どこまでも俺様主義 Episode.1:砂漠の国の紛争   作:ホエール

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 決勝戦プログラム実行17時間前、ゲノポス軍区、北東防空戦区、第117防空区画。

 

「防空コンプレックスとか……なんでだよぉ……」  「対空レーザーで守られた防空レーダーを守れって言われたらさすがに、思わずガクっと来てしまいますが、それがお仕事ですよ?」

「俺様はぶっ放したいんだよ! 俺は俺様だって! 爽快感に溺れたいんだよ! 砲声の快楽に身を任せてーっていうのに」

『射撃中毒(トリガーハッピー)』よろしくな、危険人物(翔)をしり目に、学院傭兵軍第3軍団第3打撃大隊テミドール中隊ジェニファー小隊坂上分隊のみんなは黙々と設営作業を実施している。

もちろん、不満だらだらながら、手を動かす翔だが、いい加減みんな聞き飽きてきたころだったりする。

が、翔のおしゃべりはある意味いつもの事なので、聞き流していたりもする。

伊達に、幼馴染的関係を結んではいないのだ。全員。

学院傭兵軍第3軍団は、主に戦災孤児や何らかの事情で家族のもとにいられない子供たちを集め、教育を施し、同時に世界的企業連合の傭兵部隊として運用されるための組織。

それゆえに、彼らは全員良くも悪くも幼馴染的関係だ。

なお、『軍団』という単語を使っているが、実態は3個大隊を基幹部隊とする混成連隊規模の部隊だ。その時代や国家、制度によって呼び名はそれぞれだし、そもそも国家正規軍ではないのだから軍団という言葉も間違いではないが、こうして政府軍という名の国家正規軍部隊に混ざると時折

 

「ん? 『軍団(コッース)』?」

と、編制表を2度見されること間違いなしだ。

翔が延々と愚痴る横で、政府軍兵士が実際、2度見しているのだから。

政府軍第6狙撃師団第7連隊支隊隷下、第41戦闘群の兵士たちは今の学院傭兵軍(中略)テミドール中隊の『仕事相手(カウンターパート)』だ。

その兵士が何やら分隊長を読んでいる。

翔の横で「はいはい、そうだねー」と聞き流していた坂上が立ち上がり、兵士たちのもとに行く。

幾度かの言葉を交わして――――

 

「――砲弾運ぶの手伝えだってさ」

翔の愚痴が増えた。

 

 

「とにかくよぉおー、これ、100mm榴弾じゃネーか、せめて迫砲弾だったら、もう少しやる気出るんだけどよぉ……何しろ、俺様がぶっ放すことになるかもしれないんだし」

「はい、そこおいてー」  「だいたいよぉー、これ本当に大丈夫か? 『草原回廊(バタフシャーン)』由来だったりしね? だったらかなり年数がたってそうなんだが」

「あっ、これも頼むね」  「…………おい」

わざわざ愚痴を聞いてめんどくさい奴の相手をする必要はない。

正確には105mm榴弾砲の榴弾なのだが、100mm前後の口径を持つ榴弾砲は、大体『軽榴弾砲』と呼ばれる。あくまで大体であるが……。

そして、150mm前後の榴弾は重榴弾砲ということになる。

つまり、ここで運んでいる弾薬ボックスの中の砲弾は軽榴弾砲の砲弾という事だ。

軽榴弾砲は、分隊砲兵として翔たちが使っているGN-11B砲兵型においても標準装備されているものだが、だからといって必ず使うものではない。

ぶっちゃけ軽迫撃砲をベースにした、2連装式の銃型兵装、ライフルカノンのほうがよく使われるのだ。

ちなみにライフリングは刻まれていないが、ライフルという単語のほうが形をイメージしやすくなるために使われている。

用は、商品名「ライフルカノン」であって、実際にライフリングが刻まれている云々は関係ない。

おかげで、自分が運んでいる105mm軽榴弾砲の榴弾を自分たちが使うとは思ってなかったりする。もちろんこれから先、これを使う事もあるだろうが、それだって戦争が始まれば真っ先に砲火を上げるものは重榴弾砲や多連装ロケットだろうと思っている。

 

「……やっぱ、この国のメーカーじゃねーなぁ……この砲弾」  「当たり前でしょ、この国のどこに、大規模な軍需工場がある様に見えるの?」

「……だよなぁ……発電所の類もすくねーみたいだし」  

複数の外国メーカーから買い付けたと思われる砲弾の山。その山の連なりが、これから政府軍がなさんとするドクトリンを示している。

下手すれば食料品以上に砲弾をかき集めているのだ。

 

「予算とか大丈夫なのか?」

翔の疑問は、砲弾の山脈に反響して周りに響き、そして空気に溶け込んで消えていった。

空軍と砲兵に全力で資本を投入している政府軍だったが、何故そうなのかは極めて簡明な理由だ。

資金に限界があるから。何よりも、資金に限界があるにもかかわらず、選んだ『基本戦略戦術戦闘教義(ドクトリン)』はかつてソ連と呼ばれた国で生まれた『縦深攻撃進撃(PU-44)』。

だからこそ最優先は航空優勢獲得に必要な空軍と縦深攻撃に重要な砲兵だとされた。

それでも、限界があり、事実上政府軍の砲兵はロケット砲兵となっている。

大砲ではなく多連装ロケットで機動力と一瞬の面制圧火力を稼ごうとしているのだ。

航空優勢と砲力の次は、機甲戦力と圧倒的な兵力。

これらのうち機甲戦力の場合、在庫一掃処分セールが如く世界に出回るT-72Mを除き、土嚢と薄い鉄板1枚程度で補強された『簡易型即席戦闘装甲車両(ガントラック)』が事実上の数的主力として君臨している。

ゲノポス軍区における政府軍虎の子の機甲師団、第17師団の場合、主力はT-90AC第3世代主力戦車だったりするが、そうした一部の例外を除き、T-72Mをハイ、ガントラックをローとするハイローミックスで数と質をそろえる形になっている。

最も、T-72M風情をハイとする政府軍の情勢はまさに、政府軍の資金力限界を示しているといえるだろう。

 

「一応は、独自に改良を施しているみたいだが……生産国のそれと比べると見劣りするのはしゃーないよなぁ……せめてアサドバビルクラスはほしいけど」

ミドルオリエント随一の軍事大国で使用されている改良型T-72M1アサドバビルはさすがに、この地では難しい。あれを作るほどの技術力や資金力がある様には見えない。

だが、そんな彼ら彼女らの目の前で、作業服をつけた一団が横切っていく。

彼らの背中には、『兵装近代化改修承ります』という言葉が英語と現地語で書かれている。

 

「…………ぎりぎりまで業者を雇っているのか……」  「ああいう業者ってどうなんだろ、信用できるのかな?」

他愛ない世間話をしながらも、持ち場に戻る彼ら。

彼らのいる場所は、近接防空移動陣地と数十メートル程度の距離で隣接している場所で、高高度地対空ミサイルとジラフ75車両搭載型防空レーダーをまるでサークル上に配置された対空レーザーで守られた防空陣地である。

サークルのすぐ外側に、今度は中距離地対空ミサイルの車両が2台ほど止まっている。

レーダーはジラフ75をネットワークを通じて共用化することで対処しているのだ。

逆に言えば、ジラフ75がやられたらこの防空陣地は機能しない……なんてことはない。

ジラフ40を搭載した車両が中距離地対空ミサイルSA-22グレイハウンド車両2台を補強しているのだ。

そして、そこからほんの少し離れたところに、今度は標準的な軍用四輪駆動車が3台止まっている。

2台には四連装携帯式地対空ミサイル連装ポットを吊り下げ、上部に12.7mmを備えたターレットが備え付けられており、もう1台にはこれまたレーダーが搭載されている。

そして、極め付きがどの車両にもパラボナアンテナが付いている事だ。このアンテナを通じて、常時政府軍ネットワークと接続しており、そこから他のレーダーサイトの情報をリアルタイムに送受信している。大空には常時、中間誘導をするための専門の電子戦機が飛んでおり、ぶっ放したミサイルは常時政府軍の誰か、あるいはシステムにのっとり敵に向かって飛んでくれるようにされている。

発達した『陸軍型指揮伝達系統制戦術機構(レゲンダ・アーミーシステム)』こそが、政府軍最大の武器なのだ。

が、だからこそ――――

 

「……なぁ、このダイナマイト……大丈夫か? なんか湿っているんだが……」  「……処分しなきゃだめね」

「政府軍は正面装備に金かけすぎて、本当に必要な部分に金が回ってねーんじゃないの?」

今更ながらに戦争用の物資として、運ぶ箱の中身を見て、思わず天を仰ぐ。

自分たちはそんな政府軍の一員として戦うのだと……だが、よく考えてみれば五大国の本国正規軍でもあるまいし、正面装備に金をちゃんとかけているだけマシであることも気が付く。

この分だと、敵の反乱軍や独立派はもっと悲惨な戦力状況かもしれない。

泥沼の紛争地帯に強引に15年の平和を与えたところで、それで憎しみの連鎖だとか怒りだとかが消えるわけでもないし、むしろ時に非当事者のほうが激しく燃え上がる。そもそも強引な平和など、タガが外れないように力で押さえつけているだけでいずれは暴発する。

だから、その暴発を予定道理にさせようというだけの話。それが決勝戦プログラム。

勝利者はその戦争において、絶対の権利を獲得する。敗北者は勝利者に頭を垂れ、その結果を潔く受け入れなくてはならない。

その結果を受け入れなければ、世界が文字通り、殺しに来る。一人残らず、塵一つ残さず。

五大国の軍隊が、七大国の兵隊が、ネクストイレブンやその他大勢の勢力。

どこぞのテロリストすらも、これを最高の稼ぎ時として動き出す。赤子すらその対象であり、殺処分の対象でしかない。

世界の86%が泥沼化した紛争地帯、残った14%も大国が力で抑えているだけ。倫理のタガはとっくにはずれ――――人類は戦後処理に失敗した。

そんな、世界。

86%を少しでも14%に変えようとあれこれ考え、試した結果が決勝戦プログラムなのだ。

徹底的に殺しあってもらおう、そしてどんな結果になろうが受け入れてもらおう。なぁに、よほどの善戦すれば、勝利者とて、完全には無下にできない。だから、どんな結果でも受け入れろ。

その代り、徹底的に殺しあえ――――。

――だがしかし、だからこそ――最低限の管理は受けないといけない。

 

「……毒ガスマスクか…………」  「いらないでいいんじゃない? 一応鎧の空気清浄機能あるし」

「NBCRは禁止兵器って言っても、催涙ガス程度はアリだろ?」  「催涙ガス程度で、戦車やIFVの動きが止められると思うの?」

「だよなぁ……砲兵的には、マスタードがポピュラーなんだが……まぁ、黄燐弾や白燐弾が規制されないだけマシか」

翔とひよりの男女2人組は湿ったダイナマイトを含む様々な軍需物資を木箱から取り出し、自分たちが使うものを選別する作業に入っていた。

砲弾運びの手伝いが終わったと思ったら、次はこれだ。いったいいつ、地味な仕事が終わるのだろう。

 

「白燐規制!? 何それ、ばっかじゃないの。私、そんな馬鹿な理由で戦死なんてしたかないわよ」  

「まっ煙幕に使われる一番ポピュラーなもんだからな。最前線で爆破処理やらなんやらするお前ら、戦闘工兵にとって白燐規制はただ事じゃないわな」

またも、湿ったダイナマイトを発見し、顔を引きつらせる2人。さっきよりはるかに深刻な湿り気に箱から遠ざかる。

 

「……どうする?」  「もう、アレ、すぐに処分したほうがいいと思う……」

「連絡を入れてすぐやるか? どこならいい?」

翔の言葉にうなづくとひよりは一点を刺す。

 

「連絡頼むぞ、投げるなら俺様に任せてくれ」

そして、布ガーゼを取り出す。ガーゼといってもわざと長くそして、幅が広く取られている。

戦場でいろいろな用途に使えるようにだ。

スリングというのがある。要するに投石器だ。かつての戦争において最強の武器は剣でも槍でもなく、投石だった。

日本の戦国時代の戦死者の数も圧巻の石最強説だったりする。

布などを使って、人力で振り回し、その遠心力で遠くまで勢いよく石を投げる。そういうのも、スリングだ。

ダイナマイトをスリング用に長さを調節した布ガーゼでつつんで、振り回していく。

そして、投函。投げられた湿りダイナマイトは落下した場所で盛大な音を立てて起爆した。

 

「よぉーし、これでよし。処理完了と。…………ここからだと周りがよく見えるな」

仕方ないことだが、対空レーザーへと電力を供給するための重水素駆動炉が必ず添えられていて、同じようにマニュピレート・セグメンタタへの電力供給用の別の重水素駆動炉が陣地には設置されている。

そして、その周囲にはパラボナアンテナが設置され、ワイヤレスで送電できるようになっている。

マニュピレート・セグメンタタこと、翔たち曰く「鎧」、あるいは反乱軍曰く「甲冑」の動力源はマイクロウェーブを介したワイヤレス送電と全身12か所に設けられたプラズマ・バッテリー、そしてトーチジャイアンと呼ばれる地獄原産鉱石の特殊素材からできた骨格系である。

だからこそワイヤレス送電用のアンテナ群を邪魔しないようにな地形を選んでいるといえる。だが、逆に言えばそれは――――

 

「――――何もなく見通しがきく空間は……気にくわねぇな……」

翔はそうつぶやいて、分隊のもとへとひよりと共に帰還した。面倒事をひらめいた状態で。

 

「はぁ!? トライミニガンんんんっ!?」

翔のひらめいた面倒事は、要するに「使う武器と弾薬を増やそう」という事。

ただでさえ、延々と荷物運びやら選別やらをさせられているジェニファー小隊の坂上分隊としてはいい加減、休ませてほしいところだ。

おまけにさっきまでの翔なら絶対にぶーぶー文句を言いだす側だ。

 

「……上に申請はしとくが、もし書類作業とか来たら、お前にふるぞ」  「えっ」


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