「ねえ……初めて見た時から聞きたかったんだけど」
「なんだ?」
「あんたさあ……どうして、妖怪らしくないくせして、妖怪でいられるわけ?」
「ああ、それか」
「害意とか悪意とかが、まるでない。
それどころか、何かをしよう、してやろう、って感じすらない。
なんで、そんな状態で存在していられるのよ?」
しかもバカみたいに強いし、と唇を尖らせる少女。
戦闘中とは違う年相応の表情は、なかなかに微笑ましい。
「……なに笑ってんの?」
「いや、何でもない」
てっきり、人里を襲わないか警戒されているのだと思っていたが。
成る程、勘だけで無く、目も良いらしい。
「妖怪というのは、良く分からないけれど恐ろしいモノ、だ。
畏れられるからこそ、妖怪は妖怪だ。
私が何かせずとも、私は、妖怪だから。
だから、私が何かする必要は無い」
必要が無いからしない。したいとも思わない。
狐は、それが気に食わないらしいが。知ったことでは無いがな。
「私が不吉で、私が不運で、私が厄災で、私は妖怪だ」
「……結局、あんたが何なのか、よく分かんなかったわね」
それで良い。
それが良い。
私を理解する『人間』なんて歪んだ者は、居ないに越したことは無い。
もしも、そんな者が現れてしまえば、きっと私は、触れずにはいられない。
紫の、洩矢神様の、雛の、手を取ったように。
触れたいと、傍に居たいと、願ってしまう。
害さずに、いられなくなってしまう。
姉から逃げ出した時のように。
何年生き永らえようと、私は変わらず、弱いままだ。
さて、何やら企んでいるらしい伊吹の奴を殴りに行こうか、と決めたは良いのだが。
「……あからさまな誘い過ぎて、つい逆らいたくなるな、これは」
自覚してしまうと、引っ張られるというか手繰り寄せられるというか、とにかく意図的に誘導されているのが分かる。
しかし、危機察知が「鬼と戦う羽目になる」と訴える進路も、誘導方向と同じだ。
こと我が身の危険に関してなら、私の能力は、未来予知じみた性能を発揮する。
「大人しく、台本通りに進めるのが吉、か」
少しばかり釈然としないが、たまには良いだろう。
どうせ、私が関わった時点で、誰も彼も不運になることだけは決まっている。
「そこの通りすがりの兎さん。ちょいとお時間良いかしら?」
「……いきなりお前か」
胡散臭いと評判で、実物は噂以上に胡散臭い、八雲紫の登場であった。
「宴会に届ける酒なら、狐と橙に運ばせたぞ」
「ええ。貴女に関しては、宴会を続けさせようとしているとは、思っていません」
ゆっくりと、鞘から刀を抜くように、空気が変わる。
冷たく。鋭く。怪しげに。
「ただ、どうしても、納得いかなくてね」
扇で口許を隠し、紫が語る。
「どうして、貴女が『こんなところ』を通りすがっているのかしら」
どうして急に、「異変を解決する気」になったのか、と。
相変わらず、遠回しな言い回しを好む奴である。
「しばらく顔を見ていない知己に、招待されたものでな」
「…………そう」
言いたいことがあるなら、はっきり言え。
面倒臭いなこいつ。
「それでは」
ぱちり、と、紫が扇を閉じる。
「この先に貴女を行かせても良いか、試させていただきますわ」
「…………ああ、まあ、そういう展開だろうな」
分かっていたさ。
分かっていたとも。
どうせ、厄介なことになるだろうことは。
「心配性なお前に免じて、『博麗の巫女なら死なない程度』の厄でやってやる」
「お心遣い、有り難く受け取りましょう」
だからお前も加減しろよ。いや、冗談抜きで。
こちらだけ縛り有りで紫と勝負とか、処刑でしかない。
互いに口を閉ざし、妖力を溢れさせる。
まずは小手調べ。
体に纏っている厄を拳大に弾き出し、妖力で球状に覆う。
これを、十重を十重に繰り返し。
自前の妖力をほぼ使わない、楽々厄弾幕の完成だ。
鬼や風見、あと狐とやる時には、弱すぎて目眩ましにもならない技術である。
だが、『人間』相手であれば、この程度でも攻撃扱いできるだろう。
「行くぞ」
周囲に漂う厄弾が、一斉に紫へ向かう。
左右から挟み込む軌道で、尚且つ、角度やら高さやら速度やらをずらしてみる。
回避されたり、結界に阻まれたりした弾は、ぐるり周り私の手元へ。
そして再び、軌道と速度を変えて放つ。
放ちつつ、更に弾を生成し加える。
百を優に超える、手数重視の厄弾が、私と紫の間を飛び交う。
初めての弾幕ごっこらしい弾幕ごっこで、年甲斐も無くはしゃいでいる自覚はある。
「……まったくもう」
自覚はしているから、その生暖かい目をやめろ紫。
良いじゃないか。
いつもいつも、風見やフランの相手ばかりさせられているんだぞ。
「1発1発の威力を弱めても、こんな数の厄に当てられたら、『人間』は生きられないでしょう?」
あ。
「完全に忘れていた、って、顔に書いてありますわね」
はい。
「頭は悪くないはずだと、知ってはいるけれど……」
空中に開いたスキマへと、厄弾が全て吸い込まれていく。
やってしまったと自覚した私は、おとなしくそれを見届けた。
「お酒と娘が絡まない時まで、ポンコツにならないでくださいます?」
「酒と雛が絡んだ時の私を、何だと思っているんだ、お前は」
「親馬鹿酒造馬鹿」
ぐうの音も出ない正論で返された。
まるで反論できん。
「……やはり、弾幕は私に向かないな」
知っていたが。
対『人間』に使うと、どうやっても厄が過剰だ。
純粋な妖力として放とうにも、私の妖力は厄と親和性が高すぎる。
手元を離れた途端、周囲の厄と勝手に混ざるのだ。
弾幕にするには、些か以上に扱いづらい。
この辺りについては、私よりも雛の方が遥かに上手い。
全ての弾に『弾く』性質を付与すれば……駄目だ面倒臭い。
放出した直後であれば、厄を取り込むことも無いのだが。
「なので」
両手から厄を弾き、代わりに妖力を纏わせる。
一足跳びで、紫の懐へ。
飛行速度は天狗に譲るが、地上における瞬間速度で劣るつもりは無い。
接近戦が不得手な紫が相手ならば、虚を突き反応すら許さないことも可能だ。
「こちらで行こう」
下方から顎を狙った当て身。
と同時に、『弾く』妖力を放射。
「くっ!」
咄嗟に防御する紫。だが、無駄だ。
攻撃力をほぼ失わせ、相手を吹き飛ばすことに特化させた妖力は、守りの上からでも、紫を宙に浮き上がらせる。
そして、紫が体勢を整えるよりも尚、私がその頭上まで跳ねる方が、更に早い。
「天に昇りて地に墜ちる、と」
先程の当て身とは逆の手から、再び至近距離で妖力を放出。
勢いを逃がすことも出来ず、紫の体が大地へと吹き飛ぶ。
しかしながら、この相手もまた、歴戦の猛者だ。
「……むぅ。やはり、易々と受けはしない、か」
「…………いいえ、お見事でしたわ」
地面に叩き付けられる寸前に、紫は自らをスキマの中に飛び込ませていた。
着地した私の前に、新たに開いたスキマから、紫が姿を表す。
負傷は無し。
あくまで『人間』相手を想定した技なので、当然と言えば当然か。
あの速度で叩き付けられたら死ぬとかは聞かない。あれ以上に加減などできん。
「それで? 私は合格か?」
「………………そうですわね」
不承不承と顔に出ているぞお前。
「心配せずとも、博麗の巫女が私に殺されることはあるまい。
宴会でしか会っていないが、相当な実力者だろう、あの娘は」
霧雨という魔法使い未満や十六夜もまた、『人間』としては破格だが、あれは別格だろう。
仮に私が全力を尽くしたとしても、殺しきれるかは、微妙なところだ。
返り討ちに遭うつもりは全く無いが。逃げるが。
「相手が貴女でさえなければ、確信できるのですけれどね」
本当に、お前は私を何だと思っているんだ。
親馬鹿酒造馬鹿は、さっきもう聞いたぞ。
「この幻想郷における、最大級の不確定要素ですもの」
溜め息混じりに言うな。へこむ。
例の危険度とかいうやつ、絶対にお前が1枚噛んでいるだろう。
私など、酒を造って雛と過ごせば満足な、無欲無害の妖怪兎だというのに。
今回? まあ、何事にも例外はある。要するに興味本意だ。
わざわざ戻ってきた伊吹が、私まで呼びつけるなどとは、思いもしなかったからな。
何がしたいのか問えば、どうせ答えは馬鹿騒ぎなのだろうが。
「自由に動いて構いませんけれど、動向は常に確認させていただきますからね」
釘を刺してから、ようやく姿を消す紫。
ああ言った以上は、どこからか監視しているのだろう。何となく視線を感じる。
まあ、見られているのは、幻想郷に来てから、いつものことだ。
来る前も度々似たような感覚があったし、慣れた。慣れて良いものかは別にして。
「……とりあえず、危機察知が『鬼』に反応する方向へ進むか」
初戦からやたら強敵が出てきたが、気を取り直して行こう。
で、気を取り直そう、と思ったものの、その後もどいつもこいつも、強敵揃いだった。
白玉楼の亡霊姫、西行寺幽々子。
マーガトロイドとノーレッジの魔法使い2連戦。
更にスカーレット嬢。
何だこの難易度は。
とは言え、『人間』を相手にするよりは、余程マシか。
多少の厄では早々死なない連中だ。
それに、私の危機察知は、『致命的な攻撃』と相性が良い。
西行寺の姫なんて、全ての技を予知できるほどだ。
要するに、それだけの殺傷力が込められている訳ではあるが。殺す気かい。
彼女の蝶と私の厄弾が交差する光景は、端から眺めれば、さぞかし魔的だったろう。
当事者としては、常に死の気配を感じっぱなしで、寿命が縮む思いだったが。
私の寿命が、あと何万年残っているのかは知らんが。
とにかく、互いに生きて彼女達を退けられたのだから、良しとしよう。
あー、怖かった怖かった。もう疲れたので帰って良いだろうか。
駄目かなぁ……。
もう伊吹が何をしたいかとかどうでも良くないかなぁ……。
「ちょっと、なにボケッとしてんのよ?」
どうして博麗の巫女と戦う羽目になっているのだろうなぁ……。
「あんたは…………犯人じゃないみたいだけど……」
「なら、見逃してもらえると有り難い」
「有り難いし、有り得ないわね」
「だろうな」
と、なればだ。
「とりあえず、犯人じゃなくても怪しいことには変わりないわ」
酷い理論展開である。
「……仕方が無いな」
「仕様がないわね」
然り然り。
「では、お手を拝借させていただこう」
「踊りでもするわけ?」
ああそうだな。踊り出したいくらいに、笑えてくる。
きっと、伊吹のせいだ。
博麗の巫女、人間の代表と相見えるこの瞬間が、愉快で堪らない。
頼むから、死んでくれるなよ。
紫に私が殺される。
さて、とまれこうまれ、開戦だ。
先手を取られたら負ける。
危機察知が、訴える。
分かっているとも。
故に、先手必勝。
足下に結界を展開。
踏み込みと同時に足の裏を弾き跳ばす。
音を背後に。
空気の壁を切り開いて突き進む。
勢いを乗せ前蹴り。
爪先に円錐形の結界。
巫女もそれは『見えて』いたらしい。
私の蹴りに合わせ、極小の防御結界を張る。
激突。
衝撃。
ぶつかり合う結界と結界。
拮抗状態の上から妖力を放射し、結界ごと巫女の体を弾く。
吹き飛ぶ巫女。
その後を追わせ、厄弾を5発。
的確に避けて防ぐ巫女。
再び踏み込む。
直上を取る。
焦った巫女が結界を全身に。
良し。
あの結界強度なら、多少強めの厄でも、死にはしない。
厄を収束。
妖力を混ぜる。
厄と妖力を圧縮して、配分を調整。
最適効率で、厄を強化。
照準。
頭の中に、撃鉄を落とす。
掌から大地に向けて厄砲を発射。
巫女の結界を、厄の奔流が飲み込む。
「…………終いだ」
着地して、一息吐く。
「ふざっ、けんじゃ、ない、わよ……!」
あれで立てるか。流石だな。
「無理はするな。
況してや、『空を飛ぶ』のはやめておけ。
それだけの厄に囚われた状態で『飛べ』ば、貴女は2度と、『幸運にも縛られなく』なるぞ」
結界は壊れていないが、染み込むようにして、厄が巫女を穢す。
「貴女なら分かっているだろうが、そちらが先に仕掛けていたなら、勝ったのは貴女だ」
初めから『飛ばれ』たら、私には、否、妖怪には、手出しのしようが無い。
私を見極めようとして、先手を譲らなければ、勝者は彼女だった。
「今回のこれは、単なる馬鹿騒ぎ。異変では無い。
この場は、どうか私に任せてもらいたい」
「馬鹿騒ぎも異変も、私にとっては同じことよ」
成る程、道理だ。
しかしながら、今回については、私の勝ちである。
大人しくしておいてもらおう。
どうせ暫く経ったら、紫が回収に来る。
伊吹は、私が相手をしよう。
第幻話で紫さんが言っていた、
「コクト。貴女はきっと、畏れを失っても、力を弱めても、生きていけるでしょう」
というのは、つまりそういうことです。
誰かが不運を嘆く度に、黒兎の妖怪としての存在が確立されます。
幻想郷の外でも生きていけます。
成ろうと思えば『不運を司る程度』の存在にも成れる、無欲無害な妖怪兎(自称)です。
無欲な内は無害な危険度災厄の爆発物ですね。火気厳禁。
以下、嘘予告
闇堕ち注意
他作パロディ注意
「あの娘は……」
「人を救おうとした」
「だが拒絶された」
「人ならざる者も救おうとした」
「それも拒絶された」
「ならば」
「人も」
「人ならざる者も」
「あの娘無しに生きられない」
「そんな世に」
「するしかない」
「厄に塗れ」
「厄に沈み」
「厄に溺れ」
「救いを乞え」
「あの娘を求めろ」
「私は厄災」
「私は不吉」
「私は不運」
「私は不退転」
「歩き回り叫ぶ」
「不退転の災厄である」
トウホウ・クロオウ『第禍話』
幻想郷に、廃滅の厄災が吹き荒れーーません、嘘予告です。
雛様に万が一のことが無い限り、ですが。