不慮の事故により命を落とした男が1人。
意識が消えた先で次に光を目にした時は、揺れ動く水の音が心地よい海の中を漂っていた。
死を悟る間もなく、唐突に変わった眼前の景色に戸惑いつつも、今はただこの揺蕩う世界に身を預けていたい、そんな気分でいた。
こうなる以前に自分が何をしていたのか、漫然と考える余裕もない。
しかし、僅かにだが、現状を捉えようとする頭の働きが始まる。
少し意識が覚醒し始めた頃、突然、自分の身体が浮き始めた。
男は、急に海の上に出なければという使命感に駆られ、意識を水面に揺れる太陽に集中し、真っ直ぐに海面を目指して浮上した。
「ぶはっ!!!」
海上へと飛び出して大きく呼吸をする。
段々と、自分の意識を取り戻し始めた。
呼吸が整わないまま、男は、周囲を見渡した。
視界一杯に映る水平線まで広がる海、まばらな厚い雲とその上にある青空。今の自分は、一瞬では理解できない状況にある事は理解した。
周りを見終わったならば、今度は足元を見る。
ふくらはぎに届く長さのブーツに、健康的だが少女を思わせる華奢な足。そして、それを覆う灰色のタイツ。と、二基の魚雷発射管。
何より、足元を見ようとすれば必ず映る、しっかりと自己主張をする胸の二つの膨らみもある。
こりゃどうしたもんかと頭を搔こうと左手を挙げれば連装砲。これでは掻けないと思い右手を回せば、自分の物とは思えない程の長く、しかも、表は黒なのに裏はピンク色の髪があった。
ここまでくると、およそ自分がどういう状況に置かれているのかを理解できる。
まさかと思いチラリと海面を見てみると、そこには、夕雲型駆逐艦“長波”が映っていた。
「マジか・・・俺長波サマなってるよ・・・」
今一度、自分の身体を見てみる。
各パーツは成人男性とは掛け離れ、かつて自分が男だった面影はどこにもない。
今は艦娘の“長波”である事を痛感する。
思い起こしてみれば、かつてネット上で読んだ艦これ転生モノの小説に今のシチュエーションが被る。
もしかしたら、無人島でサバイバルなんかしなくてはならないのかと、自分の先行きを不安に思っていると、背後から、それも、少し遠くから自分を呼ぶ声が聞こえた。
「お〜い!!そこにいる人、大丈夫〜!?」
物凄く聞き覚えのある声。艦これ界隈に於いてアイドルとして認められ、ビッグセブンや個性の強い軽巡達を担当しているあの声が自分に呼び掛ける。
「あれって、那珂ちゃん・・・だよな・・・?」
彼女をよく見ると改二の制服を来ている。その後ろには夕雲始めとした、第十駆逐隊がいる。
「むむっ!あれはもしや・・・長波!?」
「えっ!?あそこにいるのは長波さんなのね!良かった、やっと会えたわ!」
俺を見つけて、一様に、会えた喜びを各々口にする夕雲型としての姉達。秋雲は夕雲型とは違うけども。
改めて見てあの面子、どうやら、那珂ちゃん率いる第四水雷戦隊がお迎えに来てくれたらしい。
艦隊で迎えに来てくれたという事はサバイバル展開は無くなって嬉しい、が、えぇと・・・呼び方とかキャラとかどうしよう・・・。
どんな呼び方してたか・・・確か、夕雲姉ぇとか巻雲姉ぇって感じだったはず。
「よ、よっ那珂ちゃん。夕雲姉ぇ達も、会えて嬉しい・・・ぜ・・・?」
これでいい・・・のか・・・な?
変な言い方に首を傾げる秋雲。
「えっ?何で疑問形?」
オータムクラウドこの野郎。女の子だけどこの野郎。その角度でツッコミを入れてくれるなよ。
「あ、えーと・・・まだ私がここにいる自覚が無いっつーか・・・まぁ、そんな感じなんだ」
察してくれよ、と言わんばかりに困った顔をする。
「秋雲!変な事言わないの!長波は艦娘になったばかりで戸惑ってるんだよ!」
「そうそう、まだ人の身体になったばかりだもの、あんまり困らせてはいけないわ」
庇ってくれるのはありがたいが困っているのはそこじゃない。
困惑する俺を見かねて残る二人はフォローする。
「えーと、那珂さ・・・那珂ちゃん、とりあえず長波を鎮守府まで連れていきませんか?」
「そーだね。ここにいても長波ちゃん落ち着けないだろうし・・・」
そう言って俺に近付き、空いてる右手をきゅっと握る。
やばい。細い。柔い。
「早く帰ろっか?お腹も空いてるしお風呂も入りたいでしょ?」
ウィンクをして、俺の手を引いて、ゆっくりと海の上を滑り始める。
自分が考える間もなく事態は進む。これからの自分の行末は吉と出るか凶と出るかは運という名の、文字通りの羅針盤任せ。
初めてだけど、よく知っているこの世界で帰る場所となる、鎮守府を目指して今、駆逐艦“長波”は抜錨する!!と、思ったが・・・。
艤装の動かし方のわからない俺は、那珂ちゃんを巻き込んで、盛大に水飛沫を上げながら転んだ。
那珂ちゃん、ごめんなさい。
次回に続く。