『ケッコンカッコカリ』

――それは、素敵な人との幸せを望む、多くの艦娘たちの夢である。


※pixivにも投稿しました。


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むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。


この指輪、いらんかね?

 

 

 深海棲艦との戦争が始まってから、短くはない歳月が流れた。

 

 季節は幾度も巡り、子供も大人へと成長を遂げる頃──しかし、悲劇にしかならない舞台の終幕は未だ下ろされてはいなかった。

 奪還し、強奪され、開放し、占領され、殲滅し、蹂躙され──そんな一進一退の攻防を何度も繰り返すばかりで、むしろ戦況は激化の一途を辿っていると言える。

 拡大していく被害、疲弊していく兵士たち、枯渇していく資源。辛うじて踏み止まってはいるものの、回復する手段に乏しい人類側の犠牲は今なお積み重なっていく一方だ。戦況が人類側の不利に傾くのも時間の問題だろう。

 

 とはいえ、人類側とて何も策を講じていないわけではない。

 

 近年、深海棲艦に対抗できる唯一の存在である『艦娘』の新たな強化法が確立されたのだ。

 飛躍的に性能が良くなるわけではないが、強化過程での危険性も少なく、また、その甘美な名称も相まって艦娘からも上官たる提督からも絶大な人気を博している。当時、実装から3日と経たずして"その名を知らぬ者はいない"とまで謳われたほどだ。

 そして何より、性能強化以上に効果を発揮したのが兵士たちの士気向上であった。偶発的な副次効果ではあったものの、それは一つの目安、目標となり、艦娘や提督の意欲を昂ぶらせたのだ。

 それこそ、多くの苦難と死闘を共に駆け抜けた提督と艦娘の絆によって為される強化措置──。

 

 

 練度上限開放システム──通称『ケッコンカッコカリ』である。

 

 

「──と、言うわけでだ。この軍部の工廠による大量生産品で、値にして700円ぽっち。なお且つ任務の報酬として無料で支給された、このロマンもクソもヘッタクレもない指輪が欲しい練度上限者は手を挙げてくれ」

 

「夢ぶち壊しだよ」

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「『ケッコンカッコカリ』の話をするから、練度上限に達した5人の艦娘を集めてくれと言うから集めてきたのに……これは無いとしか言えないな」

 

 昼食には少し遅い時間帯、ある鎮守府の執務室。

 麗らかな陽気が窓から射し込む室内で、一個の艦隊を率いているはずの提督は秘書艦である『Верный(ヴェールヌイ)』にこってりと絞られていた。

 

 

「『ケッコンカッコカリ』に抱いていた理想が泡沫になって消えたよ。そんな現実聞きたくなかったんだよ」

「でもよぉ〜。あっ、そうだヴェルが受け取ってくれよ」

「でもよもヘチマも無いよ。あの流れで受け取るわけないだろう」

「そっか、駄目か〜」

「まったく……泡吹いて倒れてしまった『金剛』さんを見ても、何とも思わないのかい?」

「我が心、泰然自若なり」

「……ハラショー」

 

 

 しかして提督に響いた様子は無い。鼻をほじり、出てきたブツを丸めて捨てた。自由奔放なこの男は一度どうでもいいと判断すると、何を言ったところで右から左へと流れるだけなのだ。

 暖簾に腕押しな態度にヴェールヌイは呆れ返るようにため息をついた。意識の無い者を除いて、集められた他の艦娘もそれに続く。

 艦娘たちから向けられる視線は冷たい。提督はその原因がなんなのか理解した上で、それでも気にした風もなく話を戻した。

 

「んじゃ、誰か指輪いる?」

「私はいらないわ」

「同じく、いりません」

 

 提督の問い掛けに答えたのは、能面を取り付けたように表情を固めた『加賀』と『高雄』だった。

 この2人は鎮守府稼働初期から着港しているのだが、提督とは性格的に旨が合わず、一応あいさつは交わす程度の部下と上司のビジネスライクな関係をキープしている。当然、恋慕の情など欠片も無い。

 

「初めての『ケッコンカッコカリ』の相手が貴方なんてゴメンよ」

「そうですね。私たちは一応、提督を尊敬はしていますが、どちらかと言えば嫌っていますから」

「嫌ってるって随分だね高雄くん。まぁ、いいけどさ……本当にいいの? 強くはなれるんだよ?」

「いらないと言ったでしょ? そういうものは、ちゃんと提督を好きな娘にあげてちょうだい」

「えぇ〜、それ俺も気があるように思われるじゃん。アプローチ鬱陶しくなるからヤダ〜」

「……最低ね」

「この甲斐性なし。死んで詫なさい」

「あ? おいおい口を慎みなよ、こっちは上官だよ〜」

 

 吐き捨てられる辛辣な物言いに、さしもの提督も苦笑いが浮かぶ。けれども、2人を映す目は少しも笑っていなかった。対する加賀と高雄も動じることなく、反意を隠すことなく睨みつけて応戦している。

 まさに一触即発。執務室には静電気でも走っているかのような、ひりついた緊張感が蔓延しだした。

 

「……」

「……」

「……」

 

 無言の時間が続き、より一層のこと空気が張り詰めていく。とばっちりのように巻き添えを食らったヴェールヌイ含む、意識のある者たちの額に汗が浮かぶ。早く終われと心で叫んでいる。

 緊迫した一室──そして、先に折れたのは提督の方だった。

 

「やれやれ、こんなことしてても時間の無駄か……あっ、要件はそれだけだから、もう行っていいぞ」

「……了解です。高雄、行きましょう」

「ええ──あっ、そうだ加賀さん。この後、間宮でもどうです?」

「あら、いいわね。そうしましょうか」

 

 先程までの緊張感が嘘のようなやり取り。2人は楽しそうにお茶会の予定を組み、倒れている金剛を担ぎ上げて執務室から退出して行った。

 扉の向こうに2人──いや3人の背中が消えたのを見届けると、提督はポツリと部下への不満を漏らした。

 

「……アイツら、俺のこと蔑ろにしすぎじゃね?」

「君がそれを言うか。普段、自分がどんな対応をしているのかをよく思い出してみるといい」

「俺はいいんだよ。天上天下森羅万象、全ての基準は俺にある。故に、俺が正義だ」

「妄言もここまで来ると清々しいね」

「世の真理だぞ? ちゃんと覚えとけよ──しっかし、マジで指輪どうすっかなぁ〜?」

 

 指輪の入ったケースを弄びながら提督は椅子に体重を預け、軋んだスプリングの悲鳴と共に深く沈み込んだ。

 指輪をあえて使わないという選択肢もあればいいのだが、大本営がそれを許してはくれない。褒賞として指輪を渡してから一年以内に誰かと『ケッコンカッコカリ』を済ませなければ、減給処分を科せられてしまう。それだけは何としても避けなければならない。

 

(でもなぁ〜……)

 

 チラリ、と残ったメンツに目を向ける。

 提督業は極めて激務なため、先程の加賀や高雄と交わしたような無駄な問答は避けたいところ。それに加え、提督自身が相手は誰でもいいと思っていることもあり、余計な時間は掛けたくないのだ。理想としては指輪を差し出し、『はいどうぞ』で『はいどうも』が一番なのだが、それが期待できそうなのは──。

 この場における提督の心を掴んだのは、金剛と並び"提督ラブ勢筆頭"に名を連ねる高速戦艦『榛名』であった。

 

「なぁ榛名、指輪いらんか?」

「いや、ちょっと待ちなさい」

 

 身体を起こし、榛名の前に指輪ケースを突き出そうとすると、名を呼ばれなかった最後の一人『大井』がご立腹の様子で立ち塞がった。

 

「え、なに?」

「何故、私の名前が呼ばれなかったのですか?」

 

 腕を組み、威圧的にも取れる笑顔を張り付けた大井は提督に詰め寄った。いつものような不機嫌さとは違う、不穏なオーラを纏った大井に圧され、提督も椅子ごと後退る。

 

「…………何故、逃げるのですか?」

 

 その刹那、大井の様子が大きく変わった。発せられる声は低く、抑揚が感じられない。それに心なしか、虹彩に色が無いようにも見えた。

 

「え、なに、なにごと?」

「……提督?」

 

 提督は知らないだろうが、大井がそうなってしまったのにも理由はある。

 実は大井は『隠れ提督ラブ勢』と呼ばれる、心の中でひっそりと提督を慕う艦娘の一人であり、溺れているという表現が相応しいほど、相当なまでに提督を心酔してしまっているのだ。

 着任当初、同型艦もいない状況の中、真摯になって支えてくれた(と勘違いしている)上に、重要作戦時に必ず『お前は(俺の艦隊に、戦力的な意味で)大切な存在なんだ』と声を掛けられ続けてきたとなれば、その想いの深さもうかがえよう。

 行動を見ればそれがより顕著に表れている。例えば、等身大の提督抱きまくらを欲情で濡らしたり、『青葉』の盗撮写真を月一で大量購入したり、こっそり提督の軍服にコロンをつけてマーキングしたりと、意外とやることに節操がない。余談だが、この行動を知っているのは唯一、同室の北上のみである。

 そして、そんな意中の相手から呼び出しを受け、しかも話題は『ケッコンカッコカリ』ときたものだ。もしかしたら自分が申し込まれるかもと内心浮足立っていたというのに、蓋を開けてみれば最後まで名を呼ばれないではないか。

 指輪が回ってくるとすれば、それは消去法によるもの。流石にこれには憤りの一つも感じよう。

 一歩、また一歩と幽鬼のように歩みを進める。もう、あと一歩で手が届く距離だ。

 

「ねぇ……ていと──」

「そこまでだよ」

 

 そこで大井の身体は不自然に傾き、地面に吸い寄せられるように膝から崩れ落ちていった。

 危険が無効化され、提督は安堵に息を吐く。大井の影に隠れて見えていなかったが、大井の背後には手刀を構えたヴェールヌイが佇んでいた。どうやら彼女が、乱心した大井を止めてくれたようだ。

 

「すまん、助かった」

「お礼は間宮でよろしく」

「いいぞ。ほれ、提督特権で得た『間宮無料券』だ」

「ハラショー。こいつは力を感じる」

 

 渡された無料券を掲げ、嬉しそうに微笑むヴェールヌイ。

 

「それじゃあ私は、大井さんを医務室に運んでくるよ」

「おう、いってらっしゃい」

 

 喜色を前面に押し出し、ヴェールヌイは鼻歌でも歌いだしそうな足取りで執務室を後にした。

 スイーツ無料券一つでそこまで嬉しそうにする姿を見ると、艦娘とはいえ見た目相応な幼気さもあるのだなと、改めて痛感させられる。だからこそ、肩に背負った大井の違和感が拭えない。

 ともあれ、もうその話は置いておこう。今、目を向けるべきは現状である。

 つい先刻、呼んでおいた6人も、金剛、加賀、高雄、大井、ヴェールヌイと部屋を退室していき、そしてついには残り一人となったわけだ。

 

「さて、残るは榛名。お前だけなんだが──」

 

 ──榛名は自分に想いを寄せている。

 自惚れでもなく、そう断言できるだけの自信が提督にはあった。そこらのハーレム漫画の主人公ではないのだ、露骨なアピールが続けば嫌でも分かる。第一、姉の金剛がよくポロッと漏らしてくれているので、十中八九間違いはない。

 正直、こんな性格の悪い男のどこに惚れたのか、金剛や大井ともども全く理解できないのだが、しかし上手く仕事を減らしたいと目論む提督からしたら好都合でしかない。

 提督は指輪をケースの蓋を開け、榛名の前に膝を付いて差し出した。

 

 まるで、ドラマや漫画で多用される求婚の意思表示のように──。

 

 普段の提督ならこんなことはしない。そうさせたのは"自分の面倒を減らすために利用するのだから、少しくらいこいつらの意向に沿ってやろう"という、優しさの皮を被った低俗な思考によるものだった。

 

「この指輪を受け取って──……!?」

 

 しかし、その行為は敢え無く無駄となった。

 是非を確認するように見上げた提督の顔が、驚愕によって染められる。一瞬、息が止まり、手から指輪ケースが転がり落ちる。だがそれすら、どうにも気にならない。

 

 "一体、何時からだろうか?"

 

 いや、きっと初めからだったのだろう。思えば榛名は、金剛を以てして「自分に勝るとも劣らない」と評されるほどの思慕を提督に抱いている。そんな金剛が気を失ったというのに、榛名が無傷のままでいられた筈が無い。

 カコン、とケースが落ちた拍子に、蓋が閉じたと思われる間抜けな音が鳴った。同時に、提督の口から誰に問うでもない、確認の声が小さく呟かれた。

 

 

「意識が……無いだと……?」

 

 

 そういえば、金剛が倒れたというのに微動だにしていなかったな……。提督は遠くを眺めるように、暢気にそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「結局、指輪は渡せず終いか……」

「最初のアレさえなければ、たぶん呼んだ人の誰かはもらってくれたと思うよ?」

 

 その日の夕方、ヴェールヌイに淹れてもらったお茶を啜りながら、仕事が残った憂鬱さに提督が顔をしかめていた。

 

「……加賀や高雄も?」

「渋々ではあるだろうけどね。『信頼』はされてるんだよ、司令官は」

「そうかぁ?」

「そうさ」

 

 ヴェールヌイはクスリと笑い、提督はつまらなさそうに肩肘をついた。それっきり会話は途切れてしまい、2人のお茶を啜る音がそれに取って代わる。

 夕刻の焼けるような日差しが射し込み、執務室にある影の境界線がより濃く強調されていく。騒がしかった港も静寂に包まれ、時折届くカラスの鳴く声がやけに耳に残る。無言の時間が心地よいと共に、やけに哀感を煽ってくる。

 ぼんやりと夕日を眺めながら湯呑みを傾けた。けれど、口に満ちるはずの芳香と渋味はやってこない。僅かに残った水滴が唇に落ち、湿らせるだけだった。

 

「それで、その指輪はどうするつもりさ?」

 

 湯呑みを机に置くと、すぐに新たなお茶が注がれる。いつの間にか、急須を持ったヴェールヌイが近くに待機していたようだ。

 茶の香りが立ち、うっすらと湯気が昇る。

 

「取り敢えず保留。猶予はまだあるから、新しく上限者がきたら考えよう」

「金剛さんや榛名さん、大井さんには?」

「金剛姉妹は一考するけど、大井は無い。下手したら監禁されそう」

 

 お茶に息を吹きかけ、少し冷ましてから口に運ぶ。

 確かに大井に指輪を渡そうかとも考えた。どんな海域だろうと勇猛果敢に攻め込み勝利に導いてくれるし、元練習艦ということもあり新規艦娘たちの教導も受け持ってくれている。貢献度でいえば、指輪を渡すには申し分ない働きだろう。

 しかし普段が普通なだけに、もし今日のように狂ったスイッチが再び入ってしまえば手がつけられない気がするのだ。恩賞は送りたいが、何においても身の安全には変えられない。万が一があるかもしれないとして、大井に指輪を渡す選択肢を除外することに決めたのだった。

 

「でも、どうせ複数人とカッコカリするわけじゃないんだろう? 大井さんに指輪を渡して特別感を出せば、もう暴走したりしないんじゃないかい?」

「なるほど、その発想は無かった……あっ、でもいろいろ束縛されそう」

「今日の様子を見る限り、否定はできないな」

「んじゃ、やっぱダメだな。そういう鬱陶しいのは勘弁だ」

 

 この瞬間、大井に指輪を渡すという選択肢の除外が、提督の中で確固たるものとなった。

 

「もうヴェルがもらってくれよ。お前なら誰も文句言わねぇだろうし」

「嫌だよ。もっと素敵なシチュエーションを用意してくれたら、喜んでもらうけど」

「面倒クセェ」

「やれやれ──本当に『ケッコンカッコカリ』に興味がないんだね。そんなにしたくないのかい?」

「そこまでじゃねぇよ。ただ──」

 

 ──ただ。提督は言葉を続けた。

 

「ただ、この戦争が終われば望む望まないに関係なく切れちまうような繋がりなんだから、始めから有って無いようなモンに思えて乗り気になれねぇんだよ」

 

 嘆息するように、提督はそう言った。

 どれだけ魅力的な名を付けようとも所詮は艦娘の強化アイテム、戦争が終われば無用の物へと成り下がる代物だ。指輪と契約によって成り立っていた関係も消える。

 その後、どうするかは二者間で一通り考えるのだろうが、艦娘たちの有する力は強大だ。一提督と深い関係になることは軍部が許さないだろう。艦娘の力は、たった一人とて個人に身を預けるには大きすぎる。

 つまり、例外もあるだろうがそれでも、戦争の終幕は同時に多くの提督と艦娘の別れを意味しているのだ。

 だからこそ、彼はこの指輪に"強化措置"以外の意味を見出さない。それが結果、誰も傷付けないと信じているから──。

 

「……そっか」

 

 普段からは考えられないほど、思いやりに長けた提督の言葉。聞くものが聞けば、嘘だ法螺だと騒ぐだろうが、ヴェールヌイはそれをすんなりと受け入れることができた。

 捻くれていて、意地悪で、性格が悪くて、素直になれなくて……でもだからこそ、ヴェールヌイは確信を持てた。彼はきっと──。

 ヴェールヌイは机を周り、物憂げにまた窓の外に目を戻した提督の前に立った。そして、少し身を乗り出しながら提督の顔を両手で包み込んだ。

 両手で提督の体温を感じながら、ヴェールヌイは優しく柔らかい笑顔を作る。慈悲と包容に溢れ、見る者を安堵に導くような、そんな笑顔だ。釣られて、提督も笑顔を作った。

 映画のワンシーンのようなシチュエーション。

 夕日に当てられた二人の視線が重なり、その瞳の奥を見つめ合う。疼き、蕩けるような熱が両者間に満ちていく。お堅いはずの執務室の雰囲気が、なぜか情熱的にさえ映り出す。

 

 そして、見つめ合っているヴェールヌイの口から言葉が紡がれた。たった一言、ポツリと落とされたその言葉は──。

 

 

「──で、本音は?」

「好みの娘がいないからに決まってんだろ。言わせんな恥ずかしい」

 

 

 ──全てを台無しにした。

 

 

 





テキトーなラスト。

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