怨霊の話   作:林屋まつり

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四十八話

 

「皆さんおはようございまーす」

 朝食を終えた一同。そこに転がり込んでくる女性。初見のウィッチたちは首を傾げるが、

「あ、藻女さん」

「おはよっす。芳佳さん。リーネさん」

 にこにこと笑顔。そして、ざっと一瞥して、

「初見の皆々様には初めまして、わたくし、藻女、と申します。どうぞ良しなに」

 丁寧に頭を下げる藻女に豊浦は溜息。

「…………なんで君までいるのかな」

「おや、豊浦臣。ちわっすっ」

 そんな彼を見て藻女はくすくすと笑う。

「知り合いなの?」

「んー、平等院に封じ込められているのを助けてくれたのがこの人です」

「ああ、……まあ、ついでに」

「うわ、その言い方はひどいっすっ! それなりに感謝してるのにっ!

 ま、それはともかく、……えーと、えいら、さん?」

「ん、なんだ?」

 呼びかけられてエイラは首を傾げる。

「ああ、いたいた。

 エイラさんですね、扶桑皇国の可愛い服を着てみたいって言ったの? 準備は万端っすっ」

 びしっ、と敬礼する藻女。「へ?」と、エイラ。

「私、そんなこと言ったっけ?」

「ほら、最後の鉄蛇と戦う前。シルクのドレスとか、あ、ペリーヌ君も言ってたね」

「そっちも準備万端っすっ、ノリノリで準備しましたっ」

「ほんとですのっ」

 ぱあっ、と笑顔のペリーヌ。けど、

「あれ?」

「どうしたの、エイラ?」

 なぜか首を傾げるエイラ。他のウィッチたちは不思議そうにそんな彼女を見ている。それを無視してエイラは考える。

 何か、違和感がある。どこか、間違いがある。…………「って、着るの私かっ?」

「なに言ってんだお前?」

 不思議な事を言い出したエイラを胡散臭そうに見るシャーリー。

「え? 違うの?」

「当たり前だろっ、私が着てどうするんだっ! サーニャが着てそれを見るんだっ」

「……お前、面白いよな」

 シャーリーは溜息。可愛い服に憧れる。それはいい。共感できる。

 けど、自分で着ないでサーニャに着せた方がいいのだろうか? それはよくわからない。

「え? 私、…………けど、私が着ても、」

 いきなり水を向けられたサーニャは困ったように呟く。可愛い服、あれば着てみたい。けど、自分に似合うか。……あまり、自信はない。

「大丈夫、サーニャちゃん。きっと似合うよ」

 にっこりと芳佳は笑ってサーニャの肩を叩く。

「……そ、……そうかな」

「うんっ」

「じゃあ、そういう芳佳さんも着ちゃいますか?」

「え? 私のもあるの?」

 意外そうな声。藻女は頷く。

「はい、というか皆さんの分ありますよ。

 そのあたり、豊浦臣から大きさ聞いていますから、ばっちりっすっ」

 びしっ、と親指を上げる藻女。……芳佳は嬉しそうな表情をし、ふと、気になったこと

「豊浦さん、サイズ、知ってるの?」

 そんなもの教えた記憶はない。一応ミーナに視線を向けたが、ミーナも首を傾げる。豊浦は頷く。

「それはもちろん、目測には自信があるよ。

 大工仕事にも、狩猟にも必要だからね」

 得意気に胸を張る。…………が。

「あはは、……豊浦臣は一発殴られてもいいんじゃないっすかね?」

「え?」

 首を傾げる豊浦。芳佳も不思議そうな表情。

 どういう意味だろ? と、隣でリーネも首を傾げる。…………不意に、服のサイズ、と。その意味に思い至り、なんとなく思い出したのは水着を買いに行った時の事。

 服のサイズを合わせるのに必要なのは? ……ふと、視線を落とす。……………………「豊浦さんの、えっち」

「え?」

 いわれのない非難を浴びて首を傾げる。藻女はけらけら笑う。

「まあまあ、とはいえ品質は保証するっすよ。

 何せかの、後醍、……尊治様ががっつり集めてきましたからねっ」

「彼は遊ぶことにかけては全力だなあ。……ま、それじゃあ、楽しんできなさい。

 藻女、頼んだよ」

「はいっすっ。それじゃあお客様、こちらへどうぞーっ」

 

「うー、……私もかー」

 エイラはぶちぶちと呟きながら歩く。隣を歩くのはミーナで、「不満?」

「不満、…………じゃないけど、さー」

 もちろん、エイラも可愛い服や奇麗な服には憧れる。けど、

「そういうの、全然なかったから」

 ぽつり、呟いた。

「そうなの?」

 ミーナは不思議そうに首を傾げる。エイラは優秀なウィッチだ。撃墜数などの評価基準からエイラより優秀なウィッチもいるが、彼女は少し事情が違う。

 優秀なウィッチ。……けど、それ以上に、エイラは国の英雄として人気が高い。

 何せ、スオムスが世界に誇るウルトラエース。そして、欧州各国から受けた借りを最高の形で返すことが出来たスオムス最上位の逸材。

 そんな彼女だ。スオムス国内の人気はカールスラントにおけるミーナよりずっと高いだろう。当然、ドレスの一着や二着持っていると思っていたが。

「そ、スオムスは貧しいからさ。

 国のお偉いさんともそれなりに付き合いあったけど。……それでも、ドレスなんて御伽噺の話だ」

「あ。……そう、よね」

 もともと、スオムスは貧しい寒帯国。国の英雄だろうと、……あるいは、国のお偉いさんですら華美な服を着る余裕はなかったのかもしれない。

「ま、それはそれでいーんだ。貧乏で寒い国だけど、いいとこだし、野暮ったい服着せられるよりは気楽だからな。

 ただまあ、それで、……うん、そういうの慣れてないんだ。…………はあ、サーニャが着たの見れればそれでよかったのにぃ」

「あれは言い方が悪かったわ。というか、普通は誤解するわよ」

 ミーナはぽん、とエイラを撫でて苦笑。ドレスがあるといった豊浦に歓迎の意を表明しただけ、エイラも女の子だし、普通に考えれば可愛い服を着たがっていると思う。

「うぐぐ、舞い上がってたー」

 がっくりと項垂れるエイラ。

「エイラもきっと似合うと思うわ」

 サーニャはくすくすと笑いながら言う。「そうかなあ」と、エイラは自信なさそうに呟く。

「サーニャさんは慣れてるの?」

「はい。音楽を勉強してた時、発表会でドレスを着たことあります。

 ふふ、私もエイラが可愛い服着たところ、見てみたいな」

「ええ、そうね。きっと似合うわよ」

 微笑むサーニャと、少し意地悪く笑うミーナ。二人に挟まれてエイラは項垂れる。

「ほんとかよー

 あとで笑うなよなー」

「失礼ね。そんな事しないわよ」

「エイラ、奇麗だからどんな服でもちゃんと可愛く着れると思うわ」

「うぇ? ……え? …………え」

 奇麗、と。

 楽しそうに微笑みながらサーニャにそういわれて、じわじわと顔が赤くなる。

「わ、……私より、サーニャの方が奇麗だろ」

「そんな事ないわよ。……ふふ、いいじゃない。エイラさん。サーニャさんとおめかしして一緒に記念撮影しましょう?」

「あっ、うんっ、そうねっ!

 エイラ、たくさんおめかしして、一緒に写真を撮りましょうっ」

 いつになく楽しそうに迫るサーニャ。可愛い服着て、サーニャと一緒に並んで写真。

「そ、そうだなっ。よしっ、お宝決定だなっ」

「私も、エイラと一緒の写真、大切にするわね」

「うんっ」

 

「おおっ、来たかっ」

「あ、尊治様、ちわっすっ」

「うむっ、来たなっ! では、好きなものを選ぶがよいっ!

 ん? 欲しいか? よいぞ、欲しければ好きなのをくれてやるっ、私は寛大だからなっ! 一人五着くらいなら許してやろうっ!」

「ほんとっ、ありがと尊治っ」

 ルッキーニは嬉しそうに手を握り、芳佳も絵本でしか見た事がないような服を興味津々と見て回る。

 他の少女たちも思い思い楽しそうに服の物色をはじめ、呆然と残るのは二人。

「……あの、リーネさん。その、わたくしの見立てが正しければ、……ですけど、これ、とんでもない高価なもの、ばかりではないですの?」

「う、……うん」

 五着くらいならくれる、と尊治は言った。…………仮に、今、シャーリーが「動きにくそうだなこれ」と言っている着物。それを欧州に持ち帰り売り先を考えて売ればその一着だけでもかなりの値が付く。

 仮に、ここにある服をすべて持ち帰れば、大商家であるリーネの実家、ビショップ家でも数十年に一度の大商いになるだろう。

「うう、クロステルマン家の家宝。すべて買い戻せる気がして悔しいですわ」

 ペリーヌは故郷復興のため、泣く泣く手放した家宝を思い肩を落した。

「あ、あははは」

 そんなペリーヌにリーネは苦笑するしかない。けど、ペリーヌは顔を上げて、

「まあ、せっかくの好意にお金の話も無粋ですわね。わたくしたちも楽しみましょう」

「はいっ」

 二人は頷き合い、ふと、

「うわーっ、なんだこれーっ」

「頭に乗せるやつだっ、よし、シャーリー、装備だっ」

「無理っ、無理無理絶対に無理っ、こんなの頭に乗せられるかっ」

 にぎやかな声が聞こえた。ペリーヌとリーネは顔を見合わせる。声のした方に行ってみる。

「「うわー」」

 シャーリーがいた。着替えていないいつも通りの服。そして、だらだらと脂汗。その頭には、工芸品。

 純金に精緻な細工が施された冠。鈴が取り付けられ宝石らしきものも嵌め込まれている。人の頭の上にあるよりは、国家管理の美術館の目玉としてあるのがふさわしいような逸品。

「うむっ、似合うなっ」

「さすが元がいいと違うっすねっ」

 満足そうに頷く尊治と、ぱちぱちとのんきに拍手する藻女。

「シャーリー、お姫様みたいっ」

 ルッキーニも無邪気に手を叩く。…………ペリーヌは頷く。

「シャーリーさん。それ、壊したらあなたの給料、数年は消し飛びますわ」

 シャーリーの口が動く。下手に動いて頭の上の工芸品を落とすのが怖いのか、恐る恐る。ゆっくりと、

「と、……って」

「い、……いえ、その、」

「ごめんなさい。シャーリーさん。……せめて、清潔な手袋があれば」

 あまりにも奇麗な工芸品。指紋をつける事さえ憚る二人は丁重に辞退。

「よしっ、ルッキーニっ、次はバルクホルンにちょっかいを出すぞっ! 具体的には、…………いくぞっ!」

「おーっ!」

「じゃあ、私はサーニャさんのお手伝いにいきますっ!

 銀髪に似合う和服、見立てにも気合が入るっすねっ!」

 とととと、と、三人は散会。……で、

「た、……す、け、…………て」

 

「サーニャさん、はっけーんっ、っすっ!」

「え?」「ん?」

 にぎやかな声に振り返る。「ああ、藻女か」

 ここに案内してくれた女性。彼女は上機嫌に「いいの見つかりましたか?」

「その、ちょっと悩んでいます」

 西洋のドレスとは違う扶桑皇国の服。着てみたい、と思うけど、どんなものが似合うか見当もつかない。

 サーニャさえも首を傾げている。当然、

「あうあー」

 エイラは完全に呆然としていた。

「あはっ、なら私が見立ててあげるっすっ」

「ほ、ほんとかっ、頼むっ! サーニャの頼むっ、サーニャが着る可愛いのを頼むっ!」

「…………なんでここまで真剣にご自身を度外視できるんっすか?」

 真剣に頭を下げるエイラに藻女は苦笑。サーニャも困ったように微笑む。

「まあ、……ええと、お願いします」

 サーニャも、エイラに可愛い服を着て欲しいと思う。エイラは大切な友達だから、一緒に楽しみたい。

 けど、それにはまず自分のを決めて、……じゃないとエイラは自分の事ばかり気を遣うから。

「あはは、それもそうっすね。……ふふ」

 華やかな笑顔から一転、優しい微笑。

「本当に、……可愛らしくていい娘。眩しいくらい」

「藻女さん?」

 小さな呟きは届かない。首を傾げるサーニャ。藻女はいつも通り、華やかな笑みを浮かべて、

「では、不肖この藻女が、ちゃーんとサーニャさんを可愛く変身させてあげるっすっ!

 エイラさん、覚悟はいいっすか?」

 重々しい問いに、エイラは頷く。

「大丈夫だ藻女。最初から私に勝ち目はない」

「……なんなんですか、この潔さ」

 

「あ、……あの、エイラ。に、…………似合う、かな」

 豪奢な黒い着物に精緻な金細工の装飾品。銀糸と金糸で作られた帯。

 銀色の髪には月を模した銀細工を中心に、金細工の星と宝石が付いた鈴で飾られた髪飾り。

「……………………」

「あ、……あの、エイラ」

 サーニャは首を傾げる。そのたびに、ちりん、と小さな音が響く。

「……そうか、これは夢か」

「エイラさん、正気に戻るっす」

 いきなり不思議な事を言い出したエイラに藻女は苦笑。ぽん、とサーニャの肩を叩いて「ま、気持ちはわかるっすけどね」

「え?」

 エイラがどうしたのか、見当もつかないサーニャは藻女に視線を向ける。藻女はくすくすと笑って、

「サーニャさんがあまりにも可愛くて、幻想的で、現実感がなくなってしまったんですよ。

 サーニャさんだって天女が目の前にいたら夢じゃないかって思うでしょ?」

「え、……えと、」

 天女、と言われてもよくわからないけど、なんとなく美しい妖精とか、そんなイメージがある。

 確かにそんなものが目の前にいたら現実感はなくなるかもしれないけど、

「私、が?」

 実感がわかない。故の問いにエイラはこくこくと頷く。

「ほ、……ほんと、…………あの、ええと、……その、」

 妖精では足りない、女神では伝わらない。…………だめ、無理。どんな賛辞でもこの想いはちゃんと伝わらない。

「う、……うん、す、すごく、奇麗、だ」

 だから出たのはこんなありきたりな言葉。語彙の少なさがいやになる。けど、

「……ふふ、ありがと。エイラ」

 微かに頬を染め、サーニャははにかみ微笑む。その微笑でさらにエイラは顔を真っ赤にして、ぽんっ、と。

「では、お次はエイラさん、張り切っていってみましょーっ」

「うぇっ? て、わ、私もかっ?」

「当たり前っすっ」

「ふふ、エイラ。可愛いの、見せてね」

 おっとりと微笑むサーニャ。そして、エイラはぐいぐい藻女に引っ張って行かれた。

「さーて、どんな服っすかねーっ! 可愛い女の子に可愛い服を着せるのは、楽しいっすねーっ!」

「私もそっちがいいんだーっ!」

 

 仲良くどこぞに行くエイラと藻女を見送って、サーニャは、とことこと少し歩いてみる。

 豪奢な着物。けど、意外と重くない。着ていて負担は感じない。それに、

「奇麗な服」

 ぽつり、小さく呟く。精緻な金細工がちりばめられた服。凄く上品で繊細な服。

 いいな、と。こっそりと思ってみる、と。

「うわー、サーニャちゃん。……凄い奇麗」

「あ、芳佳ちゃん」

 驚いた表情の芳佳。けど、

「芳佳ちゃんも、可愛いよ」

 襟や帯に深紅をあしらった純白の服。白い花を模した髪飾り。

 清楚で清廉。真面目な印象の芳佳にはとても似合ってる。

「え。……えへへ、そうかな。

 私、こういう服一度着てみたかったんだあ」

 憧れの服。サーニャもそういう服はある。だから「よかったね」と笑顔。

「これぞっ、これぞっ! 大正浪漫っすっ」

「うぇーっ?」

「エイラさん?」

「うん、エイラも藻女さんに服を見繕ってもらってるの」

「そうなんだー」

「って、ええっ? か、髪もかっ?」

「当たり前っすっ」

「これでいいよー」

 非常に珍しい、エイラの弱気な声。けど、

「サーニャさんに可愛いって言って欲しくないんっすかっ?」

「ふぐっ、…………ぐあーっ」

「……なんでエイラ、断末魔の悲鳴を上げてるの?」

「……さあ?」

 で、

「あ、……うー」

 藻女と一緒に現れたエイラ。黒いブーツに深い紫色の袴に淡い桃色の半着。白い、絹のケープ。

 薄い金色の髪は丁寧に櫛を通され、鼈甲の髪留めが飾られている。

 サーニャのような、浮世離れた美しさとは違うが。

「エイラ、可愛い」「うん、似合ってます」

 自然と、視線を集める魅力がある。視線を引き寄せられる華やかさがある。特別な服ではないから、彼女自身の華が際立つ。

「そ、……そうか? それなら、よかった」

 改めて、可愛いと言われたのは初めて、それもサーニャに言ってくれた。自然と頬が緩む。

「それじゃあ、ばっちり記念撮影をしちゃいましょうかっ」

 どこぞから巨大な写真を取り出す藻女。自分はともかく、サーニャのこの服を着たところは写真に残しておきたい。額に入れて飾りたい。

「よしっ、頼むぞっ、……って、私じゃなくてサーニャっ」

 さっそく向けられるカメラ。慌ててサーニャの手を取るけど。逆に手を掴まれる。

 どうした? と、問うた先。サーニャは楽しそうに笑って応じた。

「それもだめ。一緒によ。エイラ」

 

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