トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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紅霧異変直後なので、作中時期は夏
夏と言えば向日葵
向日葵と言えば、あの御方でございます


戦闘描写から逃げてばかりもなぁ、ということで、試行を兼ねて


第花話

「母様が何だか疲れているみたいなのよね」

「私が原因じゃないわよ」

「知っているわよ。貴女が何をしたって母様は、ああまた紫か、で済ませるもの」

「母娘揃って、私に対する認識が酷くないかしら」

「合っているでしょ?」

「合ってるわね。怒らせない範囲で、色々とさせていただきましたわ」

「例えば?」

「水浴びしている隙に、服を振袖にすり替えたり」

「どうして呼んでくれなかったの……!?」

「二百年くらい前の話だもの。それに、まったく照れもせず、着方が分からんから手伝え、って」

「どうして呼んでくれなかったのよ……ッ!?!?」

「だから、貴女が生まれる前だって言っているでしょう」

「今度また企画しましょう。母様ったら、いつも同じ真っ黒な服ばかりだもの」

「あー、あれ勿体無いわよねー。せっかくだから、思いっきり可愛くしてやりましょう」

「フリルが多い衣裳なんて着せたいわね。私とお揃いのとか」

「母娘ペアルックって、仲良しアピールしてるみたいで何かアレよね」

「あっ、そう! 良いじゃない、別に! 良いじゃない!」

 夕暮れ時の縁側に、ごろりと寝転ぶ私の背後で、娘と友がかしましい。

 軽く一眠りはできたが、目が醒めた。

 しかし、昔から妙に仲が良いな、お前達。

 雛も、仕事の話以外の時だと、紫には遠慮が無い。

 いやむしろ、私に対しての方が畏まってないか? 

 あれ? もしかして私、所謂、娘が悩みを打ち明けにくい親なのか?

 いかんな、疲労のせいで、思考が悪い方悪い方に……ぬわー。

 

 

 

 

 

 何となく思い付いて、朝から雛と厄キャッチボールをし、昼食を終えた午後のこと。

 雛は厄神様のお勤めに行ってしまい、手が空いたので、私は無目的に飛んでいる。

 今日は、酒造も休業だ。たまにはこんな日もある。

 散歩というか遊覧飛行というか、とりあえずそんな感じだ。つまり、特に意味は無い。

 漂うように風の向くまま気の向くままに。時折、手に持った酒瓶をラッパ飲み。

 飲酒飛行を取り締まる法など無い。少なくとも幻想郷には無い。

 気分に任せ、ふよふよぐびぐび。あー酒が美味い。

 いつの間にやら、随分と遠くまで来た。

 幻想郷の中で見ると、妖怪の山とは反対方向の奥地。

 眼下には、一面の向日葵畑。あ、酒が尽きた。

 ……何だったかな。確か、夏場のこの近辺には、何か不味いのがーー

「死ね」

 危機察知に従い、全力で急加速。

 すぐ後ろを、極太の光線が通って行った。咄嗟に手放した空瓶が蒸発した。

「相変わらずの逃げ足ね」

「あー、久し振りだな、風見」

 出会い頭に死ねと来た。お前こそ、相変わらずだな。

 おかげさまで、休みボケしていた頭も冴えたわ。

 季節の花が咲く辺りをうろつき、定住しないこいつだが、夏は主に太陽の畑で生活している。

 つまりここだ。

「それで? 今日はどうするの? 戦う? 逃げる? どちらにせよ、私は攻撃するけど」

 そしてこれである。

 こいつは、私を見ると、とりあえず殺しにかかる。

 ふざけるな。私がいったい何をした。

 理由は、何か強そうだから、ってお前、実は種族鬼だろう? 角はどこだ?

「…………」

「沈黙は戦闘の意思ありと見なすわよ?」

 何でだおい。

 しかし、今回は完全に私の失態だ。

 普段はこんなところまで来ないからといって、呆けてこいつの生活圏に入るなど。

「……分かった、やろう」

「あら?」

 驚きつつ妖力を手に込めるな話を聞け。

「ただし、スペルカードルールに準じ、有効打1発で決着だ。

 拳でも蹴りでも、勿論、弾幕でも。

 有効か否かの判断は、各々の矜持に任せる」

 要するに、食らったと思った方の負け、である。

 人間ならまだしも、妖怪であれば、こういう条件でも勝負が成り立つ。

 一瞬でも自覚した敗北に言い訳することは、妖怪の格、即ち存在を蝕む猛毒だ。

「……スペルカードルール、ね。

 最近、八雲紫達が広めている新しい決闘法か。

 いまだに、あの胡散臭いのと付き合っているのね、貴女」

 あいつが胡散臭いことくらい、百万年以上は前から知っている。ほっとけ。

「良いわ。どうせ、条件を飲まなければ逃げるつもりでしょう?」

「当たり前だ」

 とことんやりたいのなら、どこかに消えた鬼でも探し出せ。

 星熊とか、喜んでどちらか死ぬまで戦いそうだしな。どこに行ったか知らんが。

「では、始めようか」

 常に纏っている厄に、本気の妖力を混ぜる。

 妖力で強化された濃密な厄が、体の周りを覆う感覚は、正直、凄く気持ちが悪い。

 中級妖怪程度なら、触れただけで『死ぬほど不運』になる厄だ。

 気分悪い。やめたい。

「……何年振りかしらね、その状態の貴女とやれるのは。

 あはっ、やっぱり、貴女最高よ」

 こちらの気も知らずに嬉しそうだなこの戦闘馬鹿。

 前にこの状態を使ったのは、お前に散々追い回されて、逃げ場が無くなった時だ畜生。

 紫、スペルカードルールを作ってくれて、本当にありがとう。

 こいつが飽きるまで鬼ごっこせずに済むのも、このルールのおかげだ。

 致命傷になるような『有効打』を貰わなければ、だがな。

 改めて、何故に私は毎度毎度、戦闘馬鹿に付き合わされるのか。

 いや、今は考えても仕方が無い。とにかく、生きねば。

「行こうか」

「ええ」

 同時に互いが光線を放つ。

 相殺。

 爆発。

 爆風より速く突撃してくる風見。

 容易く音速を超える右の拳。

 上体を反らし、襟と肘付近を掴み、両足を風見の腹に添える。

 食らえ! 我流空中巴投げ擬き崩し!

 既に空を飛んでいるが、更に上空へと、風見を放り投げる。

 我ながら、綺麗に入った。

 格闘技の試合なら、これで決着なのだが。

 そんな道理が通じる戦闘馬鹿では無い。残念ながら。

 なので、風見の体勢が整う前に、一点集中の厄砲を発射。

 溜める時間が足りず、最大出力では無いが、下位の鬼なら数体貫通できる威力だ。

「……ふん」

 天地逆さの姿勢で、横から傘で殴って逸らしやがった。

 どんな素材で作られているんだその傘は。

 幻想郷で唯一枯れない花、だったか? 枯れないどころじゃ無いわ。折れんわ。

「今度はこっちの番ね」

 台詞と共に、視界を埋める弾雨。

 1発1発が殺意溢れる妖力の塊だ。

 ……フランといいこいつといい、どうして私に撃たれる弾幕は、殺傷力抜群なのか。

 しかも逃げ道が皆無など、弾幕ごっこの風上にも置けない。

 守ろう、スペルカードルール。守りたい、私の平穏。守らせろ本当に。

 それより今は、目前の反則弾幕だがな。

 嫌になるな本当に。

「防御結界、十面、擬似半球」

 二十面体を半分に割った形の結界を、前方に展開。私の『弾く』性質を付与。

 雪崩れ込んでくる弾雨を、弾いて弾いて弾いて弾く。

 可能な限り弾同士をぶつかり合わせて、結界に到達する数を減らしーー危険・後頭部・屈めーー。

 危機察知に対して、条件反射で回避行動。

 私の頭上を通過する、風見の拳。

 拳圧で耳がもげるかと思った。兎から耳を奪おうとは、何たる暴虐か。

 自分で結界を蹴飛ばし、同時に、蹴りと逆方向に私の足を結界により弾く。

 本来の反発力に結界で弾いた分の力を上乗せし、高速移動。

 物凄く足腰が痛い。やはり、この移動方法、便利だけど不便だ。骨盤が砕けそう。

 しかし、痛がっている余裕は無いので、間合いを取りつつ牽制の弾幕。

 応じて風見も弾幕を放つ。だから数と威力が殺意みなぎり過ぎだと。

 

 撃つ。

 弾く。

 殴る。

 投げる。

 蹴る。

 避ける。

 撃つ。

 

 どのくらい続けたか。

 何度の攻防を、何発の弾幕を、交わしたか。

 遂に決着。

 打撃をいなしつつ私が放った厄砲が、風見の腹に直撃した。

 早撃ちに全力を注いだため、致命傷にはほど遠い。

 肌が裂けて、多少血が滲んでいる程度だ。

 ……何故、直撃したのに、それで済んでいる、お前。

 撃った私が、有効か迷うくらいに軽傷。

 だが、風見の動きは、止まった。

「…………有効打、ね」

「ああ。私の勝ちだ」

「ええ。私の負けよ」

 良かった。勝負の条件は覚えていたか。

 完全に殺す気満々な攻撃しかしてこないから、勢いで忘れていないか不安だった。

 あーーーー……………………疲れた。

「ねえ。このルールなら、これからもやるのよね?」

 嫌に決まっているだろう。

 嫌だ。とても嫌だ。心から嫌だ。

 しかし、本気の殺し合いよりはマシだ。

「受けられる時ならな」

「そう。今は?」

「断る」

 ふざけるな馬鹿。

「冗談よ」

 嘘をつけ。七割は本気だったぞお前の顔。

 もし私が受けていたら、その瞬間に開戦していただろう。

「……そうね。次の楽しみにしておきましょうか」

 良い笑顔しやがって。

 何も知らない男が見たら、惚れそうなくらい綺麗に笑いやがって。

「またやりましょう」

 もう嫌だ。

 だから、腹に滲んだ血を拭って舐めるな、怖い。

 そのくらいの傷、すぐに治せるだろう、お前。

 どうして治さずに眺めているんだ怖いって本当に。

 

 

 

 ようやく風見が向日葵畑へ降りていくのを見届け、私は家路につく。

 空に道など見えないが、まあ、それは良いとしてだ。

 帰って寝たい。

 夕飯の前に一眠りしたい。

 疲れた。

 凄く疲れた。

 風見について、誰かが「幻想郷で最も凶悪」と評していたことを、再認識した。

 そう言えば、何故か「最も危険」の評価をされているのは、あいつではなく私らしい。

 解せぬ。

 自分から人間を襲ったことなど、1度も無いのに。

 悪い妖怪を退治する、とか調子付いた輩も、生かして人里に届けてやったのに。

 何故だ。

 私より危険な奴くらい、そこら中に居るだろう。

 人食い妖怪も掃いて捨てるほど居るぞ。

 どうして私がそこまで危険視されねばならん。

 ああいや、思考が妙に迷走したが、今はそんなことはどうでも良い。

 それはともかく、早く帰って寝よう。

 少し休んで体力が戻ったら、雛と食事して気力も回復しよう。

 とりあえず、眠い。




黒兎の危険度は、紫が「激昂させたら幻想郷が滅ぶ存在」として噂を広めたせいです
あと、『心臓停止寸前の不運』状態で人里に帰された退治屋が、強盗やらに身ぐるみ剥がされ殺されたせいです
「人間に人間を殺させるよう仕向ける、極めて残虐かつ危険な妖怪」として記録されました
ままならんですね

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