始まりの物語Ⅰ
しゃっしゃっ、しゃっしゃっ
小気味良いリズミカルな音が、明けきらぬ秋空に響く。
山の稜線からわずかに漏れた朝日が照らしたのは、一人の子どもだった。濡羽色の長い髪を緩く下の方に束ね、白い衣に緋色の袴を履いた少女。山奥の小さな神社の掃除をしているらしかった。
しゃっしゃっ、しゃっしゃっ
竹箒が地面を擦る音は、途切れることを知らない。
どのくらいの時間が経っただろうか。稜線を染めていた太陽は、いつの間に昇って辺りは明るくなっていた。
「
「はい。」
瞬間、振り向いた少女の瞳は、ふっと見上げた秋の朝空を映した色をしていた。
「いただきます。」
そういえば。と、母親ー礼子が口を開く。
「9月19日ね。誕生日、おめでとう。あなたももう11歳なのね。」
「ありがとう。母さん。」
この日、真綾の運命が大きく動き出すことを、まだ誰も知らない。
朝食を終え、いつものようにポストの中の郵便を出しに行く。さっと宛名を見て行くと、一通、英語で書かれたものがあった。
真綾の父は英国人であるため、山奥の小さな集落に暮らしているわりにエアメールはさほど珍しい訳ではない。
「私宛に…?」
そう、何が珍しかったのかといえば、その手紙は真綾に宛てて来ていたことだった。
不思議な色合いの紙に、綺麗なエメラルドグリーンのインクで字が書かれている。裏返すと、Hの文字をかたどった封蝋がされていた。
心当たりが全くないそれを呆然と見つめて、どれほどの時間が経っただろうか。
何はともあれ、学校に行かなくては。と、学校に行ったはいいものの、全く身が入らない。いつもは真面目で品行方正、質問も積極的な真綾の常ならざる様子に、教師からも心配される始末だった。
チャイムと同時に学校を出て、史上最速記録で家に着く。
この時間、母屋の方には誰もいない。一人きり、涼しい風が吹き込む居間でその手紙を開けた。。
"Dear, Miss Burnett,
We are pleased to inform you that you have been accepted at Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry.
Students shall be required to report to the Chamber of Reception upon arrival, the dates for which shall be duty advised.
Please ensure that the utmost attention be made to the list of requirements attached herewith.
We very much look forward to receiving you as part of the new generation of Hogwarts' heritage.
Yours sincerely, Professor McGonagall"
「なるほど、英国の魔法学校の入学許可書、か。しかし、なんでまた…」
真綾にとって、魔法というのはすぐそばにある使い慣れた力だった。
日本の魔法学校、私立大和学院初等部魔法学科の首席を5年生にして務めるのは、他ならぬ鈴代真綾であるのだから。
その夜、いつもの団欒の時間に、真綾は両親に手紙を見せた。
イギリスは慣れた国(毎年帰省している)だから大丈夫だろうという父親と、日本にいて首席まで取っているのに、わざわざ遠くに行かせたくない母親、留学して見聞を広めたいという真綾とで随分と揉めたようだが、真綾の強い主張が通り、ホグワーツに行けることになった。
「さて、ホグワーツに返事を出さないと。と言いたいところだけど、住所が分からないわね。どうしましょうか。」
礼子が聞けば、
「何か手紙に書いてないのか?…ふくろう便、らしいぞ。」
父、ダニエルが答える。
「普通のふくろうでいいのかな?それなら裏手の森にいるけど。でも、ふくろうって日本からイギリスまで飛べるものなの?」
と、真綾が言えば、家族全員が黙りこくってしまった。
鈴代家の全員が困り果てたところに響いたのは、
ぴーんぽーん
なんとも間の抜けた音であった。