プレアデスへの道程で   作:カリフォルニア饅頭

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第一幕はエミラム(?)。ロズワール屋敷を出発して一日目の夜。始めて魔力供与するエミリアとラムの話です。


傲慢メイドとへっぽこ主

 

「……ん、んぁっ……ぁあ……あっ……ああ」

 額から流れ込んでくる諸属性の融合したマナに、思わず艶かしい声を出してしまう。アウグリア砂丘に向かう旅路の途中、一行は屋敷からおよそ一日竜車で走り、適当な町で宿を取っている。辺境伯のお膝元から一日ということもあって、そこそこ大きな町で、なかなかの宿を取ることができた。当然、内装は屋敷の豪奢なものには及ばないが、相当のものであることが伺え、普段どのような人々がこの宿に泊まっているのかが良く解る。その上物のベッドの上で、ラムはエミリア様の膝に頭を乗せて、マナの供与を受けていた。

 失った角のあった場所へ流れ込んで来るマナに、体中が歓喜に震え、ラムを苛む倦怠感や苦しみが緩和されてゆく。漏れ出てしまう艶かしい声はこの身体をマナが満たしていくことの副産物であるが、どうにも傍目には決まりが悪いものらしい。その感覚に目を瞑って必死に堪える中でも、僅かに耳の端でいそいそと部屋から人が出て行く物音を聞くことができた。『エミリアたんの膝枕とかずるいぞ!』などと始まる前には妬み半分で茶化していたバルスも出て行ったようで、流石にその程度の良識はあるかと安堵する。

「……あ」

 ラムの艶声だけが響く部屋の中で、突然に別の音が入り込む。エミリア様の声だ。それと同時に、マナの流入が止まる。身体中を這い回っていたむず痒い感覚も消えて、瞑っていた目を開けると微精霊たちに取りまかれながら動揺した様子のエミリア様がわたわたと慌てている。

「ごめんなさい、ラム。すぐにまたマナを融合させるから」

 どうやら、集中が一度途切れてマナの融合が滞ったらしい。そう言ったエミリア様の顔には、少しだけ疲労の色が見える。いくら竜車の乗り心地が良いとはいえ、一日中乗っていればそれなりに肩もこるし体も硬くなってしまう。でも、きっとエミリア様の疲労の原因はそれではない。

「……エミリア様、お気になさらず。ラムはもう大丈夫ですので」

 マナの融合には緻密な制御能力が必要となる。当然、かなりの集中力を必要とするし、その分精神的に疲れてしまっても仕方がないだろう。ましてや、エミリア様にはいまだに慣れない作業である上に、ロズワール様のように自らのマナを使うのではなく精霊を介してのマナ操作である。ことこういったマナの運用に関しておそらくこの大陸でも有数の知識を持つベアトリス様が理論的に助力していても、その負担はおそらく相当重いに違いない。それに、当のベアトリス様はアナスタシア様と話があるとかで席を外しているのだから、その助力も有ってないようなものだ。

「でも、まだロズワールが言っていた量には全然」

「エミリア様、ラムは大丈夫ですので。ロズワール様には及ばずとも、エミリア様らしからぬ丁寧に融合されたマナでした、ありがとうございます」

「う、うーん? ありがとう? でも、明日からはしゃんとベアトリスに居てもらわなくちゃね」

 まだマナを融合させようとするエミリア様の申し出をそう断り、横たえていた上体を起こす。言葉通りで、エミリア様のマナ制御は相当レベルが高く、日頃氷の塊をぶん回すのを得意とするなどと信じがたい。褒められているのか貶されているのか解らずどう反応したものか困惑しているエミリア様を横目に、部屋の中を見回せば施術の前にはぞろぞろといた野次馬たちはどこかへ消えていて、部屋の中にはラムとエミリア様だけしかいない。否、もう一人だけいる。

 レム。記憶は無くとも、ラムの妹。彼女が部屋の端の方で特製の車椅子に腰掛けて身動き一つせずにただ眠り続けている。部屋を出て行った見物人たちも彼女を連れ出すことまでは考えが及ばなかったらしい。あるいは、動かす必要も無いと判断したのか。いずれにせよ、彼女は眠り続けている。

 正直に、ラムには今をもってレムに関しての記憶は全く無い。バルスが王都から連れ戻ってきた、とてつもなくラムに良く似た少女。ラムの記憶の上では、目の前の青い少女はただそれだけの存在である。――だが。決してそれだけではないということは、バルス以上にラム自身が解っている。記憶は無くとも感じる、曖昧だが確実に感じられる目の前の少女との繋がり。ラムとレムには、絶対に何かの関係がある。そしてそれは、今も喪われ続けている。

「レムを助けるための手掛り、きっとプレアデスにあるわ。――絶対に助けましょう」

 ラムの視線の向かう先を見たのか、エミリア様がそう呟く。本当にそうなのかは誰にもわからない。400年前に嫉妬の魔女を封じた賢者ならば、何かを知っているかもしれないというただの希望的観測。それでも、あの剣聖ですら断念したアウグリア砂丘を踏破し賢者に接触しようとしているのだ。そのぐらいの希望を持っても良いのではないか。

「そうであって欲しいものです」

 それに、そのためにラムはロズワール様の許を離れたのだ。ラムにとってロズワール様は第一にして絶対。その許を離れてでも今回の長旅に同行しようとしたのは、バルスがレムも連れて行くなどというたわごとを言い出したから。もしもレムが目覚めてラムの記憶が戻ったら、きっとその場に居なければ一生後悔する、そんな気がしたからこそ今回の危険な旅路に同行することを選んだのだ。それに、レムの世話をするのはラムの役目だ、それを譲るわけにはいかない。

 そう改めて決意を固めたところで再びエミリア様に視線を向ければ、銀の少女はその美貌にきょとんとした表情を貼り付けていた。

「……どうかなさいましたか、エミリア様」

「へ? い、いやなんでもないの。……うん、ホントよ?」

 怪しい。見るからに怪しい。だが、それを問い詰めても何故だか墓穴を掘るような気がして、意識を部屋の外、施術の終了を待つ同行人たちの方へ向ける。彼らも、エミリア様のマナ供与が中断したことぐらいは感知しているだろう。待たせておくぐらいどうということも無いが、用が終わった今となっては待たせておく理由も無い。これからは明日の日程についての確認をしなければならないし、長い旅路を共にする連れ合いなのだから、わざわざ不興を買う理由も無いだろうと、本日の施術の終了を伝えに部屋の外へ向かう。扉を開ければ、廊下の少し離れた場所にラムへの施術を覗こうとして結局退散した不埒者たちを発見し、待ちぼうけを食らっていた野次馬たちに歩み寄る。

「ラムのあんなに優しい顔、はじめて見たわ。ちょっとびっくらこいちゃった」

 だから。後ろから流れてきた、そんな失礼な呟きは聞かなかったことにした。

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