日の出と共にパラオを発つ連合艦隊。禄に寝付けなかった眼に容赦なく突き刺さる朝の日差しに、思わず手で顔を隠す。
東の方より、海の彼方から差し込む日に照らされながら、海の上を進む元男が一人・・・俺こと長波は、空母機動部隊直掩の水雷戦隊として艦列に加わっていた。
ソロモン諸島に派遣された艦隊は、所属している横須賀を目指して海上荒れる太平洋を渡る。
島を離れ、外洋特有の大きく揺れる波が現れると、危うくバランスを崩されそうになる。スケートのような航法に慣れない長波は、列を崩さぬようについて行く事だけで手一杯だった。
(外洋に出れば必ずこうなると思っちゃいたが・・・)
前を行く他の艦娘達は揺れる波を上手く乗り越える。
(それにしたって揺れが大き過ぎる・・・)
姿勢を保つために身体に力が入ってしまい、このままじゃ腰を痛めそうだ。・・・この体と若さで痛めるとか冗談じゃない。
「・・・・・・」
秋雲が無言でこちらを見ている。俺がちゃんと付いてこれているか気にかけているのだろうか?
「・・・・・・」
「・・・・・・」
この状況どうしようか。まぁ黙っていても仕方ない。こっちからアプローチしてみるか。
「どしたー秋雲?あたしの顔になんか付いてんのか?」
「ん?う〜ん・・・長波って、なかなかの逸材だなぁと思ってさ」
こいつは何を言っているんだ。全くを以て意味不明。
「あたしの何処が逸材なんだよ。しがない駆逐艦の一隻だろー?」
「え、まじ?自覚無し?うわーそれやばいっしょ」
驚嘆する秋雲。こいつ俺の事をからかっているのか。
「長波さ、連装砲を両手で支えて身体の前で構えてるじゃん?」
「ん、そうだけど?」
「そうするとさ、両腕が胸を挟んでー寄せて上げてー・・・みたいな」
確かにその通りだ。自分の胸の感触に慣れてきたから気にも留めなくなっていたが、傍から見ればそそるような見た目になっているんだろうな。
ん?待てよ?
「そういう事か・・・!」
無自覚、無防備・・・それに加えて秋雲の考えそうな事を予測し、そこから出す結論は・・・。
「・・・秋雲!あたしを次回作のネタにする気か!?」
「お、せいかーい!よく解ったねぇ?」
にゃしし・・・ではなくニシシっと笑う秋雲。こいつのしたり顔超むかつく。
「やめろ!リアルの知人に無知シチュ描かれるとか最悪だ!!」
「もう遅いよ!秋雲さんの脳内ではもう長波はハイエースされて(もにょもにょ)される所までキテるよー!」
いやだ!中身男なんだぞ!汚いおっさんとかヤダヤダ!!
「鬼!悪魔!秋雲!!年末の除夜の鐘の丸太になって脳内浄化されろ!!」
「ちょっ酷くないそれ!?そんなに嫌なの!!??」
季節は夏。冬はまだ遠い。
「待ってろよ・・・年末には絶対締め上げてやるかんな・・・!」
「ひぃっ!?ごごごごめんてば!!」
俺の放つ気迫に圧倒されて秋雲はすぐに謝る。今この場においては丸太にするのは見送ってやろう。
艦娘となった手前、自分がモデルのウ=ス異本が厚くなるのだけは阻止せねば。もしやられたら反攻作戦を実行する。
・・・仮に、元いた世界に帰れたとして、もう長波のウ=ス異本は読めないな。自分がヤラれている気がしてならない。
「・・・・・・あれ?」
また何かを考えている秋雲。その顔は真剣だ。
「・・・長波さ、なんで“ハイエース”とか“無知シチュ”とか知ってんの?」
「え゛っ・・・!?」
・・・しまった、失言だった。同人用語としてのハイエースとか“普通の長波”が知る筈の無い事だもんな・・・。
どうやって誤魔化そうか・・・あ、そうだ。
「あ、あのな、どーもあたしこの姿になる前の記憶が薄ら残っていてさ、多分、深海棲艦になる前は秋雲の手伝いをしていた・・・から、なんとなーく覚えてるって・・・」
ちらり、と目だけ秋雲の方に向ける。その表情は物凄く疑ってらっしゃる。もし俺が転生して来たなど言おうもんなら・・・、
「え!?異界転生して男から美少女になって!?そんで?昨日の夜?シャワー室で初めてのオンナノコの体に一人盛り上がっちゃって?ベッドに入っても興奮冷めやらぬな感じで?寝付けなかったって事!?うわー!捗るわー!!そこんトコ、く!わ!し!くッ!!!」
なんて言い出しかねない。
・・・。
うわぁ・・・。
考えただけでおぞましい程の寒気がした。
セルフキラ付け出来そうな位にテンション上げて食いついて来るだろうな。秋雲ならば多分、その勢いのままウ=ス異本をカタログ並に厚くする事が出来るだろう。それ位に今の俺はネタの宝庫と化している。
どうか、今の言い訳で納得してくれ・・・と願うも、秋雲の疑いの念は晴れない。
「じぃ〜・・・」
擬音を声に出してる。それ巻雲のマネか。秋雲も可愛いから様になってはいるが。
「はぁ・・・深海棲艦になってる・・・ね、それじゃ疑ってもハッキリとした答えが出ないじゃん」
曖昧な回答に煮え切らない態度の秋雲。
正直に答えてあげられないのは申し訳ないなと思う。しかし、周りが女の子だらけの空間で、男が一人混ざってるとかバレた時に何が起こるか分からない。
俺自身がある程度周りから信頼を得ていれば、面白可笑しく話すことが出来るかもしれないが、体は同性でも、根っからの性別の違いを認めて貰うには、かなりの時間を要するだろう。黙っていれば何ともないんだけどね。
「わりぃな、秋雲。あたしもまだ混乱してるんだ」
「ただでさえワケありな私らなのに、さらに色々抱えてるなんて言われたらねー・・・そりゃ聞くに聞けないじゃん」
そう言われて俺はホッとした。少しでも踏み込んで来たらどうしようかと思った。秋雲が気遣いの出来るいい子で良かった。
「んでさ・・・」
と、話を続ける秋雲。まだなんかあんのかい!
「なに?」
「どう?外洋の航行には慣れた?」
え?と思ったが、気が付けば、秋雲と話している内に自然と上手く波に乗れるようになっていた。
「あれ?スムーズに行けてる?」
「ふふん♪やっぱりねー」
やっぱり?どういう事だ。秋雲は俺に何をした?
「長波ってば、パラオ出た時からずーっとガチガチに緊張してたからさー、全然上手く進めなかったっしょ?」
確かに。さっきはスキーの初心者の様に腰膝ガッチリ固定して滑っていた。でも今は、波の揺れ方に合わせて踏ん張りを効かせられる。
「そーだな。だいぶ波の形に合わせて進める様になった」
「そうそう。ただ漠然とリラックスしてー、なーんて言っても余計緊張しちゃうと思ってー、適当に喋りながらリラックスしてもらったってワケ」
デキる女、秋雲。サブカル率の低い女子の世界で、趣味嗜好にやや難アリな気もするが、ここまで気を使ってくれるとは・・・。
「そっか、サンキューな秋雲」
「いいっていいって。第十駆逐隊のよしみだよ!・・・まぁ、マジギレされるとは思わなかったけどね・・・」
ぷっ、と二人して吹き出す。
いい娘達と一緒にいられて、本当ラッキーだな、俺。命のやり取りをする立場だけど、出来れば平和に笑っていられる時間と仲間が多い方がいい。沈んだらまた艦娘として戻って来れる保証はないから。
そうして、二人の会話が一段落した頃合いに、まるで謀っていたかのように敵艦隊を発見したと電文が入ってきた。
「・・・!?空母機動部隊龍驤から入電!『我、三時ノ方向潜水艦ヲ含ム敵勢艦隊ヲ発見セリ』!!」
「!!」
艦隊に緊張が走る。大丈夫だ、余計な力は入っていない。
「続けて連合艦隊旗艦山城から入電!『空母機動部隊ノ直掩艦隊ニヨル、迎撃ノ要ヲ認メル』!!」
うわ、俺達が行くのか。恐怖に駆られながら、無意識の内に自分の手元を見る。
その手には連装砲。砲塔の上で装備妖精さんがこちらを見て、俺からの戦闘準備の一言を待っている。
「第三水雷戦隊!敵勢力に対し、攻撃を仕掛けまーす!!単横陣を組んで!!!」
那珂ちゃんの号令で艦首回頭。敵艦隊に向け両舷全速。
着実に迫る戦闘に、緊張と不安を隠せない。
そんな俺に、大丈夫!!と言わんばかりに力強くガッツポーズを決める妖精さん達。その表情は、とても愛らしく頼もしい。
俺は意を決して乗組員の妖精さん達に呼びかける。
「行こうか、みんな。駆逐艦長波、砲雷撃戦及び対潜戦闘用意!」
妖精さん達が一斉に動き出す。艤装の上や俺の体のあちこちを動き回る。服の上を通る、僅かに感じる妖精さん達の重みがくすぐったい。
本来ならこんな事を楽しむ余裕は無いけど、今の俺にはちょっぴりありがたくもあった。
敵艦隊のいる方角に向かっていると、海の向こうからこっちに来る影が一人、視認出来た。他は少し波を立てながら潜航している駆逐艦が三体。あと、全く姿が見えないが潜水艦が二体。
敵は軽巡、駆逐、潜水艦で編成されている。恐らく、射程ギリギリでこちらを牽制しつつ砲撃、雷撃を放ち、すぐに反転して離脱を繰り返すヒットアンドアウェイに、隙あらば潜水艦を先行させ、空母に対して至近距離での雷撃を試みるという算段だろうと、秋雲は言っていた。
縁起でも無いが、その戦術眼たるや、流石に過去にやられただけの事はある。
初めての艦隊戦。さぁ頑張るぞー!と気合いを入れたが、那珂ちゃんの一言で全て台無しになった。
「長波ちゃんは、今回は見学ね!」
「えっ」
えっ、としか言葉が出てこない。
「何言ってんすか!あたしも戦えますって!」
出来れば、早い内に戦いを経験しておきたい。
「それはメッ!だよ。ちゃんと訓練を受けてからじゃないと、実戦には参加させられないからね!」
ですよね。超正論。いささか理屈に欠けた説得ではあるが、勝手の分からない内にいきなりバカスカ撃つのは、フレンドリーファイアの原因になるからね。しょうがないね。
「わかりました。じゃあ長波、下がりまーす」
俺はすごすごと引き下がる。すると、那珂ちゃんが「待って!」と言って、俺を引き止める。なんですか?なんですか?
「長波ちゃんは、単艦で身の安全を守る場合に限って攻撃を許可します!あとは、私達についてきて!」
成程、そういうことか。実戦の空気だけは知っておいて欲しいって狙いか。誤射を防ぐために最低限の攻撃だけ許可して、あとは戦場を引き摺り回すという発想は、腐っても川内型だから・・・かな?意外と那珂ちゃんコワイ。
そうこうしている内に敵を砲撃の射程圏内に捉える。
「敵艦接近!砲撃用意!」
俺以外全員砲身を敵に向け構える。
「第二次艦砲射撃まで統制を執るよ!その後は、陣形を崩さないよう、雷撃の指示があるまで各個に応戦して!」
那珂ちゃんの指示に対し返事は無い。だが、その沈黙こそが了解の意と取れる。
「・・・・・・」
敵を目の前にして、静かに構える那珂ちゃんの姿に思わず見蕩れる。
しかし、那珂ちゃんの号令が俺の険呑な空気を吹き飛ばす。
「全艦、一斉射!撃てぇー!!」
ドォン!!と複数の轟音を立て、放たれた砲弾は敵に向かって行く。開戦の合図だ。
しばらくして、敵艦隊に水飛沫があがる。煙を抜けて出てきた艦の数は減っていない。今度は相手から返しの砲撃が飛んでくる。射程ギリギリからの射撃。狙いは逸れて、当たる気配は微塵も感じない。飛んできた砲弾が、ある程度見えなくもないのもある。
水雷戦隊は水飛沫を掻い潜り、敵に接近する。
近づき過ぎれば潜水艦からの雷撃が来るが、逆に、それを誘発する事で、上空を飛ぶ偵察機と合わせて雷跡を確認し、見えない潜水艦の位置を特定しようとしているようだ。
海上の敵水雷戦隊はただの陽動、本命は潜水艦。今回の戦闘の肝は海の中にいる。
「第二次射撃用意・・・よぉく狙ってぇ・・・撃てぇ!!」
二回目の砲撃、敵艦隊に二度目の水飛沫が上がる。その後、敵駆逐艦の一体が海上に飛び出たと思いきや、いきなり爆散する。倒したのか。
「よっし!今のは秋雲さんの手柄だね!」
「秋雲!戦闘中でしょ!?ちゃんと前を見て!」
今当てたのは秋雲らしい。らしいってのは、複数飛んでいく砲弾が誰のものか分からないからだ。
「全艦各個に応戦開始!このまま距離を詰めて、敵潜水艦を炙り出すよ!」
目まぐるしく状況が変わる戦場。今思えば、経験も無しに参加していたら、テンパって敵のいい的になっていたかもしれない。自分達の砲撃、相手からの砲撃。とにかく戦場は忙しい。もしかしたら、那珂ちゃんはそれも考慮して俺に攻撃を禁じたのか。
嫌という程戦場の空気を感じる。昨日大規模戦闘をかました、連合艦隊と比べれば取るに足らないものかもしれないが、正直今の俺にはかなり応える。文字通り、死と隣り合わせの状況だ。
敵艦隊と更に接近する。この距離になると、敵の姿もハッキリ分かる。旗艦は赤いオーラを纏った軽巡ホ級、駆逐艦はイ級後期型。あとは潜水カ級かな?まだ潜水艦の姿は無い。
「風雲ちゃん!潜水艦の位置は!?」
「ダメです!ソナーに反応ありません!」
対潜装備を持った風雲は、潜水艦の存在を認めない。もしかしたら、もう水雷戦隊の防衛線を抜けている可能性がある。
そうこうしている内に、夕雲がもう一体の駆逐艦を撃破する。海上に残る敵は二体。
那珂ちゃんは状況を整理して、艦隊に対し命令を下達する。
「皆いい?今からこの艦隊を、海上の敵撃破と、潜水艦の捜索の二つに分けるよ!今からメンバーを言うね!!」
「水雷戦隊撃破を私、夕雲ちゃん、長波ちゃん!潜水艦の捜索は巻雲ちゃん、風雲ちゃん、秋雲ちゃんでいくよ!そっちの指示は風雲ちゃんに任せるから!よろしく!!」
「了解!潜水艦の捜索に入ります!巻雲姉!秋雲!ついて来て下さい!」
二つに別れた艦隊は、それぞれの敵に向かって全速で海上を航行する。
別れた直後に夕雲が俺に話し掛けてきた。
「長波さんは私の後ろについて。守ってあげるわ」
「ありがとう。夕雲姉」
本当に頼もしい姉だ。優しくもある。こういう人にちょっと憧れるなぁ。
数を分け、戦力こそ低下したものの、今、俺の目の前には頼れる旗艦と姉がいる。不安はない。
俺達が相手をする敵は残り二体。それに対し、数でこちらは勝る。二人の実力ならなんて事は無いだろう。このまま何とかなりそうだな。
「夕雲ちゃん!一斉射用意!」
「!」
二人して砲を構える。
「狙いは旗艦の軽巡!よく狙って・・・撃てぇ!!」
二人の砲撃はホ級に向かって飛んでいく。すると、いきなり海中からイ級がホ級を庇うかのように飛び出してきた。そのまま砲弾が直撃する。二人の砲撃を受けたイ級は、爆発しバラバラになって海に沈んでいった。
そうか、那珂ちゃんはコレを狙ったのか。深海棲艦の旗艦を庇う特性を逆手に、旗艦を守るために飛び出した所を仕留める。夕雲もそれを分かっていて、那珂ちゃんの一斉射撃に応じたのだろう。
強い。単純に強い。二人の練度の高さが伺い知れない。
流石にこれ以上の戦闘は不可能と踏んだのか、ホ級は反転し逃げていく。深追いはしない。敵が逃げた先で新たな敵艦隊と鉢合わせては、逆にこちらが不利になる。ここいらが潮時だ。
「・・・終わったのか?」
「ええ。こちらはもう大丈夫よ」
そう答えると、耳に手を当て風雲と連絡を取る。
那珂ちゃんの方を見ると、山城と連絡を取っているようだ。
連絡を終えた夕雲が、那珂ちゃんに報告をする。
「報告します。風雲さん率いる捜索隊は敵潜水艦を発見、これを攻撃し撃破に成功しました」
おお!向こうは向こうですごいな!潜水艦を仕留めたのか!
「了解!第三水雷戦隊、敵艦隊の迎撃に成功だね!」
そう言って、また山城と連絡を取る。
「報告終了!水雷戦隊、空母機動部隊の直掩の任務に戻るよ!」
かくして俺の初めての戦場は、練度の高い頼れる旗艦と姉達(+a)によって勝利をもたらす結果となった。
鎮守府までの道程は半分を過ぎ、明日の昼には着く予定だ。
俺は、今、自分がいる世界のリアルを目の当たりにし、より一層艦娘として強くなろうと決意する。何の為に強くなるかは定まってはいないが・・・まぁ、皆で生き残る為に強くなるのを当面の目標にするかな。
この水雷戦隊で、肩を並べられるくらいには強くなりたい・・・ね・・・。
次回に続きます。