怨霊の話   作:林屋まつり

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三話

 

「ん、……うん、涼しい。静かで、穏やかで、いいところ」

 サーニャは深呼吸をして、ほう、と一息。

「さて、それじゃあ近くの空き家に行こうか」

「おーっ、あっ、豊浦っ、どういうところっ? 芳佳の診療所みたいなのっ? たた、…………何とかはあるっ?」

「畳かな? あるよ。部屋の床は大体それだね」

「やったあっ」

「あそこでごろごろするのはいいんだよなあ。日向だと本気で昼寝したくなるな」

「シャーリーさんっ、……まったく、わたくしたちはネウロイ、……ええと、鉄蛇と戦いに来たのですのよっ!」

 怒鳴るペリーヌの側、トゥルーデが頷く。

 けど、

「まあまあ、あまり気張ってても疲れるだけだよ。

 集中するのは戦闘の時にね」

「そうそう、今はリラックスする時間だ。豊浦は話が分かるなっ」

「僕も昔はよく山の中をのんびりとうろうろしてたなあ」

 拳を握るシャーリーとのんびり呟く豊浦。「これで大丈夫ですの?」と、ペリーヌはなんとなく危機感。……ふと、

「そういえば、豊浦さん。あなたのご職業は? ……先に言っておきますけど、ええと、怨霊? とか、そういうのはなしですわよ?」

「そりゃあ、まあ、怨霊は職業じゃないしね」

「それが職業だとしたら、……いやだなあ」

 シャーリーはしみじみと呟く。職業、怨霊。…………笑えない。

「職業かあ。……ん、最近は山家と一緒にいることが多かったね」

「サンカ?」

「山で暮らしている人たちだよ。

 木こり、狩猟、川釣り、あと、竹細工とかもやってたかな。籠を作ったり、あと、農機具とか鎌を直したりもしてたね。暇なときは木で彫り物とかしてたな。

 その前はエタの人たちと皮革、……革製品を作ったり、ね。

 あとは、土木工事を手伝ったり、正成君たちと山をうろうろしたり、刀を打ったり、傀儡士をして雅仁君たちと遊んだりしてたかな。あ、傀儡士っていうのは人形劇をやる人だよ。ずいぶん昔は政治家もやってたね。あとは、建築士かな。お寺を建てたこともあったよ」

「…………な、なんか、いろいろですわね」

 意外な多芸ぶりにペリーヌは困ったように応じる。

「へー、いろいろなことやってるんだな」

「時間はたくさんあったからね。あ、人形劇で使ってた人形はあるけど、人形劇。いつかやってみようか?」

「おーっ、見たい見たい見たいっ!」

 ルッキーニは瞳を輝かせる。楽しそうに近寄ってくる彼女を豊浦は撫でる。

「それもいいのだけど、……ええと、豊浦さん。

 貴方も、ウィッチなの?」

 聞いた限りではウィッチとして活躍していたことはなさそうだ。とはいえ、鉄蛇を封印したこと。それはおそらく魔法によるものだろう。

 ミーナは豊浦を見る。自称千三百歳は信用できないが、それでも自分より若いということはなさそうだ。

 ウィッチとしてはすでに限界を超えている年齢。男性ということも含め、ウィッチとしたら相当特殊だが。

「君たちのいうウィッチとは違うと思うよ。

 ええと、陰陽。あとは、風水、……かな。あの結界は風水を応用したものだからね」

「はあ?」

 どちらも聞いたことがない。宮藤さんに聞けばわかるかしら、とミーナは判断保留。

 と、

「あ、見えてきたね。あれだよ」

「お、でっかいっ」

「うわー」

 大きい、宮藤診療所よりさらに二回りくらい大きいかもしれない。

「これが私たちの別荘か」

「エイラ、まだもらえると決まったわけじゃないわよ」

 楽しそうに駆け出すルッキーニとシャーリー、サーニャとエイラも興味深そうに歩き始める。

「ん? トゥルーデは不満?」

 元気だなー、とエーリカは続こうとして、眉根を寄せるトゥルーデに首を傾げた。

「ああ、…………なんというか、拠点としてはやはりもろく見えるな。

 木でできた家というのは」

「そうね。これもこの国の特徴、なのかしら?」

「風土を意識されたつくりかな。

 ほら、扶桑皇国は季節の変化がはっきりしているから、高温多湿な夏と、湿度が低くて気温が低い冬があるんだ。

 それで、木材は湿度を吸収したり、膨張して外気を遮断したりね」

「そうか、……なるほど、気候を意識した機能があるわけだな」

 納得したように頷くトゥルーデ。

「まあ、襲撃なんてないから別に問題ないでしょ」

「それもそうだな」

「お庭っ、お庭っ、……おお、木がたくさんっ!」

「ひろーっ、庭も広いなっ! ……お、倉庫かっ、すげーっ、何で出来てるんだこの倉庫っ?」

 さっそく庭を走り回るルッキーニとシャーリー。

 と、

「なあなあ、豊浦。これなんだ?」

「可愛い」

 門のところに座り込むサーニャ。

「石像? なんか変な顔だな」

「可愛い」

 けらけら笑うエイラの側、サーニャはさわさわと石像の頭を撫でる。

「ああ、お地蔵さまだよ」

「おじぞう、さま?」

「そう、出かける人が無事に帰ってきますように、って見守ってくれる石像なんだ。

 あとは、家の中に悪いのが入ってこないように見張ってくれる、のもね。……そうだね。家に対するお守り、みたいなものだよ」

「ふーん」

「可愛い」

 サーニャはさわさわと石像を撫でる。

「木造りでよければ彫ってあげようか?」

「え? ほんと、ですか?」

「小さいので良ければね」

「わあ」

「よかったな、サーニャ」

「うんっ」

「こっちには湧水があるっ!」

「井戸だっ!」

 そして、相変わらず庭を走り回るルッキーニとシャーリー。豊浦はどうしたものかと思ったが。

「あの二人は無視して結構ですわ。そのうち飽きたら家に来るでしょうし。

 それより、豊浦さん。さっさと屋内を案内してくださいます?」

「ああ、そうだね。みんなの部屋も決めないとね」

 頷いて屋内へ。サーニャとエイラも立ち上がって続く。

「リーネちゃんも、可愛いの好きだし、お地蔵様、気に入ってくれるかも」

「そうだなー」

「靴脱ぐんだっけ? 面倒だなー」

「むう、これでは外にすぐに出られないな。……ん? 豊浦、誰かいるのか?」

 トゥルーデが示した先。ペリーヌは首を傾げ「なんですの? これ」

「いや誰もいないよ。それは、草鞋。簡単な履物で、そこに足の指をひっかけて履くんだ。サンダル、みたいなものかな」

「これも草ですわね。……床といい、靴といい、この国の住民は草にどれだけ思い入れがあるのかしら?」

「主食が稲だからね。稲刈りした後は藁が大量に出るから、それを何か使えないかって試行錯誤した結果だよ」

「これ使っていいの?」

 エーリカの問いに豊浦は頷く。

「もちろんだよ。備え付けのものだからね」

 エーリカは頷いて靴を放り投げて中へ。豊浦は苦笑して靴をそろえる。

「すいません」

 ミーナはそんな豊浦に困ったように頭を下げる。豊浦は笑って「子供にありがちなことだからね」

「子供、…………はあ、まあ、子供ね」

 エーリカは十七歳だったか。そろそろ子供からは卒業してほしいが。

 とはいえ子供っぽいところの方が多い。ミーナは溜息。

「あ、ここは、畳じゃないんですね」

 玄関を上がって襖をあけて、サーニャは残念そうにつぶやく。

 板の間。木の床。そして、

「なぜ鍋があるんですの?」

「鍋だね」「鍋だな」

 部屋の中央になぜかぶら下がっている鍋。

「煮物を作るんだよ」

「…………なぜ?」

 確かに鍋は煮物を作る物だ。それはわかる。

 ただ、それが部屋の中央にぶら下がっている理由がわからない。

「そこ、」鍋がぶら下がっているところ、一段低くなっているところを示して「そこで火を焚いて、温かい鍋料理が食べられるんだ」

「……出来立てを食べるんだな」

 部屋のど真ん中で鍋を作る理由。エイラにはそれくらいしか思い浮かばない。

「それに、火を焚くから冬場の暖房に使えるからね。ここでみんなで集まって火にあたりながら食事をとったりするんだよ」

 

 寝室として使うそれぞれの部屋を決めて、中央、居間、と呼ばれた一際広い部屋に集まる。

「ま、それにしても、思ったより大事になってなくてよかったよ」

 集まってシャーリーは改めて一息。

 それは皆も同様、頷く。

 横須賀海軍基地がネウロイにより壊滅した。それを聞いたとき、どれだけの被害者が出たか、想像もしたくなかった。

 何より、ここを故郷とする芳佳の事を思えば、さらに気が重くなる。

 けど、豊浦のおかげで被害は最小限に食い止められ、死者は出なかった。

「豊浦には感謝をしなければならないな」

 トゥルーデの言葉に皆が頷き、

「けど、変な奴だよねー」

 エーリカの言葉に、さらに頷いた。

「ま、まあ、どこまでが眉唾かは知らないが、ネウロイ、……いや、鉄蛇という呼称だったか。

 鉄蛇の被害は出ていない。ひとまずはこれで良しとしよう」

「そうね。彼についてはあまり追求しないでおきましょう。

 なんていうか、……たぶんだけど、はぐらかされるような気がするわ。それで、とりあえずしばらくはここにみんなで暮らすことになるわね。

 鉄蛇の戦力がどの程度かはわからないけど、一日一体撃破すると八日、ね」

「長丁場だな」

 基本的に、対ネウロイ戦は見敵必殺。高速で移動し莫大な破壊をばらまくネウロイは町一つ半日もあれば廃墟に出来る。被害を最小限に収めるためには即座に撃墜しなければならない。

 そして、ネウロイも撤退という選択を取ることは少ない。接敵すれば最後、どちらかが墜ちるまで空戦を続けることになる。

 ゆえに、巣そのものの撃滅でもない限り、数日にわたっての作戦は少ない。

「そうね。……ただ、安全確保のためには仕方ないとしましょう」

 今のところ、軍上層部から作戦の期間についての指定はない。欧州の状況を考えればのんびりするつもりはないが。

「それに、鉄蛇は厄介な特性があるわ」

「厄介?」

 ミーナは、受け取った報告書に視線を落とす。

「外見は鉄蛇という呼称通り大まかに蛇ね。黒と赤の蛇。

 ただ、この鉄蛇、這うのよ。地面を」

「……なるほど、蛇っぽいね」

 エーリカは呟き「それが厄介?」と、ペリーヌが首をかしげる。

「いや、それは確かに、厄介だな」

「バルクホルンさん?」

「それはつまり、移動するだけで町が破壊されるという事だ。

 いくらなんでも建物よりネウロイが脆いということはないだろう。移動速度は不明だが」

 地上を這いまわるネウロイとの交戦経験はないから、交戦した場合にどちらが厄介かは不明だが。もし取り逃がせば、通過した場所は飛行するタイプのネウロイより大きな被害が出るかもしれない。

「そうですわね」

「簡単に撃破できれば、撃破したらすぐに開放。で一日のうちに数体撃破できるでしょうけど、それは実際に交戦して判断することね」

「楽勝ならいいんだけどねー」

「油断は禁物よ」

 のんびり呟くエーリカにミーナは苦笑して応じる。

「それと、もう一つ。

 証言によると地面から突如現れたそうよ。地面に潜るとしたら取り逃がす危険性も出てくるわ」

「……うわ」

 確かに、そんなネウロイを複数同時に相手にするとしたら、取り逃がす可能性が高い。

 そして、もし取り逃がせば、地中を移動するネウロイの発見はほぼ不可能だ。時間はかかるだろうが、扶桑皇国そのものが蹂躙されかねない。

 改めて、今回の作戦の意味を強く意識する。

「まあ、わかっているのはこの程度ね」

「ほとんどわかってないな」

 エイラが呆れたように呟き、ミーナは溜息。

「仕方ないわ。警告があったとはいえ不意の出現。避難に追われて確認する余力があるとは思えないし、その後はすぐに封印。

 これで詳細な情報を持ち帰れっていう方が無理よ」

「だなー」

「とりあえず、みんなは地上を移動するネウロイとの交戦について考えてみて」

 何せ初めてのケースだ。それぞれ戦闘プランを考えて擦り合わせた方がいいだろう。

「で、形状は蛇、か。……あれ、とぐろ巻いたりするんかな?」

「さすがに生態そのものまで蛇っていう事はない、と。思うわ」

「毒持ってたりー」

「いや、噛まれたらそれどころじゃないだろ」

 ルッキーニの言葉にシャーリーは苦笑。毒以前に数百メートルの蛇に噛まれたらその時点で生き残れるとは思えない。

「けど、噛みついてくるってことは食われることもある?」

「う、……い、いやなことを言わないでくださいっ」

 エーリカの言葉にペリーヌはネウロイの体内に飲み込まれることを想像し眉根を寄せる。けど、

「ええ? 大丈夫じゃない? ペリーヌ、ネウロイの体の中に突撃したじゃん?」

「そんなことありましたっけ?」

「ほら、……赤城とウォーロックの中に」

「…………あ、あれは空母ですわよっ!」

 確かに、考えてみればネウロイの腹の中に突撃したといえる。意識してなかったけど。

「結局私たちは何と戦う事と想定すればいいんだ? 蛇か? ネウロイか? 鉄蛇って毒持ってるのか? ビーム撃つのか?」

「……なにかしらね? とりあえず、両方でいいんじゃない?」

 

「わあっ、おっきいねー」

「あら? リーネさん」

 蛇についての資料が必要か喧々諤々と議論を繰り広げていたミーナたちは不意の声に顔を上げる。

「みんなー、お夕飯の準備できたよー」

「あ、場所わかったか?」

 シャーリーの問いにリーネは「豊浦さんに案内してもらいました」と応じる。

「そういえば、豊浦さんは?」

 なら一緒にいると思うのだが、と。首をかしげる。

「豊浦さんは山に薬草を取りに行ったみたいです。……ええと、山で寝泊まりするみたいだから、気にしなくていいって」

「なぜ山で?」

「わからないです」

 理解できなさそうなペリーヌの問いにリーネは曖昧に微笑む。彼女にもわからない。

「山で暮らしていたみたいだし、その方が落ち着くのではないか?」

「そ、そうなんだ。ええと、不思議な人、だね」

「突っ込み禁止だな」

 皆が思っていることを改めて言われてエイラが方針を語る。それがいいのかな、と。リーネも頷く。

「ねーねー、それよりご飯でしょーっ、さっさと行こうよっ! 芳佳の家だよねっ?」

「そうだよっ、あ、芳佳ちゃんのお母さんとお祖母さんも帰ってきたの。

 芳佳ちゃんのお母さん、すっごく料理上手だったよ」

「芳佳よりっ?」

「うんっ、私もびっくりしちゃった」

「リーネが驚くほどかっ、これは期待できるなっ」

 拳を握るシャーリーにリーネも笑顔で頷く。はしゃぐルッキーニを先頭に家を出る。

「あ、そういえば門のところに可愛い石像があったよね」

「うん、お地蔵さまだって。……ええと、家のお守り、みたいなの。

 豊浦さんが、木彫りの作ってくれるって」

「木彫り?」

「なんかあいついろいろ出来るみたいだぞ。おてら建てたって言ってた」

「おてら?」

「…………そういえば、何だろうな、おてらって」

 と、そんな雑談を交わしながら家を出る。さわさわと、暗い農道を歩く。

「お、おお、これはなかなか、新鮮だね」

「ハルトマン?」

 道を歩き始めて少し、不意にエーリカが声を上げた。トゥルーデは首をかしげると、エーリカは足を上げる。

 その先にはいつも履いている靴ではなく「ああ、草履、か」

「ぞーり?」

「草で出来たサンダルだって」

「へー、……扶桑皇国って靴まで草で作るんだ」

「それで、お風呂は木造りでしたわ。壁は紙、家は木、床と靴は草。不思議な国ですわね」

「そうだねー」

 さわさわと、暗い農道を歩く。りーん、と音。

「虫の音か」

「そうですわね。……うう、虫もたくさんいるのかしら?」

 眉根を寄せるペリーヌ。

「虫っ、おっきいのいるかなっ?」

「でかい蛇ならいるらしいぞ」

 期待の表情を浮かべるルッキーニにトゥルーデは苦笑。

「それいらなーい」

「そーいえばさ、リーネ」

「何ですか?」

「こたつ、って結局何なの?」

 

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