「…はぁ…はぁ…くそっ」
朝比奈は思わず斬魄刀を地面に突き刺した。
先ほどの打撃をもろに食らってしまったらしく、頭から流れてきた血で視界が霞む。
後方に目を向けると既に瀕死状態の隊士達が倒れている。
森の中は土と血の匂いが充満しており、四方の木々の向こうからは虚の叫び声が聞こえてくる。地獄絵図とはまさにこのことだろう。
「…朝比奈隊長。ここは一時撤退した方が…」
後方で他の隊士の援護にまわっていた副隊長の櫻井美鈴が瞬歩で戻ってきた。
彼女も致命傷は免れているもののこれ以上の戦闘は難しそうだ、自慢の黒髪は血と土で汚れており、死魂装の袖も大きく破れ血に染まる肩が見えている。
「…そうだな。そりゃ最善策だが、あいにくこいつ等担いで逃げる余力が残ってねぇよ」
朝比奈は彼女に笑って見せたが、その仕草だけでもあばらに激痛が走った。やはり何本か折れているようだ。
「霊圧制御装置だけでも解除できれば…四十六室はなにやってるんですか!?」
彼女は苦しそうに溜息をつく。
随分前にした申請した霊圧解除の許可はまだ下りない。
いつも冷静な彼女がここまで感情的になるのも珍しい。
良いものが見れたと呑気に思えるということはまだ自分に余裕があるということだろうか。
またはこのギリギリな事態から現実逃避でものしたいのだろうか。
最初は通常の虚討伐のはずだった。
半日あれば帰ってこれる簡単な任務のはずだったのに---。
これでは死神最強の零番隊の名が廃る。
朝比奈は空の割れ目から顔を覗かせる虚を見つめながら自嘲の笑みをこぼした。
「隊長!!やっぱ様子がおかしい…こいつら全然攻撃が効かない…」
少し離れたところで虚と対峙していた三席の西園寺拓が息を切らしながら戻ってきた。
戻ってきたというより吹っ飛ばされてきたという方が合っているかもしれない。彼のいた方向から虚の遠吠えのような声が聞こえる。
「(拓の霊圧も下がってきている…ここまでか…)」
朝比奈は奥歯をギリッと噛むと、深く息を吐いた。
虚がおかしいのか。それとも…。
「…はめられたか」
朝比奈はゆっくりと立ち上がると、隊士達を囲むように結界を張った。
「朝比奈隊長?」
「護廷十三隊には援護要請済みだ。白哉と京楽隊長の霊圧も感じるし、もう少しすれば皆来てくれる。それまで…」
不思議そうに見つめてきた櫻井に朝比奈は笑顔を返すと、彼女の肩に自身の羽織っていた隊長羽織をかけた。
「美鈴…死魂装が破れてる、羽織っとけ…。お前らだけは絶対帰すから…」
櫻井がその言葉の意味を問いかけようとした時だった。
朝比奈が小さく何かを呟いたと同時に睡魔が櫻井と西園寺を襲った。
「(白伏!?…隊長…なんで)」
西園寺は既に意識を手放し横で倒れている。
櫻井も薄れる意識の中で必死に彼の姿を見つめた。
朝比奈は1人結界を出ると、手首にしていたブレスレット型の霊圧制御装置を外した。
「み…なと」
振り返ることのない彼にそう呟くと櫻井も意識を手放した。
「…ごめんな。でもお前らを失う訳にはいかねえから」
誰に届くこともない謝罪をすると、朝比奈は斬魄刀を虚に向けた。
「…虚ども。借りはきっちり返させてもらうからな…卍解!!」
朝比奈は1人、虚の群れの中に斬りかかっていった。
虚も束になって彼に襲いかかる。
その瞬間、虚の群れの向こうに人影が見えた。
「あいつは…」
これまでに感じたことのない霊圧と断末魔の音が森の中に響き渡った。