トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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第鬼話

「「「「ウォーッ!! 酒寄越せぇー!」」」」

「またこの展開か馬鹿鬼共!

 伊吹! お前の配下だろうどうにかしろ!」

「あっはっはっはっはっはっは! いいぞーやれやれーぃ!」

「ふざけるなよお前!」

「コクトと喧嘩できる上に酒が飲めると聞いて!」

「お前もか星熊!」

「四天王奥義! 三歩必殺!」

「本気で殺す気か!?

 もう良い、厄に塗れて溺死しろ、馬鹿共がぁっ!!」

 馬鹿騒ぎの末に、次から次へと湧く鬼共に根負けした私は、酒蔵を開かされた。

 ……あいつら、絶対に許さん。

 酒虫でもかじっていろよ、畜生め。

 

 

 

 

 

 

 流れ着いた諏訪の国に、私は1、2万年ほど留まった。

 1つの場所に居着いた期間としては、姉と暮らした高草郡を超えて最長だ。

 理由は2つ。

 まずは、この国が大規模な原始的農業を行っていたこと。

 狩猟生活が主体のこの時代、この国の発展は破格だ。

 果実、蜂蜜、穀物等々。酒造に必要な材料が、ここには豊富にあった。

 そして、その収穫の殆んどは、洩矢神様に献上された。

 まだ税という概念は無いが、徴税率にして7割超。暴君である。

 付け加えるなら、真の暴君とは、下手な善政を敷こうとする為政者よりも民を知る。

 畏怖を与え、然れど反意は持たない程度の搾取を見極める。

 生かさず殺さずこそが圧政の真理である。

 まさしく、洩矢神様は暴君であった。

 その献上品から酒を造る私が言えたことでは無いが。

 おかげさまで、研究が捗った。有り難い話である。

 続いて、2つ目の理由。

 これについては、どちらかと言えば前提だ。

 洩矢神様は、私の能力の影響を、僅かにしか受けない。

 数多の祟り神を統べる王は、元より大量の厄を担っていた。

 私が受ける分の厄を、全て押し付けられようと、何ともないのだ。

 長期間に渡って一緒に過ごしても問題が無い相手。

 その魅力に抗えない私は、百数十万の歳月を経て尚も惰弱なものだ。

 そんなこんなで幾星霜、すっかり、諏訪の国の酒屋となった私である。

 ビールも遂に開発できた。

 製法の鍵は、麦芽でパンを作ることだったのだ!

 改良の余地はまだまだあるが、それでもこの時代では最先端だろう。

 まあ、ビールに限らず、今の人類が原人だった頃から酒を造ってきた訳だが。

 そのビールも、開発して数日も待たず、洩矢神様に取られたが。

 おのれ暴君祟り神……!

 だがしかし、洩矢神様のおかげで、蒸留などの今まで手付かずだった製法を試せるのも事実。

 この諏訪の国くらいでなければ、大規模な蒸留所は建設できない。

 洩矢神様へ献上するため、と言えば、ここの民は喜んで働いてくれる。

 嘘は吐いていない。主目的は私が飲むことだと伝えなかっただけだ。

 共存共栄とは素晴らしい物である。うむ。

 悩みどころとしては、洩矢神様が酒を飲み過ぎることと、何故か私に夜這いをしかけることだ。

 見た目の幼さに騙されそうだが、あの神様は、大層な色魔である。

 十代半ば頃の女子に、特に目が無い。

 国内で最も美しい少女が毎年、供物に捧げられている、と言えば分かりやすいか。

 他にも、視察中に目についた女子も、そのまま連れ帰る。

 この国の要職は、誰も彼もが、神の子だ。文字通りの意味で。

 で、人間の女子だけに飽きたらず、何をとち狂ったか、私にまで手を出そうとした、と。

 何が起こったかについては、正当防衛、とだけ言っておく。

 前世で男だったことなど、既にまるで意識していないが、だからと言って犯されてたまるか。

 女の悦びなんぞ知らんで良いわ。安眠妨害するな。

 万が一にでも身籠ったりしたらどうする。

 祟り神の王と厄災の黒兎の子など、どこの魔王だそれは。

 そんなことを言ったら、それも面白そうだ、と本気で孕まされそうなので、絶対に言わないが。

 何故に、夜這いは危機察知に引っ掛からないのか、自分の能力へ切に訴えたい。

 明らかに身の危険だろうが。素通りさせるな本当に頼むから。

 とまれかくまれ、私は長らく、諏訪の国で過ごした。

 だが、出会いがあれば別れあり。

 姉と離別した時と同様に、ここでもまた、別れの契機が訪れた。

 

 

「……ふぅん……どうやら真面目な話みたいだねぇ」

 謁見した私を見るや否や、洩矢神様は呟く。

 初めて会った時から、この神には見透かされてばかりだ。

「近いうちに、この国に戦争が起こる」

「…………あぁ……なるほどねぇ。それがあんたの選択なら、仕方が無いね」

 今もまた、全てを見透かされ、先んじられた。

 まったくどうして、敵わないものだ。

「私が居ては、貴女様はともかく、大勢が死ぬだろう」

「だろうね」

 私は、厄災の黒兎。

 私がその場に居るだけでも、争乱の規模が増す。

「長い間、世話になった」

「なに、あんたの酒は、美味かったよ」

 最後の言葉は、互いに淡々と、再会の約束も無く、粛々と。

 

 

 

 戦乱の気配を避け、樹海深くの、人はおろか神も寄り付かない秘境を住居に、酒造り。

 あちらこちらが戦に次ぐ戦で、外に出る気にもならなかった。

 仙人じみた引きこもり生活を満喫し、気が付けば数百年。

 もしかしたら、千年過ぎたかも知れないが、確かめるのも面倒臭い。

 

 酒造りの合間に色々と試していたところ、やっと私は、能力の制御に成功した。

 弾いた厄を、私の周囲に留められるようになった。

 これまでであれば、弾く力を強めて範囲を広げることで濃度を薄めていたが、大きな進歩だ。

 その分、さながら漆黒の衣の如く濃密な厄を纏うものの、接触しない限りは無害なはず。

 

 と、いう訳で、森を出て、まずは洩矢神様の様子を見に行った。

 諏訪明神とかいう、洩矢神様から国を取った神には警戒されたが、気にしない。

 洩矢神様に攻め行った時は、建御名方神と名乗っていたとか。いや知らんが。

 大国主神様の子? ああ、それなら分かる。お父上様には大変お世話になりました。

 私、白兎明神の妹で御座います。どうぞよろしく。

 で、それよりも洩矢神様だ。

 結論から言うと、非常に御健勝であられた。少しは大人しくなったかと期待したが。

 久し振りに酒を供したところ、凄まじく喜ばれた。諸手を挙げて喝采された。

 前より更に美味い、と絶賛された。研鑽を続けた成果である。

 嫁に来い、という誘いは、慎んで辞退した。いい加減に諦めてくれ。

 なかなか楽しい一時だったが、長居はすまい。

 諏訪明神が、やけに恨めしそうな目で私を見ている。嫉妬心が丸出しである。

 そんなに洩矢神様と仲良くしたいか。攻め込んだくせに。

 あなたが攻めて来なければ、私は諏訪の国の蒸留所を棄てずに済んだのだ。

 戦闘の余波で更地にしやがって。御柱めが。

 と、このように色々あったが、半年足らずで諏訪の国を再び出た。

 今更だが、時間感覚が狂っているな。あっという間だった。

 寄るだけのつもりだったが、少しばかり居座っていた。

 

 諏訪の国から、次の目的地は、懐かしき高草郡。

 だったのだがしかし、百数十万年の間に、地形が変わっていた。

 当たり前だ。

 おかげで、姉の元へは辿り着けず仕舞いだ。

 情報を集めたが、かなり昔、多分何百年か前に、白兎明神は人前から姿を消したらしい。

 仕方が無い。

 生きてさえいれば、いずれ会うこともあるだろうさ。

 姉も、あれで早々死ぬような者では無い。

 

 思考を切り替え、さて、次は何処へ流れるか。

 考えつつ、山の奥で酒造り。最早、習慣というか職業病というか。

 考えるのに疲れた時も酒を造っているので、要するに常に、だ。

 それ以外の趣味は、新種の果実集め……いや、これも酒造の一環だ。

 後は、我流の柔術擬きか。

 護身兼暇潰しに始めて、今では中級妖怪なら素手で仕留められる。

 手慰み程度でも、万年単位で積み重ねれば、相応の技になるものだ。

 しかし、中級妖怪以下の相手は、厄を浴びせた方が楽なので、気紛れにしか使わない。

 意味が無いが、娯楽など無駄でなんぼ、だ。もう生き急ぐ歳でも無かろうよ。

 

 などと嘯きつつ、まったりと過ごしていたら、鬼襲来。

 私の酒を奪おうとしやがったので、厄と妖力を混ぜて吹っ飛ばした。

 黒き光に飲まれて失せろ。

 そうして私は、鬼共に目を付けられた。

 なんで吹っ飛ばされても笑っているんだこいつら。訳が分からん。

 ひたすら返り討ちにしていたら、四天王とかいう大女まで来た。

 最終的に、最後まで立っていた大女、星熊勇儀に樽を1つ譲って帰らせた。

 何なんだあの耐久力。殺す気で撃って腹に風穴空けたのに、立ち上がりやがった。

 しかも、拳も蹴りも全てが必殺。付き合い切れない。神経が持たんわ。

 嬉しそうに笑いおってからに。こっちは必死だ馬鹿者。

 後になって、この「根負けさせれば酒が飲める」という前例を作ったことを、心底悔いた。

 あの酒がまた飲みたい喧嘩しようぜ、って、何だその微塵も魅力を感じない誘い文句。




うちの蛙様は、幼女の姿をしたオッサン
オンバシラガンキャノン不遇でごめんなさい
太子様達の時代は引きこもっている間に過ぎました
コクトー喧嘩しよーぜー!

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