怨霊の話   作:林屋まつり

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二十一話

 

 自室で戦闘の反省を書いて改めるところを考えていたリーネは、ふと、室内の時計に視線を向ける。

 そろそろ夕飯を作り始める時間。だから、立ち上がる。

 と、

「あ、サーニャさん」

「リーネちゃん。……夕飯、作りに行くの?」

「うん、サーニャさんも?」

 問いにサーニャは頷いて、

「私、も、お料理、出来るようになれたら、って。

 だから、お手伝いして、いい?」

 おずおずと問いかけるサーニャにリーネは頷く。

「うん、よろしくね」

「はい、よろしくお願いします」

 笑顔を交わして、二人は台所へ。「あれ? もう、誰かいるみたい」

「そうだね。芳佳ちゃんか、」

 あるいは、と。覗き込む。

「豊浦さん」

 サーニャの声が聞こえたのか、豊浦は振り返る。彼は少し困ったような表情。

「二人とも、どうしたのかな?」

「あ、お夕飯を作りに、来ました」

「サーニャ君。君たちは今日、疲れているはずだよね?

 それならこういう雑用は僕に任せて、二人は休みなさい」

 咎めるような言葉に、ふと、思いついたこと。

「豊浦さんも疲れていませんか?

 封印の維持をしているのですよね?」

 ふと、サーニャの言葉にリーネもそのことに思い至る。

 豊浦の魔法は謎なところが多い。とはいえ、代償がまったくないわけではない。それは一戦目に倒れたことでもわかる。

 何せ、あの鉄蛇を八体も封じ込めているのだ。そこにどれだけの力が込められているか。…………もしかしたら、

「そうです。豊浦さんも、無理しちゃだめです」

 サーニャの言葉にリーネも続く。豊浦は、ふと困ったような表情を浮かべた。

「……………………それじゃあ、一緒に作ろうか。

 リーネ君、サーニャ君、お手伝い、お願いね」

 少し、困ったような表情。けど、豊浦はサーニャを撫でながら頷く。

「「はいっ」……はい」

「おや?」

「あ、……えと、」

 豊浦から視線を向けられてリーネは一歩後退。サーニャはくすくすと笑って、

「リーネちゃんも、撫でて欲しいんですよ。

 豊浦さん、私を撫でてくれたから」

「さ、サーニャさんっ!」

 悪戯っぽく笑うサーニャに、リーネは顔を真っ赤にして怒鳴る。

「そう? それは悪いことをしたね。ごめんね。リーネ君」

「あ、謝られても困りますっ」

 微笑を真面目な表情の中に、丁寧に押し隠して豊浦は謝り、

「ふ、……あ」

 リーネを丁寧になでる。少し顔は赤いまま、表情が緩んで、

「二人とも、ありがとう。

 それじゃあ、お夕飯作っちゃおうか」

「「はいっ」」

 

「あの、今日はどんなお料理を作るのですか?」

 あまり、料理の経験がないサーニャは少し不安そうに豊浦に問いかける。

「すき焼きにしようと思うよ。……そうだね。サーニャ君、一緒に作ろうか?」

「はいっ、よろしくお願いしますっ」

 一緒に作ってくれるなら心強い、ぺこり、頭を下げるサーニャに豊浦は微笑み。

「リーネ君、ご飯をお願い。それと、サラダを作ってくれるかな?

 生野菜を切ったのでいいからね。さっぱりした感じのがいいな」

「はいっ。……あ、じゃあ、大根使います」

「うん、お願いね」

 大根と、あと、水菜と、さっぱりしたのがいいと豊浦から聞いたので、梅干しとか和えてみようかな。と、リーネは食材を選択。

 で、そんな彼女の迷いのなさをサーニャは羨ましく思う。自分がお願いされたら、たぶんおろおろしてもう少し細かく聞かないと作れないだろうから。

 頑張ろう、と。心の中で思って、まずは、

「それで、ええと、すき焼き、ですよね」

「うん、お鍋みたいなのだけど、おつゆは少ないかな。

 サーニャ君、野菜を切ってくれるかな? 食べやすい大きさでね」

「はい」

 包丁を手に取る。まな板の上にネギを持ってくる。醤油などを混ぜて割り下を作り始めた豊浦は真剣な表情のサーニャを見て、

「ゆっくりでいいから、怪我をしてはいけないよ。…………じゃないと、」

 ふむ、と豊浦は頷いて、

「出血は舐めておけば治るといわれるけど、舐めたら、さすがに困るよね」

 がくっ、と。思わぬ発言にサーニャは肩を落とした。

「な、な、なな、なっ?」

「そ、豊浦さんっ! そういう事をしたらだめですーっ!」

 顔を真っ赤にして固まるサーニャと、怒鳴るリーネ。豊浦は苦笑。

「治らないからやらないよ。…………ふむう、サーニャ君が緊張しているみたいだったから和ませようと思ったけど、失敗だったかな」

「失敗ですっ」

 豊浦の言葉に思わず変な想像をしてしまったサーニャは怒鳴る。「ごめんごめん」と豊浦は謝って、

「ただ、……まあ、サーニャ君。あまり力を入れすぎると怪我したりするからね。

 大丈夫、少しお夕飯が遅くなるだけだから、ゆっくりね」

「…………はい」

 変な事を言われて気の抜けた笑顔で大丈夫と言われて、サーニャは意識して肩を落とす。溜息一つ。

 ぽつり、と。

「豊浦さんの、……ばか」

「うん? え?」

 言った自分さえよくわからない言葉。当然豊浦は首をかしげる。そんな彼を見てそっぽを向く。

「何でもありません。リラックスするための呪文です」

「はあ?」

 相変わらずよくわからなさそうな豊浦。そんな彼に微笑を向けて、

「あの、切り方。見てもらえますか?」

「ん、うん。いいよ」

 

「今日のおゆはんはごった煮だよー」

「「すき焼きですっ」」

 適当なことをいう豊浦に両隣からサーニャとリーネが怒鳴る。

「あ、あの、ごめんなさい。私、うとうとしちゃって」

 夕食を作りにいかなかった芳佳はしゅんと肩を落とす。けど、豊浦は芳佳を撫でて、

「謝ることはないよ。芳佳君たちは明後日も頑張らないといけないのだし、それまでに体力を回復させないとね。

 それが大切だから、休んでいた芳佳君は悪いことをしてない。どっちかっていうとリーネ君とサーニャ君が問題だ。ちゃんとお休みしないといけないのにお手伝いをするって言い張るんだ。こんな強情な娘なんてね。まったく、困った娘たちだ」

 わざとらしい難しい表情で告げる豊浦。リーネとサーニャは正論を言われて苦笑。

「ふふ、それもそうね。サーニャさん、リーネさん、無理は禁物よ?」

「っていうかさ、あんまり気にしてなかったんだけど、豊浦は大丈夫か?

 鉄蛇の封印の再調整って、そんな楽なものでもないだろ?」

 シャーリーが首を傾げリーネとサーニャは改めて彼に視線を向ける。

 夕食を作るときははぐらかされたけど、もしかしたら、

「そうね。豊浦さん。今回の作戦、要は貴方よ。私たち以上に無理は禁物よ?」

 ミーナもそのことに思い至り、強く告げる。豊浦は囲炉裏の自在鉤にすき焼きをつるしながら「面倒だけど疲れはないよ。あれはほとんど道具頼りだから」

「注連縄、だっけ? あれ使えば封印の魔法が使えるのかっ」

「必要な準備を事前に行って、発動できればね。注連縄だって作り方はあるんだよ」

「…………ぐ」

 それは無理だ、とシャーリーは匙を投げた。

「だから、僕の事は気にしなくていいよ」

「疲れはなくても貴方が要であることには変わりありません」

 ぴしゃっ、と告げるミーナに豊浦は「了解」と頷く。

「ごった煮、……ほんと、ごった煮って感じですわね」

「味が濃いからね。リーネ君が作ってくれたサラダと一緒に食べるといいよ」

 膳にはご飯と取り皿、サラダと「卵?」

「すき焼きって、溶き卵をつけるんだ。好みがあるけどね。

 取り皿はまだあるから、興味があるならやってみるといいよ」

「そう、……珍しい食べ方ね。やってみようかしら」

 生卵を指先で軽く突いて、……ふと、ミーナは注目を感じる。くつくつといい匂いと食欲のそそる音を奏でるすき焼きを見て、注目の理由を察する。苦笑。

 まずは、これね、と。

「それでは、いただきます」

「「「いただきます」」」

 ミーナの言葉に、皆の声が重なった。

 

「くーっ、これ味しみててうまー」

「おいひーっ」

 シャーリーとルッキーニは早速感嘆。

「よかったね。サーニャ君」

「はい」

「え? これサーニャが作ったのか?」

 シイタケをつまみながらエイラ、サーニャは小さく頷いて「うん、豊浦さんと、一緒に作ったの」

「んなっ?」

「知っているかい? エイラ君。シイタケは、菌類なんだよ」

「それは聞いたっ! じゃなくて、どうしてサーニャと豊浦が一緒にご飯作ったんだっ?」

 二人で並んで料理する姿を想像し、必死に振り払いながらエイラ。対して、豊浦は真面目に頷く。

「そうだよ。サーニャ君。疲れているのに無理をして、いけない娘だね。心配してくれたエイラ君に謝りなさい」

「あ、ご、ごめんなさい。エイラ」

「ち、ちち、違うっ! さ、サーニャが悪いんじゃなくて、サーニャの手料理を食べられて嬉しいけど、そ、そうじゃなくてっ」

 申し訳なさそうに瞳を伏せるサーニャにエイラは挙動不審。

「そうだぞ。菌類を食べて落ち着け、代わりにこれはもらっていくから」

 シャーリーがエイラの取り皿にシイタケを放り込んで牛肉を奪取。エイラはシャーリーを小突いて牛肉を奪回。

「うー、と、豊浦が変なこと言うからサーニャがしょげちゃったじゃないかー」

「そこで豊浦に投げるのか?」

 呆れるシャーリーをもう一発小突く。豊浦はふむ、と頷いて、

「じゃあ、サーニャ君。心配をかけたお詫びに、エイラ君の我侭を聞いてあげようか」

「ふかっ?」

 変化球を投げ返されて変な声を出すエイラ。サーニャはじっとエイラを見て、

「エイラ、……私にしてほしい事、ある?」

「あ、あう、あう、……あわ、あわわ」

 しん、と。みんな箸を止めてエイラの動向を見守る。いわれのない注目を浴びてエイラは今度こそ豊浦を睨む。豊浦は真面目な表情で頷く。無駄だと悟って視線を戻す。

「……………………か、考えさえてください」

「そこでへたれるなよ」

 シャーリーをもう一発小突く。ついでに牛肉を奪取。「それ私んだーっ」と、シャーリーと奪い合い、一声。

「ご飯は静かに食べなさーいっ!」

 ペリーヌに拳骨を落とされて、エイラとシャーリーは沈黙。

「ぺ、ペリーヌもやるようになったな」

 打撃に慄きながらトゥルーデ。一応、シャーリーは上官にあたる。彼女はあまり気にしないだろうが、ペリーヌはそのあたり気にしそうだが。

「ふ、ふふふふ、いいですの? バルクホルンさん。

 実力行使は、基本ですわ」

「…………そ、そうだな」

 そこそこ荒んだ笑みを浮かべるペリーヌに引いて、

「うえー、なんかペリーヌまで変になってきたー」

 隣で慄くエーリカ。

「変ってどういうことですのっ?」

「そーいえばさー、豊浦ー」

「ん?」

「今夜はまた山に行くの?」

 ルッキーニの問い。豊浦は首をかしげて「そうだよ」

「えー」

「不満かな?」

「何かの演奏聞こえたけど、あれ豊浦でしょ? あれ聞いてると寝心地よくなるんだよねー

 ねー、またやってー、こっちで寝ていいからー」

 駄々をこねるルッキーニ。豊浦は困ったように彼女を撫でて、

「ルッキーニ君。前にも言ったと思うけど、女の子たちが寝ているここで男の僕が一晩いるのは忌避があると思うよ?

 君はいいかもしれなくてもね。他の娘たちの事も考えてあげなさい」

「えー? けど豊浦、一昨日はこっちで寝たじゃーん。昨日もー」

「一昨日は芳佳君に安静命令を出されていたからね。

 昨日は山に戻ってたよ」

「え? そうだったの?」

 首をかしげるルッキーニ。確か、聞こえた気もした。

 だから、

「演奏は、それじゃあまた夜にね。

 終わったら僕は山に戻るから」

「うー」

 演奏をしてくれるのは嬉しい。寝心地がよくなるから。

 けど、…………そんな我侭を聞いてもらって寝心地悪そうな山に戻らせるのは、抵抗がある。

「じゃ、じゃあっ、豊浦あたしの部屋で寝ればっ、部屋から出ようとしたらとっちめてあげるからっ、これでみんなは安心っ」

「それはそれで困るような」

 豊浦は苦笑。むー、と。ルッキーニは膨れる。

「ま、いーんじゃないか? 今更そういうことをやるようには見えないし」

「そうね。それに、豊浦さん。あなたは今回の作戦の要でもあるのよ。

 十分な休憩は必要よ」

 シャーリーとミーナに言われて豊浦は溜息。「ペリーヌ君?」と、一番反対しそうな彼女に水を向ける、が。

「ま、……まあ、それが作戦に必要なことですし、いいんではないですの?」

 ふい、とそっぽを向いてペリーヌが告げる。「やったーっ」とルッキーニは両手を上げる。……溜息。

「了解。一室借りるよ。

 じゃあ、ハルトマン君が使っていた部屋でいいかな?」

「へ? なんで私?」

 エノキを興味深そうに突いていたエーリカが顔を上げる。

「ハルトマン君はバルクホルン君と同室でいいと思うけど?」

「んー? トゥルーデ」

「う、…………む」

 思い出すのは、昨夜の事。見たこともないほど弱々しく、可憐な少女の姿。

「…………わ、わかった」

「トゥルーデ?」

 珍しい態度に首をかしげるエーリカ。ミーナも不思議そうな表情。

「い、いや、……ああ、それで構わない」

 やや挙動不審な彼女に首をかしげる、が。

「まあいいや、じゃあ。ハルトマン君の布団はバルクホルン君の所にもっていっておくね」

「りょうかーい」「え?」

 頷くエーリカと、不思議そうに応じるトゥルーデ。彼女は慌てて、

「そ、それでは豊浦が寝る布団がなくなってしまうのではないか?」

「あるけど? ……いや、仮になかったとしても女の子が使ってた布団を使うのは、……ねえ?」

「あー、確かに使いたいとか言われたら、引くねー」

 エーリカも豊浦に対して悪い感情は抱いていない。けど、彼は男性で、少女の使っていた布団を使いたいと言い出したら話の流れを圧し折って家から蹴り出す。

「そ、それもそう、だな」

「……ん」

 なぜか少し残念そうなトゥルーデ。

「トゥルーデ、何か不満なの? ……私の布団を豊浦に使わせたいとか? …………ええと、勘弁してよ?」

 意図は不明だがとりあえずどん引きするエーリカ。

「違うっ!」

「ああ、…………僕がハルトマン君の布団を使えば、バルクホルン君はハルトマン君と一緒に布団で寝れるという事かな?

 別に、ハルトマン君がよければ布団の事は気にしなくていいと思うよ。前にも言ったけど、誰かと一緒にいるのは悪い事とは思わないからね。僕は」

「あ、う」

 図星を突かれて言葉に詰まる。じわじわと顔が赤くなる。新鮮だなー、と思いながらも、…………ふと、芳佳を見る。妹、と。そんな言葉を思い。

「それじゃあ、お姉ちゃん。また、一緒に、寝よ?」

 なんて、ウィンク交じりに冗談めかして言ってみた。対して、

「う、……む。よ、よろしく頼む」

「あ、うん」

 顔を赤くして、小さく頷くトゥルーデ。その意外な反応にエーリカは戸惑い、頷いた。

 

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