしていて、大人びていた。
女としての魅力が私の瞳には痛い程焼き付いた。
かつての友達とも会った。
『久し振りー。元気してた?』と愛想良く話しかけてくれた。
綺麗になってた。
あれ、この子こんなに可愛かったの?
そんな疑問が浮かぶ程に、かつての友達も変わっていた。
でもその会話っきり、その後の宴会の席で、かつての友達が私に話しかけることはなかった。
旧友ってのはこんなものなのかなあ。
その後、気まずい心地で宴会を過ごし、二次会への移動を機に、私は帰宅した。
他にもかつての友達はいたが、話すことはなかった。
洗面台にて鏡を見る。
私はフッと自虐的に顔に笑みを張り付けた。
「……酷い顔」
大学入学を機に、眼鏡をやめてコンタクトにしてみた。
不細工な顔も、眼鏡をやめれば少しは世界が変わるのではないかと期待した。
結局、友達らしい友達もできなければ、彼氏もできなかったが。
元々、一人でいるのが好きなのだ。
進んで話しかける訳でもなければ、面白い話もできる訳がない。
私はため息をついて自室へと戻ると、ベッドに入って頭から毛布にくるまった。
「ぁ"……ぁ"ぁ"ぁぁぁぁ~~」
何となく声にだして息をつく。
私は何もかもが憂鬱になり、瞳に諦観の色を染めた。
私はこれまでにいじめを受けたことはない。
煙たがれるようなこともなかった。
現在でも不満なことはあまりない。
バイトや大学のレポートは確かに頭を悩ませるものだが、それは周囲も同じ。
ただそれでも。
私は日々の生活で虚しさを感じていた。
大学では講義が終わると、いつも周囲の同期の人達は楽しそうに騒ぎ出す。
軽薄そうな男子達も交わり、やれ『次の飲み会どうする』とか『サークルの打ち合わせがどうたらこうたら』
と会話に花を咲かせるのを耳にする。
SNSでもこれでもかと頻繁に写真を張り付けては、いいねのマークが返されているのだ。
そんなSNS を眺めている私の胸中には、寂しさと惨めさがない交ぜになったような、そんな複雑な何かがくすぶった。
ああ。
何なんだろうなぁ、これは。
私はふと、悩みとは関係ないことを思い出す。
「そうあえば………明日、朝からバイトじゃん。
……はぁ、マジないよぉ」
そうだった。
明日は朝からバイトが入っていたのだ。
これ以上の夜更かしは支障をきたす。
出勤に遅れて、先輩に小言を言われるのもムカツクだけである。
「……………………はぁ」
私はどこか投げやりな気持ちになると、目をつむり静かに寝息を立てた。
がばりと、布団を剥がして飛び起きる。
窓からの木漏れ日が眩しい。
朝だ。
今のは夢?
私はベットから降りて、化粧台の鏡を覗いた。
そこには、西洋人形のような、白人女性の顔が写る。
加えてこの、凹凸のあるグラマーなボディ。
私はほっと息をついて安堵した。
何だ、ただの夢か。よかった。
私は室内に設置された家具を見渡す。
豪華なベットに調度品。全てが高貴な気品さで満ちていた。
「そうよね。ここが現実よね。
わざわざ鏡を見る必要もなかったわ」
コンコンと扉がノックされた。
返事する間もなく扉は開かれる。
「お嬢様、失礼します。
……って、あら。
ティーシャお嬢様、今日はお早いのですね。
いつもは何度起こされても、中々起きないでいらっしゃるのに」
召し使い然としたその女性は、大層驚いた表情を見せた。
最後の言葉は皮肉か。
彼女は見た目通り、召し使いである。
それも私専属の者で、私は彼女のことを『メシア』と呼んでいる。
「ええ。
ちょっと夢見が悪くてね。
そんなことより、着替えの方をよろしく」
「畏まりました」
私は彼女に着替えさせてもらうべく、手を広げる。
貴族は自分で着替えたりなどはしない。
故に、私は動かない。
更衣は召し使いの仕事だ。
召し使いに着替えを行わせるのは、貴族として当然であり、それが召し使いの役割である。
私、貴族どころか王族なんだけどね。
私は着替えを済ませると、メシアを伴って食堂に足を運んだ。
ここは王宮。
全てがすべからく大きく、きらびやかだ。
肌に伝う高貴な空気が、私に目の前の光景が現実であることを再認識させる。
よかった。
私はちゃんと、ここにいる。
私は安堵の息をつく。
今朝の夢による不信感が払われていくようであった。
食堂の扉を潜ると、彼女の母と父が食事をしていた。
二人と目が合い、一礼とともに挨拶を贈る。
「おはようございます。お母様、お父様」
「ああ、ティーシャ、おはよう。
今日は随分早起きだね。
ちゃんと眠れたのかい?」
「おほほ。
いやですわ、お父様ったら。
私はいつもと変わりなくてですわよ」
「ははは。
本当かい。
毎日が今日みたく調子が良いなら、私も心配ないんだがね」
朗らかに笑う父に対し、私もおほほと調子よく笑い返す。
ティーシャ。
メシアも父も、私に対してその名で呼ぶのだ。
やはりここが幻の筈がないと、私はようやく確信がもてた。
そうだ。
私の名前はティーシャ。
バッツゥリア王国第一王女ティーシャ・ディ・バッツゥリア。
女王政のこの国にて、いずれ頂点に君臨する立場にある女だ。
齢は20になるらしい。
というのも、これは人から聞いた話。
私が先程から現実と夢の判断が上手くつかないような状況には訳があったのだ。
いわゆる、私は転生者であった。
この世界に目が覚めたのは二ヶ月程前のことだ。
目が覚めたら、私はベットの上にいたのだ。
そばには主治医と使用人達がいた。
聞けば、私の体の持ち主、ティーシャさんとやらは、どうも魔法の練習中に事故を起こし、頭を打って気を失ったらしいのだ。
私はティーシャの記憶が欠片もなかったため、それとなく記憶が曖昧なことを伝えた。
しかし。
『……はぁ。
そんな白々しい嘘っぱち、誰が信じると思うんです?』
『え、でも……』
『私の回復魔法に間違いはありません。
ティーシャ様の脳に器質的な欠損はないのですから』
『そうですよ。ティーシャ様。
そんなふうに白をきっても、決定戦は免れませんよ。
さぁ、練習続行ですよ』
などと言って、全く相手にしてもらえなかった。
当然魔法も上手く使えず、使用人達には失望されたほどだ。
これはホントにつらかった。
それからというものの、記憶については触れないことにした。
私はそれを口にすることで、周りからどんな反応がかえってくるのか、恐くなったのだ。
そのため、それ以降、私は前世の夢を見ては、どちらが私にとって本当の現実なのか、夢うつつになる時があるのだ。
この体の持ち主、ティーシャ。
どうも、彼女はあまりいい人柄ではなかったようで、使用人達からの評判は悪い。
『ティーシャも最近はめっきり丸くなって。
大人になったんだなぁ。はっはっはっ。』
体の持ち主が私になってから、あの優しい父にもこう感想をこぼされたほどだ。
一体どんな人だったのか。
しかし、そんなことよりもだ。
異世界転生して、使用人達に失望されるなど精神的に追いやられる憂き目にも合った。
それでも、嫌なことばかりではなかったのだ。
少なくともこれだけは言える。
グラマラスボデぇの西洋美人になれて嬉しかったです。(小並感)
ちなみに、王族というのは魔法を上手く使えてこそという風潮があるようで、ティーシャは魔法の素質があまり恵まれなかったようだ。
故に、私は様々な方面からの風当たりが強かったりする。
例えば。
「…………………」
母は無言で食事を続けている。
さっきまでは父と楽しそうに話していた癖にだ。
まるで私のことなど存在していないかのような態度である。
だがこれは、今に始まったことではないようで、どうも私になる前からようだ。
ふんっ。
だとしても、私としても不快なものには変わりない。
私も努めて気にしないように意識して席につき、食事を始めた。
華やかな料理の数々が前に並んでおり、食欲がそそった。
涎が口端から垂れる。
朝から何とも贅沢なものだ。
王族だから当然なのだが。
「あらぁ。
ティーシャちゃんがちゃんと朝食の時間に来てるだなんて。
わたくし、まだ夢を見ているのかしら?」
この声は扉の方からだ。
見やれば、私と類似した顔立ちの女性が視界に映った。
「心配ご無用ですわ、アネイラ。
ほら、こちらの緑のお野菜だなんてとても美味しそうでしょう?
食べてみればきっと、目に写すその光景が誠なことがお分かりになられますわ」
「気づかわなくても宜しくてよ。
そのピーマンは貴方のものなんですから、遠慮せず美味しく頂きなさい」
「そ、そうですか。
そうですわね、では遠慮なく」
ぎこちなく、フォークに刺さった緑のお野菜を口にする。
嫌いなピーマンの味が舌に染みる。
うげぇ。
私は顔をしかめながら咀嚼を続けた。
「ティーシャも毎日、今日みたいに起きてくれればいいのですけれど。」
「朝からお小言だなんて、眉間の皺が増えますわよ」
「まぁ。
誰のために言っていると思っているのかしら」
朝から耳障りな説教だ。
私は辟易した面持ちをアネイラに向ける。
彼女は第二王女のアネイラ・ディ・バッツゥリア。
二つ離れた私の口の減らない生意気な妹だ。
優しげなタレ目の癖に、説教という名の毒を吐く女である。
対面に座るため、嫌でも視界に入った。
「まぁ大変!
お寝ぼけなティーシャお姉様が、私よりも先に起きてらっしゃるなんて。
ティーシャお姉様、今日は何かうれしいご予定でもありますの?」
またもや扉の方から新たな人物が現れる。
次はアンタなのぉ、もう、勘弁してよぉ。
ここは食卓であり、今は朝食の時間。
家族と出会うことは確実なので、私も仕方ないと諦観はあるものの、実際出会うとうんざりとしてしまった。
新たな声主に、私はぎこちなく笑みを向ける。
「今日は快眠でして。
いつもより早く目覚めてしまいましたの」
「お姉様が快眠なのはいつものことじゃなくて?」
「……いちいち揚げ足をとらなくていいわよ、イミリア」
「おほほほ。
ごめん遊ばせ、お姉様」
新たに食卓に出てきた彼女は、イミリア・ディ・バッツゥリア。
四つ離れた、これまた口の減らない妹だ。
イミリアは意地の悪い笑みを湛えながら席につき、食事を口に運ぶ。
何なのよ、その腹立たしい目は。
こっち見んな。
私は睨み返してやるも、彼女は涼しげな顔で受け流す。
脳髄にじくじくとする苛立ちが募る。
舌打ちしそうになるのを我慢して、私は気を紛らわすように食事を再開した。
すると、母が私に話しかけてきた。
「ティーシャ。
音を鳴らさずに静かに食べなさい。」
「へっ?
あ、はい。」
「絞まらない返事なこと。
それに王族だというのに、そんな貧相な食べ方。
全く、恥ずかしい。」
母に話しかけられるとは露程にも予測しなかったため、私はつい素で返事をしてしまった。
てゆうか、貧相て。汚い食べ方で悪うござんしたね。
私が内心ありったけの愚痴を母に向けて飛ばしていると、母は私だけではなく、妹達にも向けて話を始めだした。
「貴女達も知っての通り、来月には次期女王決定戦が控えております。
これは、民を導き、国の未来を担う次なる女王を選定する大切な儀です。
貴女達も女王の責をその肩に背負うべく、日々研鑽を重ねているでしょう。」
そこの台詞の際、母はちらりと私に視線をよこす。
……うっ。
私はその視線の重圧に耐えきれず、さっと俯いた。
先の母の言葉が、私の心に重くのし掛かったのだ。
しかし、母は憂いる私を気にした素振りはなく、話を続けた。
私は微かに内心ホッと息をついた。
「我らが神、シャチー様の御前で、恥を晒さぬように。
」
「はいお母様!」
「はっはっはっ。
イミリアは相変わらずいい返事だな。
こんどの戦いも自信があると見える。
期待しておるぞ」
「あら、意地が悪いですわねお父様ったら。
わたくしには期待して下さらないの?」
「アネイラ。
些細なことでいじけることのないようにしなさい。
狭量な精神で民を統べようなど、夢のまた夢。
いいですね?」
その言葉を区切りに、母は父を連れて食堂を去っていく。
二人が私の後ろを通る際、私の頭にポンと何かが置かれた。
父の手だ。
「ティーシャも、応援しておるからな」
父の優しげな言葉と、大きく何処か安心する手の感触に、胸が温かくなる感じがする。
私は穏やかな笑みを父に向け、ニカッと歯を見せた。
「はい。私、頑張りますわ」
そして、父が去っていき、私はその後ろ姿を眺めていた時だ。
ふと、私は気付いた。
母が私を冷たい視線で睨んでいる。
一体何なのか。
母の視線の意図に、私が頭を捻らせていると、母が私に声をかけた。
「ティーシャ」
「はい。何でしょうか。」
そして。
次に発した母の宣告に、私は目を剥くことになる。
「次に控える次期女王決定戦。
貴女が王位に着けず敗退した場合、貴女にはこの王宮から去り、遥か遠方サザイラ地方の領主の位に着いて頂きますので。
肝に命じておきなさい。」
は?
この時、私の将来は、女王になるか、都落ちした落ちぶれ貴族になるかの二つに一つへと決定したのである。
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