トウホウ・クロウサギ   作:ダラ毛虫

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萃夢想の画面をイメージしつつ書いたら、五千字近くになりました


第巫話

「ねえ……初めて見た時から聞きたかったんだけど」

「なんだ?」

「あんたさあ……どうして、妖怪らしくないくせして、妖怪でいられるわけ?」

「ああ、それか」

「害意とか悪意とかが、まるでない。

 それどころか、何かをしよう、してやろう、って感じすらない。

 なんで、そんな状態で存在していられるのよ?」

 しかもバカみたいに強いし、と唇を尖らせる少女。

 戦闘中とは違う年相応の表情は、なかなかに微笑ましい。

「……なに笑ってんの?」

「いや、何でもない」

 てっきり、人里を襲わないか警戒されているのだと思っていたが。

 成る程、勘だけで無く、目も良いらしい。

「妖怪というのは、良く分からないけれど恐ろしいモノ、だ。

 畏れられるからこそ、妖怪は妖怪だ。

 私が何かせずとも、私は、妖怪だから。

 だから、私が何かする必要は無い」

 必要が無いからしない。したいとも思わない。

 狐は、それが気に食わないらしいが。知ったことでは無いがな。

「私が不吉で、私が不運で、私が厄災で、私は妖怪だ」

「……結局、あんたが何なのか、よく分かんなかったわね」

 それで良い。

 それが良い。

 私を理解する『人間』なんて歪んだ者は、居ないに越したことは無い。

 もしも、そんな者が現れてしまえば、きっと私は、触れずにはいられない。

 紫の、洩矢神様の、雛の、手を取ったように。

 触れたいと、傍に居たいと、願ってしまう。

 害さずに、いられなくなってしまう。

 姉から逃げ出した時のように。

 何年生き永らえようと、私は変わらず、弱いままだ。

 

 

 

 

 

 さて、何やら企んでいるらしい伊吹の奴を殴りに行こうか、と決めたは良いのだが。

「……あからさまな誘い過ぎて、つい逆らいたくなるな、これは」

 自覚してしまうと、引っ張られるというか手繰り寄せられるというか、とにかく意図的に誘導されているのが分かる。

 しかし、危機察知が「鬼と戦う羽目になる」と訴える進路も、誘導方向と同じだ。

 こと我が身の危険に関してなら、私の能力は、未来予知じみた性能を発揮する。

「大人しく、台本通りに進めるのが吉、か」

 少しばかり釈然としないが、たまには良いだろう。

 

 どうせ、私が関わった時点で、誰も彼も不運になることだけは決まっている。

 

 

 

「そこの通りすがりの兎さん。ちょいとお時間良いかしら?」

「……いきなりお前か」

 胡散臭いと評判で、実物は噂以上に胡散臭い、八雲紫の登場であった。

「宴会に届ける酒なら、狐と橙に運ばせたぞ」

「ええ。貴女に関しては、宴会を続けさせようとしているとは、思っていません」

 ゆっくりと、鞘から刀を抜くように、空気が変わる。

 冷たく。鋭く。怪しげに。

「ただ、どうしても、納得いかなくてね」

 扇で口許を隠し、紫が語る。

「どうして、貴女が『こんなところ』を通りすがっているのかしら」

 どうして急に、「異変を解決する気」になったのか、と。

 相変わらず、遠回しな言い回しを好む奴である。

「しばらく顔を見ていない知己に、招待されたものでな」

「…………そう」

 言いたいことがあるなら、はっきり言え。

 面倒臭いなこいつ。

「それでは」

 ぱちり、と、紫が扇を閉じる。

「この先に貴女を行かせても良いか、試させていただきますわ」

「…………ああ、まあ、そういう展開だろうな」

 分かっていたさ。

 分かっていたとも。

 どうせ、厄介なことになるだろうことは。

「心配性なお前に免じて、『博麗の巫女なら死なない程度』の厄でやってやる」

「お心遣い、有り難く受け取りましょう」

 だからお前も加減しろよ。いや、冗談抜きで。

 こちらだけ縛り有りで紫と勝負とか、処刑でしかない。

 

 

 互いに口を閉ざし、妖力を溢れさせる。

 まずは小手調べ。

 体に纏っている厄を拳大に弾き出し、妖力で球状に覆う。

 これを、十重を十重に繰り返し。

 自前の妖力をほぼ使わない、楽々厄弾幕の完成だ。

 鬼や風見、あと狐とやる時には、弱すぎて目眩ましにもならない技術である。

 だが、『人間』相手であれば、この程度でも攻撃扱いできるだろう。

「行くぞ」

 周囲に漂う厄弾が、一斉に紫へ向かう。

 左右から挟み込む軌道で、尚且つ、角度やら高さやら速度やらをずらしてみる。

 回避されたり、結界に阻まれたりした弾は、ぐるり周り私の手元へ。

 そして再び、軌道と速度を変えて放つ。

 放ちつつ、更に弾を生成し加える。

 百を優に超える、手数重視の厄弾が、私と紫の間を飛び交う。

 

 初めての弾幕ごっこらしい弾幕ごっこで、年甲斐も無くはしゃいでいる自覚はある。

「……まったくもう」

 自覚はしているから、その生暖かい目をやめろ紫。

 良いじゃないか。

 いつもいつも、風見やフランの相手ばかりさせられているんだぞ。

「1発1発の威力を弱めても、こんな数の厄に当てられたら、『人間』は生きられないでしょう?」

 あ。

「完全に忘れていた、って、顔に書いてありますわね」

 はい。

「頭は悪くないはずだと、知ってはいるけれど……」

 空中に開いたスキマへと、厄弾が全て吸い込まれていく。

 やってしまったと自覚した私は、おとなしくそれを見届けた。

「お酒と娘が絡まない時まで、ポンコツにならないでくださいます?」

「酒と雛が絡んだ時の私を、何だと思っているんだ、お前は」

「親馬鹿酒造馬鹿」

 ぐうの音も出ない正論で返された。

 まるで反論できん。

 

「……やはり、弾幕は私に向かないな」

 知っていたが。

 対『人間』に使うと、どうやっても厄が過剰だ。

 純粋な妖力として放とうにも、私の妖力は厄と親和性が高すぎる。

 手元を離れた途端、周囲の厄と勝手に混ざるのだ。

 弾幕にするには、些か以上に扱いづらい。

 この辺りについては、私よりも雛の方が遥かに上手い。

 全ての弾に『弾く』性質を付与すれば……駄目だ面倒臭い。

 放出した直後であれば、厄を取り込むことも無いのだが。

 

「なので」

 両手から厄を弾き、代わりに妖力を纏わせる。

 一足跳びで、紫の懐へ。

 飛行速度は天狗に譲るが、地上における瞬間速度で劣るつもりは無い。

 接近戦が不得手な紫が相手ならば、虚を突き反応すら許さないことも可能だ。

「こちらで行こう」

 下方から顎を狙った当て身。

 と同時に、『弾く』妖力を放射。

「くっ!」

 咄嗟に防御する紫。だが、無駄だ。

 攻撃力をほぼ失わせ、相手を吹き飛ばすことに特化させた妖力は、守りの上からでも、紫を宙に浮き上がらせる。

 そして、紫が体勢を整えるよりも尚、私がその頭上まで跳ねる方が、更に早い。

「天に昇りて地に墜ちる、と」

 先程の当て身とは逆の手から、再び至近距離で妖力を放出。

 勢いを逃がすことも出来ず、紫の体が大地へと吹き飛ぶ。

 しかしながら、この相手もまた、歴戦の猛者だ。

「……むぅ。やはり、易々と受けはしない、か」

「…………いいえ、お見事でしたわ」

 地面に叩き付けられる寸前に、紫は自らをスキマの中に飛び込ませていた。

 着地した私の前に、新たに開いたスキマから、紫が姿を表す。

 負傷は無し。

 あくまで『人間』相手を想定した技なので、当然と言えば当然か。

 あの速度で叩き付けられたら死ぬとかは聞かない。あれ以上に加減などできん。

「それで? 私は合格か?」

「………………そうですわね」

 不承不承と顔に出ているぞお前。

「心配せずとも、博麗の巫女が私に殺されることはあるまい。

 宴会でしか会っていないが、相当な実力者だろう、あの娘は」

 霧雨という魔法使い未満や十六夜もまた、『人間』としては破格だが、あれは別格だろう。

 仮に私が全力を尽くしたとしても、殺しきれるかは、微妙なところだ。

 返り討ちに遭うつもりは全く無いが。逃げるが。

「相手が貴女でさえなければ、確信できるのですけれどね」

 本当に、お前は私を何だと思っているんだ。

 親馬鹿酒造馬鹿は、さっきもう聞いたぞ。

「この幻想郷における、最大級の不確定要素ですもの」

 溜め息混じりに言うな。へこむ。

 例の危険度とかいうやつ、絶対にお前が1枚噛んでいるだろう。

 私など、酒を造って雛と過ごせば満足な、無欲無害の妖怪兎だというのに。

 今回? まあ、何事にも例外はある。要するに興味本意だ。

 わざわざ戻ってきた伊吹が、私まで呼びつけるなどとは、思いもしなかったからな。

 何がしたいのか問えば、どうせ答えは馬鹿騒ぎなのだろうが。

「自由に動いて構いませんけれど、動向は常に確認させていただきますからね」

 釘を刺してから、ようやく姿を消す紫。

 ああ言った以上は、どこからか監視しているのだろう。何となく視線を感じる。

 まあ、見られているのは、幻想郷に来てから、いつものことだ。

 来る前も度々似たような感覚があったし、慣れた。慣れて良いものかは別にして。

「……とりあえず、危機察知が『鬼』に反応する方向へ進むか」

 初戦からやたら強敵が出てきたが、気を取り直して行こう。

 

 

 

 で、気を取り直そう、と思ったものの、その後もどいつもこいつも、強敵揃いだった。

 白玉楼の亡霊姫、西行寺幽々子。

 マーガトロイドとノーレッジの魔法使い2連戦。

 更にスカーレット嬢。

 何だこの難易度は。

 とは言え、『人間』を相手にするよりは、余程マシか。

 多少の厄では早々死なない連中だ。

 それに、私の危機察知は、『致命的な攻撃』と相性が良い。

 西行寺の姫なんて、全ての技を予知できるほどだ。

 要するに、それだけの殺傷力が込められている訳ではあるが。殺す気かい。

 彼女の蝶と私の厄弾が交差する光景は、端から眺めれば、さぞかし魔的だったろう。

 当事者としては、常に死の気配を感じっぱなしで、寿命が縮む思いだったが。

 私の寿命が、あと何万年残っているのかは知らんが。

 

 とにかく、互いに生きて彼女達を退けられたのだから、良しとしよう。

 あー、怖かった怖かった。もう疲れたので帰って良いだろうか。

 

 駄目かなぁ……。

 もう伊吹が何をしたいかとかどうでも良くないかなぁ……。

「ちょっと、なにボケッとしてんのよ?」

 どうして博麗の巫女と戦う羽目になっているのだろうなぁ……。

 

「あんたは…………犯人じゃないみたいだけど……」

「なら、見逃してもらえると有り難い」

「有り難いし、有り得ないわね」

「だろうな」

 と、なればだ。

「とりあえず、犯人じゃなくても怪しいことには変わりないわ」

 酷い理論展開である。

「……仕方が無いな」

「仕様がないわね」

 然り然り。

「では、お手を拝借させていただこう」

「踊りでもするわけ?」

 ああそうだな。踊り出したいくらいに、笑えてくる。

 きっと、伊吹のせいだ。

 博麗の巫女、人間の代表と相見えるこの瞬間が、愉快で堪らない。

 

 頼むから、死んでくれるなよ。

 紫に私が殺される。

 

 さて、とまれこうまれ、開戦だ。

 先手を取られたら負ける。

 危機察知が、訴える。

 分かっているとも。

 故に、先手必勝。

 足下に結界を展開。

 踏み込みと同時に足の裏を弾き跳ばす。

 音を背後に。

 空気の壁を切り開いて突き進む。

 勢いを乗せ前蹴り。

 爪先に円錐形の結界。

 巫女もそれは『見えて』いたらしい。

 私の蹴りに合わせ、極小の防御結界を張る。

 激突。

 衝撃。

 ぶつかり合う結界と結界。

 拮抗状態の上から妖力を放射し、結界ごと巫女の体を弾く。

 吹き飛ぶ巫女。

 その後を追わせ、厄弾を5発。

 的確に避けて防ぐ巫女。

 再び踏み込む。

 直上を取る。

 焦った巫女が結界を全身に。

 良し。

 あの結界強度なら、多少強めの厄でも、死にはしない。

 厄を収束。

 妖力を混ぜる。

 厄と妖力を圧縮して、配分を調整。

 最適効率で、厄を強化。

 照準。

 頭の中に、撃鉄を落とす。

 掌から大地に向けて厄砲を発射。

 巫女の結界を、厄の奔流が飲み込む。

「…………終いだ」

 着地して、一息吐く。

「ふざっ、けんじゃ、ない、わよ……!」

 あれで立てるか。流石だな。

「無理はするな。

 況してや、『空を飛ぶ』のはやめておけ。

 それだけの厄に囚われた状態で『飛べ』ば、貴女は2度と、『幸運にも縛られなく』なるぞ」

 結界は壊れていないが、染み込むようにして、厄が巫女を穢す。

「貴女なら分かっているだろうが、そちらが先に仕掛けていたなら、勝ったのは貴女だ」

 初めから『飛ばれ』たら、私には、否、妖怪には、手出しのしようが無い。

 私を見極めようとして、先手を譲らなければ、勝者は彼女だった。

「今回のこれは、単なる馬鹿騒ぎ。異変では無い。

 この場は、どうか私に任せてもらいたい」

「馬鹿騒ぎも異変も、私にとっては同じことよ」

 成る程、道理だ。

 しかしながら、今回については、私の勝ちである。

 大人しくしておいてもらおう。

 どうせ暫く経ったら、紫が回収に来る。

 

 

 

 伊吹は、私が相手をしよう。




第幻話で紫さんが言っていた、
「コクト。貴女はきっと、畏れを失っても、力を弱めても、生きていけるでしょう」
というのは、つまりそういうことです。

誰かが不運を嘆く度に、黒兎の妖怪としての存在が確立されます。
幻想郷の外でも生きていけます。
成ろうと思えば『不運を司る程度』の存在にも成れる、無欲無害な妖怪兎(自称)です。
無欲な内は無害な危険度災厄の爆発物ですね。火気厳禁。





以下、嘘予告

闇堕ち注意
他作パロディ注意



「あの娘は……」

「人を救おうとした」

「だが拒絶された」

「人ならざる者も救おうとした」

「それも拒絶された」

「ならば」

「人も」

「人ならざる者も」

「あの娘無しに生きられない」

「そんな世に」

「するしかない」

「厄に塗れ」

「厄に沈み」

「厄に溺れ」

「救いを乞え」

「あの娘を求めろ」

「私は厄災」

「私は不吉」

「私は不運」

「私は不退転」

「歩き回り叫ぶ」

「不退転の災厄である」



トウホウ・クロオウ『第禍話』

幻想郷に、廃滅の厄災が吹き荒れーーません、嘘予告です。



雛様に万が一のことが無い限り、ですが。

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