どこまでも俺様主義 Episode.1:砂漠の国の紛争 作:ホエール
3.
「俺たちは――負けるよ。俺たちは最弱だ」
その男はそう言った。
『砂漠のナポレオン』。
そう評される男は――特徴的なあごひげ以外は温和なおっさん……以外に彼の外見を表現する言葉が見つからない。
どこぞの田舎にでも当たり前にいそうな、人のよさそうな中年男性。
唯一、彼に特徴的なのがそのあごひげくらいだが、そのあごひげだって、ギリシャ彫刻の男どもと比べれば特に立派だのなんだのそういう形容詞をつけるような代物ではない。
ただ、ずぼらな男が伸ばしているだけの様にも感じてしまう。
最も――地域や民族の文化と考えれば……立派なおひげなのかもしれない。
だが、そんな彼の口から漏れ出る言葉は――とても、そんな彼の風貌には合わない焦燥感が漂っていた。
「俺たちには何もない。あるのはこの――カラシニコフの腕前だけよ」
泥だらけで錆びだらけ、そしてプレス加工で作られたとみられる、AK-47
「……74ですらないな」
思わずつぶやく翔。似たような言葉は他の誰もが思っている。
戦場の粗末な工場とも呼べないような工房で作られる錆びだらけのカラシニコフ……見せられたそれは典型的なそれ。
いつ暴発してもおかしくないそれ。だって、正規の手続きや正規の技術者が正規の規格にのっとって作ってるわけじゃない。
単純に、構造を把握した人間が、素材を加工して、構造を再現しましたというレベルでしかない。
こうした、密造銃が大量に作れるのがAK-47とその後継であるAK-74の強みといえば強みだ。もっと言えば、AK-47をベースにした中国の五十六式の強みといえばいいか。
もっとも、だからといってAKシリーズの最新作まで、問答無用で作れるわけではない。
あくまで、47と74、そしてそれらをベースにした中国製――といっても限りなくただのコピー品に近いが――の五十六式の強みなのだ。
……そして、同時に錆びだらけにまで使い込まれている。
密造。
錆び。
さらに考えればここは砂漠地帯。砂というお邪魔要素に直射日光の熱。そして、砂漠の夜は冷える。激しい寒暖差。
うわーおと思わず声が出そうになる頭が痛い展開だ。よく暴発で……まぁ、それがどうしたで済まされる話……であるか。86%の世界では。
(なんだかんだで、今の俺様たちは、恵まれてんだな……)
世界的企業連合の私兵組織。学院傭兵軍。
世界中から戦災孤児やらなんやらを拉致同然に回収し、調整と教育を施しつつ、最終的に高品質な人材として売り払う組織。そして、その教育課程に傭兵として戦う事を求められた組織。
「将軍!」 「……来たか」
砂漠のナポレオンはつぶやく。
「例の通りに」 「仰せのままに」
兵士たちは、牢のカギを開放し、さらには捕虜たちの縄を解く。
「? あの?」 「お前たちは解放する。どうせ、時期にここも銃痕と爆発の衝撃波で吹き飛ぶさ」
業炎。そして衝撃波の音。ものが燃える匂い――。それもゴムと化学製品が焼けるにおいが――――
「――タイヤか?」
タイヤを燃やす。簡単だが、強力な煙幕であると同時に、一種の狼煙として原始的な簡素通信手段としても使える。
燃えたタイヤが放つ黒煙が空を染め上げていく。
「えーと、お前らの言葉じゃ、『反乱軍』だっけか。あの連中の機甲軍団が丸々1個、こっちに攻めてきている。正念場だよ」
アラフジーク山岳。そこを守る独立派の偉大なる大将軍。『砂漠のナポレオン』
「連中の主力はT-72だが、一部でT-90Mやら、スプルート突撃砲やらが混じってやがる。歩兵どもも機械化されてるし、重装歩兵化も進んでいる。対して俺らは通常歩兵が主力でおまけに軽装歩兵と笑うのも無理なゲリラ兵どもだ。
むろん、甲冑がないわけじゃないが、基本第1世代ばかりだ。一番いいもので中古、あるいは鹵獲した第2世代、2.5世代だ。テメェらが使ってたものもこれに入る。あっ、1人分だけ返してやる。ライフルも錆びだらけカラシニコフでよけりゃ全員分用意してやる。それでここを自力脱出しろ」
いきなりの釈放発言に、「何故」という言葉がジェンより飛び出して――――
「――ここにおいておいても意味がない。むしろ、脱出目指して勝手に……そして、都合よく暴れられてもらったほうがいいからな」
「何とも都合がいい発言ですね。逆に反乱軍サイドにつくという事は考えないんですか?」 「政府軍の傭兵諸君が安易にそんな道選べるかね? ましてや君たちは組織人だろ?」
意外と知られていないが、時代や地域にもよるが意外と金で動く傭兵のほうが信頼できることは多い。
彼らは安易なイデオロギーや感情では決して動かず、最後まで戦う事が多いのだ。
かつて、自分の領地から来た志願兵よりもスイス傭兵のほうがはるかに大事に扱われる時代があった。
何故ならば故郷をそしてプライドを何よりも命に代えても大事な金銭をそのために契約を守り最後まで戦い抜いたからだ。
まぁ、最後に金銭とつくと途端にガクッと来るが、その金銭がなけりゃ家族ひいては町単位で悲惨な餓死ですべてが終わる時代と世界と考えると重いものがある。
だからこそ――傭兵である前に組織人であり、学院傭兵軍にのみ居場所がある彼らは裏切らない。
馬鹿な裏切り者は逆に積極的に仲間によって粛清される立場だ。だからこそ…………
「お前たちは反乱軍につくことはない。それは確定だ。一人ならいざ知らずその人数で反乱軍の一員になりはしない。組織の傭兵である以上な」
近代共和制革命の闘士。そして、共和国救国の英雄にして、ヨーロッパの大征服者。ヨーロッパ最初の鋼鉄軍事の帝王。
彼はその巧みな騎兵戦術とそれ以上に大砲を駆使して、西ヨーロッパを制し、ブリテン島へと進撃を目指した。
彼が負けたのは、ホームグラウンドである野戦ではなく海戦であったから。そこには馬もなく大砲も自由に据え置くことが出来ない。
トラファルガーの海戦はこうして敗北したが……それはナポレオンの栄光の勝利を叩きのめすものでもなかった。
所詮、陸で生き、陸で食べ、陸で子子孫孫生きる生き物たる、人間に――――海での戦いなんぞ、海の向こう側に生活の糧欲す特徴を持つ国でもない限り、百年後の戦略的にはともかく戦術的には大した効果はない。
その百年後の戦略的だって、どこかでカバーしてしまえればいい程度でしかない。
大陸国家と海洋国家の生存戦略の違い――の溝は埋まることなどない。
結局彼がロシアの大地で負けたのは、冬将軍と泥将軍だけではなくそれらによって助長された攻勢限界と消耗戦の失敗、そしてそれ以上に、大ロシアで少しずつ芽生えていた『科学的戦理』の壁によるものでしかないのだ。
大砲の活用が、ナポレオンに勝利をもたらすとともに、近代補給戦……すなわち戦域の広大化、そして計画化と硬直、すなわち一人ではどうあがいても見切れない『無数の新階層(近代補給戦)』いう新たなる次元の戦いをナポレオンに強いた。ナポレオンはそんな戦いに敗北した。
大砲を使えば使うほど、大砲の弾を運んでこないといけない。弾を作らなきゃいけない。弾を作る資源を用意しなきゃいけない。そして――それらを運ぶ人作る人掘る人を用意しなきゃいけない。
それらを守る兵力を配置しないといけない。それらを動かす計画を策定しなくてはならない、そして、計画どうりにすべてがうまくいくのならそもそも戦争なんて不合理事態発生しない。
後年、ワーテルローの戦いでナポレオンが負けるその瞬間まで、ナポレオンを倒した唯一の大敵、その名前が『補給』であった。
そんな――ナポレオンの名前を称号として持つ男。
『砂漠のナポレオン』
彼が実際にナポレオンの様に戦うかどうかはよくわからない。
正直なところ世界に無数に存在する戦地で活躍する英雄なんぞ腐るほどいる。だからこそ同じく世界に腐るほどいる傭兵の一人、二人でしかない彼ら彼女らJ小隊のメンツには砂漠のナポレオンについて知ってることは少ない。
けれども、ナポレオンよろしく、強大なカリスマか洗脳技術かを持って兵士たちを統率する人間であることは今までの流れで十分理解できる。
だが、だからといって傭兵は信用できるの一つの言葉で敵兵を開放する。この不合理の様な何か。
「私は……人が怖い。人とは、他者であり自己である。家族であり部下であり動物であり友人であり悪人であり善人であり人間である。それが怖い。故に怖いからこそ人をあえて自由にする。自由にされた人間の選択肢は2つだけ。感情に従うか合理的に活動するか。真に自由に動ける人間なんていない。命令はしない。私は自由を与える。そのうえでお願いする。
反乱軍を引っかき回してくれと。さぁ、君たちは感情に従う? それとも合理性に従う? どちらを選ぶ? 君たちの心の振り子はどっちに傾く」
翔たちは……正確には小隊長のジェンは……彼のお願いを選んだ。
牢屋が解放され拘束具が外される。
そして、砂漠のナポレオンは何ら警戒をせず牢屋の中に入ってくる。あまりの無防備さに一瞬何かあるのかと警戒する小隊を無視し、彼は一人の少女、シルビアのもとへ。
「……お父様やお兄さんの件、何度も言うがすまない。そしてありがとう」 「いいえ、お父様はただ、必要だと思ったことをやっただけです。スポンサーといっても大したことはなかったでしょ」
「いえ、決してそのような――――」
「――お兄様も自業自得の様なものです。お父様にあれほど止められていたのに、民兵になった。それでもお兄様はあなたの部下であり兵士であり立派な戦士でした。最後の最後まで」
シルビアは、彼女は砂漠のナポレオンの目をまっすぐ見ながら感謝の言葉を述べる。
「誇り高き氏族の男児として本懐を成し遂げたお兄様に変わって感謝いたします。ありがとう、あなた様がお兄様のお仕えする方であったことに」
「……我らが天上の主上に感謝か……」 「そして、あなた様にも」
砂漠のナポレオンは胸元からペンダントの様な何かを取り出す。それは個人情報端末に使われる小さなメモリが収められた専用の装飾品。
「お兄さんの形見の品だ。本来は君の者であるはずだ。何しろ、中に収められたデータは君のパーソナルデータがカギに設定されていた。俺たちでは決して覗けない。まぁ、強引な手を使えば見れたかもしれないが……そうする意味はない。
君にもっと早く渡すべきだったが……見ての通りだ。言い訳になるがその暇が見つからなかった」
ペンダントがシルビアの手に渡される。砂漠のナポレオンは決して彼女の手は取らない。けれども彼女はペンダントを確かに受け取った。
受け取った。一瞬だけ彼女の瞳が揺れ動く。それはいかなる感情か、それとも合理性に基づく何かか。
砂漠のナポレオンはそれを見逃さないが決して追及もしない。ただ、すべての用が終わったとして彼女から離れていく。
最後に彼女にかける言葉は――――「お兄さんたちの分まで生きたまえ」。
会釈。そして彼はシルビアにも何かメモリを渡して牢から出て行った。
「ジェン、それ何」 「……おそらくは私たちに暴れてほしい……脱出ルートの情報とかでしょうね」
彼女の言葉が砂漠のナポレオンと呼ばれる独立派の将軍の一人がいかなる人物なのか、それを示している気がした。
それと同時に、シルビア……という少女が何者であったのかもまた……。