終末のイゼッタ 偽りのフルス(完結)   作:ファルメール

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フルス

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ファルシュ

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第01話 二人の魔女

 

 夢を見た。

 

 ずっと昔、おばあちゃんと二人で土地から土地へと流離っていた頃の夢。

 

「お久し振りです。おばさま」

 

「わぁ、フルスさん!!」

 

「……その顔、二度と見たくないと言ったはずだがね?」

 

 おばあちゃんの怒った声を受けてもその女の人、フルスさんは嫌な顔一つせずに、にっこり笑って返した。

 

 フルスさんはとっても綺麗な人だった。整った顔立ち、濡れたように艶やかな黒い髪、紅玉のようにきらきら輝く瞳。私もいつか、あんな風になりたいと会う度に思っていた。

 

「冷たい事を言わないで下さいよ。私の一族とあなた方は確かに相容れない存在かも知れませんが、それでもこれまで争い無くやってこれたではないですか。それに私としてはイゼッタは可愛いし、貴女様の事は今でも尊敬し、お慕いしておりますのに」

 

「……お主等は何百年も、あまりに永く人の世の理に関わり過ぎた。力を、富を得る為の道具に使ってな。それでは白き魔女と変わらん。私らとは相容れない存在だ」

 

 フルスさんはにっこり笑って、そっと手を掲げる。その掌の中に、黄緑色に光る宝石のような輝きが生まれた。

 

「……私は子供の頃、とうに一族とは縁を切った身ですよ。人を殺して生きる事に、嫌気が差して……それに我が一族の血は、もう私と……私の娘にしか残っていません」

 

 フルスさんがそう言ったのを聞いて、おばあちゃんの目が丸くなった。

 

「……娘? お前、子供が生まれたのかい?」

 

「はい。今度、連れてきますね。身贔屓と言われるかも知れませんけど、とても良い子ですよ。イゼッタ、あなたは一人っ子だから妹ほしかったでしょう? きっとあの子も、あなたを気に入るわ。ただし、あなたや私と違って、力は持っていないけれど」

 

 フルスさんはそう言って、手の中にあった光を握り潰した。

 

「……そうか。力は、とうとう受け継がれなくなったか」

 

「はい。あなた方も、残った子はイゼッタだけ……我々の力はもう、次代に遺伝しなくなってきているのでしょう。だから私は、あの子には……魔女としてではなく、普通の女の子として幸せになってほしいのです。その為には、まずは私が普通の女として生きなければと、そう思いますから。だから私はもう、生涯この力は使わないと……そう決めています」

 

「……そうかい」

 

「……フルスさん、話が難しくて、分からないです」

 

 私がそう言うと、フルスさんはふっと笑って、頭の上に手を乗せてわしゃわしゃと撫でてくれた。

 

「難しい話じゃないわよ。あなたや私の子が幸せに生きられるように、私が精一杯頑張ろうって話よ」

 

「フルスさんは?」

 

「勿論、私も。イゼッタ、あなたや娘が幸せに、争い事などとは縁遠く……健やかに生きてくれるのが……私は、一番嬉しいわ」

 

 

 

 

 

 

 

 1939年。

 

 ヨーロッパの軍事大国ゲルマニアは、突如として隣国リボニアへと侵攻を開始した。

 

 これに対し、ブリタニア王国・テルミドール共和国はゲルマニアに宣戦を布告、戦争状態に突入する。しかし戦車と航空機を連携させた電撃戦によって周辺諸国はあえなく敗れ去り、拮抗すると思われていたテルミドール共和国をも破ったゲルマニアは、その牙をアルプスの小国・エイルシュタット公国へ向けようとしていた。

 

 1940年。エイルシュタットの公女フィーネは中立国ヴェストリアに在った。

 

 ブリタニア王国に大陸への再度出兵を要請する秘密会談を行う為である。

 

 だがこの動きも、ゲルマニアには露見してしまっていた。更に悪い事に、ゲルマニアによるエイルシュタットへの侵攻も同時期に開始されてしまう。

 

 ブリタニア王国外務大臣・レッドフィールド卿との会談の最中、踏み込んできたゲルマニア兵によって護衛は射殺され、フィーネ自身も囚われの身となってしまう。

 

 フィーネは輸送機にて、ゲルマニア帝都へと輸送される事となった。

 

 だがエイルシュタットの国境付近を飛行した時、輸送機が大きく揺れる。

 

 千載一遇の機会と拳銃を奪ったフィーネであったが、右腕を撃たれてしまい銃も取り落としてしまった。

 

 ここは上空、自分は手負い、眼前には銃口。

 

 万事休す。

 

 だが、その時だった。

 

 ベキ、ベキベキッ!!

 

 輸送機の扉がこじ開けられたような鈍い音と共に開いて、一人の少女が入ってきた。

 

「……ママを、返して」

 

「「……なっ?」」

 

 ゲルマニアの中尉も彼の部下も、フィーネも、誰もが同じ反応しかできなかった。

 

 ここは何百何千メートルという上空を高速飛行中の輸送機の機内。一体如何なる手段を以てすれば人間が身一つでここに入ってこれるのかと。

 

 しかもその少女は、幼い。年の頃は10に届くか届かないかぐらいに見える。黒髪は濡れたように艶やかで、健康的な褐色の肌と紅い目を持った小さな女の子。ますます、こんな所にこんな子が居る事が信じられない。

 

 しかし現実に、扉を無理矢理破って入ってきたその少女は待たしても力業で扉を閉めると、しばらくきょろきょろと周囲を見回して、そして中尉がこの場の最上位者と悟ったのだろう。ぼそりと尋ねた。

 

「……ママは、どこ?」

 

「「…………」」

 

 誰も答えない。回答が来るのを諦めたのか少女はきょろきょろと周囲を見回して、ポッドが二つ、機内の狭いスペースの半分を占領してどんと置かれている事に気が付いた。棺のようにも見えるが総金属製の全体はあちこちがパイプに繋がっていて、良く分からないがメーターが色々と付いている。

 

「そこ?」

 

 少女は信じられないほど素早く動くとポッドの一つに手をかけ、金庫のように頑丈に見えるそれをまるで紙細工のように引き千切ってしまった。

 

 人智も理解も超えた力業を目の当たりにして、フィーネも中尉も言葉を失っていた。その間に、少女はもぎ取ったポッドの蓋をぽいと捨ててしまって、中に入っていた物を覗き込む。

 

「……見付けた、ママ」

 

「う、うーん……ファルシュ。少し遅いわよ。助けに来てくれたのは嬉しいけどね」

 

 ポッドの中身、フルスは寝ぼけたように頭を押さえながらむくりと起き上がった。ファルシュと呼ばれた女の子は、気を悪くするでもなく頷いて返した。

 

「……ママはこっち……じゃあ、こっちは?」

 

 ファルシュは自分の母親、フルスが入れられていたすぐ隣のポッドに目を向けると、無造作に近寄って蓋に手をかける。今し方フルスのポッドにしたように引っぺがすつもりだ。その時、

 

 パン!!

 

 乾いた音が一つ。銃声だ。ゲルマニア兵の一人が、手にしていた拳銃を発砲したのだ。

 

 ファルシュの左肩に、穴が空いた。

 

「……」

 

 だが、ファルシュは痛みに呻いたり肩を押さえたりせずに、それどころか弾が当たった事すら気付いていないように動き続け、もう一つのポッドの蓋をもぎ取ってしまった。

 

 中に、閉じ込められていたのは。

 

 紅い髪をした、十代半ばぐらいの少女。

 

「「……イゼッタ?」」

 

 彼女を見たフィーネとフルスの声が、重なった。

 

 イゼッタはぼんやりと目を開き、視線がフルスとフィーネを行ったり来たりする。

 

「フルスさん……姫様?」

 

 虚ろだった瞳がしっかりしたものとなって、そして目線がフィーネの右肩、つい今し方中尉によって刻まれた銃創に固定された。

 

「姫様!!」

 

 瞬間、輸送機が爆ぜた。

 

 そうとしか形容できないほど、何の前触れも爆発も無くいきなりバラバラになったのだ。当然、フィーネもイゼッタも、フルスもファルシュも、中尉もその部下達も全員が全員、空中へと投げ出される事になる。

 

 イゼッタは空中で大型ライフルへと手を掛ける。すると次の瞬間に、超常が起きた。本来なら重力に従って落ちるだけの筈のそれがあらゆる物理法則を超越して動き出し、お伽話の魔女の箒のように彼女を乗せて空中を滑り始めたのである。

 

「……ここなら、力は使えるわね。いや、ファルシュ、あなたが来れたから分かるんだけど……」

 

 フルスは落ちながらそう呟くと、手の届く範囲を落下していた椅子に触れる。

 

 彼女が触った椅子は、イゼッタがライフルにした時と同じように重力に逆らって空中へと静止する。

 

「……ふう」

 

 これで一安心と、空中で椅子に腰掛けたフルスは大きく息を吐いて頬杖を付き、足を組んだ。

 

 すぐ傍らへと視線を向けると、ファルシュがこちらはライフルや椅子に乗ったりはせずにふわふわと空間に浮いて留まっていた。

 

「……おいで、ファルシュ」

 

「はい、ママ」

 

 母親に促されてファルシュは空中をスライドするように移動して、母の膝の上にちょこんと腰掛けた。

 

 遥か下へと視線を向けると、ライフルに跨ったイゼッタがフィーネを一緒に乗せて飛んでいるのが見えた。ひとまずは、自分もファルシュも、イゼッタもフィーネも無事。それは分かったが……

 

「……ママ、どうしたの?」

 

「いや……少し面倒な事になりそうだなって……そう思っただけよ」

 

 頭痛を感じた時にそうするようにこめかみを揉みほぐしつつ、フルスは気怠げに応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 遠い遠い昔、エイルシュタットには白き魔女が居ました。

 

 白き魔女はエイルシュタット公国存亡の時に現れ、民を率いて国を救ったとされています。

 

 白き魔女の最期については諸説あります。自分の命尽きるその日まで結ばれた王子が愛したエイルシュタットを守り続けたとも、王子亡き後妃に疎まれ、家臣達にも疎まれて異端審問の後に火あぶりに掛けられたとも言われています。

 

 でも、彼女の行いがもたらしたものはそれだけでは終わりませんでした。

 

 魔女の一族は白き魔女の行動を受けて、決断を迫られました。

 

 ある魔女はこう言いました。

 

「我々魔女が人の世の理に関わってはならない。私達はこれまで通り自らを戒め、ひっそり生きるべきだ」

 

 またある魔女はこう言いました。

 

「私達は他の人より強い力を持っている。それを自分の為に用いて何が悪い。幸い私達の力が強い事は、白き魔女が証明してくれた。なぁに私達ならあいつよりも、もっと上手くやるさ」

 

 果てない議論の末、とうとう魔女の一族は二つに割れてしまいました。

 

 人の世と深く関わらず、自分達の力を隠して静かに生きる道を選んだ者達と、自分達の力を欲望の為に用い、富を得ようとした者達とに。

 

 それから、時は流れました。

 

 永い、永い時間。いつの間にか魔女が実在するものから、伝説の中だけの存在にすり替わるぐらいの時間が流れました。

 

 そして現在、分かたれた魔女の一族には、その力を受け継ぐ最後の生き残りが一人ずつ居ました。

 

 イゼッタと、フルス。

 

 これは戦乱の時代を駆けた、最後の魔女達の物語です。

 

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