どこまでも俺様主義 Episode.1:砂漠の国の紛争   作:ホエール

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4.

  4.

 ――原始的な『投石器』による爆撃を受けている。

兵士たちが感じたのはそんな感想。

石が降っている。石に混じって時折、手榴弾が落ちてくる。大抵は地面に落ちる前に空中で起爆してしまうため、結構遠くから投げてるようだ。

とはいえ、射程距離はそんなに長くないし、敵の位置もそんなことを繰り返せば把握できる。

どうやらこまめに移動しているようだが――。

――そろそろ、索敵ドローンが見つけてくれるだろう。

音響探査を逃れる何らかの裏技を使ったようだが、所詮少数兵力の孤立ゲリラに何度も使えるような裏技ではない。

何故なら、そんなもの使えるならとっくに何度も使われているはずだ。少数兵力の孤立ゲリラにとって、今まで使っていない裏技、という事は数がないという事だ。

だからこそ――――。

 

「――――石でも手榴弾でもなく、真っ赤な輸血パックが落ちてきたら、いくらテメェらでもすぐには対処できネーだろ。そればかりか、毒ガスを疑うはずだ」

初見のインパクトを狙った効果。

こんな、原始的で無意味で、何の殺傷効果もないとしか言いようがない効果すら必要とする戦いだ。

そして――――――

 

「――戦場で降ってきた真っ赤な輸血パックだぜ。ひょっとしたら生化学兵器にでも侵されてるかもなぁ……」

嘘である。だが、少なくともいきなり降ってきたそれに対し、その手の懸念をする人間がゼロじゃない。

最も最前線で撃ちあう人間が毎度毎度それを懸念できるような暇はないが。

ともあれ、翔はそれで、たった数秒とはいえ、時間を稼ぐ。

そして、ワイヤーアンカーを命綱にして、隣の建物の屋根へと飛び出していく。

飛び乗り、土煙が立ち込め音が鳴る。が、すぐに走り出す。

出なきゃ撃たれる。だが、足場が悪く、体が重い。

背負った子供、お腹に抱える子供。重心が安定しない。

安定しないから、余計に体力を使う。

それでも走る。今、地面を進むよりはましかもしれないと信じて。

だが、直後、衝撃が体を揺さぶる。

『擲弾機銃(グレネードマシンガン)』の連撃。軽量級IFVが解き放つ無数の一撃。

ダメだ、すでに戦場でぼろぼろの建物にこんな連撃が混じっては簡単に脆くなっていく。

そして、ついに床が――いや屋根が――崩れる。落ちる。

気が付いたらかばっていた。

背負った子供、お腹に抱える子供。気が付いたらその頭を必死で抑えていた。何かでやられないように。

だから、落ちて、倒れこむ際もかばう手は動かない。姿勢は変に崩れている。だって片手は肩の後ろに回しているのだから。

足が、負傷する。変な方向に曲がる様に……。

体が重い、子供たちの重さや武器の重さじゃない。肉体自体がすごく……重い。翔は、その重さに屈服しかけた。

でも、屈しない。足を止めるな。痛みにもだえ苦しむのは数秒だけだ。痛覚を遮断しろ、出血は無視しろ。

目の中に頭から流れる暖かいものが入ってきて前がよく見えない。クソッタレ。

走る。体が変に重い。

 

「ぁう……」

小さな声、聞こえる。

気にかけたい。でもその暇がない。走れ、疾走せよ、ここから距離をとれ!

とっさにライフルを構えた。安全装置が外され、引き金が引かれる。

目の前に倒れるのは遠隔操作の3輪近接ドローン。ウソだろ、戦域地上専用電子戦機が飛んでいるのか!?

航空機タイプのドローンではなく、また歩兵が管制するタイプの陸戦ドローンではない。

ならば、数と航空火力の組み合わせで機能する形式の陸戦ドローンらしきものだった。

敵の数の戦力は……想像以上かもしれない。そんな――――

――焦燥にも似た感情。

けれども、そんな感情はすぐに捨てた。カーキ色の日干し煉瓦の建物が並ぶ路地を走る。

舞う砂埃がここが砂漠戦場なのだと主張してくる。

走って走って、とっさに立ち止まる。

慣性の法則は立ち止まるのを許さない。ライフルのストック。

それが杖の先端の様に大地へと突き刺さり、彼の体が倒れるのを防ぐ。

とはいえ、カービンライフルだ。銃身が短い分だけ、杖としても短い。腰が痛い。

すぐさま、頭を上げ壁に接触しようとして……背中のそれが軽くではあるがぶつかった。

慣れとは恐ろしいものだ。そんな思いを持ちながら、路地の終わり、大通りへと目線は移動する。

何もない。おかしい、大通りなのに。連中が陣取っていたもおかしくはない。あるいは連中がここをまともに使えなくする何らかの処置をしていてもおかしくはないはずだが。

いや、それとも――――

 

(――空のドローンか? もう位置がばれていて対処する意味を見出していないのか?)

周りを確認。敵の気配はない。けれどもどこかにスナイパーが隠れている可能性自体は否定できない。

だから――――建物の影を移動したい。けど、大通りにそんな都合のいい空間へとつながる道は……広く長い。

リスクなら、足手まといのガキを2人抱え込んだ時点で今更だ。開き直ろう。

全速力で大通りを走り出す。すかさず、飛んでくるのは銃弾。

けれども動く対象に対して高々1発の銃弾では当たらないのが基本だ。最も数を重ねれば違う。狙う人間の数を重ねれば違う。もっと言えば、たとえ動いたとしても行き先がわかっていればそこに銃口を向けるだけで終わる。

スナイパーの数は増える。口にくわえるピン。

腕を振って走らなきゃいけないのに、片腕だけ別の動きをしてなんか体の調子がクソだ。

投げられるのは煙幕の手榴弾。最後の一つ。爆発衝撃波。そして空気を穢す噴霧。

そして、走る。目的地は物陰――――

――ではなく、敵兵のど真ん中へ。

スナイパーはどこか? 銃弾の斜線は見えていた。強化措置と電脳設備によって電子化された視力は見逃さない。

旧世代と最近は言われるようになった今のナリウスたち。

それでも、『処置』が施された少年兵であることはまず間違いがない。だから見えた。見えてしまった。

(ありがたい。今はどこもかしこも鉄砲や銃弾にさえ、コンピューターがついて見えないことが多いからな)

旧型のAKSで戦う反乱軍。なるほど。敵はドローンや最新鋭の電子戦兵器に金かけてライフルには金をかけない方針らしい。

敵兵の位置はこの先の小さな出店のカウンター。

きっとこんなバカげた戦場になる前は誰かが屋台でも開いていたかもしれない。

しかし、いくら当たらないとはいえ、自分から距離を詰めていく以上、狙いはつけやすい。煙幕など風の動きでどうとでもなるのだから。

だから翔は牽制する。ライフルを片手で構えて引き金を引く。どうせまともにあたりはしない。

けれども、あたるかもしれないという可能性がもたらす牽制。

そして――――。

 

(――薬剤強化、脚部出力全快。筋線維破断了承解除――――――っ!)

翔の頭の中に流れる音声。『処理』を『調整』を施された体が、瞬発力を瞬間的に高める。

 

(――――ッ!!!)

痛覚を遮断しているはずなのに感じる体が壊される感覚。足が、筋線維が、寸断していく……。

コンクリの土台。屋台の癖に準備がいい。備え付けたのか?

そんな感想を頭の中で洩らしながら、指を折り曲げ顔面へと突き進む掌底――すなわち実践的な目つぶし――をスナイパーに叩き込む。

そのままM4カービンライフルの銃身をそばのスポッターへと。

スポッターは双眼鏡を投げ捨てライフルへと手を伸ばしていた。そのスポッターの顔面に槍が突き刺さる様にカービンの銃身が。

翔はカービンをそのまま投げ捨て、屋台の台の上で一回宙返り。

取り出した拳銃でスナイパーとスポッターへと。

どうせ槍の様に突き立てたM4カービンは使い物にならない。ライフルの銃身という奴は意外と脆いのだから、今の衝撃で壊れている可能性のほうが高い。

そのまま敵兵が使っていたライフルを手に取る。

AKS-74U

敵もまたカービンライフル。市街地戦闘のための銃を敵もまた用意していたという事か。

敵から奪うライフル。敵から奪うマガジンが1本。次の銃弾が、別のスナイパーからの銃撃が迫る。

いかにコンクリートでも、何十発の弾丸の嵐に耐えうるほどではない。

本来、現代の銃弾とはそういう物だ。

数を重ねれば高々建物の建材程度の代物ならば簡単に撃ちぬける……いや、撃ちぬくという表現は間違っていた。

削って削って崩して吹っ飛ばす。

周りを見て、瞬間的な判断。ああ、いいものを見つけてしまった。そうだ、あそこにしよう。

口の中で、1、2、3と数えて飛び出す。AKSの引き金を引いて牽制しつつ別の建物の物陰へと――――

――直後、轟音と共に建物の壁が崩された。

IFVの25mm機関砲がこちらへと向けられていく。

しかし、その直後――――

――IFVの天板が吹き飛んだ。

頭上型対戦車地雷。政府軍が建物に仕掛けていたであろうブービートラップ。

あれを見つけたとき、天啓を得た。そんな気がした。

だが、まさかIFVが突っ込んでくるとは。

うまくいったといえばいいのかそれともうまくいきすぎているのか。どちらにせよ、最高の結果だ。ど畜生! 最良の結果だ! ヒッヤッフゥー!

そんな風に心の中で大喜びする。

そして立ち上がって、場所を移動する。移動しなければ危険だ。今はよくてもそのうち戦車砲でも撃たれたら逃げ場がない。

砲撃の直撃は何とか避けれても、衝撃波からは逃れられない。戦車砲の一撃……戦車砲の砲身を建物の窓などから建物へと突っ込み、一発発射させれば砲弾が直撃などしなくても衝撃波だけでその建物の砲撃階数の生命はほぼ全滅する。

いや、バラバラに吹き飛ぶ。そういうものだ。

だからこそ、この場から離れなくてはならない。

が、じたばたと2人のお荷物が動き出す。いい加減こんな風に揺らされるのは嫌だとでも言いたげに。

だけれども、武器もなくこの2人を放り投げるわけにもいかないので、合流まではこうしてもらわねば。最も自分への負担が非常に大きいが。

そして、そうやって足が鈍って速度が落ちて、行き先に選んでいた、かつてはレストランか何かだったのだろう雑居ビルの1階店舗らしき何かが吹き飛んだ。

 

「――っ!?」

止まるな、行き先が一つダメになっただけだ。ハチの巣になりたくなけりゃ、足を止めるな。

翔は再び次の1歩を踏み出す。けれど、ペースダウンからの急速なペースアップ。

負担が……息が……体力が…………。

このくらいで、体力が尽きていたら兵隊なんぞ向いていない。けれども、考えてみればずーと継続して戦い続けてきた。

精神的な疲労が直接肉体的な疲労として現れることだって世の中にはある。

そもそも、翔は通常歩兵ではなく、重装歩兵だ。ナリウスだ。

鎧を身にまとってナンボの立場だ。にもかかわらずライフル担いでいつまで、こんなゲリラ戦を続ければいいのだろう?

翔を狙う銃口の一つ。

直後、その銃口は弾丸を吹き出すことなく、大地へと投げ捨てられるように地面へとたたきつけられる。

スポッターが小さな声を上げて自分のライフルを握ろうとして、そのライフルも地面へと落とされる。

スナイパーから離れた場所に、陣取る一人の少女。

本来はスナイパーでもなければスポッターもいないのに狙撃を行った少女。

 

 

「翔、あんたいくらなんでも……危ないことばっか」

いくら段取り通り『囮』になってくれたとしてもこれはさすがに褒められたものではない。

それに……

 

「……頭痛い……」

狙撃兵アプリを電脳設備を通じてインストールしたが、これは予想以上に負担がかかる。

おまけに一流のスナイパーになれるというわけじゃないから困ったものだ。

あまり多用は出来ないし、自然条件が変わればおそらく、もうあたることはない。

とはいえ、貴重なスナイパーを撃破したし、IFVもやった。後は――――

――ひよりが取り出したのは無反動砲。

IFVにだめ押しの一撃を解き放ったのはその次の瞬間であった。

そして、移動を開始する。

が、そうはならなかった。

 

「えっ……?」

一撃。頭から血。

骨にひびく奇妙な音。

 

「確保しました」

誰の声だろうか。いつの間にか地面が目の前である。

 

「安全化します」

首筋が痛い。なんだろうか、この感じは――

――――まるで薬でも……

覚醒。

一瞬で翻って動こうとして……動けない。体が思うように動かない。しまった。

 

「…………来ると思ったよ。お前らは必死に索敵から逃れようとしていた。それでいて攻撃だけはしっかりやってくる。なるほど、となれば考えられるのは奇襲が出来そうな場所におびき寄せての攻撃。都市型ゲリラのお得意戦法かな? もっともお前らには『聖域』がないのが欠点だったが」

誰の声だろうか。

 

「『都市型ゲリラ』には大体のところどうしようもない『無法区画』や『地下空間』があって初めて成り立つものだ。それらは『聖域』として機能してくれる」

煙……。紫煙だろうか。

 

「お前には、いい餌になってもらう」


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