史実のジャンヌの家族をベースに思いつきで書きました。
一章が舞台です。
なぜですか、主よ。なぜ、あなたは―――妹を見殺しにされたのですか?
「た…たすけて…!」
「助けて? 私を魔女として焼き殺したあなたが言うなんて滑稽ね。ピエール・コーション」
目の前で竜の魔女に焼き殺されていく、ピエール・コーションを無言で見つめる。
その姿は一言で言えば哀れ。だが、同情など欠片も湧きはしない。
あいつはあの子を魔女とし、全ての尊厳を奪い取ったのだから。
このぐらいは当然の仕打ちだろう。
「ジャンヌ、これで少しはお気分が晴れたでしょうか?」
「はぁ? 何を言ってるのかしら、ジル。この身の憎悪が果てるわけがないでしょう」
「おお! 流石はジャンヌ! その通りです。このフランスという国が滅びるまであなたは満足しないでしょう」
「そうよ、存在するだけで罪となるこの国を滅ぼす。私はフランスという国に復讐する!!」
声高に竜の魔女は宣言する。
その言葉を俺達召喚されたサーヴァントは、黙って聞き入れる。
中には聖女マルタもいる。だが、狂化された身では抗うことはできない。
「さあ、行きなさい。血祭りにあげなさい! この国全てを復讐の業火で焼き尽くすのよ!」
「ええ、例外はありません。女子供であろうと例外なくワイバーンと共に血を啜り、肉を食らいなさい」
竜の魔女とジル元帥に命令を下された者達が、玉座の間から出ていく。
吸血鬼の名を持つ護国の鬼将に、血の婦人。
国のために刃となり、望まぬ処刑を続けた処刑人。
他にも名立たる英霊がいるが、誰もが俺のような三流では足元にも及ばない猛者達だ。
「あら? 何をグズグズとしているのかしら。さっさと行きなさいよ」
『少し、ジル元帥と話がある。そのために残っただけだ』
「フン、なら早くそうしなさいよ。ジル、私は部屋に戻るわ」
「はい。何か御用がありましたら、何なりとお申し付けください」
竜の魔女は俺の態度に、面白くなさそうな顔をして去っていく。
きっと彼女は俺のことを
だが、そんなことは大した問題ではない。
彼女の望みを叶えるために出来ることをするだけだ。
『元帥……
「…っ! 彼女と会われたのですか?」
『いや、会ったどころか見てすらいない。だが……確信はある』
「そうですか……あなたがそう言うのなら、間違いないでしょう」
英霊ジャンヌ・ダルク。悲劇の結末を遂げた一人の少女。
俺が従っているのは、そんなあの子が復讐を望む姿。
―――本来であれば存在しないはずの可能性。
『
「ええ、私と会う以前の記憶は……仮にもう一人のジャンヌ、そしてあなたが同じ場に揃えば」
『あの子、竜の魔女が自分の子供の頃の記憶がないことに気づきかねないな』
今のままならばごまかし続けることはできる。
しかし、もう一人のあの子と俺が揃えばごまかしは効かなくなる。
彼女が生まれた瞬間から、俺は見守り続けてきたのだから。
「……では、あなたはもう一人のジャンヌと出会わないように、城の防備にお付きください」
『了解した。感謝するよ、ジル元帥』
「いえ、これもジャンヌがこの国に復讐を果たすために必要なこと」
『復讐か……』
元帥の言葉を噛みしめる。
生前に行わなかった行為ではあるが、それはとても甘美な響きだ。
「虚しいだけとでも言いますかな?」
『まさか、それならこんなとこにはいない』
復讐は何も生み出さない。何度も耳にしてきた。
実際、復讐したところで失った者は帰ってこない。
だが、何も生み出さずとも復讐すること自体に意味はある。
『もっとも……今は復讐よりも、ジャンヌに文句を言いたい気分だが』
「文句…ですか?」
『ああ、俺だって言いたいことがあるさ。あの馬鹿な―――妹に』
どうして、俺達よりも先に死んだのだと。
誰よりも長く生きるべきだったのに、最も早く死んでいった親不孝者な妹。
誰よりも優しいが故に自らを神に奉げた最愛の妹―――ジャンヌ。
「ジャックマン殿……」
『すまない。少し感傷的になった』
元帥に礼をし、背を向ける。
どういう因果か俺、ジャックマン・ダルクは英霊としてあの子に召喚された。
所詮、妹の知名度の添え物でしかない存在だというのに。
『しかし、神か悪魔か知らないが感謝しなければな。死後ではあるが―――妹に会えるのだから』
生前は骨すら帰ってこなかったのだ。
そのことを思えば、ああ……なんと幸せなことだろうか。
ジャンヌは昔から変わったところのある子だった。
あの時は天然気味なだけだろうと気にしなかったが、今思えば生まれたときから神に愛されていたのだろう。
―――ジャックマン兄さん。
三人兄弟の下に生まれた末っ娘。
父も母も、弟達もジャンヌを猫可愛がりした。勿論、俺も。
わがままな性格になるかもしれないと、少し不安だったが真っすぐに成長してくれた。
いつの日か、誰かの嫁に行くのだろうと、寂しがりながらも楽しみにしていた。
そう、あの日が来るまでは。
―――神の声に従い、オルレアンを奪還します。
神の声を聞き、シャルル王太子を助けると言い放ったあの日。
妹はただの少女から、聖女へと変わった。
無論、家族は反対した。だが、あの子は頑として譲らなかった。
―――主の加護は御旗のもとに!
心配して兄弟全員で共に戦ったが、心配は杞憂だった。
戦場で旗を振り、高らかに声を上げるあの子はまさしく聖女だった。
万に一つも敗北はないと思わせた。
―――ジルは凄く頼りになる人ですよ。
信頼できる味方もあの子についてくれた。
そして、フランスは怒涛の勢いでイングランドを追い込んでいった。
もう、大丈夫だろう。穏やかな日々が帰ってくる。そう…思っていた。
―――ジャンヌが魔女として処刑された。
だが、その言葉をジル元帥から聞いた時、俺達家族の世界は壊れた。
伝え聞いた妹への仕打ちは想像を絶するもので、家族を絶望の底に叩き落とした。
―――なぜ、あの子がそのような目に合わねばならないのだ…!
父は全ての尊厳を奪われたジャンヌの最後を思い、床に伏し衰弱して死に。
母は悲しみにくれながら、住んでいた村を追われオルレアンまで逃げた。
俺達兄弟は自分達の愚かさを互いに罵り合った。
―――どうしてあの時殴ってでも止めなかったのだと。
神の声など聞かないことにさせればよかった。
いつも傍に居てやって守ってやればよかった。
後悔は海のように絶えることなく押し寄せるが、全てが無意味だった。
天に向かい、慟哭のままに何故と問いかけた。だが―――
―――何を叫ぼうとも、神は一言たりとも答えてくださらない。
当たり前だ。神は
絶望だけが胸を埋めた。それは死ぬまで晴れることなく、俺の生涯は閉じた。
せめて、あの子の汚名が晴らされることを祈りながら。
そして……今この時代に召喚された。
祖国に復讐を望む仮初の妹の下に。
あれから数日が立ち、遂にジャンヌ達が城に攻め込んできた。
そして、鏡合わせのような竜の魔女と雌雄を決しようとしていた。
「そんな…あり得ない…! 聖杯の所有者が負けるなんて…あり得ない!!」
「聖杯の所有者……ですか」
「先輩、今です。聖杯の確保を!」
仮初の妹、竜の魔女が膝をつく。それをジャンヌが見つめる。
最終決戦でここまでやられたのだ。もう、ジャンヌから隠れる意味も余裕もない。
しかし……ひどい光景だ。兄としては心苦しいことこの上ない。
姉妹喧嘩にしては、余りにも物悲しいじゃないか。
『すまないが、それは勘弁願おうか』
「新手…!」
「え…?」
巨大な盾を持った子に拾った剣を投げて、仮初の妹を庇うように立つ。
英霊のくせに、拾い物を使うなんて情けないが仕方ない。
俺には大した逸話もないからな。
「今まで…姿を見せないと思ったら…遅いのよ、あんた」
『耳が痛いな……。だが、元帥と一緒に蛇とトカゲを足止めしていたんだ。仕事をしてないわけじゃない』
「おお…ジャンヌ、なんと痛ましいお姿…!」
蛇娘とトカゲ娘を何とか巻き、元帥と共に竜の魔女のもとに駆け付ける。
本当は一緒に居てやりたかったが、それは自分が作られた存在だと知ることと同義なので、今まで出てこられなかった。
……言い訳にしか聞こえないだろうがな。
「ジャックマンに―――」
『…ジャネット』
俺の存在に驚き、呼ぼうとするジャンヌに幼名を使い、察してもらう。
あの子が眠るまで、あの子には自分が偽物であると思って欲しくないからな。
「もう安心してください、ジャンヌ。後はこのジルめに任せて眠ってください」
「そう…ね。ジル…あなたになら…安心して……」
元帥に全幅の信頼を寄せて、瞳を閉じる仮初めの妹。
これで少しは、安らかに眠っていられるだろう。
そう、願いたい。
「兄さん……召喚されたんですね」
『本当はもっと前に斥候がてら死ぬ程度の人間なんだが、お前から隠れていた結果生き残ってしまった』
「え? ジャンヌさんのお兄さん?」
知名度などあってないようなものなので、自己紹介する。
『長男のジャックマンだ。何の因果か新しい妹の下に召喚された』
「やはり、そういうことですか……」
驚く盾の子とは反対に、どこか納得したように頷くジャンヌ。
あの子は昔から聡い子だ。恐らく、新しい妹の正体に既に気づいていたんだろう。
「あの子、竜の魔女は聖杯そのものだったのですね?」
「ご名答。その通りです、ジャンヌ。私が望んだものこそが
「復讐を……私がフランスに復讐することを望んだ姿を創り出したのですか」
「ええ、あなたが望まないのなら私が創り上げるまでです」
あの子、竜の魔女は元帥が創り出した理想。
ジャンヌが蘇り、フランスに復讐するという、そうあって欲しい姿。
だが、妹は欠片たりとも望んでいなかった。
他の誰もがどれだけ嘆こうとも、呆れるほどに妹は正しくあった。
「兄さんも復讐することを望んでいるのですか?」
『望まないと言えば噓になるが、今回の俺は呼ばれたから応えただけだ。まさか、召喚先に妹が二人いるとは思わなかったが』
「ですが、あの子は私とは別の存在です。兄さんならすぐに気づいたはずです。何故あの子の下に居たのですか?」
『そうだな。俺を知らないあの子は、ジャンヌじゃないのかもしれない。だとしても―――妹だ』
ガシガシと頭を搔きながら呟く。
論理的に考えれば、あの子はジャンヌとは無関係だ。
無視してもいい存在だ。でも、どうしても見捨てられなかった。
『カトリーヌを……覚えているか?』
「えっと……」
『お前がまだ小さいときに、生まれてすぐに天に召された妹だよ』
ジャンヌは俺の言葉に悲しげな表情を浮かべる。
新しい妹になるはずだったカトリーヌは、生まれてすぐに死んでしまった。
ジャンヌが覚えていなくても無理はない。
『お前そっくりだったんだ。だからかな……カトリーヌが大きくなったら、あの子みたいになるんじゃないかって思ってな』
「…………」
『そう思うと、守ってやらないとってなってな。まあ……結果としてはどっちの味方にも入れずに醜態を晒したわけだが』
守ると決めながら結局守ってやれなかった。
生前の焼き直しだ。なにもできなかった。
カッコ悪いことこの上ない兄貴だ。
だから、せめて……あの子の残された願いに全力で挑もう。
『どういう形であれ、妹に頼まれたんだ。兄貴として
剣を抜きジャンヌに向ける。
迷いはない。殺し合う覚悟は決めてある。
「……私が兄さんと戦いたくないと願ってもですか?」
『こういう時は末っ子のお願いを優先するもんだ』
「私が復讐も、争いも望まなくともですか?」
『元帥も俺も自分の意志でやってる。他人の意志はあっても後押しに過ぎん』
ジャンヌは赦す。だが、元帥は赦すことはできない。
俺も復讐はしていないが……一度たりとも赦したことはない。
身を焦がす程の怒りを忘れるものか、あの絶望を、憎悪を。
『ジャンヌ、お前は本気で考えたことがあるか? 残された俺達の絶望を』
「……聞かせてください」
悲しみに満ちた瞳で見つめるが、妹は変わらない。
『父さんは絶望の淵で死んだ。母さんはお前の死を嘆き毎日泣いていた。俺達兄弟はお前のことで喧嘩三昧。結局、妹を守れなかった。死ぬまで後悔し続けた。仮に竜の魔女がこの時代の俺達の前に現れるとしたら……俺達は泣いて喜ぶだろうな』
例え、残虐な魔女であっても妹が帰ってくるのなら受け入れる。
家族なのだから、生きていてくれさえすれば……それだけでよかったんだ。
『ガキの頃、言ってたように海を見せてやりたかった。密かに弟達と計画していたんだぞ?』
「…………」
ジャンヌは黙って俺の話を聞いていく。一瞬たりとも目を逸らさずに。
ああ……やっぱり、この子の精神は普通の人間のものじゃない。
聖女に選ばれるに相応しい者だ。
だが、俺にとってそれは罪で、どうしようもなく―――憎い。
『愛するお前を奪った全てを! 憎まないわけがないだろうッ!!
お前は自分がどれだけ愛されていたかを分かっているのかッ!?
愛する者を失った絶望すらお前には理解できないのかッ!!』
今の今まで抑えていた感情が爆発する。
悲しみの海に沈んだ家族。それを見て全てを赦してしまう妹。あの子を生贄に選んだ神。
すべて、すべてが、俺の心を荒れ狂わせる。
『ああ、お前は正しい! まさに神に選ばれた聖女だ。だがな、俺達は―――人間なんだッ!!』
納得できるはずがない。正しいことを言われたところで理解したくない。
家族を奪われて全てを赦すなど到底出来はしない。
復讐という行為にならずとも、相手を恨まないことはできない。
俺は妹を愛しているのだから。
『全てを赦し、何事もなかったように笑うことなんて…できるか…ッ』
「よく……分かりました。お父さんやお母さん、そして兄さん達がどれだけ私を愛してくれていたかを」
瞳を閉じ、何かを我慢するように口を真一文字に結ぶジャンヌ。
ああ、俺はこの仕草を知っている。
これは―――
「……ですが、私はこの戦争の裁定者としてあなた達を打ち砕きます!」
―――決して譲らない、頑固に意地を押し通すときの仕草だ。
『そうか…ああ、そうだな。お前は昔から頑固だもんな』
「ジャックマン兄さん……」
『なら、もう言葉はいらないな。……ジル元帥やりましょう』
「ええ、今のあなたは私達の敵だ! ジャンヌ・ダルクゥッ!!」
迷いのない、どこまでも澄み切った瞳。
その瞳は兄として素直に誇らしい。
だが、同時に酷く悲しい。
「望むところです! 世界のためにあなた達を打ち倒しますッ!」
『来い、兄貴の威厳ってものを見せてやる!』
お互いに寸分違わぬタイミングで動き出す。
ああ…しかし。こんな啖呵を切っておいて情けないことだが、叶うならば、今度は。
―――妹に俺よりほんの少しでも長く……生きて欲しいものだな。
父ジャック 母イザベル
長男ジャックマン 次男ピエール 三男ジャン 長女ジャンヌ 次女カトリーヌ
ジャンヌの家族を調べたときに思いついて筆の進むままに書きました。
正直、中編ぐらいで丁寧にやった方がよかったかも。
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