いよいよ、これからアウグリア砂丘へ出発する。ここは、しばらく滞在したミルーラの街の宿の一室。窓からは俺たちの出発を祝福するかのように明るい日差しが差し込んでいる。他の皆は出発に向けて準備に走り回っているはずだ。ではなぜ俺がここにいるのかというと、宿の部屋に挙げていた荷物を竜車に運び込むという名目でこの部屋に連れてこられたのだが当の荷物たちは既にユリウスやラムたちによって下に運ばれてしまったからだ。それが、ラム達の心遣いであるというのも解っている。
なにせこの部屋には、スバルを英雄だと言ってくれた彼女が――レムがいるのだから。ラムなどは「ラムたちは暫く下で荷物を整理するわ。でも、ラムのいない間にレムに不埒な真似をしたら捻じ切るわよ」と言って部屋から出て行ったのだが、その裏を読めないような浅い付き合いではない。とはいえ鬼の居ぬ間にというわけではないが、気遣いを受け取ってレムと少しだけ話させて貰う。なにせ屋敷を発ってから、二人きりで離せる時間というのは非常に限られていて、ここ最近などは殆どその時間がないに等しかったのだから。
窓際で、一際強い光に照らされながらレムは眠っている。窓から吹き込む少し砂交じりの風が、レムの髪を撫でてメイドの姉が整えたであろう髪の毛を乱す。その様子は、本当にただ眠っているだけといわれても何ら可笑しくは無くて。次の瞬間にはそのかわいらしい眼を露にして、懐かしくも安らぐあの声で、優しく名前を呼んでくれても何ら違和感は無いだろう。けれど、そんなことが絶対にありえないというのは、自分が一番良く知っている。
今となっては一年ほど前になってしまうけれど、白鯨を下しリーファウス平原で別れた後、レムは魔女教大罪司教の襲撃を受け、そのうちの一人『暴食』の権能によってその存在を奪われ、こうして眠りについている。だから――暴食を下すかあるいはいまだ考えもつかない他の手立てをもってしなければ、奪われた彼女の存在が戻ることはない。
傲慢だとは思うけれど、レムを取り返すのはあくまで自分自身の手で成し遂げたい。それが俺の願い。他の誰かが監視塔に挑んで眠り姫たちを揺り起こす、確かにそれでもレムは目を覚まして笑いかけてくれるだろう。――それでも、その過程を他の誰かに譲りたくは無い。レムを助ける英雄は、ナツキ・スバルでありたい。それでこそ、目覚めたレムは本当に心の底から笑ってくれるのだ、と勝手に俺は思っている。その傲慢さに、自分自身苦笑する。
それに、欲を言えばレムが目覚めたときその傍らにいるのは自分であって欲しい。そして、共に再開の喜びを分かち合いたい。だからこそ、この危険な旅路に無理を言ってレムを連れてきたのだ。――そう願うのは、間違っているだろうか。
「なあ、レム」
返事は無い。知っていた。当たり前のことだ。
「もう知ってると思うけど、俺たち、これから賢者に会いに行くんだ。プリステラで大罪司教の権能の被害にあった皆を助けるために、そして何より――レムを助けるために」
続く言葉にも、何も反応はない。そんなことは当たり前だ。だから、これから彼女を取り戻すために賢者に会い見えに行くのだ。それにこれは、どちらかといえば俺自身が決意を新たにするためのものに近い。英雄だとかそういうものとは全く関係なく、ただのナツキ・スバルの決意と願い。もう一度、彼女と笑いあうために。
「『瘴気』だとか『迷路』だとか『賢者の監視』だとか、考えないといけないことは沢山ある。でも、俺は諦めない。必ず、賢者の下へ辿りついてやる」
「だから、傍で見ていてくれ。――絶対に、助けてやる」
さあ行こう。目指すは前人未到の賢者の住処、プレアデス監視塔。そこまでにどんな苦難が待ち受けていても乗り越えてみせる――絶対に。
以上。お付き合いありがとうございました。