黒兎の第一印象最悪な子インするお!(月の民超え)
「……ふざけるなよ」
こちらが口を開くよりも早く。顔を合わせた瞬間だった。
それだけで、あちらは私の要望を理解し、その理由を察し、怒りを抱いた。
ああ、なるほど。
因幡てゐの妹、というのは、確かなのだろう。
彼女からの紹介であり、話は聞いていたものの、人里などで得た情報との差異に、つい疑っていた。
てゐの話も、人里などの情報も、どちらも正しかったのだ。
「……姉様の知己だ。自発的に立ち去ることを許してやる。二度と私の前に姿を見せるな」
「それは困るね。こっちも叶えてほしい望みがある」
息を吸って、緩く吐く。
それだけの動作が、余りに不吉。
「失せろ。死にきらない程度に痛め付けて、叩き出すぞ」
これは殺すモノだ。
「それも困る。だから、叶えてもらえるまで、何度でも来るよ」
これは、私を、殺しきれるモノだ。
「どうか私を、殺してほしい」
薄灰色の、ほとんど穢れを混ぜない様にしたらしい、妖力の砲撃。
一瞬で私の体は吹き飛ばされて、そして、当たり前の様に、慣れてしまった感覚と共に、蘇生した。
千年以上も繰り返したのと同様に。
何度も何度も、死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返り死んで生き返ってきたのと、同じ様に。
だけど、あの砲撃が黒色なら。
この世の穢れを煮詰めたモノなら。
私は魂まで殺し尽くされて。
死ねるかも、しれない。
因幡コクトなら、私を死なせてくれるかもしれない。
「このお馬鹿」
「馬鹿とは何よ」
「馬鹿は馬鹿だっての……あんたの言い方じゃ、クロを怒らせるだけだって言ったろうに……」
はーやれやれ、と溜め息を吐く、さっき会った黒い妖怪兎と、顔立ちや声だけはそっくりな、白い妖怪兎。
てゐは、心底呆れ果てたという様子で、私を見る。
「あの子の前で、死にたい、だなんて禁句中の禁句だっての」
「言ってないわよ。顔を見た瞬間に、ふざけるなよ、だもの」
「顔を見れば分かるって。あたしら何歳だと思ってんの」
ならどうしろと言うのか。
そんな不満を込めて見つめると、もう何度目か分からない溜め息。
「だーかーらー。紹介はしといたから少し待て、って言ったでしょーが」
「いくらなんでも、そこまで世話になるのは……」
「むしろ手間が増えたっての! お馬鹿!」
また馬鹿って言われた。
「しかも! わざわざ生き返り易い様に妖力多めにして吹っ飛ばされたってことは! 殺してほしい、とか何とか言ったね!?」
「見てたの!?」
「予想的中だよこの大馬鹿っ!!」
だー! と叫びながら、天を仰ぐてゐ。
それはまあ、自分自身でも、先走ってしまったことは認めるけれど……でも……。
「……気持ちは分かる、なんて軽々しく言いやしないよ。あたしらの場合、生きたくてこんな長いこと生きてるんだ。
でもね、だからって、突っ走って上手くいくことといかないことくらい見極めなよ。
あの子にとって、あんたは多分、世界で唯一、『確たる理由を持って憎む』相手なんだから」
「………………ごめん」
「分かれば良し」
鼻を鳴らし、てゐは笑う。
つられて私も、少し笑った。
「次はあたしも一緒に行くけど、あんたは何も言わずに引っ込んでること。良いね?」
「はい……」
まったく、どうしようもないくらい、ひねくれものの癖にお人好しなのだ、この幸運の素兎は。
「馬鹿ね」
「お前には言われたくない、馬鹿輝夜」
「他にどう言えってのよ、馬鹿妹紅」
いつもの殺し合いの最中に、弾幕と共に言葉を交わす。
「厄災の黒兎がどんなモノなのか、分かっていないでしょう」
それらを止めて、輝夜が溜め息を吐く。
その全身に私の炎が突き刺さり、いつも通り、死んで生き返る。
当たり前の様に生死を跨ぐ。
道理の様に、平坦な道を行く様に、死んで、そして生き返る。
何て不自然な。
何て狂った。
何て、何て、何て、何て、何て、何て、何て、何て、何て、何て、何て。
非人間的な、生きていない、在り方だろう。
「聞いちゃいないでしょうけど、勝手に話すわよ。
厄災の黒兎っていうのはね、神の天敵、月を穢す兎、永遠を呑む泥濘、不運連鎖、堕ち続ける螺旋、えーっと後は……」
「誰が考えたのよ、その称号」
「月に住む、暇を持て余した神々よ」
暇過ぎるわ。
「アレは、確かに永遠の命をも殺せる可能性があるわ。
でもね妹紅。その結果が、アレに殺された末路がどんなものか、貴女は分かっていない」
私ではなく月を見上げながら、輝夜は語る。
そういえば、今夜は満月だったのか。
「摩滅するまで魂を穢し尽くす不死殺し。
比喩でも何でもない、文字通りの生き地獄よ。
須臾が引き延ばされる、肉体では無く魂で感じるからこその永遠。
無限に苦しみ、無限に磨り減り、その果てにいつか永く遠い未来でやっと終わる。
そんなもの、今と何が違うっていうの」
「……それでも、終わりがあるだけで充分、今とは違う」
私の返答に、輝夜は、馬鹿、とだけ呟いた。
「……姿を見せるな、と、言ったはずだが」
「まーまー。頭下げられても苛つくだけだろーけど、ここはお姉ちゃんの顔に免じて、ね?」
「姉様がそう言うなら…………気に食わんが……」
露骨な舌打ち。眉根を寄せた、あからさまに不機嫌な表情。
無表情だと聞いていたけど、私が見た因幡コクトは、前回も今回も、不愉快だと言わんばかりの顔だ。
「まったく不愉快な……」
言われた。
「私は……」
「黙ってなっての。何を言っても、あんたじゃクロを怒らせるだけ」
「そうだな。率直に言って、視界に入ることも不快だ。
月の連中の方がマシなくらいだな」
「そこまでかー。凄いね妹紅。ここまで嫌われたの、多分史上初だよ」
少しも嬉しくない、と思うが、何を言っても駄目らしいので、口を閉ざす。
死にたくない、と願った末に生きて生きて生き続ける黒兎。
成る程、それは、その先を考えずに不死を得て、原因である輝夜と意味の無い殺し合いを続ける私とは、相容れない。
彼女にしてみれば、私の何もかもが癇に障るのも当然だろう。
況してや、そんな私から、殺してほしい、だなんて頼まれたら……。
「で? 姉様の用件を聞こうか」
「ま、紹介しちゃった手前、妹紅の件を謝りに来たのが主だけどね」
「姉様に非は無い。許す。それについては以上だ」
「うちの妹マジかわ」
私を放置して、話が進む。
てゐの用件とやらは、以前に因幡コクトが贈った酒を輝夜が気に入ったらしく、酒の注文だった。
あいつ、私には厄災の黒兎云々と語っていたクセに、酒は好みだったのか。
言っても、それはそれこれはこれ、と流されるだろうけど。
「月の姫が私の酒を注文するって……穢れだの何だのは良いのか……」
「お師匠……八意永琳も、検査の結果は問題無し、ってさ。
美味い酒に罪は無いからね」
「その点は同意する」
うん……美味しいに越したことはない。
「品目と納期は?」
「注文書預かって来たよ。時期はいつでも良いらしい。
高々十年百年なんて誤差な人らは、そこら辺が適当だよねえ」
「……結構な数だな……受け取りは姉様か」
「他の連中にやらせるわけにもね。月出身者がクロに近寄るはずないし」
「出来上がり次第、少しずつ渡す様にしよう。一度に持ち帰るには、些か量が多い」
「助かるわー」
と、そんな感じで、和やかに姉妹で交流するのは良いんだけど……。
「あっ、ごめんもこたん、忘れてた」
もこたん言うな。
「なんだ……まだ居たのか」
ずっと居たよ。
黙っていろと言われたので、無言で抗議の視線を向けていると、因幡コクトが、今回の訪問で初めて、私の方を見た。
「意味も無く、『生きている者』を殺す趣味など無い。
いつか『死んだ』ら、その時は、私が殺してやる」
……どういうこと?
「うおおおっ!?! クロが歩み寄った!?」
「紹介した姉様の顔に泥は塗れんさ」
「…………ヤバい……今一瞬理性が揺らいだ……」
「何の話だ」
「あんたそのうち襲われるぞ、って話」
「本当に何の話なんだ?」
死んだらって、私はそもそも死なないし……。
分からない。彼女達が何を話しているのか、私には分からない。
「……『生きている』なら生きておけ。
永遠の命だろうが何だろうが、『死ぬ』時は『死ぬ』んだ。
本当に『生きていないモノ』なら、身体が治ろうと『生き返り』はせん」
「饒舌だねえ。呑み過ぎじゃない?」
「その『小娘』が見苦し過ぎたせいだろうさ」
「辛辣ぅー」
ふん、と鼻を鳴らす妹を、ケラケラと笑う姉。
ああそうか。
きっとこの姉妹は。
千年を千回以上繰り返した昔から、こんな風に、変わらず居るのだ。
どんなに離れ離れの時間が在ろうと、変わることなく。
『小娘』だなんて呼ばれたのは、いつ以来だろう。
ーーまだ心が動くなら、今日の貴女と昨日の貴女と明日の貴女は別人だ。
で、あれば、私は貴女を『生きている』と定義するーー
だから殺さない、と言われた様な、そんな気がした。
口に出して聞けば、また不愉快そうな顔をされるだろう。
だから、聞かずにおこう。
だけどいつか、私が『死んだ』と判断され、あんたに殺される日までには。
あんたと一緒に、酒を呑みながら、昔の話を、してみたい。
愚痴だらけになるかもしれないけれど、私の思い出を聞いてくれ。
私の千倍以上の、あんたの思い出を、聞かせてくれ。
楽しかったことも辛かったことも、お互いに、酒の肴にしてしまおう。
そしていつか、『死んで』しまった私を、あんたが看取ってくれるなら。
それは、なんて、幸いだろう。
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
もこたん♪もこたん♪もこたんたん♪
以下略
余談ですが、黒兎はもこたんを、もし姉様の紹介じゃなければ、『二度と身動きが取れない』くらい不運にしていました←ド外道