「……ごふっ……!!」
「はぁ……はぁ……」
腹部の傷を押さえ、荒い息を吐くフルス。彼女の眼前には樹に寄り掛かって、血塗れになった一人の女が倒れていた。
その女の顔立ちは、どこかフルスと似通った部分があった。それも当然、フルスと女との間には、血の繋がりがあるのだから。
「……お母様……私達の一族の、血塗られた歴史は……これで終わりです。私はこれから……魔女の力を捨て、只人として生きる道を探します……」
「……フルス……あなたは……昔から賢い子だったけど……一番大切な所が……どうしようもなく……愚かだったわね……私は……もっと……そこを教えておくべきだったわ……」
フルスも重傷だが、彼女の母の傷は一目見てもう手遅れだと断じられる程に酷い。少しずつ、息が早く浅くなっていくのが分かる。
「……? どういう、事、ですか……?」
「魔女は……魔女としてしか生きられない……それは、生まれた時から決まっている事……その運命に逆らおうとすれば……苦しむだけなのに……」
「……それは、やってみなければ分からないでしょう……私はもう……人を殺す事などしたくないのです……どんなに苦しい運命でも……きっと、今の人殺しを続ける生活よりは……幸せな筈です……さようなら、お母様……」
フルスはそう言って頭を下げると、去っていった。
母は無言でその背中を見送っていたが……やがてそれが見えなくなると、天を仰いでふぅっ……と深く息を吐いた。
「やってみなければ分からない……? 違う……そうじゃないのよ、フルス……『やってみたから分かる』のよ、私には……」
母の頬を、涙が伝っていた。
「どんなに苦しくても……それが”苦しい”と分からなければ耐えられるのに……暗い闇の中でも……光がある事を知らなければ、光を求めようとしなければ……諦められるのに……」
ごほっと咳き込んで、母の胸元に血の塊が零れた。
「魔女は魔女としてしか生きられない……魔女は生きている限り魔女でしかない……魔女が魔女でなくなるのは……きっと……死ぬ時だけ……」
その言葉を最後に、母は静かに瞼を閉じた。
「不老不死……本当に、そんなものの為に、この戦争は起きたと言うのか……?」
改めてフルスの口から語られた事実を受け、フィーネは愕然とした表情で首を振った。
ゲルマニア帝国がエイルシュタットに侵攻してきた目的は、同盟国であるロムルス連邦との間に、物資や兵員の輸送を円滑にする為の回廊を確保する為であったと聞いていたが……しかし、たった今語られたのはそんな前提を根底からぶっ飛ばす衝撃的な事実だった。
宗教上の対立でもない。
その国が保有する資源や利権目当てでもない。
世界制覇の欲望ですらない。
そんなものよりずっと幼稚で、究極的なまでに利己的な、古今東西の権力者が望んだ見果てぬ夢。不老不死、永遠の命。オットーたった一人がそれを手に入れる為。ただそれだけの為に、ゲールはエイルシュタットに侵攻した。
「なんという事だ……!! では、この戦いで死んでいった我が国の兵達の命は、何の為だったのだ!? 我が民が味わった苦しみは、一体何だったのだ!? そんな……そんな事の……為に……?」
「……全て、真実です。私があの時、村人達を殺していれば……あるいは、メーアを安らかに眠らせてやれば……魔石や魔女の存在がゲールに知られる事は無かった……あの無数のゾフィー達も、私の研究成果をフィードバックした事で実用化に至ったのでしょう……この戦争は、私が起こしてしまったものなのです……」
「そんな!! フルスさんは悪くないです!!」
「……イゼッタ……」
「どんな理由があったって、人を殺す事が正しい事である訳がないです!! それに、この戦争を始めたのはゲルマニアで……」
「確かに、引き金を引いたのはゲルマニア帝国、オットー皇帝でしょうね。でも、弾を込めていたのは紛れもなく私なのよ、イゼッタ……」
もう一人の魔女の弁護を、フルスはにべもなく撥ね付けた。
「フィーネ様……私は、あなたやビアンカさんには殺されても仕方無いでしょう……でも、私にはまだやるべき事が……私にしか出来ない事があるのです。それにまだ、伝えておくべき事も残っている……どうか、話だけでも最後まで聞いて下さい……」
哀願するようなフルスの申し出。
フィーネは、ゲールがエイルシュタットに攻め入った理由の衝撃が大きすぎたのでしばらくはぼうっとしていたが、数分ほどの時間を置いてやっと思考の整理に成功し、立ち直ったらしい。深呼吸を一つして、フルスに向き直る。
「……フルス殿」
「はい」
「エイルシュタットを治める者として……私は貴殿を許す事は出来ない……」
「姫様!!」
咎めるようなイゼッタの声を受けて、フィーネは親友に一度だけ視線を向けると「分かっている」とでも言いたげな顔で頷きを一つして、再びフルスと相対する。
「公人としての私は確かに貴殿を許せないが……だが、私は一人娘で……亡くなってしまった両親に自分がどれほど愛されていたかは知っている。だから……母親が自分の子供を助ける為に何でもしようという気持ちは……少なくともその気持ちそれ自体が間違っているとは思わない。いや……それが間違っているとは、誰にも言わせない。言わせてなるものか……!! ……フルス殿、話の続きを、聞かせてくれ……」
「姫様……!!」
感動に胸を押さえるイゼッタ。フルスはフィーネに目礼して頷くと、会話を続ける姿勢を見せた。
「フルス殿、ちなみに一つ聞いておきたいのだが……オットーが求める不老不死は、実現の見込みはあるのだろうか?」
問いを受けて、フルスは少し考える。
「……そう、ですね。ファルシュの例を見れば分かるように、魔石による蘇生は生前とは全くの別人格として生き返ります。だからまず本人の意識・人格・記憶を継続出来るかどうかが問題ですし、仮にその問題をクリア出来たとしてもオットーは魔女でないので魔石への魔力補充は魔女が行う事になりますが、その魔女は不死ではありませんから魔女の寿命がイコールオットーの寿命となる、のですが……」
だが既にゲルマニアではゾフィーをクローンで量産できる体制が整ってしまっている。
魔女は滅び行く種族であり次代に魔法の力が受け継がれる割合は世代を重ねる度に低下するが、クローンは『同じ個体』を複製する技術だ。魔法が使えるゾフィーをコピーして生産するから、不死のカギである魔女を半永久的に生産出来る。
結論としては、現在はまだ不可能だが将来的に実現する可能性が絶無とは言えない、という点に落ち着く。
「あんな男が不老不死になどなったりしたら、世界は一体どうなるのだ……!!」
恐ろしい未来予想図を脳内から振り払うように頭を振って、フィーネは吐き捨てるように言った。
フルスは、フィーネが落ち着いたのを見計らって話を再開する。
「……フィーネ様、以前ブリタニアで私に聞かれましたよね。私がどうしてゲールに捕まっていたのか……って……」
「ああ……」
「あの時、私は不意を打たれて捕まったと答えましたが……あれは、嘘なんです。実際には、あの時の私には、もう……何もかもがどうでも良くなっていたんです。自分の命さえも……だからゲルマニア兵が現れた時も、何の抵抗もしなかった……それが、私が捕まっていた本当の理由です……」
「……貴殿は……」
フィーネは、何か言おうとして思い留まった。
今までのフルスの話からすれば、そういう気持ちになっても無理は無い。
殺人を生業とする一族に生まれ、命を奪いたくなくて出奔したのに、約束を破って手を穢しても救いたかった友は救えず、最愛の娘・メーアは自分が守った村人の手で殺され、あらゆる手を尽くしてもその娘は救えず、しかしファルシュを二人目の娘として愛していこうと誓った矢先に、今度はゲールに襲撃されてしかもメーアを取り戻そうとした事が、エイルシュタットを戦渦に巻き込む原因となった……
何という、数奇な運命。
どれほど、苦しんだろうか。
どれほどの重みが、彼女の細い肩にのし掛かったのだろう。
発狂や自殺していないだけ、まだフルスは良く保っている方かも知れない。
「……どうして……どうしてフルスさんだけが……そんな目に……」
泣いているのだろう。俯いたイゼッタの肩は、小刻みに震えていた。
零れた涙が、シーツに落ちてシミを作った。
「私の事は良いの……イゼッタ……」
「でも、フルスさん……」
「魔石……それがゲルマニアの手に渡っている、今のこの状況はかなり拙い……その話を、先にしましょう。フィーネ様……」
「あぁ、フルス殿……確かにゲールは現在、魔女を人工的に量産し、しかもその魔女は魔石によって精製されたエクセニウムの力で、レイラインの通っていない土地でも魔法が使える……既にロンディニウムも、魔女の兵団によって落とされたと聞く……」
魔女の力が、近代兵器を凌駕する事はイゼッタやフルスが既に証明している。
だがエイルシュタット側の魔女は二人、ファルシュを含めても3人しか居らずしかも、フルスとイゼッタの力は土地に縛られる。
対してゲルマニア帝国側の魔女の数は、どんなに少なく見積もっても数十人。恐らくは百人以上が居る。しかもどこでも魔法が使えると来ている。
つまり質・量共にゲルマニア側がエイルシュタットを圧倒している形だ。これはもう、奇跡が起こる余地すら踏みにじられている。
「エクセニウムで武装した魔女の兵団……確かに脅威ですが、しかしこの状況は、まだ最悪とは言えないのですよ」
「なっ……?」
フィーネはフルスの言葉を聞いて、一瞬目の前が暗くなった気がした。
今の状況でも最悪でないと言うのは、希望があるという意味なのか。あるいは、更に事態がどん底を突き破って落ちていく余地があるという意味なのか。フィーネは前者であってくれと祈った。
そしてその祈りは、あまりにもあっさりと破られる。
「……魔石の特性は、土地の魔力を吸収して蓄え、魔力が無い土地でも魔法が使えるようになるというもの……では、魔力を吸収された土地は、どうなると思いますか?」
「……魔力を、吸収された土地……?」
「……そう。私達が魔力と呼ぶものが、大地へ還った命である事は先に言った通り……イゼッタ……魔力、レイラインは通っている土地と通っていない土地があるというのが私達魔女の認識だけど……それは正確ではないの」
「……と、言うと? フルスさん……」
「正確には、魔力はあらゆる土地に存在するの。ただし、私達魔女は一定以上に濃い魔力がある土地でなければ魔法が使えない」
かざしたフルスの掌に、小さな緑色の輝きが生まれた。消えかけのロウソクのような、頼りない小さな光だ。これはこの土地には魔力がさほど存在せず、魔女が魔法を使えない事を現している。
「その、魔力が使えるだけの濃い魔力の流れを、私達はレイラインと呼んでいるのよ……」
だから魔法が使えない土地でも、小さいながらも魔女の手の中に光は生まれる。これは僅かにだが、その土地にも魔力が通っている事の証明だ。
「だけど……魔石は、濃い薄いに関わらずその土地の魔力を全て吸い上げる……魔力は大地に還った命であり、大地に還った命はやがてまた、実体を持って生まれてくる……その命の循環、大いなる環は、遠い遠い昔からずっと続いてきた……じゃあ、土地の魔力を根こそぎ魔石の中に吸い上げるもしくは抽出した後エクセニウムとして結晶化させて、その環を断ち切ってしまったら……その土地に、何が起こると思いますか?」
「……フルス殿、貴殿の言いたい事が、今一つ分からないな……もっと分かり易く説明してくれぬか」
「はい、フィーネ様……山の水が川となって流れ、海に注ぎ……海の水は蒸発して雲となり、雲は雨に変わって再び山を潤す……そうして、この世界では水の量は常に一定に保たれている。魔力も同じです。今この瞬間もこの世界では沢山の命が生まれてくる一方で、沢山の命が大地に還っていく……そうして、命の総量は常に一定に保たれている……と、言うよりはお金のように、ある一定量の命が常に世界を廻っているという表現の方が正しいでしょうか……」
「うむ……」
「魔女が魔法を使っても、同じですよ。その土地で魔法を使ったら、使われた分の魔力は形を変えていずれ大地へと還元されるのですから。だから魔石も、それを使ってレイラインの無い土地で魔法を使うという使用法なら、まだ良いんです。たとえ魔力のある土地Aで魔力を吸い上げて、魔力の無い土地Bで魔法を使ったとしたら、使われた分の魔力は結局は土地Bの物となって、大地全体の魔力の総量は変わらないのです。勿論、土地Aと土地Bの距離や地形によって、多少の影響はありますが。ファルシュも同じですね。この子は動いているだけで、肉体の維持に魔力を消費している。つまり、蓄積された魔力を常に放出し続けているのですから」
「成る程、そこまでは分かる」
仮に、イゼッタやフルスほど才能のある魔女が魔石を使って、地上全てのレイラインを吸い上げたとしても、それをエネルギーに変換する限りは同じだ。熱せられて水蒸気になった水が冷えれば水に戻るように、吸い上げられて変換されたレイラインの生命エネルギーは大地に還元され、大地に還った命は何百年かあるいは何千年の時を掛けて新しいレイラインを生み出す。勿論、そこまで大規模な吸引を行ったのなら、レイラインの形そのものが大きく変わりはするだろうが。
「……魔石の本当の恐ろしさは……土地から魔力を吸い上げるだけ吸い上げて、『魔法を使わない』場合なのです。それが、魔石の最悪の使い方……!!」
「そうすると……どうなるんですか?」
「……土地から魔力を吸い上げて魔力を使わないという事は、魔力が大地に還元『されない』。つまり大地全体の魔力の量が目減りするという事……先程、魔力の循環を水に例えましたが……土地にとっての魔力は、人体にとっての水のようなもの。つまり大地に魔力が還らなくなるという事は、人間が水の摂取を断たれるのと同義なの……!!」
「それって……!!」
「まさか……!?」
フルスの言いたい事を察して、イゼッタとフィーネの顔色が目に見えて悪くなった。
水を断たれた人間がどうなるかなど……語るまでもない。同じ事が、大地に起こるという事は、それは……!!
「そう……土地が、死ぬのです」
「…………!!」
「やはり……で、では……その土地が死ぬというのは……具体的にどんな事が起こるのだ?」
「簡単ですよ。その死んだ土地では、もう新しい命が生まれなくなるのです」
「命が……」
「生まれなくなる……? それは……」
愕然とした二人に一度頷いて、フルスは話を続ける。
「そのままの意味ですよ。人も動物も草花も、微生物に至るまで……その土地では新しい命が生まれなくなる……既に妊娠している子供は全て死産となり、それ以降は受精自体がその土地では成功しなくなる……同じように卵は孵らず、死んだ土地では鳥や魚は卵を産めなくなる……植物も同じ……そして当然、誰も好き好んでそんな呪われた土地に住み続けたりしませんよね? だからみんなその土地を離れていって、土地に還る命が少なくなって……その悪循環の結果、命の無い不毛の荒野がずっと続く……元通りになるまでには、何万年も掛かるのです……」
「……その事は、ゲールやゾフィーは……」
「気付いてはいない筈です。少なくとも、今はまだ」
フルスは断言した。無論、根拠がある。
「量産した魔女にエクセニウムを持たせて、魔法を土地に関係無く使えるようにして敵国を攻撃する……そんな無駄の多い方法を採っているのが、その証拠です」
魔女兵団による攻撃なら戦闘を行って撃退する事が出来れば、防げる。少なくともその可能性はある。
だがフルスの言う、魔石で土地の魔力を吸い上げるという戦法が採用された場合……その場合は、もう、どれほど多数の兵士を動員してどんな高性能な兵器を揃えた所で防ぐ事は叶わない。何故なら『戦闘自体が起こらない』からだ。そもそも戦いにならなければ、兵士も兵器も役には立たない。
しかも魔石は武器ではない。だからボディーチェックにも引っ掛からない。それこそ首飾りやブローチのような装飾品にあしらったりあるいは外科手術で体内に隠し持っても良い。
敵国を落とすのに、飛行機を飛ばしたり戦車を走らせたり軍団を動かす必要が無い。小包に爆発物を仕込む必要すらない。魔石を持った魔女一人を、難民だろうが旅行者だろうがVIPだろうが兎に角どんな形でも良いから潜入さえさせてしまえば、もう防ぐ事は困難。と、言うよりも現実的にはまず不可能。
土地一つを、文字通り滅ぼす威力を持った爆弾よりも恐ろしい兵器が、あらゆる警戒網をすり抜けてどんな国にも自由に潜入出来る。
まさしく、悪魔の兵器。世界を終わらせる悪夢の具現だ。
「そんな……!!」
「……そしてここからは、私の想像ですが……恐らく最初の魔女は、魔石がそんな言わば『環境兵器』として使われる可能性にも、思い至っていたのではないかと思うのです。だから魔石を闇に葬ったりせずに、敢えて『魔力が無い所でも魔法が使えるようになる道具』として、後世に伝えていたのではないかと思います」
思考には、方向性がある。
例えば今でこそ当たり前のように戦争に投入されている無線機だが、もし何かが違っていれば軍事には用いられず『日々の報告をすぐに出来る便利な技術』としか使われていなかったかも知れない。伝令が要らず、しかも伝達に時間差が無く隔絶した軍に相互連携を可能とさせる使い方など、思いも寄らなかったかも知れない。
最初の魔女は、魔石が稀少でこそあるが唯一無二の物ではないと見抜いていた。
もし、闇に葬ってしまえば後世に魔女の一族が別の魔石を発見した時、一からその使い方を模索して環境兵器として用いるかも知れないと考えた。だから敢えて魔石を『土地の魔力を吸収して魔法を使えるようにする物』として一族に伝えた。それは魔女の一族に魔法が使えない土地での自衛の手段を与える意味もあったのだろうが、同時に魔石は”そうしたもの”だと思考の方向性を定めて、それ以外の可能性を思い付かせないようにする狙いがあったのだ。
まぁ結果的には、フルスの一族が魔力や魔法についてあらゆる角度から研究を進めて、数百年の時間を掛けてその発想に至った訳だが……
「……成る程。だがそれよりも、問題は……」
「はい、フィーネ様……今はゲルマニア帝国もゾフィーも、魔力を吸い上げた土地が死ぬ事には気付いていません。人間が水を断たれても一日や二日程度は生きられるように……私の一族に伝わる研究資料によると、土地も魔力を吸い尽くされてすぐに死ぬという訳ではなく早くても数ヶ月、長ければ一年程度の時間が掛かるとの事でした。だからまだ、しばらくは気付かれる事はないでしょう」
しかしあまりのんびりともしていられない。
ゾフィー達は、特に粗悪品のエクセニウムではなく魔石を持っている一人のゾフィーは当然ゲール側でも特に厳重な監視下に置かれ、その動向は逐一チェックされているだろう。このままでは数ヶ月から一年の後、荒廃を始めた土地と魔石持ちのゾフィーが魔力を吸い上げたポイントを参照して、その相関に気付かれてしまう。
そうなったらもう全てが、何もかもが手遅れ。
迎撃も防御も出来ない超級の戦略兵器をゲルマニア帝国だけが運用し、全世界はゲールに対して抵抗はおろか不平不満の声を上げる事すら許されず、銃火を交える事すらなく支配下に置かれる。
「その前に……魔石と全てのエクセニウムを破壊し、抽出された生命エネルギーを大地に還さねばならない……!!」
「フルス殿、それは……!!」
だがそれは、ほぼ不可能と言って良い。
ゲールには、エクセニウムで武装した魔女が百人以上いるのだ。対するエイルシュタット側は魔女の力を持つ者がたった3名。
質も量も話にならない。
「ですが……もしそれをしなければ、エイルシュタット全土がその環境兵器の標的にされるでしょう」
「……!!」
フィーネの顔から血の気が引いて、青を通り越して紙のように白くなった。
「支配下に置いた敵地はその日から自国の領土……ゲールとしても自領を無闇に荒廃させたくはないでしょうから一罰百戒……つまりどこかの土地を『見せしめ』とする為に、最低一度は環境兵器として魔石を使う公算が大きい……!! その上で、逆らえばこうなるぞと他の国を脅して降伏を勧告する訳です。そしてその標的の第一候補として挙げられるのは……ゾフィーが憎む、かつて彼女を売り渡した裏切り者の末裔達の国……つまり、エイルシュタット……!!」
「そんな……」
がっくりと、フィーネがうなだれる。
美しい水と緑に囲まれた、自分が生まれ育ったエイルシュタットが、占領されて支配下に置かれるどころではなく……水は涸れ、草は枯れ、土は腐り、新しい命さえ生まれない何万年も続く不毛の荒野と化すなど……!!
「これが……魔女の力が戦争に使われた結果か……」
力無く、フィーネが絞り出すような声で言った。
「姫様……?」
「フィーネ様……」
「もう良い……降伏しよう。この身を差し出せば、ゲールとてそこまではすまい……」
「姫様!!」
「……イゼッタ、今更言っても遅いのだろうが……やはり魔女の力を戦に使う事は、決して犯してはならぬ禁忌だったのだ……だからそなたの祖母や……フルス殿、最初の魔女は『魔女が人の世の理に関わってはならない』と、固く戒めていたのだろう……誘惑に抗えず……結果、私は世界をメチャクチャにしてしまった……」
「待って下さい!! 私がやります、姫様!!」
「イゼッタ……?」
「私、まだ戦えます!! 足が動かなくても魔石があれば、まだやれる筈です!! 姫様が国を守りたいなら、絶対に何とかしますから……!!」
「残念だけどイゼッタ、それは不可能よ」
あらゆる感情を廃した抑揚の無い声で、フルスが残酷に告げた。
「フルスさん……?」
「あなたがもう、戦えるような体じゃないというのもあるけど……あなただから無理と言うのではないわ。敵は魔石を持った魔女一人と、エクセニウムで武装した百人以上の魔女からなる軍団……更にゲール軍からの支援もある……仮に私が魔石を使ったとしても、それは不可能。数に押し潰されるだけに終わる……絶対にそうなる……そしてフィーネ様、申し出にあったイゼッタを連れて逃げろという頼みを、聞く事も私には出来ません……」
「そんな!! 何故だ、フルス殿!?」
「……お話ししたでしょう? 魔石は使う度に、魔女の命を削ると。ならばこの数年間、絶えずファルシュの体内の魔石に魔力を注ぎ続けている私は……私の体は、どうなっていると思いますか?」
「!? ま、まさかフルスさん……!?」
「貴殿は……そんな……!!」
「そう……私は、死ぬんですよ。恐らくは、後十日ほどで……」
あまりにもあっさりと、フルスは告白する。
無慈悲な事実を宣告されて、イゼッタもフィーネも、この世の終わりのように絶望しきった表情になった。
ファルシュは、ただいつも通りの無表情で母を見詰めている。
「イゼッタ……あなたと一緒に逃げて、あなたを守り続ける事も、もう私には出来ない……ファルシュも、私が死ねば魔力を注ぐ者が居なくなるから、長くは動いていられない……そしてイゼッタ……あなたという魔女の存在をもう……世界は放っておかないでしょう……あの即位式の日……私達は帰らざる河を渡ってしまった……ゲルマニア帝国かヴォルガ連邦かアトランタ合衆国か……どこの国でも……あなたを、魔女の力を手に入れようと……あなたが生きている限り追い続けるでしょう……そして捕まったが最後、何をされるか……」
フルスの手が懐に動いて、そしてガチリという音が鳴った。
「? フルス……さん?」
「そんな風に……苦しい思いを……私はあなたにさせられない……ならばいっそ……ひと思いに……!!」
懐から出したフルスの手には、拳銃が握られていた。
撃鉄が起きていて、銃口は、イゼッタの胸にぴったりと向いている。
「イゼッタ、あなたにはここで死んでもらう!!」
「!? フルス殿、止め……!!」
咄嗟に、フィーネが駆け出そうとして……
「フル……ス……さ……?」
イゼッタは、目の前の光景が理解出来ないように呆然としていて……
「…………」
ファルシュは、無言で無表情で、母の所行を見続けている。
そして……
パン、パン、パン、パン!!
「!! な、何だ!?」
部屋の外で待機していたジークとビアンカは、突如として室内から聞こえてきた銃声にびくりと体を跳ねさせた。
しかし驚いたのも一瞬の事。二人は拳銃を抜いて、部屋の扉を蹴破る勢いで入室する。
「フィーネ様!! どうされました!? ご無事ですか!?」
そして部屋の中に広がっていた光景を見て……
「うっ!!」
絶句。
病室は、血の海と化していた。
ベッドの一つには、ファルシュが眠るように横たわっていた。
そのすぐ隣のベッドには、胸に三発も銃弾を受けて白い病院着を真っ赤に染めたイゼッタが、ぐったりと倒れていた。
床には、フルスが倒れている。彼女の手にしている拳銃からは、まだ硝煙が立ち上っていた。そして彼女の頭部にも、銃創が見られる。
その血の海の中に、呆然とフィーネが突っ立っていた。
「こ、これは一体……何が起こったんだ……?」
何がどうなれば今のこの部屋のような状況になるのかと、普段から冷静なジークも流石に狼狽を隠せない。
「イゼッタ!! おい、イゼッタ!! しっかりしろ!!」
我に返ったビアンカがイゼッタにかけよって体を起こすと、叩いたり声を掛けたりするが……イゼッタはぴくりとも反応しない。口はぽかんとしたように半開きで、瞳孔が開いた目も、何の光も宿していない。
一縷の希望を賭け、震える手で首筋に手を当てるが……ビアンカは数秒後に「あ……ああ……」と、顔を真っ青にして頭を振る事になった。
指先に、脈が伝わってこない。
イゼッタはもう既に……死んでいる。
「そ、そんな……何故……どうして、こんな事に……」
この、ほんの十数分前までは想像もしていなかった異常事態。全てがあまりに突然で、涙を流す事さえ今のビアンカには出来ない。
一体何があったのか、何もかもが、ビアンカの想像を超えていた。
「フィ……フィーネ様……これは一体……」
状況から判断すればフルスがイゼッタを射殺して、その後で自殺したと考えるのが自然だが……しかしならば何故、どうして彼女がそんな事をするのだ? 分からない、解らない、判らない、わからない、ワカラナイ……
「ビアンカ……ジーク……良く……良く聞くのだ……フルス殿は……!!」
静かに、フィーネが何事か言おうとしたその時だった。
「た、大変ですフィーネ様!! こ、これは……!!」
息せき切って、シュナイダー将軍が駆け込んできた。
彼も病室内の惨状に度肝を抜かれたようだったが……
「将軍、何事か?」
凛としたフィーネを前にして、自分の職責を思い出したようだった。ぴしっと背筋を正して報告する。
「無線を傍受しました!! ゲールの首都、ノイエベルリンが炎上していると!!」