転生王女の茨道   作:歩く好奇心

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根付くシャチー教

 

 私は決闘場を後にし、宮殿の裏庭にて魔法の練習に熱を入れていた。

 額から夥しい汗を垂らすほどにだ。

 普段から本気で取り組むことを嫌う私にしてみれば称賛ものである。

 

「我、な、汝の契約を契りし者。……え、えーと。

 炎をつか、つっ………司りしっ!火の精霊よ!

 我の呼び掛けに応えよ!

 あ、え………? 

 そ、そうだわっ、ご、業を払いし球体の怒り──炎玉」

 

 私は朗々と滑らかに呪文を声に乗せて転がし、詠唱の完了と共にズバッと杖を突きだす。

 そんな心地で魔法を発動させた。

 

 しかし現実は厳しきかな。

 実際は舌の回っていない稚拙な口上に伴い、「パスッ」となんとも頼りない乾いた音が響いただけであった。

 バレーボール程の玉が風前の灯の如く情けない熱を発して、私の足元に転がる。

 何だこれは。

 まるで出来損ないのサッカーボールだ。

 いや、ファイアーボールだけれども。

 

 転がる黒焦げた玉がノロノロと私を通りすぎ、隣の女性の足先に当たる。

 うわ、くるよこれ。くるよ。

 その女性は底冷えするような冷たさを視線に乗せていた。

 

「何ですか。この不完全燃焼したボールみたいな何かは。

 まさかこれが、かの魔法師必修項目が一つの初歩魔法『炎玉』とは言いませんよね?」

 

 はい、きました。

 予想した罵倒が私の脆弱な精神を抉った。

 冷たい眼を向けてくる彼女は、私の専属使用人メシアだ。

 

「し、仕方ないでしょ。

 私、火の魔法が苦手何だし」

「では他に何か代わりとなる攻撃魔法は修得なされているのですか?」

「うっ………」

 

 否。私は現時点で使える攻撃魔法はこの炎玉、つまりはファイアーボールしかない。

 

「……はぁ。

 せめて2ランク程度の火力は出してもらわなければ、実践では使い物になりませんよ。

 こんな湯タンポにも劣る火力。

 日常生活には毛ほども役に立ちませんね。」

「愚痴愚痴とうっさいわね。

 火傷くらい負わせられるっての。」

 

 メシアの一言一言が、私の腸を煮えさせる。

 自身の魔法が、相手に掠り傷も与えられないくらいに不出来なことは重々承知しているのだ。

 

 魔法難度は魔法協議会の指標によりランク付けされており、5つのランクが存在する。

 1ランクは日常生活で使用するようなレベルであり、大した脅威にもならないものを指す。

 火魔法であれば火傷の危険はあるが、手元から放すことは出来ないので精々灯りや焚き火程度にしか利用されない。

 ランクが上がるほど威力や精度、魔法式の複雑さなどが高度になる。

 5ランクなど今では存在そのものが幻の類のようなものだ。

 

 そんな中でも、炎玉はランク2に相当するのだが、私の制御不足のせいでランク1にも劣るゴミ魔法へと化していた。

 

 マジで不味い。ゴミ増やしてるだけだもんこれ。

 不燃廃棄物生産機とか誰が得するのよ。

 

 本来であらば爆散するのだが、不発に終わっている始末。

 あ。メシアが自前のゴミ袋に私のゴミをわざわざ捨てた。

 その光景に涙が出そうになる。

 

「目もあてられませんね、これでは。

 決定戦は捨てて左遷を甘んじた方が、晒す恥が少なくてすむのではないかと思いますが。」

「嫌。却下。断固拒否します。

 サザイラの治安を知ってての言い草なわけ?

 敵国が隣にある上に内紛も起きるのような危険地帯。間違っても行かないから」

「そんな我が儘を口に出来る時間も、あとどれほど残っているのかお察しください。

 ほら。無駄口叩き来なさる前に、もう一度実践しますよ。」

 

 何かメシアが馴れ馴れしいというか。

 上から目線な感じ。

 最近メシアの口調から王族に対する敬いというものが感じらなくなってきていた。。

 より正確に言えば私に対して遠慮がなくなってきたのだ。

 当然口調が雑になるにつれて、王族の立場に気圧されて何となく貴族然と見せていた私の口調も元の『私』に戻ってきてしまった。

 

「もう時間の無駄。いくらやったって上達しないし。

 もっと他の私に合った攻撃魔法を覚えたほうが効率的だわ」

 

 もう小一時間はぶっ続けで発動しているが、全く正常に発動する気配がないのだ。

 これはもう時間の無駄と決め手いいだろう。

 やるだけ無意味。

 

「まだ一時間しか練習してないでしょうに。

 魔法がそんな一朝一夕で身に付くようなお手軽なものなはずがないと、一番理解しているのはティーシャお嬢様だと思っておりましたのに。」

「だとしてもこれ以上は徒労だわ。

 ちっとも上達する兆しが感じないし。

 私、無駄が嫌いなの。」

「誰のために貴重な時間を無駄に割いていると思っていらっしゃるのでしょうか。 

 それに、こうやって駄々をこねているほうが時間の無駄ですよ。」

 

 メシアのやつ。最近やたら付け上がっている気がする。思えば、言葉遣いに遠慮やが無くなってきた気がする。

 使用人の立場を弁えているのだろうか。

 私は異世界の王族として過ごす内に無意識下に尊大になってしまっていた。

 その片鱗が表に出る。

 

 私はぎろりとメシアの顔を睨み付ける。

 茶髪で小顔ではあるが、顔面偏差値でいえばよくて中の中といったところだ。

 

「はんっ。言ってくれるじゃない。

 使用人の分際で。

 年上だから大目に見てきたけど、言葉遣いに気をつけなさいよね。

 雇用主の私の機嫌を損ねて、生活に困るのはアンタなんだから」

 

 前世の私の性格を省みれば、考えられない傲慢さだ。

 しかし。

 出っ歯やメガネなど顔面偏差値が下の中であった醜い容貌を脱却し、西洋人形のような容姿端麗さを手に入れたのだ。

 周囲とは一線を画するとまでは言わないが、恥じることなく胸の張れる容貌である。

 今も昔も私は女性だ。

 

 故に、女性としての誰もが固執する側面で圧倒的なアドバンテージを手に入れた私は、気付かない内にも尊大な精神が増長していたのであった。

 

 メシアの目付きが厳しくなった。

 

「現在私は魔法の師範としてここに立っております。

 私は中級魔法師の認定を頂いた身です。対して、ティーシャお嬢様は下級魔法師。

 上から目線の助言になるのは当然のことです」

「えっ。」

 

 私は失念していた。

 貴族、王族は魔法師であってこそという風潮がある世の中だ。

 親族どころか、周りの使用人連中にすら私を王族としてまともに見られていないのが現実であった。

 

「得意な魔法に絞ってそれを伸ばす方法をとりたいところですが。いかんせん、ティーシャお嬢様はまともに攻撃魔法を取得されていません。

 故に、初級魔法である炎玉を完全習得し、その一点に絞って魔法の威力と精度を高めていくほうが効率的かつ、無難なのです。」

「で、でも上手くいかないし。

 他の初級魔法を覚えて練習したほうが効率的かもしれないじゃない。」

「無駄です。

 口を動かすのは結構ですが、発する言葉は呪文でお願いします。」

 

 ピシャリと言いきる厳しさだ。

 私は内心のイライラが抑えきれなくなりそうだった。

 彼女の正論通り、攻撃魔法をろくに持たない私はこのまま初歩の攻撃魔法と呼ばれる『炎玉』の完全な修得に取り組んだほうが得策かもしれない。

 しかし、私は彼女の助言に従う気にはなれない。

 

 私はヒステリック気味に声を尖らせる。

 

「もう魔力切れで疲労困憊なのっ。

 今日は終わりにしますっ。」

「惰弱な精神で会得できる都合のいい魔法などありませんよ。」

「本日はもう結構よ。時間を取らせて悪かったわねっ。

 ボーナスは上乗せするよう言っとくわっ。

 だから早く使用人としての務めを果たしなさいっ。」

「はぁ。そんな明日明日と怠けた心では、満足な練習が出来る日などいつになっても来やしませんよ。」

「明日やると言ったら明日なのっ。

 王族の決定に意見するなんて、アンタは一体いつからそんなに大層な身分になったのよっ。」

「………出過ぎた真似でした。分を弁えぬ浅慮な私をどうかお許し下さい。」

「わかればいいのよ。

 私は散歩するから、貴女はとっとと夕食の準備にでも取り掛かりなさい」

 

 あーむかつく。

 私はメシアの傍から離れ庭園へと入っていくと、「はぁ」と苛立たしげにため息をついた。

 メシアの相手はホントに気苦労が絶えない。

 

 暗い思考を取り去って、改めて周りを見渡した。

 

「華々しい庭ね、本当に。宮殿の庭師はいい仕事してるわ。ボーダーガーデンってやつ?

 前世じゃ写真でしか見たことなかったけど、まるでメルヘンの世界にきたみたいだわ。」

 

 魔法を使ったり宮殿で寝食を済ましたりしてる時点でメルヘンなんだけどね。 

 しかしそれでもと私は思う。

 花柄や茎の高低差が十人十色で、花の垣根やトンネルが築かれていた。

 

「ネットもゲームもマンガもないんだし。

 こうやって花でも見て愛でてるくらいしか、やることないのよねぇ」

 

 前よりも堂々と人前を歩き、話せるようにはなった。

 始めはその実感に喜んだものだが、ここでしばらく過ごしている内にそんな感情も薄まってくる。

 

 異世界は退屈だ。

 魔法は使える事実や見たこともない不思議な記号の文字に高揚感が持てたのも始めだけ。

 うきうきと魔導書を開くも、すぐに諦めた。

 しかし、現代日本の義務教育の弊害か。

 無理強いする勉強の日々により、私は学術的なものには忌避感しか持てなくなっていた。

 不思議なことに文字の読解はできるものの、理解の難しい単語の数々にもはや抵抗感しかなく、関心が飽きにシフトチェンジしてしまっていた。

 

 やりきれない複雑な何かを吐き出すように、私はもう一度深いため息をつく。

 

「はぁ。いつだって現実は厳しきかななのね。

 私を癒してくれるのものが、まさか全然興味のなかった花だなんて。

 人って環境が変われば、嗜好も変わるのね。」

 

 出来ればこのナマケモノよろしくの怠惰な精神も変わってくれればよかったのに。何故変わらなかったのか。

 

「そうですよ。人は環境が変われば、変わらざるを得ない生き物なのです。」

「わっ!?」

 

 突如横から声がかかり、私は驚きのあまり飛び上がってしまった。

 だ、誰なのか。

 声の方に顔をやれば、そこには魔法師法衣を身に包んだ男性が佇んでいた。癖のある茶髪の下から覗く優しげな瞳がこちらを見据えている。

 

「しばらくぶりですね。

 ご機嫌いかがでしょうか、ティーシャ様」

「え、えぇ…………

 久しぶりね。え、えっと。

 ……ワ、ワルマンもお天気いかがかしら?」

 

 うわ、私何言ってんだろっ。テンパりすぎておかしな言葉になってるよ。

 見覚えはあるが名前がすぐに思い出せず、急に話しかけられたこともあって私は内心軽いパニックに陥っていた。

 

「ワイマンですよ、ティーシャ様。」

 

 穴があったら入りたい。

 自身の可笑しな発言に羞恥心を刺激され、私は顔を赤くした。

 というか気まずい。

 

「ははは。天気ですか?

 そうですね。預言者ではありませんので占うことはできませんが、この空模様だと今日は雨が降ることはないでしょうね。」

 

 空を見る。

 雲一つない青空だ。

 彼はまるで何でないように笑ってくれているが、私は彼の気遣いにますますうずくまりたい気持ちになった。

 

「あ、あはは。そうですか。

 ワイマンがそう言うのでしたら、きっと今日は雨は降ることはないですわね。」

「外を眺めたら散歩日和でしたのでね。この庭園を散歩していたのですよ。

 ティーシャ様も散歩ですか?」

「ええ。ちょっと魔法の練習に疲れてしまって。」

 

 私がやや疲れ気味に言ったせいか、彼は気遣わしげな面持ちを見せた。

 

「それはお疲れ様です。

 僕にできることは限られているかもしれませんが、必要なことがあれば言ってくださいね。」

 

 冷たくよそよそしい態度に晒されることが多かった私にとって、その言葉は一抹の希望だった。

 ついさっきまで苛立ちと不満にまみれていたはずなのに。

 目頭がやや熱くなる。

 やだ、なにこれ。

 

 顔を見せたくなくて私はふいと視線をそらした。

 反らした視線は、華やかな庭園の中でそびえ立つ彫像をとらえた。

 

 シャチー像だ。

 そのご尊顔は私の体の持ち主の母親である、あの女王に似ている気がする。

 

『シャチー様の御前で恥を晒すことのないように』

 

 母親の顔を思い出したせいか、朝食の際に言われた言葉を思い出した。

 

「シャチー様のお姿を見ていますといつも思うのですが、女王陛下はシャチー様に似ていると思いませんか。」

「あら。

 ワイマンもそう思うの?」

「ええ。ということはティーシャ様もそう感じるのですね」

「ええ、あのふてぶてしい目付きは特に。」

「ふふ。

 ティーシャ様。敬虔深いシャチー教信徒達の耳に届いたりしたら、大変なことになりますよ?」

 

 その言葉に私はとっさに口をふさいだ。

 彼はやんわりと戒める程度で済ましてくれているが、聞いた者によってはほぼ間違いなく手に終えないトラブルへと発展する。

 感覚が現代日本人の私は無神論者であり、ここでは異端なのだ。

 ワイマンがとても気のいい人で助かった。

 

「それに、僕はティーシャ様にも似ておられると思いますよ。

 ティーシャ様はご姉妹の中で一番女王陛下に似ておられますし」

「まあ!

 それは私がふてぶてしい顔をしているという皮肉かしら?」

「い、いえいえ、そんな滅相もありません。」

「なら私が卑しくも自虐したと?」

「ええ!?」

 

 慌てふためる彼の姿に私はクスクスと笑う。

 私の周りは少し棘のある台詞を振れば、苦虫をこめるがの如く倍にして返してくる輩が多い。

 故に、彼のような反応が私の心を軽くしたのだった。

 

「ふふふ、冗談ですわ。」

 

 生意気な妹達やメシア等、特定の人達以外には貴族然とする私は、お嬢様らしく笑って見せた。

 

 再びシャチー像へと目を向ける。

 

 我が国バッツゥリア王国は、軍国家と同時に根強い宗教国家でもあった。

 シャチー教では、正義と力を司るシャチー様を崇めている。

 

 ある逸話があった。

 天界に二柱の神がいた。正義を司るアスラと力を司るインドラだ。

 アスラには美しい娘がおり、娘がインドラへと嫁ぎ、力と正義が結ばれることを夢見ていた。

 しかしある日、インドラはアスラの娘を見かけて欲情してしまい、自身の神殿へとさらって力付くで凌辱した。

 当然、娘を犯されたアスラは激怒した。

 いくら娘の将来の相手であろうと、力をもって無理矢理娘を犯すものなど許せるはずがなかった。

 アスラは宣戦布告をし、インドラに戦争を仕掛けるも負けてしまった。

 しかしアスラの怒りは収まらず再三にわたって戦争をしかけ、とうとう相手をするのが面倒になったインドラによって天界を追放された。

 シャチー教の聖典では力の神インドラを護法神タイシャクテンとし、正義の神アスラを魔神アシュラとして扱っている。

 

「正義を掲げたくば力をもて。

 厳しくも、荒廃した世を考えれば正論ですね。」

 

 ワイマンが突如そう呟く。

 シャチー教の聖典からの教えだ。

 

「私、たとえ正論でも嫌いです。

 その教えのせいで誰が苦労してる思っておられる

のかしら。」

「力は魔法。

 軍国家として成長した国ですゆえに、やや仕方ないかもしれません」

「で、ですが。

 力がなければはみ出しものなんて、間違ってますわ。女を力付くで犯す下劣なインドラの如く間違っています。」

「私の前では構いませんが、くれぐれも信徒の前では頼みますよ?一応護法の神なのですからね。」

「間違っているものは間違っていますわ。

 こんな理不尽な処遇。

 王女の私たちには訴訟する資格があるはずなのです」

「そうですね。

 ですがティーシャ様が今までたくさん苦労なさってきたことを知っている人もおりますよ。」

「慰めになっておりませんわ。」

「ははは。申し訳ありません。」

 

 つんと腕を組んでそっぽ向く私に、彼は困ったように笑う。

 

 逸話には続きがある。

 

 二柱の間での戦争で、ある日の珍しくインドラが負けそうになり敗走し、アスラに追われていた時のことだ。

 逃げる先では何億もの蟻の行列が道を横断していた。

 このままでは蟻が軍勢によって踏み殺されてしまうとインドラは危惧し、道を引き返すことにした。

 当然味方は「アスラに我々が殺される」と反対した。

 しかしインドラは断固として蟻が殺されることを許容しなかった。

 敗走していたインドラ軍勢が突如反転して引き返してきたことにアスラは仰天し、驚きのあまりアスラ軍は逃げていってしまった。

 

 これは、力の神インドラだからこそ蟻を助けることができたのという話だ。

 正義の神アスラであれば「正義のためだ。私が死ねば正義がなくなり世は破滅する。必要な犠牲である」と言って蟻を踏み潰したであろうという仮説がある。

 

 正義は時として自己本位であり、弱いものを顧みないときがある。

 実際に、さらわれて凌辱された娘は幸せにインドラと暮らしているというのに、父はお構い無しという話なのだ。

 

「力あるものこそが弱き者達を思いやれる。

 教典の教えですよ。ティーシャ様」

「魔法に恵まれないか弱い私は、強き親族貴族に冷遇さらているのですが。

 それについていかが思います、ワイマン?」

「民を守るには相応の力と責任が重要なのです。

 力なきものに民の責任を負うことはできません。

 そして弱きもの達は強き者達の助けがなくては生きていけません。

 それ故に、国の頂点には力が求められるのです。

 ティーシャ様にとってはお辛い現実かもしれませんがね。」

「そんなの関係ありませんわっ。

 国の在り方ではなく精神の話ですっ。

 弱きもの守るという教典の教えは、王族貴族にとってすでに亡きものにでもなったのですか。」

「私に言われましても。

 王国誕生以来のバッツゥリア史では、王族で魔法の才に恵まれない者は出たことがないみたいでして。

 ティーシャ様は異例ってことで、皆さんも扱いに困ってるのかもしれませんね。」

「違うと断言します。納得出来ません。

 私への扱いは明らかに侮辱の類いです。

 たとえ力を持とうと、卑しい心の持ち主はどんなに教えで取り繕っても卑しいままなのですわ」

「現実を見るに、確かに否定できないところが歯痒いものです。

 力があるからといって、弱きものを庇う心があるとは限らないようです。」

「そうでしょうっ。そう思いますでしょう。

 全く。皆さんもワイマンみたく利発な頭に恵まれなかったことが、大変嘆かわしいです」

 

 私は満足げにうんうんとうなずく。

 ワイマンは私の気持ちを理解してくれる数少ない味方のようだ。

 これからももっと交流していきたいところである。

 

「ははは。

 ティーシャ様。何だか女王陛下に似てきていますね。」

 

 はい?

 あんな真面目で堅苦しい女が私と一緒?

 冗談。

 

「ちなみにシャチー様と似ているといったのも、顔だけではありませんよ。

 普段の様子を見ていると、その性格もとても似通っていると私は考えます。

 もしかしたら、女王陛下はシャチー様の生まれ変わりかもしれませんね」

 

 アスラとインドラの話はまだ続きがある。

 

 いつまでも経ってもインドラに挑み続ける父に、アスラの娘は呆れ果てた。

 自身の幸せや軍の疲弊など様々な観点から理をもって説得するも父は頑なであった。

 アスラの娘は終いには「もう口をきかない」と拗ねてしまう。

 娘の絶縁を恐れ、アスラは渋々戦争を止めた。

 

 またある日のこと。

 夫のインドラが他の女神に欲情し浮気してしまう。

 激情したアスラの娘はインドラの浮気現場に直接乗り込み、戸惑うインドラの男性器を滅多うちに踏み潰した。

 以降インドラは妻の癇癪を恐れ戦き、浮気をしないことを誓った。

 そして妻の尻に敷かれながらも幸せに暮らした。

 

 このアスラの娘であり、インドラの妻でもある神こそがシャチーと呼ばれる女神なのだ。

 説得と恐喝で父をいいくるめる聡明さや、浮気現場に乗り込む胆力さ。

 そして浮気されようと自らの熱情を正として夫とともにありつづけることからも、女神シャチーは絶大なまでの正義と力を司るに相応しい神であった。

 

 二柱の男性神を手玉にとり従えることからも、国の頂点には女性を据えるべきという思想が浸透していた。

 

 我が国が女王政なのもこの話を由来としている。

 

「私があんな気性の激しい女神と似ていると言いたいわけかしら、ワイマン。

 不敬罪を首をとばしてあげましてよ?」

 

 私はニッコリ笑ってやった。

 

「そんな。お、お待ち下さいティーシャ様。

 ………あ、あれは。

 ほら、ティーシャ様。あそこに女王陛下と宰相殿がおりますよ!」

 

 何だか強引に誤魔化された気分。

 

 私はじと目になりながらも彼の指差した方へと顔を向けると、そこには母と父が共に歩いている様子があった。

 

 優しげな父が話しかけ、母は固い雰囲気ながらもどこか楽しそうに父の話を相槌を打っている。

 本当に仲の良い夫婦なのだろう。

 私は二人の様子にじっと見つめてしまう。

 異世界にきて2ヶ月経つが、私の前では母は仏頂面になるので、ああいった微笑む顔はほとんど見たことがなかったのだ。

 

 あ。

 

 父が何やら段差につんのめって、前から歩いていた使用人女性とぶつかり、共に倒れてしまった。

 M字開脚した使用人女性の股ぐらに父の顔が深く突っ込まれる。

 

 父よ。

 貴方は所謂ラッキースケベの星の元に生まれたお方だったんですね。

 知りたくなかった。

 

 宰相という立場にも関わらず猛烈に謝罪する父に、使用人女性は慌てふためくも、恐縮しながら謝罪を受け取った。

 使用人女性が一礼して去っていき、特に問題なく事態は収まった。

 私は安堵した。

 

 そして、そう思えたのは私の認識不足だったことを痛感した。

 

 見れば、母の背からは夥しいほどのどす黒いオーラを発散させ、激情を燃え上がらせている。

 あんな般若で睨まれたら、私は下を致してしまう自信があるほどだ。

 父は慌てて弁解し謝罪しているが、母は目に入ってないのか。怒号と共に父の股間に目掛けて強烈な蹴りが放たれた。

 

 あぁ、痛そう。

 

 聞いてはいけない音が聞こえてきそうだ。

 私はついてないのに股がひゅんとした。

 内股になって倒れ伏しプルプル痙攣する父を置き去りに、母は肩を怒らせて行ってしまった。

 

「………申し訳ありません、ティーシャ様。

 僕が指差したばかりに、とんでもないものをお見せすることになってしまって。」

「いいのよ。ワイマン。

 貴方が気にすることでは無いし、罪もないわ。

 父の名誉のためにも、これは見なかったことにしましょう。」

 

 シャチー教の聖典にてこんな教えがある。

 『男を従えるなら命(玉)をとれ。』

 

 

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