トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

6 / 45
第霧話

「コクトー! 遊ぼー!」

「言いながら弾幕を放つな破壊魔娘! せめて非殺傷に調整しろ!」

「あはははは! すごーい! 全部よけてるー!」

「4人に増えるな剣を出すな丸焼きになるわやめろ馬鹿っ!!」

「きゅっとしてーー」

「それは完全に殺意だろうが!」

「きゃー! ぶったねー! お姉さまにもぶたれたことないのにー!」

「打(ブ)ったのでは無く撃ったんだ今のは」

「えー、ダメだよコクト。そこは『ぶってなぜ悪いか!』って言うのが様式美なんだよ?」

「知らん。そもそも台詞が違ーーん? 何を言っているんだ私は?」

 後日、遊びに付き合わされた侘びとして、紅魔館製の葡萄酒が届けられた。

 なかなか良い仕事をしている。

 物腰通りの丁寧な酒造だ、あの従者。

 少々、何らかの能力で熟成を早めた臭いがあるが、それを差し引いても良い品だ。

 許した。

 

 

 

 

 

 幻想郷を、紅い霧が覆った。

 私はと言えば、紫から依頼された厄撒きを終えて、自宅でまったり。

 厄を撒くよう頼まれた、ということは、この現象も計画の内か。

 先日施行された、スペルカードルールとやらと関係があるのだろうか。

 前世の記憶が疼くので、おそらくこれも、予定調和なのだろうな。

 それは良いが、湿気が多く酒造がしにくい。早く終われ。

 

「……いつまで続くのかしら?」

 紅く染まった庭を眺め、雛が呟く。

 その表情は不安に満ちている。

 仕方の無いことだろう。

 雛は、人々の厄災を引き受ける厄神様。

 徹頭徹尾、この娘は『他人の役に立つ』ことが存在理由で存在意義だ。

 そんな彼女にとって、厄が溢れながら動けないこの事態は、もどかしいに違いない。

 厄の原因は、大体が私だが。

 もしもばれて怒られたら、どうしようか。その時に考えよう。

「紫が動いたなら、博麗の巫女も動くのだろう。長くはかからんよ」

 ビールのグラスを傾けつつ、雛と違い『自分のため』にしか生きない私が応える。

 うむ。美味い。

「……コクト母様は落ち着いてますね」

「紫とも長い付き合いだしなぁ」

 自分の箱庭の中の、自分が管理した現象について、あいつが仕損じるとは思えない。

 あいつ曰く『異変』と呼んでいたこれは、全て手のひらの上だろう。

 もしあいつが狂ってしまい、創った箱庭を引っくり返す気になったのなら、話は別だが。

 アレが、そんなにも分かりやすい狂い方をするような、可愛らしいモノかよ。

「母様、何だか悪いことを考えていそうなお顔になっていますよ?」

「そうかい? そう思うのなら、そうなのだろうさ」

「………もう」

 雛を見上げながら、わざとらしく、くつくつと悪党じみた笑い方をする私。

 困ったように苦笑する雛。

 小さかった雛も、随分と大人びた表情を見せるようになったものだ。

 背丈を追い越されて……はて、何年になるか。いかんな。本気で思い出せん。

「……私も歳か」

「その外見で何を仰っているのですか」

 雛が言った通り、私の見た目は初めて人型を得た時のまま、幼い少女のままだ。

 今も、雛の膝の上に抱えられ座らされている。

 後頭部に押し付けられる感触が柔らかい。

 本当に成長したな、色々と。装飾の多い服を好むためか、普段は着痩せして見えるが。

「か、あ、さ、ま?」

「はいはい、何でも無いよ」

「ほんとにもう……」

 そう言って、改めて私を抱き締める雛。

 古今東西あらゆる男と一部女性に羨まれる状況だが、私が要求したことでは無いと釈明しておく。

 雛は、私以外の者に触れることができない。

 厄を移すことを無視すれば問題は無いが、それができる娘でも無い。

 他者に厄を押し付ける私よりは、雛の方が被害は少ないのだがな。

 元々大量の厄を担っている相手なら、そこまで影響も無いのだろうが、今のところ知り合っていないようだ。

 そして、その分を補うように、私との触れ合いを求める。

 私と雛は互いに、「自分が触れても絶対に問題が無い」唯一の相手同士だから。

 だから雛は、私に触れて、私はそれを受け入れる。

 この安心感に抗えず、毎回甘えている辺り……諏訪の国に居た時から、まるで成長していないな、私。

 そもそも、姉が明神の神号を授かるまで高草郡に居座っていたのも、似た理由だ。

「………本当に、成長せんなぁ、私は」

「母様が大きくなられたら、こうして抱き上げることができません」

「体躯の話では無いよ」

 ぐい、とビールを飲み干し、空のグラスを脇に置く。

 酒臭い息を吐き出し、口の周りについた泡を舐め取る。

 私を抱える雛の温もりが、肌に心地良い。

 庭にはまだ紅い霧が立ち込めている。

 東から昇る紅い月。

 肴としてなら上出来だろう。

 ああ、それにしても、酒が美味い。

 

 

 翌朝目を覚ますと、霧はすっかり晴れていた。

 さて、異変とやらは無事に解決したのか。

「やっと洗濯物が干せますね」

 嬉しそうに、所帯染みた台詞を言う雛。それで良いのか厄神様。まあ良いか可愛いし。

「あらまあ。すっかり子煩悩になっちゃって」

「こんな時に、うちに来る暇があるのか?」

 空中に開いたスキマから、上半身だけ出した体勢で現れる妖怪の賢者。

 相変わらずの神出鬼没というか、何しに来たんだ。

「後始末に忙しい時期だろう? 早く仕事に戻れ」

「つれませんわぁ……冷たいですわぁ……」

「それで? 用件は?」

「ええ。その『後始末』に関することよ」

 冷たく当たって、嘆いて見せて、すぐさま切り替える。

 私達にとっては馴染んだ遣り取りである。

 だから、そんな不安そうに見守っていなくて大丈夫だぞ、雛。

 ああ、茶も出さなくて良い。すぐに済ませる。座っていて良い。

「本当に子煩悩というか……ちょっと、私に対する態度と違い過ぎないかしら?」

 何を今更。

「それよりも、注文は? 博麗の巫女に酒を贈り労いでもするのか?」

「……はぁ。そうね、仕事の話に戻しましょうか……。

 異変の解決と、新しい住民を周知するため、宴会を開くわ」

「………酒の在庫は……鬼でも居ない限りは足りるか」

「話が早くて助かるわー。あ、鬼は居ないけど、吸血鬼は居るわね」

 異変の締めに宴会するから酒を売れ。

 紫の要求は、要するにそういうことだろう。

「人数は?」

「20人も居ないと思うけれど、ウワバミ揃いよ」

「また面倒な注文だな」

「お代ははずむわ」

 言ったな? 前に注文を受けた分を含めて、大量に売り付けるぞ?

 

 

 

 相当な量を売ったはずが、途中で酒が尽きそうになったらしい。

 紫から追加発注が出された。しかも直接会場に運んでくれ、だと。

「ひ……あ、ああ、あな、あなた、は……!」

 そして、宴会場まで酒を届けに行ったら、過去最大級の恐怖心を向けられた。

 ん? いや、十何年か前にも良く似た目を向けられたな。二、三十年前だったかもしれん。

 それ以前にこの少女、何か見覚えがあるというか、あの時の少女本人じゃないか?

 そうだそうだ。思い出した。中華風の武道家少女だ。

「久しいな。あの後、体の具合は大丈夫だっただろうか?」

 結構濃い厄と妖力を注ぎ込んだので、体調を崩したかもしれない。

「は、はひぃ……ぉ、おか、おかげさま、で……!」

「そうか。それなら良かった。

 貴女が居るということは、今回の異変は、あの館が主導か」

「は、い……そう、です……!」

 うむ。何というか、凄まじく怖がられているな。

 まあ仕方が無い。あの時は、早く仕事を済ませたいのもあって、些かやり過ぎた。

「あれ以来も鍛練は続けているか?

 貴女の突きは、良く練られていた。機会があれば、また手合わせ願いたい。

 勿論、今度は物騒な話は抜きにしてな」

「え……? はい……ありがとう、ございます……」

 我流の柔術擬きながら、武術自体は割りと好きなのだ。

 

「おや、これはこれは、初めまして」

 と、この場の数少ない顔見知りに声をかけていたら、黒い翼の生えた少女が近付いて来た。

 何か偉そうな雰囲気で、様子からして、中華風少女の上司。

 つまり、あの館の主だろうか。小さいけど。

「初めまして。因幡コクトだ。山で酒を造っている」

「レミリア・スカーレット。紅魔館の主よ。

 ……なるほどね。こちらのワインも貴女が?」

「葡萄酒とはとても呼べない、フルーツワインだがな」

「良い味だわ。東洋でこれほどの品と出会えるとは思わなかった」

「光栄だ」

 優雅にワイングラスを揺らすスカーレット嬢。

 小さい形(ナリ)だが、やけに堂にいった仕草だ。私には真似できんな。

「……私達が幻想郷へ攻め行った時に、美鈴が世話になったそうね」

「メイリンとは、こちらの中華風少女か。

 そうだな。あの時に貴女の館を襲撃したのは、確かに私だ」

 何だ? 配下と正門を吹き飛ばした賠償請求か? 紫に言ってくれ。

「フランーー地下室の吸血鬼、私の妹とも戦ったそうね?」

「ああ」

 思い出したくないが、私の生涯でも十指に入る命の危機だった。

 本当に、『何か致命的な物を相手の手の中に奪われる』感覚は、心底気持ちが悪い。

 危機察知が無かったら、あれだけで死んでいた。何だあれ。

 ついつい、強めの厄砲ぶちこんで逃げたわ。館の屋根や壁も吹き飛んだな。

 もしや、そっちの弁償か? 妹さんに言ってくれ。私は知らん。

「……不思議ね、貴女は」

 何がだ。私は単にやたら長生きしただけの酒好き妖怪兎だぞ。

「フフ……近いうちに、落ち着いて話をしてみるのも良いかしら?」

「都合が着く日があれば言ってくれ。ついでに、酒の注文もしてくれると有り難い」

 黒兎酒造は、ご新規のお客様も大歓迎だ。勝手に納期を早めたりしない限り。

「それでは、果実酒を樽で1つ。おいくらかしら?」

「品を確かめてもらって、応相談、だな」

「雑じゃない?」

「酒造と生活にさえ足りれば、それで良い」

 鬼など、1度として対価を支払わなかったしな。……改めて、あいつら許さん。

 紫相手なら吹っ掛けるのは、私達なりの交流方法だ。

「そう………それなら、楽しみにしているわ」

 何となく不安を煽る悪戯っぽい笑みを残して、スカーレット嬢達は他の者のところに向かって行った。

 しかし、後ろに控えていた従者、最後まで一言も話さなかったな。

 

 スカーレット嬢一行と別れてから、紫と雑談し、博麗の巫女と顔合わせして帰った。

 巫女からは最大限の警戒を向けられたが。

 まあ、私が身に纏っている厄は、人里で解放すれば瞬く間に壊滅させる規模だからなぁ。

 警戒されても無理は無い。というか、警戒して当然だ。

 どうにも、人間という種族は、特例を除き厄に弱く付き合いづらい。

 相手からすれば、私は常に致死毒を発生させているようなものなので、向こうも付き合いたいと思わんだろうが。

 仕方の無いことだ。私が私である以上、人間と関わるのは難しい。

 こうして顔を合わせられただけでも、珍しいことだと思おう。

 

 そう言えば、宵闇のに良く似た小さいのも居たな。

 縁者だろうか?

 あの大喰らいが子育てするとは思えんが、もしかしたら、子孫という可能性もある。

 機会があれば、あいつが好きだった酒でも勧めてみようか。

 酒も良いけど肉、人肉、と言うだろうがな、あいつの場合は。

 

 

 

 翌週、例の館、紅魔館に招かれた。時刻は夕暮れ。吸血鬼にとっては寝起きか。

 手土産というか商品として、何十年か熟成させた果実酒を持参。

 熟成期間がまだ短い酒は先日の宴会であらかた出したこともあるが、味が分かりそうな客を失望させる訳にはいくまい。

 前の果実酒で私の酒造を測られても困る。あれは序の口と知るが良い。

 

 後になって、もう少し早めの、吸血鬼姉妹の姉だけ起きている時間に行けば良かったと悔いた。

 もしくは、メイリンとの組手を楽しみ過ぎて、延長したのが不味かったのか。

 従者とワイン造りについて語り合っていたせいか。

 そもそもが、妹の遊び相手にするために、スカーレット嬢は私を招いた気がするのだが、どうなんだ。

 

 まだ初対面時よりは狂っていなかったおかげで、多少は相手できたが、もう勘弁しろ。

 寝起きのくせに、私の顔を見てから戦闘へ意識を切り替えるまでが早すぎる。

 嬉々として襲い掛かってきやがって。

 

 

 明け方やっと帰宅して、雛に説教された私の身にもなってくれ、ちくしょう。




雛様とイチャイチャしていたら紅霧異変が終了
やる気ねぇオリ主ですね、まったく (  ̄ー ̄)

紅魔館側のストーリーもチラホラ匂わせてますが、いつ書くかは未定です
1つだけ言っておくと、「うちの妹様は吸血鬼異変当時、ガチで狂ってました」ですかね



余談ですが、拙作は、
高校時代に殴り書きした『厄を弾く人間の少女を雛様がひたすらぎゅっぎゅっする話』と、
一昨年浮かんだ『てゐの妹に転生して酒造りで幻想郷を制する話』の合成です

なので、『てゐの妹の酒造馬鹿を雛様がひたすらぎゅっぎゅっする話』と思っていただいて構いません
むしろそれで良いです、厄神様とスキンシップできる相手さえ居れば
正直、雛様とスキンシップさせても(書いてて)殺意が湧かないようにするため、主人公は性別女にされました

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。