トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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新年明けましておめでとうございます
拙作をお読みくださった全ての方に、厄神様のご加護がありますことを (-人-)<今なら悪神黒兎も憑いてくる!



至極色:黒紫、深紫とも

要するに、ゆかコク回ですね
なお、うちのゆかりんは、面倒臭いです(断言


トウホウ・シゴクイロ

 

 

 

 

 

 

 

 彼女を見つけて、関わり始めて、およそ百万年が過ぎたあの日。

 

 今の時から、八十二万四千七百十年と三月と十二日前。

 

 

 

 

 きっとあの時、私は彼女に執着(コイ)をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……冬にお前が出歩くとは、明日は真夏日だな」

「いきなりご挨拶ですこと」

「挨拶は大事だな」

「ですわねぇ。朗らかなら尚良しですわ」

「……ふむ……これといって用は無い気紛れ、かな?」

「あら、ご明察」

「…………そう思わせて、裏があったり無かったりするから、お前は油断ならんがな」

「大なり小なり、誰しもそうではなくて?」

「お前の場合、謀(ハカリゴト)の規模が大きすぎる」

「あらあらまあまあ。本当にご挨拶ですわね」

 顔を合わせて早々に、軽口の弾幕合戦。

 それが終われば、彼女と隣り合い縁側に腰掛けた私へ、無言で杯が差し出される。

 彼女の無表情と相俟って、無言無愛想無遠慮な所作は不機嫌そうに見えてしまうが、そうではない。

 と言うか、愛想を振り撒く彼女など、彼女の姉兎の変装に違いない。

 万が一そんなことがあれば、冬に真夏日どころか、妖怪の山が噴火するだろう。

 長年の付き合いで、機嫌の良し悪しくらいは分かるから、今のままで特に問題無し。

 まあ、その百数十万年の付き合いの中では、誰の目にも明らかなくらい表情を動かす彼女を見たことも、泣き顔を見たこともあるけれど。

 私が狙って泣かせたのだけれども。

 

「…………不愉快なことを考えられている気がする」

「気がするだけでお酒を取り上げようとするのはやめてくださるかしら?」

 面倒臭がりな彼女が、自分で熱燗を用意することなんて滅多にない。

 これを飲む為だけにわざわざ冬眠から起きtげふんげふん。

 ともかく、この酒は譲れないのである。

「では、何を考えていたのかを言ってみろ」

「『お願いだ……しばらく、このままでいさせてくれ……』と私の手にすがって泣く貴女は可愛かったなぁ、と」

「記憶を失え」

 眉間目掛け飛んできた厄と妖力の塊を隙間で回収。

 冗談で受けてあげるには、些か威力が高すぎた。

「……少しだけ、殺意なかった?」

「否定はせん」

「してよ」

 

 

 

 

ーーいやだ……もういやなんだ……ーー

 

 嗚呼、それにしても。

 

ーーこのまま……ひとりで生きるくらいならーー

 

 本当に、心から。

 

ーー死んでしまいたいんだーー

 

 あの時の彼女は、可愛かったなぁ。

 

 

 

 いつも通り、口元を隠し、表情を繕い、表に出さない様にした胸の内で。

 どろりと笑った。

 

 あの時、死にたい、死にたくない、死ねない、死にたい、死にたくないと、譫言の様に呟いていた彼女の姿を、繰り返し、繰り返し、思い返して味わう。

 

 

 

 

 

「……全力で撃ってみようか」

「ちょっと、やめてよ。大結界まで壊れるじゃない」

「お前が残らず受け止めれば良いだろう。体で」

「いくら何でも死ぬから」

 

 きっと、彼女の口から『死にたい』なんて言葉が漏れるのは、あれが最初で最後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 だから私は、何度も何度も、あの日のことを振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……久しいな、隙間の」

「ええ。お久し振りね、厄災の」

 私と彼女、それともう一人、宵闇のと呼ばれる妖怪。

 まだ人類が生まれてすらいない、神が地を統べていたあの時代において、この三人が、特に名の売れた妖怪だった。

 特に畏れられていた、とも言う。

 

 自分で言うのも何だけど、殆んどの騒動や水面下での策謀に関わり、それを適度に周知させていた私。

 空腹を感じたら、満たされるまで目についた全てを喰らい尽くし飲み干す宵闇の大妖怪。

 そして、不運の台風、周囲に不吉を撒き散らす、厄災の黒兎。

 

 単純な戦闘力では、私達に匹敵する妖怪も幾らか居る。

 しかしながら、畏れられる、危険視される存在としては、私達が抜きん出ている。

 誰かと同列に語られることなんて、妖怪としての自我を得てから、久しく無かったので、どうにも不思議な気分だ。

 

 とりわけ、今目の前で、酒を注いでくれている彼女。

 

 妖力は重ねた年月に相応。

 身体能力は速度特化。

 妖気は私から見て尚凄まじい。

 能力は『自身の不運を押し付ける』ことと推測。

 神々と一部の者が独占しているはずの、『酒』を造る技術を持つ。

 

 性格は、この何十万か百万年くらいの間に、随分と変わった。

 スレたとも荒れたとも言う。

 相手の強弱に関わらず、基本的に戦闘は回避していたのも、今は昔。

 今の彼女は、敵対するなら神も殺す。噛み付いてくるなら虫けらでも潰す。

 自分よりも強いなら、『運悪く』実力を発揮できない様に崩して殺す。

 荒んだ目。疲れ果てた顔。言葉を紡ぐのは、数少ない知り合い相手だけ。

 

 この列島の各地を放浪し続け、立ち塞がる者や足元に転がる石ころを砕き、また放浪する。

 とうに壊れているのだろう。

 目的も無く生きているだけなのだろう。

 壊れて壊して殺されかけて殺して、死んでいないから生きている。

 実力が伴わなければ、とっくに朽ち果てている在り方。

 事実、もしも彼女が『事前に危険を察知する』ことに秀でていなければ、いずれ行う神との戦争における不確定要素として、私が始末していた。

 だけど、彼女は死なない。

 死なずに、生き足掻き、だけどとても「生きている」とは言えない有り様。

 

 無様だと思う。

 滑稽だと思う。

 惨めだと思う。

 憐れみは、感じない。

 

 唯、惜しい、とは感じる。

 

 

 いつか、地上から穢れが払拭され、或いは神や妖怪を構成する非物質の要素が失われ、妖怪が生きられない時代が来る可能性がある。

 現在では可能性に過ぎないが、零では無い。

 それに備える為もあり、世界に穢れを蔓延させ、妖怪の存在を強める、神との戦争は不可欠。

 

 そして、もう一つの計画も。

 

 私達を形成する非物質要素を囲う箱庭。

 失われるものを留める為の楽園。

 

 不運の瘴気を撒き散らし、周囲をある種の異界と化す彼女は、箱庭の楽園における、核たる存在に成り得る。

 

 故に、惜しい。

 このまま腐らせてしまうには、彼女は有用だ。

 彼女は、使える。

 

 

 だからこれは単なる打算。

 

 

 荒んでいく、壊れていく彼女を傍観し続けてきた。

 動かせる、私に不都合な神や妖怪を彼女にけしかけて、追い詰めて、追い込んで。

 荒んで、戻れないくらいに壊れ果てる寸前の、今この瞬間に、私が現れる。

 

 

 私なら幸運と不運の境界を操れる。

 私ならば、彼女の手を取れる。

 私であれば、彼女を私に、すがらせられる。

 

 そうして彼女を私に依存させて、掌の上に乗せ、手駒に。

 

 

 

 

 

 そのはず、だったのに。

 

 

 

 

 

 彼女の嗚咽を、耳で聴く。

 彼女の嘆きが、鼓膜を震わす。

 

 彼女の泣き顔を見て、見詰めて、凝視して。

 彼女の、意外に高い体温が、右手を包み込む。

 

 その涙を、空いた左手が、無意識に拭い、指先を濡らす水滴に口付け唇を湿らせる。

 

 甘い。

 嗚呼、何て甘露。

 何て甘美。

 甘い。

 甘い。

 甘い。

 甘い。

 

 脊髄に走る雷。

 震えを抑えるだけのことに、嘗て無い自制心を費やした。

 たったそれだけに、どうしてこんな、と思考が空回りする一方で、心が納得する。

 

 これが欲しかったのだろうか。

 私はずっと、これが欲しかったのだろう。

 どうしようもないくらい、私はこれが、欲しいのだ。

 

 

 微笑む。

 

 慈愛に満たした微笑を浮かべる。

 

 内心の喜悦を僅かに溢した、全霊を尽くした自制で薄めた笑み。

 

 

 彼女から私は、どう見えているだろう。

 私の姿は、どう映っているだろう。

 

 

 嗚呼、だけれど、そんなことよりも。

 今は唯、彼女を見て、聴いて、感じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからきっと、あの日、あの時、あの場所で。

 

 

 

 

 

 私は貴女に執着(コイ)をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、また月を攻めるらしいな」

「あら? 協力してくれるの?」

「まさか」

 

 この時間が愛しい。

 だからどうか、どうか貴女と私で、この 幻想郷/箱庭/楽園 を、永遠に。




本文中の日数に、深い意味は無いです
何日単位でゆかりんが記憶している、というだけで

つまり死ぬほど面倒臭い(断言



今年の抱負は、とりあえず第地話まで書いて、新シリーズ始めることですかね
倉庫に投げっぱなしジャーマンかましたまどマギが、そろそろカビ生えそうですし

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