トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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お陰様で、お気に入り数が三千人を突破いたしました

好き勝手に書いた拙作を読んで下さった全ての方に、謝りたいと、感じてる……
だから感謝というのだろう、これを感謝というのだろう by克巳兄貴


さてようやく、1ヶ月振りの本編! 萃夢想編後編!
これで暫くはバトルはお休み、ですので、思いっきりやらせました
……やり過ぎて、「途中でコクトが死んで書き直し」が多発 (--;)







【トウホウ・サケノミゴ】


 初めて会った時から、あいつは変わらない。
 酒の香りに釣られた鬼達を打ちのめし、勇儀とやり合った時から。
 無表情を僅かばかり崩した嫌そうな面で、だけど、瞳の奥は好戦的に輝いて。
 黒い光。
 呑み込まれそうな、黒。
 戦っていても勝っても負けても酒を呑んでも。
 変わらない、漆より新月より深い、黒色。
 鬼という、とびきりの極彩色と混じっても、染まらない。
 幻想郷に移り、数百年振りに会っても、変わっていなかった。
 何をしても誰といても何年経っても、あいつは、いつだって『あいつらしく』在る。
 それを、「まさしく鬼のようだ」なんて。
 羨ましいだなんて。
 この私が、この伊吹萃香が、他でも無い鬼の私が。
 感じさせられ、感じ入ってしまった。
 真っ黒なあいつの、受け入れて、染まらず、変わらない在り方を。
 あんな風には生きられないと、俯いて、想ったんだ。

 必死に顔を上げ、酒と一緒に呑み込んで、童子みたいに笑うことしか、できずに。

 嗚呼。畜生。

 私達は、人間も幻想郷も、見捨てたってのに。
 あんたは、やっぱり『あんたらしい』ままなんだね、コクト。


 紫達と戦うその顔は、瞳は、あの頃とまるで変わらない。



第萃話

「帰るのか? 伊吹」

「いや、もう暫くはこっちに居るつもりだよ」

「そうか」

「今回は会えなかったけれど、博麗の巫女っていうのにも興味あるしね」

 からからと笑う表情は、先程までとはうって変わって、憂いが無い。

 まあ、色々面倒だったり死にかけたりしたが、気は晴れたらしい。

 それは何よりだが、1つ問題がある。

「博霊の巫女に会うのなら、明日以降にしておけ」

「どうして?」

「すぐには厄落としが済まないだろうからな」

「あんたのせいかい」

 失礼な。

 元はと言えば、私をこの馬鹿騒ぎに招いたお前のせいだ。

 

 

 

 

 

「……見つかっちゃった、か」

「呼んだのはお前だろう」

「まぁ、そうだけど」

 幻想郷の何処とも知れない、妖霧に満ちた空間。

 そこに、伊吹は待ち構えていた。

 まさしく、待ち、構えていた。

 危機察知がやたらに肌を刺すので、まさかとは思っていたが、こいつ、酒を飲んでいない。

 完全な素面で、戦うつもりのようだ。

 いや、ふざけるなよ。

 どうしてそうなる。

 年がら年中呑み続けているのがお前だろうが。

 何故こんな時に限って酒を断つ。

 しかも、幻想郷中に散らしていた霧を、此処に萃めていやがる。

 霧散させていた自身を、戻している。

 妖霧が伊吹の肉体に還る度、その妖気が充実していく。

 どうやら、全力でやる気らしい。

 何でだおい。

 単に馬鹿騒ぎしたいだけかと思って来てみれば、想像を遥かに超える全力振り。

 酷い話ではないか。説明を要求する。まるで意味が分からん。

 もう少し気楽な案件だと思っていたのだが、どうしてこうなる。

「…………まあ仕方無いか」

 何か騙された気分だが、成ってしまった状況は変わらない。

 逃げたら、背中を向けた瞬間に殺される。

 良し。諦めよう。やらなきゃ殺られる。いつものことだ。

 その上で生きよう。

 なあに、綱渡りは割りと得意なのだ。

 どうにかなる。どうにかする。どうにかしよう、生きる為に。

 

 

「変わらないね、コクト」

「お前は変わったのか、伊吹」

 私の問いに、ぎちりと、伊吹が顔を歪める。

「人間も地上も、変わってしまったから、鬼は見限って、見捨てたのよ」

 伊吹は、下手糞に笑った。

 ああ、全く、なんて有り様だ。

 嘘が大嫌いなくせに、たまに嘘を吐こうとするから、そんな無様を晒すのだ。

 見限ったと嘯くのであれば、何故今更になって、関わろうと思い、こうして行動に移したのか。

 好きなモノを嫌おうとするなど、全く、見苦しい。

「そうやって、ごちゃごちゃと思い悩む鬼は、お前くらいだろうさ。

 なあ、龍神の子よ」

 本当に見限ったのなら、それを見限ったという過去すら忘れるものだ。

 鬼らしくも無く、割り切れずに引き摺るなど。

 

 見ていられないな、伊吹。

 

 そう、言外に伝える。

 伊吹は、余すこと無く、私の声を受け取ったのだろう。

「私は鬼だ」

 あらゆる感情が入り雑じっていた笑みが、怒りに染まる。

 ゆらゆらと揺らめく炎の様に、不確かな激情に、塗り潰される。

「鬼の、伊吹萃香だ」

 本当に、なんて無様だ。

 鬼がわざわざ、鬼気迫る面を作るなど。

「ああそうだ。お前は伊吹だ。

 そして今、此処には、お前が居て、私が居る」

 今がいつか。

 此処が何処か。

 とうの昔に見限り、もう既に忘れられている。

 外の世界を見限り、この地からも立ち去った。

 それがいったい、何だと言うのか。

 

「私が居て、鬼のお前が居る。

 なら、それで充分な理由だろう」

 

 折角こうして、誘いに乗ってやったのだ。

 暇潰しだろうと、憂さ晴らしだろうと、付き合ってやる。

 泣きたければ泣くが良い。

 鬼の目には涙を見せられないならば、せめて上手く意地を張れ。

「………………ああ、そうだね」

 初めて会った時からだ。

 ずっと私達は、顔を合わせる度に、こうしていただろうが。

「……あんた…………最高だよ、コクトォッ!!」

 殴りかかって来い。

 張り倒してやる。

 

「さあ、『いつも通り』の、馬鹿騒ぎだ」

 

 

 

 

 両者同時に、私は厄を、伊吹は周囲に漂う『力』全てを、萃め、束ね、統べる。

 総量は、圧倒的に伊吹が優勢。

 当たり前の結果だ。能力の汎用性が段違いなのだから。

 だが、それでも。

 私の方が、伊吹よりも巧い。

 

「「はっ!」」

 

 収束を開始したのも同時なら、放つのもまた同時。

 合わせる気が無くとも、呼吸が揃う。

 互いに発射した砲撃がぶつかり合って。

 そして。

 一拍の間も置かず、私の厄が伊吹の『力』を貫いた。

 伊吹も、密度を高めて固めていたようだが、星熊の肉体をも穿つ貫通力の前には無駄だ。

 進路を逸らすこともできず爆発四散。厄砲はそのまま伊吹へと直進しーー

「かぁっ!!」

 疎められて消し去られる。

 やはり、あの巨弾に勢いを殺されたか。

 

 やっぱり、想定通りに。

 

 伊吹が初弾に対処している間隙を縫い、間合いを詰めて、厄砲で砕いた『力』を私の妖力で絡めとる。

 即座に束ねて、次弾装填。

「そら次だ」

 収束率では先程より見劣りするが、伊吹が放った分を奪い、威力については十二分。

 初弾と同様に掻き消されても、隙は作り出せるはず。

 そう、考えた、瞬間。

 危機察知が脳内に鳴り響く。

 全力で回避しろと、吠え散らす。

 私の第二射を疎めた伊吹。

 大きく開いた口。

 上下の歯の間に輝く、極限まで圧縮された妖力。

 こいつ、開戦の時点から、口内に萃めていやがったか。

 しくじった。流石に喧嘩慣れしている。

 光。

 一瞬前まで私の胸があった位置に線が走る。

 弾速に特化したそれは、まさしく、光線。

 遅れて、大気を切り裂く音と、息が詰まる程の熱。

 鼓膜を通して脳髄が揺れる。

 熱せられた空気で、喉が焼ける。

 速さ重視と言えども、最上位の鬼による一射だ。

 その威力たるや、直撃すれば、私の体など絹ごし豆腐の如く粉砕する。

 回避して尚も、余波だけでこの有り様。

「……ぁっ!」

 致命的な隙を生まされたのは私の方。

 不味いと理解していながら、肉体が硬直する。

 集中力を取り戻した時には既に、目と鼻の先には、拳を振りかぶる伊吹の姿。

 避けること、能わず。

 受けること、能わず。

 防御結界も、展開が間に合わない。

 死ぬ。

 この窮地を絶命を、切り抜けなければ、私は、死ぬ。

 死ねない。

 生きたい。

 ならば、凌げ。

 凌ぎきるしか道は無い。

 鬼の四天王の拳をいなした経験は無い。

 それがどうした。

 あんな馬鹿げた腕力をいなそうと試す気にはならない。

 だから何だ。

 やらなければ、殺られる。

 できなければ、死ぬだけだ。

 他に、生きる術は無い。

 

 

 視る。

 

 伊吹の拳。

 腕と背筋と下半身の連動。

 体軸のうねり。

 全身の躍動。

 その全てを視る。

 感覚を最大限に研ぎ澄ます。

 

 

 計る。

 

 どうすれば良いか。

 どう合わせれば良いか。

 どう流せば良いのか。

 どうすれば、生き残れるのか。

 思考を最高速まで加速し、計測する。

 

 

 視て、計って、そして実践。

 

 

 迫り来る拳。

 その右手首に私の左手を添えて、力の流れに逆らわず、向きをいなそうと試みる。

 

 

 左半身が吹き飛ばされた。

 

 

 気がした。

 

 気のせいだ。

 肩甲骨も肩も肘も手首も指も、ちゃんと繋がっている。

 指に関しては、逃がしきれなかった衝撃で、出鱈目にへし折られたが。

 だけど、千切れてはいない。上々だ。充分だ。

 まだやれる。

 びりびりと左腕に痺れが走る。

 無視。気にしている余裕は無い。

 

 渾身の拳をいなされた伊吹が、漸く見せた隙。 

 この機、この瞬間を逃せば、後は無い。

 思考速度は緩めない。最高速を維持。

 3発目の厄砲を練り上げ、伊吹の腹に撃ち込む。

 掴んだ好機を、強引にでも押し広げてやる。

 

 伊吹が吹き飛ぶが、損傷は軽微。

 溜める間も無い砲撃で貫ける程に、最上位の鬼は易く無い。

 そして、貫き得るだけ厄を束ねるには、まるで時間が足りない。

 

 で、あれば、不足する分は、数で補おう。

 既に、場は整っている。

 三度繰り返した厄砲による厄と妖力が混じり合った『力』は、私の手を離れても、私の物。

 意識を拡散しつつ、それぞれに集中。

 思考速度は、無理矢理に最高速を保たせる。

 脳が熱に焼かれる過負荷。

 構わない。思考を回す。

 

 体から離れた妖力を、再度掌握、弾幕を形成。

 瞬時に揃える、厄弾による包囲網。

 その全てを、伊吹に叩きつけ、並行し、新たな厄弾を追加する。

 周囲に漂う厄と妖力を再構築しつつ、更に、私自身の妖力も弾幕として放つ。

 秒間で百に迫る弾数を撃ち込みながら、絞り出す様に弾を加える。

 命中し砕けた弾からも、再び弾を形作り放ち当てて砕けて構築し発射。

 十字砲火どころでは無い、四方八方上下からの多重射撃。

 厄の豪雨。

 時間と共に雨脚を強めていく。

 妖力の底が見えても、弾幕を増し続ける。

 逃がさない。

 この状況を崩すな。

 大量の情報を高速で並列処理する、破裂しそうな頭痛。

 それも無視する。

 今もまだ、危機察知が、手を止めたら死ぬ、と叫んでいる。

 弾幕は最早、伊吹を包み込む巨大な球体の様。

 莫大な数の厄弾が、何度も何度も伊吹の体を叩き続ける。

 脱出させない。

 能力を使う暇も与えない。

 そうしなければ、勝てない。

 

 頭が痛い。

 脳が痛い。

 噛み締めている奥歯が痛い。

 いつの間にか、視界が赤い。

 口の中に血反吐の味がする。

 

 それでも、弾幕は絶やさない。

 これが命綱だ。

 これが私の生命線だ。

 手放さない。

 止めない。

 止めたら負ける。

 負けたら死ぬ。

 今の伊吹は、『伊吹に負けた私』を生かしておかない。

 理由は知らん。考える余裕が無い。

 私に分かっているのは、生きたければ勝つしか無い、という、単純な事実だけ。

 だったら足掻く。生まれてから今日までと同じく。

 死ぬくらいならば、必死になって生きる。

 

 その為なら、この程度の痛みが何だと言うのか。

 

 

 

 撃って撃って撃って撃って撃って。

 撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って撃って。

 撃って撃って撃って撃ち続けて。

 

 

 

 危機察知が、鳴り止んだ。

 

 弾幕を、解除。

「………………はは、ははははははは」

 襤褸切れみたいな格好で、伊吹が笑う。

 酷く、どうしようも無いくらい、晴れやかな表情で、笑う。

「……あーあ……負けた、って考えちゃった……」

「…………だったら、私の勝ちだな……」

 ああもう。2度とお前と本気の勝負なんぞせんぞ。

 下手をすると、十数万年前、月の尖兵共に囲まれた時よりも、疲れた気がする。

 

 

 

 

「で?」

「何?」

「結局お前は、何がしたかったんだ?」

 目やら鼻やら口やらから溢れていた血を拭い、最低限に身嗜みを整えたところで、事の発端を思い出した。

 

 ちなみに、伊吹の方は、1度自身を霧に疎め萃めるだけで、見た目は元に戻っている。

 頑丈とかいう範疇では無い。狡い。

 外側を取り繕っただけで中身はボロボロだ、と言っていたが、それでも狡い。

 私の左手も、そんな風にすぐ治せれば良いのに。

 指が5本とも、しっちゃかめっちゃかな向きに折れている。そもそも完治するのかこれ。

 腕全体も、骨と関節に何ヵ所か罅が入っていそうだ。神経は無事かな。痛いし。

 雛に何て言い訳しようか……また怒られる……泣かれるかも知れん。

 辛いわぁ……。

 

「何がしたかった、って言われてもねぇ……」

 霧の晴れた夜空を見上げて、伊吹が呟く。

「変わっちまった地上に、何か新しいモノが無いかと、思ったんだ。

 面白い何かが在れば、他の鬼も、こっちに戻るんじゃないか、って」

 まるで遥か遠くの星を眺める様に、呟いた。

「もし、あんたが来なかったら、あんたですら変わったんだって、納得して、諦めていた」

 くっと、唇で弧を描く。

「あんたに会って、そんなことはもう、忘れていたけどね」

 愉しそうに。

「あんたは、変わっていなかった。

 新しい何かを得て、増えたモノがあって、それでも変わってなんかいなかった」

 憑き物が落ちた様に、笑う。

「だから……うん、すっきりしたよ」

 それならば、この馬鹿騒ぎにも、意味は有ったのだろう。

「きっと私達は、『変わる必要』なんて、無いんだ」

 泣きっ面が笑顔になった。

 それで充分だろうさ。




サケノミゴ=酒呑み子

【雑記:黒兎が言った「龍神の子」について】
伊吹萃香の元ネタである酒呑童子は、伊吹大明神=ヤマタノオロチの実子または養子の、伊吹童子
或いは、子宝に恵まれない夫婦が戸隠山の九頭龍大神に祈願し産まれた、外道丸が変化した姿、とも
諸説あるようですが、生まれや育ちに何かしら龍が関わるみたいっぽいらしい様な感じです(ファジー

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