トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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黒兎のやる気は前回で使いきったので、またしても異変スルーです

そして、このタイミングにすべきかは迷いましたが、黒兎の根っこを発掘
土の中に収めて、日が当たらないように、埋めて隠した、薄汚い根幹部分です


第月話

「今は、何処に住んでいるんだ?」

「迷いの竹林、って所よ。あーでも、あんたは来ない方が良いかも」

「……他にも誰か居る、ということか」

「そーゆーこと。かぐや姫と八意思兼神って言えば、分かる?」

「ちっ、やはり月の民か……!」

「あはははははは! 露骨に嫌そうな顔しちゃってまー!」

「散々『穢れを浄める』だの『許されない存在』だのと追い回されたら、心象も悪くなるさ」

「まっ、あっちにとっちゃ、あんたは天敵みたいなもんだからねー」

「潔癖症の差別主義者共めが……月に引き込もっていれば良いものを」

 そうすれば、お互い平和に過ごせるのだ。降りてくる度に面倒を起こしおって。

 しかし、姉様が世話になっているのであれば、話は別だ。

 新作の中では出来の良い物を土産に渡しておこう。

 言うまでも無く、直接会うつもりは無い。

 高天原の神々ときたら、中堅どころですら、逃げるにも倒すにも手間取るのだ。

 八意となんぞ、本来ならば、関わるのもお断りである。

「何の因果で、姉様はそんなのと一緒に居るのか……」

「クロー、声に出てるよー」

「声に出しているんだ」

「そりゃーそーだ」

「ところで、そんなことよりもーー」

 まあ、嫌な話題は脇に置き、今は久方振りに、姉様との酒を楽しもう。

 

 

 

 

 

 幻想郷中に散っていた妖霧が晴れて。

 無茶をしすぎだと、紫と雛に叱られて。

 伊吹との馬鹿騒ぎを記事にしたいと、射命丸に懇願され承諾し、夏が来て。

 やっとこさ、滅茶苦茶に折れた左手が完治して。

 もう少し柔術擬きを上達させようと没頭していたら、うっかり三日三晩行方不明になり、雛に叱られて。

 酒を造ったりメイリンと組手をしたりフランに襲われたり酒を造ったり鍛錬したり。

 朝帰りを雛に叱られて。怒る雛も可愛いな、と和んでいたら叱られて。

 そんなこんなで夏が過ぎて、秋が来た。

 豊穣と紅葉の秋。酒の美味い季節である。酒は年中美味いが。

 

 

 

「……! 母様……月が……!」

「ああ、すり替えられたな」

 秋の満月、月見酒。

 夜の紅葉に芋焼酎と、その他、色々と何となく秋らしい酒やつまみ。

 そんな中で、事は起こった。

 折角の酒の席に、無粋なことを。

 術式は……おそらくだが、高天原か? 月の民が月を偽るとは、奇っ怪な。

 替えられた月は、随分と古めかしく厳めしく、そして、毒々しいくらいの威光。

 或いは、私が生まれるよりも更に古い時代の月だろうか。

 現代とは比較にならない程の『魔』が、幻想郷に降り注いでいる。

「でもこれって、人間じゃあ気付けないわよね」

「このまま異変が解決しないかもしれない、ということかしら」

 雛と同じく、一緒に呑んでいた秋の姉妹神も、不安げに偽物の月を見上げる。

 一方の私はと言えば、時折起こる既視感、十中八九、前世の名残を感じていた。

 つまりは、これもまた、『筋書き通り』の出来事なのか。

「…………そして……やはり姉様も……」

 既視感と共に、不意に浮かんだ『因幡てゐ』の姿。

 桃色の貫頭衣を着た、私が知る『姉様』とは少々異なる装い。

 それらが意味するのは、この異変には、姉様も関わるということ。

 分かってはいたが、姉様も既に、幻想郷に来ていたのか。

 紫が私と姉様の関係に感付かないはずも無し、黙っていたのは……私への伏せ札だろう。

 つくづく、色々と策を巡らす奴である。

 策士という類いは、いつだって事前準備を怠らない。

 もしも私が裏切ったら、という仮定に対して、紫が手を抜く訳が無い。

 私が幻想郷を壊そうとした際に、成る程、姉様は極めて有効な、切り札となる人質だ。

 人質? いや、兎質? まぁ何でも良いか。

 とにかく、事が最悪に至るよりも早く、紫は確実に動き出す。今回についても、同様に。

「そう不安がる必要も無いだろうさ」

 加えて、紫は言うまでも無く、月の異状に対処するだろう者達が、幻想郷には大勢居る。

 この異変も、古代の満月で狂った妖怪達が暴れだす、なんて結末には成らないだろう。

「唯、今夜は少し物騒だな。秋の二柱も、うちに泊まっていくと良い」

 明け方には解決するだろうが、幻想郷全体が緊迫感を帯びている。戦いが不得手な者には危険な夜だ。

 この娘達とも、彼女らが生まれた時からの付き合い。放っておくのも気が引ける。

 何より、友達と過ごす方が雛も安心するだろう。

 心配は無用。我が家の護りは、幻想郷有数を自負している。

 千年以上の間、壁や庭すら、誰にも傷付けられた試しが無い。

 そもそも、此処を襲撃してくる者なんて滅多に居ないし、辿り着く前に潰す。

 無論、宿泊者は、私と雛の厄を恐がらない者に限るが。

 

 

 

 そうして、雛と秋姉妹を寝かし付け、私は独り、亥の四つ時から止まった月を眺め、ぼんやりと酒を呑む。

 どうせ朝までかかるだろうが、姉様が関わる以上、寝て待つのも落ち着かない。

 かと言って、私が現場に赴いても悪化するだけなので、できることは無いが。

 月が動かないお陰で、どのくらい時間が経ったかも分かりづらい。

 酒の空瓶の本数だけが増してゆく。

 今頃、姉様も、博霊の巫女か誰かと弾幕ごっこだろうか。

 もう負けてしまったのだろうか。

 大怪我をしていないかだけが、心配だ。

 

「…………会いたいなあ」

 

 ぽつりと、思ったよりも情けない声が洩れた。

 雛達を寝かせておいて正解だった。こんな姿を見せるのは、些かきまりが悪い。

 

 

 

 停止していた月が急激に沈み、夜が明けた。

 異変が終わった。

 

 朝が来て、不可解な月の動きに混乱している人里を宥めに雛が発ち、秋の姉妹神もまた、各々の務めに出た。

 彼女達が自身の仕事に向かうのを見送り、そして私は、寝た。

 いや、だって、徹夜明けで眠いし。

 姉様の安否は気になるが、私から出来ることは何も無い。

 眠りに落ちつつ、考えるのは、昨夜から今朝までの異変について。

 月の異変。

 高天原に属するだろう、月をすり替えた術。

 偽りの、古の月。

 古い時代についてと、月の民について。

 そんなことを考えていたからだろう。 

 

 

 

 

 だから私は、こんな夢を、見ているのだろう。

 

 

 

 

 十数万年も前の、私が起こした、惨劇の夢を。

 

 

 

 

 地獄があった。

 死が、そこに在った。

 散らばる肉片血溜まり臓物脳骨血管糞尿皮膚神経眼球その他諸々。

 五十余の、神々の残骸。

 死に尽くしている。

 私に殺し尽くされている。

 私に壊し尽くされている。

 私が殺した。

 私が壊した。

 私が創った、この地獄。

 

 

 

『死にたくない』

 

 私の始まりとは、即ちその願いだ。

 前世の思い出も記憶も、とうに摩耗している。

 辛うじて、人間で男性だったことは分かっているが、名前すら忘れてしまった。

 摩り消えずに残っているのは、極僅か。

 それでも尚。

 その最期については、覚えている。

 痛みや苦しみ。

 血液が流れ出す喪失感。

 呼吸の度に内臓が訴える故障。

 それらの記憶は、永過ぎる時間の中に溢れ返る、似たような体験と混合しているのだろう。

 脆い人間の身体で感じられる以上の苦痛程度、私の生涯には数え切れないほどあった。

 無数の記憶と混ざり合い、記録としての価値すら無くした過去。

 それでも、あの時の願いは、覚えている。

 どうしても、『死にたくなかった』ことを、覚えている。

 何故かは忘れてしまった。経緯も忘れてしまった。何の為に生きていたのかさえ、忘れてしまった。

 それでも、あの時、私が『死にたくない』と願ったことだけは、覚えている。

 

『死の拒絶』

 

『災厄の排斥』

 

 つまり、『厄を弾く』ことを私は願い、おそらくはその結果、今の私に成った。

 

 

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 

 

 それこそが、前の私の最期であり、今の私の始まりだ。

 

 

 だから、私は、投げ出そうとしても、諦めようとしても、『生きる』ことにしがみつく。

 

 

 投げ出せず、諦め切れずに、しがみつく。

 

 他者の願いを踏みにじってでも、『死にたくない』と願ってしまう。

 

 

 

 高天原から降りてきた、下位の神々。上位者の尖兵達。

 人の世に名すら伝わらない者達ではあるが、偵察にしては明らかに過剰な戦力。

 彼らは、私のことを『穢れ』と呼んだ。

 心の何処かで、その通りだと思った。

 厄を穢れを撒き散らす私を、『許されない存在』だとして、『穢れを浄める』と謳い、殺そうとした。

 

 何百年も、私は逃げた。

 何万回も、彼らは追った。

 彼らの数は徐々に増していき、やがては五十を超え、遂に私を取り囲んだ。

 危機察知でも、打開策は導けず。

 追い詰められた私は、とうとう諦めようとした。

 これが最期だと、充分に生きたと。

 厄災を撒き他者を害し永らえ過ぎたのだと、納得しようと、した。

 走馬灯の思考加速でも処理しきれない危機察知に、脳を揺さぶられ、肌を刺されながら。

 

 死を受け入れようとして、失敗した。

 

 

 

ーー憎めーー

 

 

 

 轟轟と嵐の様に荒れ狂う、莫大な数で膨大な量の危機察知。

 その中の唯一無二。

 それが、私の意識を貫いた。

 

 手の施し様が無い窮地における、たった1つの生存方法。

 具体性の無い感情論。

 

 

 それを選ぶなと、本能も理性も叫んでいた。

 それを選ぶしか無いと、本能も理性も認めてしまった。

 

 

 

「…………憎い……」

 

 

 

 私は、何が憎いのだろう。

 私を殺そうとする彼らだろうか。

 他者を害し続けた私自身だろうか。

 こんな穢れた能力を持つことだろうか。

 それとも、『死にたくない』と願ってしまった前世だろうか。

 

 

「……全てが、憎い」

 

 

 答えは、不明瞭。それでいて明解。

 

 

 

 生きている者達が憎かった。

 生を謳歌する者達が憎かった。

 存在している全てが、憎かった。

 

 死んだ者達が憎かった。

 死を受け入れることが出来た者達が羨ましくて憎かった。

 自らの死を認めず留まる亡者達が、私と似ていて、憎かった。

 

 

 生きている者も、死んだ者も。

 その全てを、私は、憎んでいる。

 

 生きて酒を呑んでいられれば充分だ、と。

 語らう相手が居れば望外の幸福だ、と。

 嘯き、嘘吐き、己を欺き、その腹の底では。

 自己も他者も生も死も過去も未来も、全てが、憎い。

 

 どうして。

 どうしてお前達は、生きて死ぬ喜びを当然のモノとして享受している。

 

 それが憎い。それ以外も憎い。

 どれが、でも、誰が、でも無く、この世全てが憎い。

 

 

 

 嗚呼。

 

 嗚呼。

 

 知りたくはなかった。

 気付きたくなかった。

 

 

 厄を弾き、他者に移す私。

 責を負わず、押し付ける私。

 

 そんな害悪である私が、それよりも更に澱んだ、こんな憎悪(バケモノ)を飼うなんて、知らずにいたかった。

 

 

 しかし、1度自覚したそれは、自制出来なかった。

 

 もとより、私の妖力は厄との親和性が高い。

 憎悪を込めた妖力は、私が弾き周囲に満ちていた厄を、貪り尽くした。

 親和性どころか、まるで、全ての厄を支配しているかの様に。

 

 厄を貪って、生きている者も死んだ者も、貪り尽くした。

 

 

 そして、五十余りの神々、その尽くが、死に絶えた。

 

 妖力の刃に裂かれて死んだ。

 妖力の槍に貫かれて死んだ。

 妖力の槌に潰されて死んだ。

 妖力の波に飲まれて死んだ。

 微小な弾丸と化した妖力を肺に吸い、内側から蝕まれて死んだ。

 口を閉じて弾丸の侵入を防ごうとした者は、鼻から耳から目から潜られ、脳髄を砕かれて死んだ。

 防壁で自身を包んだ者は、その上から覆い被さられ咀嚼され死んだ。

 

 死んだ。

 否、それは違う。

 私が、『死にたくない』から、憎悪を込めて殺したんだ。

 生きているから殺して、死んだから壊した。

 憎悪のままに、憎み尽くした。

 

 憎んで殺して憎んで壊した。

 

 

 

 その時になって漸く、私は私がソウイウモノであると理解して、折り合って、それでも『生きる』と決めた。

 

 周囲に広がる真っ赤な光景こそ、私が生きる限り作り出し続けるモノだと承知の上で。

 生きている限り、手段を選ばなくなる度に、私は何度でも地獄を産み出すと、思い知り。

 それでも尚、『死にたくない』と。

 

 

 

 

「……………………………………寝覚めが悪い」

 好きな言葉では無いが、敢えて言おう、最悪だ。

 洩矢神様に初対面で見透かされた時以上に、気分が荒れている。

 夢見が悪かった、では済まないくらいに、心が軋む。

 千何百年前から身に纏える様になったはずの厄が、無意識に溢れる妖力と混じり乱れる。

 気を抜いたら能力の制御をも失ってしまいそうな程、不安定。

 締め付ける様に厄を束ねて縛り、どうにか持ちこたえている状態。

 

「……悪いが、手短に用件だけ頼む、紫」

 目覚めの原因。あの悪夢から覚ましてくれた切っ掛け。

 すぐ隣に現れたスキマの気配、旧友に対して告げる。

「そうね。この話で、少しでも貴女が落ち着いてくれると良いのだけど」

 応じる紫の顔を見る余裕も無い。

 紫もまた、いつもの婉曲な言葉遊びをする余裕が見られない。

 それは要するに、私の現状は、紫から見ても危ういということだ。

 

 

「因幡てゐが、貴女に会いたいと言っているわ」

 

 そうか。

 ここでその伏せ札を切るか。

 相変わらず、こいつの頭の中身は良く分からんな。

 

「……分かった。支度する」

 

 姉様はいつから幻想郷に居たのか。

 紫はそれをいつから知っていたのか。

 何故、私にそれを隠したのか。

 

 聞いても良いが、他者の真意など推し測る他に無いし、紫の場合は尚更だ。

 私が裏切った時の対策以外にも色々と理由があるかも知れないが、分からん。

 どうしてここで姉様の存在を私に明かしたのかも、さっぱり分からん。

 何か考えがあるのだろうなあ、ぐらいが、私に出来る精一杯の予想である。

 

 まあ良い。悩んでも仕方が無い。出来ないことに拘る暇があったら、出来ることをしよう。

 先の夢についてもそうだ。嫌な記憶を思い出して気が立っても、所詮は過ぎた話。

 とりあえず、姉様と会うなら、万が一にも厄を移さない様に、厄の収束を強めなければ。

 家の中に漂う厄も、かき集めておこう。ついでに大掃除だ。

 あと、酒も用意しないとな。昔の姉様の好みからして、気に入りそうな物は、っと。

 うむ。

 何だか、姉様をもてなすことを考えている内に、気分が良くなってきた。

 

 

「…………親馬鹿酒造馬鹿の上に、シスコンかしら?」

 

 紫が何か言ったが聞こえない。

 

 




亥の四つ時=緯度に依りますが、秋は大体、22時半から23時
(日の入りから日の出までを24分割した10番目の時間帯)


秋姉妹から見た黒兎は、昔っから近所に住んでいる小柄な姉ちゃん
地元のヤクザ(天狗)に顔が利いて、何か偉そうなの(八雲紫)とも仲良し
紅葉狩りを楽しみ、稔りに感謝を忘れず、酒も美味しい

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