ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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エイナデート回後編

なるべく早く投稿すると言っておいてこの遅さ。
そして普段の約1.5倍の量。
許してくだせえ!どんどん書きたいことが出てきてしまって……次はこんなに長くはならないと思うので(ならないとは言ってない

それではご覧ください



ハートフル・ハーフエルフ

 時はほんの半刻程前まで遡るーーー

 周囲の人間や神を悶えさせていたラプラスとエイナ。すっかり日が暮れる時間になるまで話し込んでいた二人は、いつの間にか街に夜の帳が下り、通りが酒の香りと笑い声に包まれている事に気付いた。

 翌日の活動に支障が出てはいけないと、店を出るラプラス。名残惜しく思うエイナだったが、素直にその言葉に頷き、彼の隣を歩いていく。ギルド本部の近くを通ると、そこでは多くの冒険者が帰還し、夜の街に繰り出していた。

 

「む、この時間にギルドの近くに来るのは久しぶりだな」

「ラプくんは何時もピーク時は外して来るもんね」

「それはそうだ。おれがギルドに行ってもする事と言ったらチュールと話すか、【ヘファイストス・ファミリア】の掘り出し物を見つけるくらいだからな」

 

 重厚そうな鎧を纏い、その鎧に傷をつけた獣人や、身軽そうな格好に弓を背負ったエルフなど、通りを歩く人間は殆どが冒険者で、神でもないのに武装をしていないエイナとラプラスは周囲の目を引いた。ギルドの中でもトップクラスに人気の高い彼女の私服を見て、男性達の気分は最高潮に達するのだが、その隣を歩くラプラスの姿を見て、ある者は呆然とし、またある者は斬りかかるのを仲間に全力で止められていた。

 何事もなく今日は過ごせそうだ、とラプラスが考えた瞬間、その時はやって来た。ギルド本部の目の前。何時も二人が会っているその場所で。

 

 ーーーそれは一日中目の前でイチャイチャするのを見せつけられた乙女達の怨念か

 

 ーーーはたまた無事を祈られた道化を愛する神の悪戯か

 

 ギルド本部正面入り口を通り過ぎる直前、その場にいた全員が振り返るほどの大きな叫びが大通りに響いた。

 

「な〜〜にやってるだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「【自宅警備員(ニート)】!!貴様!!エイナさんから離れろ!!」

 

 シン、と賑わっていた大通りが静寂に包まれた。一瞬の間の後、再び元の活気が戻って来たが、声を出した張本人達は多くの目線を浴びていた。偉丈夫のドワーフと好青年のエルフはその目線を全く気にした様子もなく、普段の仲の悪さは何処へやら、エイナとラプラスの方へと歩みを進める。怒りに震える二人は、エイナに触れてしまいそうな程近づいているラプラスを見て、更に怒りのボルテージを上げた。

 

「む、ドルくんとルヴィくんではないか。久しぶりだな」

「「やめろ!!その呼び方をするんじゃない(べ)!!」」

 

 二人の姿を目にし、エイナはしまったと額に手をやる。一番会いたくなかった二人に会ってしまった。今日のデートはこの二人にだけは見せたくなかったのだ。冒険者達が多く帰還するこんな時間にギルド本部に来てしまった自分は相当浮かれていたんだな、とエイナは反省し、溜息を吐いてしまう。ラプラスは怒っている彼等の様子も気にせず、気さくに二人に話しかけた。無駄に馴れ馴れしいその態度にエルフの青年は普段の冷静さを放り投げて噛み付き、何時もは優しいドワーフの男性も眦を決して叫んだ。

 

「そもそも、私達はエイナさんにそう呼ばれたいのだ!!」

「おめぇに言われても気持ち悪いだけだべ!!」

「どうして貴方達はおれと親交を深めてくれないのか……これでもコミュニケーション能力は高い自信があったんだが……」

 

 はぁ、と息を吐いたラプラスを見て、二人は本気で殴りかかろうとした。この男が色恋沙汰に疎すぎるのはとっくに知っているのだが、何よりもムカつくのはこの男が何故か特定の女性に対しては好意を抱かれているという事だった。しかし、そんな事は絶対に認めたくない二人だった。

 

「何時も言っているだろう!!我々と交友関係を築きたいのならば、エイナさんにちょっかいを出すのをやめろと!!」

「おめぇはダンジョンに行かねぇのにギルドに来んじゃねぇ!!」

「む、その事なんだが……「ラプくん!!」……はい」

 

 二人の言葉に返答しようとしたラプラスだったが、その言葉は今や腕をがっしりと掴んでいるエイナによって遮られた。

 

「……ラプくん、もう来てくれないの?」

 

 ぐあぁっ!と周りの男性が胸を押さえて片膝をつく。涙目で声が震え、頬をほんのりと赤くし、上目遣いをしているエイナの可憐さに撃ち抜かれたようだ。それを間近で見たエルフとドワーフも顔を真っ赤にしてその姿を目に焼き付ける。

 

「チュールが来ていいと言うのなら行くが……泣かないでくれよ」

 

 しかし、このヒューマンは何時も通り全く気にした様子がない。エイナの可愛さよりも寧ろ、女性の瞳に涙を浮かべてしまった罪悪感に駆られているらしい。

 

「……泣かないよ。だから、もう来ないなんて言わないでね」

「おれは言っていないんだが……」

 

 微笑むエイナに苦笑するラプラス。本日何度目ともわからぬ甘い空気を流し始めた二人を見て、漸く我を取り戻したドルムルとルヴィス。

 

「だあああぁぁぁぁぁ!!だからイチャイチャすんじゃねーべ!!」

「エイナさん!!そいつの一体何処が良いと言うのです!?稼ぎのない放蕩者ですよ!?」

 

 顔を真っ赤にし憤慨する二人に、むっと表情を顰めるラプラス。その表情を見たエイナはギルドの目の前で戦闘が起こってしまう事を危惧し、ラプラスを止めようとする。

 

「だ、ダメだよラプくん!?暴力はダメ!」

「いや、チュール。さっきの言葉は我慢できん。久しぶりに頭に血が上っている」

 

 エイナを引き剥がし、一歩前に出るラプラス。掛けていた眼鏡を取り、その場から消す。目を細めた彼は、周りを威圧するオーラを出していた。同じLv.とは思えないその風格に、先程まで興奮していた二人も思わず戦闘する時の様に身構えてしまう。

 

「一つ、言っておこう」

 

 徐にラプラスが口を開いた。普段よりも据わったその声はエイナも久方振りに聞く怒りの含まれた声音だった。一拍置いた後、ラプラスは声を張り上げた。

 

「おれは稼ぎならある!!先日、念願の『jaguar-MARU』二号店がオープンしたのだ!!因みにここ北西のメインストリートにあるぞ!一号店共々よろしく頼む!」

 

 ピシッとエイナは固まった。どーん、と胸を張って誇らしげにするラプラスを見て呆れてしまう。そして、そもそも心配する事はなかったな、とも考える。こんな感じでも目の前の彼は頭は良いし、家族思いの彼が自分の【ファミリア】に迷惑をかける様な事は絶対にしないと言い切れたからだ。

 

(……ちょっと妬いちゃうかも)

 

 何だか熱くなってしまった頭を冷やす様にぶんぶんと首を振り、先程の考えを飛ばす。エイナが顔を赤くして一人照れている中、ヒューマン、エルフ、ドワーフの三名の間の空気は混沌としていた。

 

「そ、そうか。それは良かったべ……」

「ありがとう!こんなに早く二号店を開店できるとは思わなかったぞ!振り返れば長い道のりだった……」

「って違う!貴様の店の事はめでたいがそれとこれとは話が違うのだ!」

「そ、そうだったべ!危うく口車に乗せられる所だったべ……助かったべ、エルフ」

「ふん、勘違いするな。今は協力するだけだ。全く……気を抜くなよ、ドワーフ」

「なら、おれもその協力関係に入れてくれ」

「「入れるわけないだろ!!」」

「むう、良い酒が呑めそうだったのに残念だ」

 

 若干仲が良くなった二人に、語らう仲間を失った事を嘆くラプラス。周りに居た人々は興味を失ったのか、各々目的地に向かって進み始めていて、最早この騒動を見ているのは一部の神達だけだった。

 

「それならもう良いか?そろそろ帰らなければならないんだが……」

「待て!まだ話は終わっていない!」

「そうだべ!そもそも休日に連れ出すなんて酷いべ!エイナちゃんも困ってるべ!」

 

 突然こちらに話を振ってきたドルムルにエイナは困惑する。ここで困っていないと正直に言えば、彼等からのお誘いを断れなくなってしまう。しかし、嘘をついてしまっては彼女の良心が痛む。どうしようか悩んでいる彼女を見たルヴィスはラプラスを糾弾した。

 

「見ろ!エイナさんは困っているではないか!貴様は彼女に迷惑を掛けている事がわかったか!」

 

 その言葉を聞き、ラプラスは見るからに落ち込んでしまった。エイナの方を一度ちらとみると、悲壮感をその背に漂わせ始める。振り向いたその顔は彼女には泣いている様に見えた。

 

「全然そんな事ないよ、ラプくん!……それに、私は彼を頼むと頼まれたんです!彼の団長に!」

 

 【ロキ・ファミリア】団長であるフィン・ディムナ。オラリオどころか大陸に名を轟かせる超有名人の名に、二人は唸ってしまう。

 エイナの言った事もあながち間違いではなく、先日、ラプラスと出掛ける時にはよろしく頼むと言われたのだ。だから嘘じゃないよね、と言い訳しつつ、少し心がチクリと痛むエイナ。

 

「な……あのフィン・ディムナが……」

「彼が応援しているんだべか……」

 

 ラプラスは少し元気が出たのか、ほっと息を吐いている。此処で引いて欲しいとエイナは思うのだが、その程度で引く程彼等の想いは柔なものではなかった。

 

「ですが、私のエイナさんへの気持ちは揺るぎません!」

「オラもだべ!そもそもお前はエイナちゃんの事どう思っているんだ!」

 

 む、とラプラスが顎に手を当てる。少し上を向き、唸るとエイナの顔を見て何か思うところがあったようだ。エイナは彼の本音を聞ける事に喜ぶと共に聞きたくないという相反した気持ちを抱いていた。

 

「似たような事をフィンにも聞かれたぞ。どう、とは…………ふむ、友人?」

 

 ラプラスが考え抜いて答えたその瞬間、ポロポロとエイナの緑玉色の瞳から雫が零れ落ちる。ギョッとして彼女を見る三人。周りを行き交っていた人々も再び視線を向ける。エイナ自身も自分の頬が濡れている事に気付かなかったようだ。

 

「あ、あれ?何で私、泣いてるんだろう?」

「な、何泣かしてるんだぁぁぁぁぁ!?もう許さないべ!!エイナちゃんに謝れぇぇぇぇぇ!!」

「エイナさん!?貴様ァ!!よくもおおぉぉぉぉ!!」

 

 未だ涙を流し続けているエイナを呆然と眺めているラプラス。魂が抜けたように固まってしまっている彼にドルムルとルヴィスは自らの得物を手にし飛び掛かる。『殺れ!』『乙ゲー展開キター』『修羅場ktkr!』と神達が一気に湧く。周りの酔った冒険者達も盛り上がる中、危険が迫っているにも関わらず、そちらには見向きもしないラプラス。エイナが猛突進して来る二人に気づき、危ない!と声を掛ける間も無く、彼に凶刃が走るその瞬間。

 それは一瞬だった、と後に一部始終を目撃していた神は言った。

 一瞬でこちらに迫ってきていたエルフとドワーフが吹っ飛ぶ。石畳を叩き、地面を擦っていくドワーフに周囲から悲鳴が上がる。空中からラプラスを襲おうとしていたエルフは更に上空から現れた影により地面に叩きつけられた。

 煙が晴れるとそこには二人の女性がいた。

 

「ラプラス!怪我はない!?もう!心配したんだからね!」

「ラプラスさん、お怪我はありませんか?全く……私が居ないと貴方は本当に駄目な人だ」

 

 自分を庇うように立っている目の前の彼に向けて、少女と女性は声を掛けた。むふーっと如何にも怒っている様子のアマゾネスの少女は片足を白目を剥いた仰向けに倒れているドワーフの腹の上に置き、やれやれといった様子で呆れているエルフの女性の足元には地面にのめり込む様にうつ伏せに倒れている、その女性と同族のエルフ。そして、声を掛けられた彼は半目で口元がヒクヒクと痙攣していた。彼の滅多に見ないそんな苦笑いを見て思わず溜息を吐いてしまう。

 

(どうしてこうなった……)

 

 と、すっかり涙も乾いてしまったエイナはこの短時間に起こった出来事に頭を抱えずには居られなかった。

 

 

 

 

 

 

 気絶してしまったドルムルとルヴィスを外の騒音を聞いて急いで出て来たギルド職員達に任せ、後で忙しくなる事を確信しつつ、エイナ達四人と、その後出てきた保護者組の四人を連れて『豊穣の女主人』に来ていた。美女を伴いやって来たラプラスに嫉妬の視線が刺さったが、共に入って来たティオネの睨みに一気に萎縮した。『後できっちり話をする』とドスの効いた声でミアに言われたリューとシルは本日も大盛況の店内で扱き使われていた。

 そして、ラプラス、エイナ、ティオナの座っている大きなテーブル席。その対面にはアイズ、ティオネ、レフィーヤの三名も座っていた。テーブルには大量の料理と酒が運ばれており、既に酔っている者もいた。

 

「はい、ラプラス。あ〜ん」

「待てティオナ、それは口に入る様な大きさではなムググググ!!」

 

 ラプラスにべったりとくっつきながら、自分の顔程もある大きさの熱々の肉を彼の口に捻じ込む、というより顔に押し付けているティオナはその酔っている者の代表だった。

 

「ラプくんにお酒はまだ早いよ!わたしが代わりに飲んであげるからね!んくっんくっ!」

 

 その隣で自分の物だけではなく、ラプラスの所に運ばれてくる酒すらも飲んでいるエイナ。先ほどのことを忘れたかったのか、どんどん酒を煽っていく彼女もすっかり酔ってしまっていて、記憶も混乱している様だ。

 

「いけません、チュールさん。そんなにくっついては、エルフとしての高潔さをお忘れなく。ヒリュテさん、貴方もです。彼が困っているでしょう」

 

 先程からこのテーブルに運ばれてくる料理や飲み物を全て運んでくるリューはスキンシップの激しい彼女等を、来るたびに引き離していく。寧ろ、料理を運ぶ時間よりもこのテーブルにいる時間の方が長い。

 

「で、ラプラス。何であんなこと言ったのよ」

 

 対面に座るティオネは酒を飲んでいるも、全く酔った様子はない。彼女の両脇に座っているアイズとレフィーヤはそもそもアルコールを摂っていない。

 

「あの事、とは?」

 

 素面の彼女の質問に、ティオナからの猛攻に耐えるラプラスは疑問で返した。何かあったかと記憶を辿る彼に、ティオネだけではなく、質問の意図がわかったレフィーヤも溜息を吐く。アイズは彼と同じく首を傾げている。

 

「エイナの事、友達って言ったじゃない。あんた、エイナの事泣かせたんだから、返答次第じゃその頭かち割るわよ」

 

 ジトッとラプラスを見るティオネ。そこまでしますか、と苦笑いのレフィーヤに、ラプラスは答える。

 

「チュールを泣かせてしまった事は本当に申し訳ないと思っている。しかし、あれはああ言うしかなかっただろう。チュールは早くあの場を収めたがっていた。余り向こうを刺激する様な言葉を発する訳にも行かなかった」

「ふ〜ん、なら良かった。考え無しにあんな事言ったのかと思ったわよ」

 

 落ち着いたティオネはふぅ、と息を吐くと、料理に手を出し始めた。ひとまず安心したレフィーヤも苦笑を浮かべている。そこに酔っ払ったエイナが酒を飲むのを一旦やめてラプラスとの距離を詰めた。

 

「じゃあ、ラプくんは〜〜わたしのこと好きなんだね!」

「む、好きだぞ」

 

 その返事を聞き、満面の笑みでギュッと彼の左腕を抱くエイナ。それを見た反対側のティオナも真っ赤になった顔で負けじとラプラスに詰め寄る。

 

「ラプラスは!私が好きなんでしょ!そうでしょ!」

「む、そうだが」

 

 えへへ〜、と嬉しそうに右腕にもたれかかるティオナ。その後ろからぬっと真っ黒なオーラを纏ったリューが顔を出す。

 

「……ほう、貴方は女を誑かす本当に悪い人だ。正義の神の名の下に斬り伏せた方が良いのかもしれませんね」

 

 絶対零度の視線でラプラスを射抜く彼女は、腕に抱き付いている二人が居なかったら間違いなく斬りかかっていただろう。

 

「そんなに怒らなくても平気よ、リオンさん。ほら、ラプラス。あんた、リオンさんの事どう思ってんのよ」

 

 ごくごくと酒を飲みながらティオネはラプラスに回答を促す。それにラプラスは特に考える間も無く即答した。

 

「大事な人だ」

「………」

 

 無言で厨房に下がって行ってしまうリュー。顔は見えずとも、真っ赤になった耳を見てティオネはくすくすと笑う。レフィーヤとアイズも思わず頬を緩めてしまう。

 

「ふふ、自分で聞くのが恥ずかしいからって、私に質問させておいてあんなに照れるなんてね」

「……可愛い」

「はい、本当に」

 

 和やかな空気に包まれるが、ラプラスは要領を得ない表情をしていた。自分は何か変なことを言ったのか、と考える。彼が何を考えているかわかったティオネはラプラスに呆れた様に声を掛けた。

 

「ああ、あんたは幾ら考えたって無駄よ。あんたは仲が良い人は皆大好きで、大事な人なんだからね」

「そうだぞ。さっきもそう言う意味で言ったんだが……」

「だから考えても無駄なんでしょ」

 そう言って微笑むティオネに何が何だか分かっていないラプラスは首を傾げるしかないのだった。しかし、ラプラスにも聞きたいことがあった。

 

「それよりも、おれ達の事をずっと尾けていたのはお前達だろう。一体何が目的だったんだ?」

「あら、気付いてたのね。ってことは、あんた知ってて私達に見せびらかす様にイチャついてたのか」

「いや、あれは何時も通りだろう」

 

 アレで何時も通り!?とレフィーヤが人知れず驚愕する中、ラプラスはジトッと三人に目を向ける。

 

「人の事を尾けるなど、良い趣味とは言えんぞ」

「……ティオナを止めてた」

「元々、ティオナさんが言い出した事なんです……」

 

 ジト目のラプラスの視線に反省したのか、白状した二人にラプラスは思わずはあ、と溜息を吐く。実は彼女達の視線が自分達をずっと見張っている事に少なからずストレスを感じていたのだ。

 

「成る程な。という事は、もう片方の視線はリュー達か。何だか昔を思い出したんだが……見られる、というのは、余り気持ちの良いものではないんだぞ」

「悪かったわね」

「ごめんなさい……」

「本当にすみませんでした!」

 

 三者三様に謝る彼女達に再び息を吐いたラプラスは何時の間にか寝てしまっていた両脇の二人の拘束をそっと解くと、自分に寄りかからせたまま、酒を飲んだ。

 

「まあ、ティオナを止めてくれていたのは助かった。チュールにはおれ一人でお詫びをしたかったからな」

「あ、お詫びっていう体だったのね」

「む、それ以外に何があるんだ?」

 

 ちょくちょく鈍感な所を出してくるラプラスとの会話は、普通の人からしたら疲れる事この上ないのだが、そこは何年も一緒にいる彼女達は狼狽える事もなく対応できる。ティオネはグラスに口をつけると、ラプラスに一番気になっていた事を聞いた。

 

「そうね、なら今日のデートは楽しかったの?これだけ聞かせなさいよ」

 

 

 

 

 

 

 ティオネは解散する直前の自分の質問に対するラプラスの回答を反芻していた。予想とは良い意味で少し違った答えを出した彼と最近になって急激に距離を縮め始めた妹達。これから何か起こるのではないかと勘繰ってしまう程、近頃のラプラスは彼女達と距離が近づいた。

 

(まあ、悪い事じゃないんだけどね……)

 

 自分ももっとアピールをしていこう、とティオネが意気込んだ時、何処かの小人族(パルゥム)は親指が疼いたという。

 

「ティオナさん、ちゃんと歩いてください。転んじゃいますよ」

「ヤダ〜〜!ラプラスと帰るの〜〜!!」

「……ラプラスはエイナさんを送りに行ったよ」

「ラプラス〜〜!!」

「うっさいわね!静かにしろ!」

 

 ホームに向かって帰路に着く四人は、酔ったティオナのラプラスを求める声にうんざりしていた。しかし、その彼は唯一家を知っているということで、ハーフエルフのギルド職員を送りに行ってしまった。ホームに帰るまでこれが続くのか、と辟易する彼女達を欠けた月が照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「うう〜ん、んん?……ラプくん?」

「起こしてしまったか。まだ家に着いていないから起こすつもりはなかったんだが……」

 

 ラプラスはエイナの住む集合住宅のある北西のメインストリートの方向へと歩みを進めていた。その揺り籠の様な穏やかな振動に目を覚ました彼女は、自分が彼に背負われている事に気付いた。何時もなら慌てて跳び起きてしまう所だが、一日の疲れと浴びる様に飲んだ酒により、未だ夢見心地のエイナは頬を赤く染めたまま、腕に力を入れ、強くラプラスを抱き締めた。

 

「んぅ……ラプくん……」

「………」

 

 酒により普段より高い体温と、女性特有の柔らかさを背中から伝え、更に悩ましげに耳元で声を漏らすエイナ。ほぼ無意識に行われている女性を意識させるその刺激は、いくら鈍感であっても健全な男の子であるラプラスを動揺させるには充分だった。

 

(煩悩退散……煩悩退散……煩悩退散……!)

 

 顔を真っ赤にしたラプラスはとある極東の神から教わった四字熟語を頭の中で繰り返し、何とか平静を保った。

 

「ねぇ、ラプくん……」

 

 ラプラスが自らを律していると、エイナの口から言葉が零れ落ちた。

 

「……ラプくんは、今日楽しかった?」

 

 額をラプラスの背中に押し付けて、か細い声でエイナは呟いた。ラプラスはその言葉に口元を緩めると、空に浮かぶ月を眺めながら穏やかな口調で返事を返した。

 

「ああ、楽しかったよ。それに……いや、何でもない」

 

 今のエイナは神ヘルメス風に言うなら童貞を殺しにきている、などと口が裂けても言えず、最後に言葉を濁し、俯いてしまったラプラス。エイナは何を言おうとしたのか気になり、呆けた意識の中で、普段とは違うアプローチを仕掛けた。

 

「……それに、なんて思ったの?ね、教えて?」

 

 一気に彼の耳元まで顔を近づけ、ふぅ…と彼の耳に息を吹きかける。湿った吐息がラプラスの耳を撫でた。妖艶な声音で囁かれ、思わず振り向いたラプラスは、月光の淡い光に照らされた魔性を秘めた蠱惑的な微笑みを見た。月を雲が隠し、夜の闇が深まると、漸くエイナの家の前に到着した。

 

「お、おれはもう帰るぞ!し、失礼する!」

 

 着いたと同時に敷地内にエイナを下ろし、脱兎の如く駆け出して行ってしまったラプラス。置いていかれたエイナは暫く呆然とそこに立っていたのだが、やがてエントランスから自分の部屋へと入って行く。ベッドに腰掛け、そのまま横に倒れた彼女は、徐に指を桜色の唇に沿わせた。

 

「ふふ、照れちゃうんだもん。……当たっちゃったの、気付いてたのかな?」

 

 オラリオの夜は更けていくーーー




こんな事されたら死ねると思いながら書きました(小並感

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