ダンジョンなんだから探求を深めて何が悪い   作:省電力

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エイナデート回です
久しぶりですが、なかなか難産でした……




ハプニング・ハーフエルフ 

 オラリオ北部、大通りに面した広場。待ち合わせ場所として有名なこの場所でラプラスは一人立っていた。普段はダンジョンに行かないにも関わらず、如何にも冒険者といった格好なのだが、本日は眼鏡をかけ、黒のジーンズに白っぽいパーカーを着て、持っている羊皮紙に目を通していた。只今の時刻は昼を少し回ったところで大通りは賑わっている。

 

「おーい、ラプくーん!」

 

 眼鏡のブリッジを指で上げると、自分の名を呼び、遠くの方から手を振って小走りにやってくる人物が一人。彼女の瞳と同じエメラルドグリーンのカーディガンを羽織り、膝上丈のスカートをふわりと波立たせている。その女神にも劣らぬ可憐さは周りの男性は目を奪われ、女性ですら溜息を吐く程だった。周りの目を総ざらいしたエイナの声を耳にしたラプラスは本を消すと、何時もと変わらず無表情で声の方向に目を向けた。

 

「遅れてごめんね。待った?」

「ん、そんなに急がなくても良かったぞ。おれも今来たところだ」

 

 普段と違った彼の格好に少しの間見惚れてしまうエイナだったが、んんっ、咳払いで誤魔化し、ラプラスに自らの自信のある今日の装いについて尋ねた。

 

「そ、それで……女の子がお洒落して来たんだから、何か言うことは無いのかな、ラプ君?」

 

 目を逸らし、髪を整えながら聞くエイナにラプラスはじっと上から下へと視線を動かした。余りにもまじまじと見られ、彼女は顔を赤くしてしまう。

 

「もう……じっと見過ぎだよ……」

「む、すまん。まあ、何だ。今日は眼鏡を掛けていないな」

 

 がくりと肩を落とす。何となくわかっていた目の前の鈍感男の期待通りの反応にエイナは深い溜息を吐いた。

 

「ああ、あと、何時もと違ったその服も良く似合っていると思うぞ」

「……あ、ありがとう」

 

 もう!もう!と、エイナは心の中で憤慨する。どうしてこう、タイミングをずらして褒めてくるのだろうか。こちらにだって心の準備というものが必要なのだ。多分天然でやっているんだろうなあ、と彼女はまだ出会って数分で先が思いやられるのだった。

 

「そろそろ行くか。と言っても特別に行きたいという場所はないんだが」

「え?ラプ君、行きたいところがあったんじゃないの?」

「いや、今日はチュールと出かけたかったから誘っただけだ。目的はそれだけだぞ」

 

 その言葉に俯いてしまうエイナ。今、自分が絶対だらしない顔をしていると確信していた。それに今の自分が彼の顔を直視する事が出来るはずがないと、真っ赤になった耳が語っていた。そんな彼女を不思議そうに見るラプラスだったが、目を細めると、眼鏡の向こうから周りをぐるりと見渡した。

 

(少し気になる視線があるな……)

 

 頼むから何事も無く、平穏に今日を過ごせるようにロキに願ったラプラスは、それから少し後に道化を愛する自らの主神に願い事をした事を深く、深く後悔するのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、ティオナ。こんな事良くないよ……ティオナ?」

「ラプラス、今日は私服なんだ。あれは一年前にあたしと買ったやつだね。着てくれて嬉しいなあ。でもどうしてあたしと出かけた時は来てくれなかったの?ねえどうして?あたしと一緒に買ったこと忘れちゃったの?それにエイナの事見過ぎじゃない?そんなに見つめちゃダメだよ。あたしも可愛い服着るからこっち見てよ。ああ、そんなに周りを気にしなくていいのに……悪い人からはあたしがちゃんと守ってあげているんだからね…………ハッ!?だ、ダメだよ!ラプラスとエイナに何かあったらどうするの!」

「こんな事するぐらいなら団長のところに行きたいわね……」

「はわわわ……エイナさんとラプラスさん、あんなに近くで……」

 

 【ロキ・ファミリア】の有名冒険者達がストーキングもとい、監視

しているのは、仲睦まじく歩いているラプラスとエイナの二人。互いに笑みを浮かべ、触れ合いそうな距離で肩を並べている。

 

「うう〜〜!エイナ、楽しそうだなあ……ラプラスもあ・た・し・と!買った私服なんて着ちゃってさ!」

 

 誰に聞かせる訳でもないが、自分と買った事を強調し頬を膨らませているティオナは、目の前で発散される甘い空気にめげずに、かつ二人には決して気づかれないように尾けていく。この危なっかしい子を置いて行けるわけもなく、仕方なく付いていく三人。彼女等もラプラスとエイナの様子を見て、各々感じるところがあった。

 

「それにしてもあのラプラスがデートしてるだなんてね」

「……意外だよね」

「ラプラスさん、手馴れてませんか?ああいった経験が多いのかな?」

 

 今朝、ラプラスに以前のトラウマの事を謝られ、自分の憧れの人と何処と無く似ている彼を無意識に避けていた事に気づき、普段通りに接する事を認めたレフィーヤ。しかし、余りにも手馴れた女性に対する振る舞いに対して知らなかった彼の新たな一面を目の当たりにし、再び距離を置こうかと一瞬思ってしまった。そんなレフィーヤの様子を見て、流石に不憫に思ったティオネは彼女の隣に行き、ラプラスの弁護をしてやるのだった。

 

「ああ、そうじゃないのよ。アイツね、神達からアホな事を色々聞いて、それを実行してんのよ。特に神ヘルメス、神ミアハ、神タケミカヅチの三柱ね。ホント、いい迷惑よ」

 

 困ったように言うティオネに隣にいるアイズがコクコクと首を縦に振る。何故あんなにもラプラスの所作に迷いがないのか理解したレフィーヤだったが、出店でエイナにジャガ丸くんを買っているラプラスを見たティオネは更に捲し立ててレフィーヤに語っていく。因みにアイズは既に買って食べている。

 

「まあ、そもそもアイツは女心なんて理解してないのよ。エイナには悪いけど、今回のこのデートも、ラプラスはそういう事微塵も思ってないだろうしね」

「……ティオネさんってラプラスさんの事、詳しいですね」

「そりゃそうよ。何年一緒にいると思ってんの。ベートもラプラスも単純なのよ。私からしたらね」

 

 そう話したティオネはまるで世話の焼ける弟を心配する姉のような表情をしていた。何時になく優しい表情をするティオネにレフィーヤは暫くの間我を忘れてその美しい横顔を眺めていた。

 

(団長が絡まなければ、すごくいい人なのになあ)

 

 だからこそ、尚更団長絡みのティオネはもう少し自重して欲しいと、切に願ってしまうレフィーヤだった。

 

「んん?ヒューマン用の洋服店に入った?……ハッ!?まさか、エイナ、ラプラスの服を選んであげる気!?行くよ!三人共!」

「「「はぁ……」」」

 

 兎にも角にもまずはこのアマゾネスが二人のデートを二つ名の通りに【大切断】してしまう事だけは阻止しなければ、と三人は同時に溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?ねえ、リュー。あれってもしかしてラプラスさんじゃない?」

「確かに彼は神出鬼没ですから、此処に居てもおかしくはありませんが………は?」

 

 『豊穣の女主人』店員のシルとリューは二人で買い出しに来て居たのだが、シルにとっては運悪く、リューにとっては運良くラプラスとエイナのデート現場を目にした。ラプラスを見て少し頰を緩めたリューだったが、彼の隣を歩いているエイナを視界に入れた瞬間、周りの空気が凍った。慌ててシルはリューを路地裏に押しやり、幸い向こうは此方に気付いていないようなので、そのまま立ち去ろうとした。しかし、ガシッと彼女の腕を掴み、目が座っているリューが逃してはくれなかった。

 

「何処に行くというのです、シル?あの二人に何か有ってはいけません。ですので気付かれないように追いかけますよ」

「待って、それって私も?」

「当然です。さあ行きましょう」

「お買い物はどうするの!?」

「ミア母さんなら許してくれるでしょう。罰も甘んじて受けましょう」

「私は嫌なのに〜!?」

 

 シルを引き摺ってリューはラプラス達を追いかけて行く。涙目のシルは冒険者の力の前には為す術なく、ミアの説教コース直行なのだった。

 

 

 

 

 

 

「……チュールさんは可愛らしい格好ですね。私も、あんな風に積極的になった方が良いのでしょうか?………んんっ!今の所問題はありませんね。そちらはどうですか、シル?」

「はいはい、問題ありませんよ〜」

 

 あ、あんなに近く……、と狼狽えているエルフの美女を見て、シルは小さく溜息を吐く。そして、自分もあの兎の様な少年といる時はあんな風なのかと考えていた。

 

「し、シル!?く、くっついてしまいそうです!あ、あ、ああ……」

 

 目線の先にはジャガ丸くんを買ったラプラスが、顔を真っ赤にしたエイナにそれを食べさせていた。神達の言うあ〜ん、というものだった。しかし、それを見ている男女関係に厳しい目の前のエルフには衝撃が大きかったらしい。エイナに負けず劣らず顔を真っ赤にして、普段からは想像も出来ない程慌てて、今にもこの隠れている路地から出て行きそうな勢いだ。シルはそんな彼女を何とか説得するのだが、ふと、このエルフは一体何を言っているのかと思ってしまった。

 

(ラプラスさんが店に来る時はもっと恥ずかしい事している様な……)

 

 酌をしたり、帰りを送って行ったりと、普段の自分の距離の近さを棚に置き、彼等の動向に逐一反応し、興奮と恥ずかしさと、様々な感情に混乱しているリューは当初の目的?も忘れて二人のデートを穴が開くほど見続けていた。

 

「おや?あれは……シル、緊急事態です。ヒューマン用の服飾店に入って行きました。見失う前にラプラスさん達を早く追いかけましょう!」

 

 急かして来るリューに苦笑しながら、シルは何だか嫌な予感を感じつつも、バレない様に店の中に入って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ラプラスの新しい服を買い、御満悦のエイナは彼の手を引き、次々と周りにある店を回って行った。普段にも増して無邪気な彼女の笑顔にラプラスは苦笑しながら、引っ張られるように付いて行くのだった。

 

「ラプくんラプくん!次は何処に行こっか?」

「それよりもチュール。疲れたりしていないか?何だったら何処かで休むが……」

「ううん、全然平気だよ!さ、早く行こっ?」

 

 しかし、ラプラスは左手を引く彼女を止めると、顔を近づけじっとその緑玉色の瞳を見つめる。急に距離を近づけ、目を向けてきた彼に思わず視線を逸らしてしまうエイナ。暫くの間その状態が続いていたが、突然ラプラスが体の向きを変え、エイナの右手を引っ張って歩いて行く。

 

「え、え、ちょっ!?ラプくん!?」

「駄目だ。明日も仕事だろう。折角の休みを俺の為に使って貰っているんだ。これでギルドの仕事に支障が出たら、冒険者達に恨まれてしまう」

 

(((もう既に恨んでるよ)))

 

 周りに居た男性達(神を含む)の心の声が見事に一致する中で、ラプラスはエイナを連れて近くのカフェに入って行く。そこは『豊穣の女主人』よりも新し気な外装で、如何にも新築といった感じの仄かな木の香りと鼻を擽る珈琲の香りがする店内にはこれまた綺麗なテーブルと椅子が整然と並んで居た。太陽は少し傾き、陽光が照らし出す午後のティータイムに店の中に人は殆ど居なかった。冒険者は探索の真っ只中で、非冒険者の人々もまだまだ働いている時間帯だった。

 店員に二名だと伝えたラプラスは、空いている店内を見渡した後、奥にテラス席を見つけ、そこの二人用の席に座った。ずっと手を繋がれていたエイナはラプラスが先に座るよう勧めた為に漸く手を離すことが出来た。自分の鼓動が伝わっているのではないかと思ってしまう程に熱を持ってしまったその右手を、彼女はそっと逆の手で包み込んだ。

 

「む?どうした?」

「……ううん、えへへ……なんだかこういうのも良いなあって思って……」

「そうか、チュールが楽しいなら良かった」

 

 口元を緩めたラプラス。その優しい笑顔にエイナもつられて笑みを零す。春の穏やかな風が吹く。太陽の光が照らす二人の姿はこの場にいる誰よりも幸せな様子だった。

 

(きぃ〜〜!!もう我慢できない〜〜!!)

(止めなさい!アイズ!)

(ティオナ、ダメ!)

(ああ!また壁が!すみませんすみません!)

 

 彼らの目の届かぬ場所では静かな攻防が行われていた。

 

(………)

(何も言わないのが一番怖いよう……)

 

 さらに別の場所では空気が死んでいた。

 乙女達の喧騒は決して二人には届かない。彼らはその逢瀬を陰ながら支援する者達がいる事に気付かないまま、甘い空気に包まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ラプラス!怪我はない!?もう!心配したんだからね!」

「ラプラスさん、お怪我はありませんか?全く……私が居ないと貴方は本当に駄目な人だ」

 

 自分を庇うように立っている目の前の彼に向けて、少女と女性は声を掛けた。むふーっと如何にも怒っている様子のアマゾネスの少女は片足を白目を剥いた仰向けに倒れているドワーフの腹の上に置き、やれやれといった様子で呆れているエルフの女性の足元には地面にのめり込む様にうつ伏せに倒れている、その女性と同族のエルフ。そして、声を掛けられた彼は半目で口元がヒクヒクと痙攣していた。彼の滅多に見ないそんな苦笑いを見て思わず溜息を吐いてしまう。

 

(どうしてこうなった……)

 

 周りで修羅場だ修羅場だ、と騒いでいる神達のような言葉遣いをしてしまう程に気分を重くしたエイナは、この状況が起こってしまった原因を模索せずには居られなかった。




エイナちゃん大勝利!とはなりませんでした。
今回は前編後編に分かれております。なるべく早く次話を投稿したいと思っていますので、何卒宜しくお願いします。

感想・評価・批評等お待ちしております

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